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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【第一部】マグノリアの花の咲く頃に 第一部(第一章ー第三章)& 幕間

悪夢と添い寝と1

作者: 海堂 岬

 エドガー(ローズの御守役)、ローズ(お転婆)の胸中を知る

本編第一章22、23頃です


書類を手にしていたローズが、またあくびをした。

「ローズ。どうした。昼間からあくびして。眠いのか」

「ごめんなさい」

「いや、別に眠いならしかたないが、ちゃんと寝てるのか」


エドガーの言葉にローズがうつむいた。返事がない。エドガーも、毎日ローズの相手をしていれば、だんだん扱いがわかってくる。ローズは言いにくいことがあると黙ってしまう。こちらから口にしてやれば、素直に認める。だったら最初から言えばいいと思う。


妻のメアリにそれを言ったら、女心が分からないのねと、呆れられた。ローズに女心があるとは思えないが、それをメアリに言わない程度には、エドガーも妻のことはわかっていた。


「寝てないな」

「ごめんなさい」

「いや、別に、俺は困らない」

無論、今はという期間限定のものだが。ロバートが戻るまでに、何とかしないと、息子が二人もいて、子供の面倒もみれないのかと呆れられるだけだ。息子達がローズくらいの年頃になったらどうするのかと、妙な心配をされるかもしれない。


「夜はちゃんと部屋まで送ってやっているけど、どうした」

また、ローズが黙ってしまった。

「眠れないのか」

ローズが頷いた。

「どうした」

また、黙ってしまったローズに、エドガーは天を仰いだ。無理だ。小さなお転婆の女心など、男のエドガーにわかるわけがない。


 人には向き不向きがある。人は得意なことをすればよいとエドガーは思う。女心を持つ、最も身近な妻メアリを、エドガーは頼ることにした。


 王太子宮では、家族を持つ使用人達は、家族の人数に合わせた部屋を与えられている。知っている者は少ないがロバートの方針だ。仕える貴族にもよるが、使用人の事情を考慮してくれる貴族は多くはない。王太子宮に勤めてよかったと思う。


 息子二人をまとわりつかせながら、エドガーは隣の部屋から人が出てくるのを待っていた。濃いベールで顔を隠した妻メアリが、メアリに抱き着いたままのローズを連れて出てきた。


「こら、おまえ、あっちいけよ」

「誰だよ、お前」


妻に抱き着くローズに嫉妬した息子達が、ローズにつかみかかろうとした。

「こら、お前ら、女の子をいじめるな」

エドガーの言葉に息子たちが文句を言いだした。ローズがそっとメアリから離れた。


「ローズ、あなたはそんなに気を遣わなくていいのよ」

メアリがローズに優しく声をかけた。

「よその子のお母さんを取ったらいけないわ」

ローズは微笑んでいた。


「お前、出て行けよ」

「あっちいけ」

メアリに抱き着いた息子達の暴言がとまらない。


「こら、お前ら、この子はお客さんだ。失礼だろう」

「大丈夫よ、エドガー、ありがとう」

「ごめんなさいね。ローズ。エドガー、ちょっと耳を」


騒ぐ息子達のせいで、エドガーは、メアリの言葉の一部しか聞き取れなかった。

「こら、お前ら少しは黙れ。お客様の前では、ちゃんとご挨拶だ。ロバートに教わっただろう。ちゃんとやって見せろ」

「嫌だよ」

「嫌だ」

「エドガー、メアリさんが聞いてくれたから大丈夫よ」

「ごめんなさいね。ローズ。あなた達、お客様に失礼なことをしては駄目よ。またいらっしゃいな、ローズ。楽しみにしているわ」

「ありがとうございます。お邪魔しました」

ローズとメアリは、互いにカーテシーをして別れた。


「ローズ、息子二人がごめんな」

「そんな、エドガーが気にしなくても。それだけ息子さんたちがお母さんを大好きってことでしょう」

ローズは孤児だ。孤児といってもいろいろある。ローズには親の記憶が無いらしいとロバートからは聞いていた。


 よその子のお母さんを取ったらいけないわ

どんな気持ちでローズはそんなことを言ったのだろうか。


「おいで、ローズ」

エドガーには女心は分からない。女の子を育てたこともない。母は早くに亡くなったし、姉や妹もいない。


 徹底的に他人を頼ることにした。王太子宮で最も頼りになる女性が西の館にいる。


西の館にいる侍女頭のサラへの伝言を頼むと、エドガーとローズは、サラの自室に通された。


「怖い夢を見るの」

ふくよかなサラの隣に座り、ますます小さく見えるローズが小さな声で言った。

「夢が、怖くて、お部屋も広くて、独りぼっちで寂しくて」


普段の大人を相手に一人前の口を利く、饒舌なローズとは思えない、訥々としたしゃべり方だった。

「孤児院では、みんな一緒だったから、寂しくて、怖い夢を見ても、誰もいないから」


サラがローズを抱きしめた。

「そうだったのね。ローズ。だったら、私と一緒に寝てくれないかしら」

「でも、サラさん」

「ミリアが小さい頃みたいで懐かしいわ。ね、今日からいらっしゃいな」

「いいの」

「ええ、もちろん楽しみにしているわ」

「サラさん」

ローズがサラに抱き着いた。生意気なお転婆でも、子供は子供なのだ。


 夜、自室に戻ったエドガーは、お客様へのご挨拶を息子達にきっちりと練習させた。

「あの子、大丈夫かしら」

息子たちが寝静まったことを確認してからメアリがローズの話題を口にした。

「サラに話を聞いてもらった。今日はサラが一緒に寝てくれることになって、喜んでいたから大丈夫じゃないか」

「なぜ、眠れないか聞いたの」

「怖い夢を見る、独りぼっちで寂しいって言っていたけどな」


メアリが溜息を吐いた。

「夢の内容は」

「そういや、言わなかったな」

「馬車が帰ってきて、扉が開くけど、誰も乗っていないって、その夢が怖くて眠れないそうよ」


メアリの言葉に、エドガーは驚いた。

「あの子なりに、責任を感じているんじゃないかしら」


イサカの町の疫病対策に、ローズは深くかかわっている。イサカの町に関する全権を担うアレキサンダーの参謀として、日々執務室で一人前に仕事をしていた。学者や貴族や聖職者達との王太子の面会にも、常に同席している。お茶会を装った御前会議でも一人前に意見を言っていると同僚たちから聞いている。ローズが子供ながらに頑張る様子に、エドガー達近習だけでなく、小姓たちも刺激を受けていた。


「アレキサンダー様に、報告しておいた方がいいだろうな」

「えぇ」


お転婆で、礼儀作法が今一つだが、明るいローズのおかげで、執務室には前向きな機運が高まっている。アレキサンダーがそれを気に入り、それを含めてローズを評価していることも知っている。


「子供のくせに、背伸びしすぎだ」

十二歳だ。添い寝をしてもらうような年齢はとうに過ぎている。それでもサラの提案にローズは嬉しそうだった。夕方、図書館から西の館に送ってやったときも、嬉しそうにしていた。サラに、訥々と語ったが、あれもローズなのだ。


 翌日、エドガーからの報告を聞いたアレキサンダーも、少し驚いたのだろう。

「変わらぬ様子で振舞っているが、あの子なりに気を遣って、責任を感じているということか。ロバートの派遣は本人の希望であって、ローズの責任ではないだろうに。おまけに命じたのは私だ」

「おっしゃる通りです」


エドガーもアレキサンダーの言う通りだと思う。

「ただ、ローズはあまり賢くない面もありますから、そういったことがわからないのではないでしょうか」

それが、日々接しているエドガーの実感だった。



「そうか。年齢不相応なまでに聡いが」

「あの、アレキサンダー様、お言葉ですが。ローズはあのお茶会を、未だに本当にお茶会だと信じてますよ」


エドガーの言葉にアレキサンダーが目を剥いた。

「冗談だろう。父上を父上と見破ったぞ。あれは」

「偉い人たちが、お茶会でいろいろお話をして決めていると思っています」

「あれは、場所が違うだけで、れっきとした御前会議だ。気づいていなかったとは」

アレキサンダーが首を振った。ありえないと言いたいのだろう。エドガーも大賛成だった。


「ローズの勘違いも無理もないかもしれませんよ。皆さま、競うように菓子を使いに持たせていらっしゃるではないですか」

そのおこぼれにあずかって、一番喜んでいるのはフレデリックだ。

「先日、菓子を持ってくる順番をくじで決めておられましたね。皆さま、随分と楽しそうにしておられましたから、あれでは誤解するのも無理はないかと思われます」

それまで黙っていたエリックまでが口を開いた。


「あぁ、そういえば、重鎮たちがまるで少年のようだった」

アレキサンダーはその光景を思い出したのか苦笑した。

「まぁ、そのうち気づくだろうからよいだろう」



 幕間のお話にお付き合いいただきありがとうございました。

この後も、本編でお付き合いいただけましたら幸いです


明るく笑って楽しそうにしている人は、楽しいから笑っているのでしょうか、明るい気持ちになるため楽しそうに振舞っているのでしょうか。

 時々、そんなことを感じます。

2に続きます

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