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北風と太陽  作者: dear12
4/7

Diary4 編入

初登校の日。

 

私は真新しい制服に身を包み、ウキウキ気分だった。


こんなにうれしかったのはいつ以来だろう。


いまだかつて見たことのない私が鏡に映っていた。


「正田たち、そろそろ起きた頃かな?」


私の部屋は正田たちと同じアパートの一室だった。


2階を3人で占領しているので、特に困ることはない。


時間は7時半。


まだ登校時間には一時間ある。


しかし、私は待ちきれなくなって、玄関の扉を蹴破らんばかりに飛び出した。


まずは正田の部屋へ。


「正田!朝」


返事はない。


「こらー!起きろ!」


チャイムを立て続けに押す。


が、正田が起きてくる気配はなかった。


すると、何故か隣の部屋の美梁が起きてきた。


「うるさいなあ。あれ?百ちゃんがいる~」


ボケボケの表情で上はパジャマ、下は制服のスカートをはいた美梁が私に抱きついてきた。


どうやら本当に起きたばかりらしいが、やけに抱きしめる力は強かった。


「はわ~。柔らかいなあ~百ちゃん」


「だいぶ低血圧なのね。ミハちゃん」


と、つぶやく私を美梁が見つめてきた。


その美梁の仕草にちょっとかわいらしさを覚えた。


私も懸命に見つめ返す。


 しかし、そこに落とし穴があった。


突如開かれる目の前の扉。


見知った少年の顔がぬっと現れたのだ。


「もう。何だよ?こんなと」


硬直する私と正田。


美梁だけが嬉しそうに私の胸元に抱きついていた。


しかも、上がパジャマ、下はスカートで。


「あ」


私は思わず声を出した。


正田は何度か目をこすって確認する。


しかし、目に映るのは当然ながら私と美梁の奇妙なポーズだけだろう。


「何かごめん」

正田は一言そう言うと、勢いよく扉を閉めた。

 

どうやら正田は完全に勘違いをしてくれたみたいだ。


私は唖然とした。


美梁はいつのまにか立ったまま眠ってしまっていた。


 そして、ようやく登校時間。


「おはよう~!百ちゃん!」


嬉々とした表情で美梁が私の部屋に現れた。


テレビを見て時間を潰していた私がのそのそと扉に行くと、満面の笑みの美梁と眠そうな顔の正田が待ち構えていた。


「おはよ……」


私はまるで気のない返事。


美梁は構わずまくしたてた。


「今日ね!私と百ちゃんが恋愛関係になっちゃった夢見たんだよ~!」


「多分、それ夢じゃないわ」


「ふえ?」


理解していない美梁を尻目に、私は正田に振り返った。違うからね!


正田は私の訴えに気づいたようで、こくりとうなずいた。


「もうそろそろ行こうか」


私たちはアパートの階段を下りていく。


目の前の路地に出て、彼らといろいろな会話を楽しみながら、登校した。


 これも新鮮だった。


私は今まで登校しながら学校のテスト勉強を繰り返す毎日だった。


友達と一緒でも勉強以外の話題に触れることなんてなかったし、むしろ問題を出し合ったりしていたからだ。


 つい一週間前の私とは比べ物にならないくらいだ。


すごく充実して見えた。


これが真の高校生活というものなんじゃないかな。


話したい仲間と話したいことを話す。


 ここでは、正田と美梁の所属する部活について聞かせてもらった。


「新聞部だっけ?」


「うん。活動自体は活発過ぎて部費が足りていないくらいだね」


正田が苦笑する。


「活発って?」


「一週間に一つの記事に徹底的にこだわるのがウチ流なんだけど、そのこだわり方が異常なんだ。特に藤崎とか」


正田は美梁を振り返った。


美梁は得意げになって語り始めた。


「私は町のラーメン屋さんのみそラーメンを隈なく調べて、ランキングをつける仕事をしてるんだよ~!正田君はナンパスポットのランキング付け~」


「ちがう!僕は、デートスポットのランキングだ!」


正田が焦って弁解する。


私はその様子を笑って見ていた。


「ほんと、かわいいカップルって感じだよね。2人」


美梁は手を振って受け答えた。


「それほどでもないよ~!」


「ち、ちが!だから僕たちはカ、カップルじゃない!」


正田は顔を真っ赤にして叫んだ。


 本当にこんなに楽しいのはいつ以来だろう。


こんなに素直に笑えたのは一体いつ以来だろう。


あのままいつもの生活に戻っていたら、私は自分を恨んだことだろう。


この選択は正しかったと思う。


 あれこれ話をしているうちに、いつの間にか学校に着いてしまった。


建物自体は非常に綺麗で洒落た建物だった。


それに何といっても広い。


 学校の前の上り坂も少し気に入っている。


「あ、百ちゃんはまず職員室に行くんじゃないの~?」


美梁がのんびりとした口調で尋ねた。


「うん。そうなんだけど。職員室ってこれどこにあるの?」


どうもここの校舎は入り組んだ構造になっているらしく、一見してわかりづらい。


「おーい!おはよう」


そこに丁度よく従妹の千花がやってきた。


「もしかして職員室行くの?」


「うん、そうなんだけどわからなくて。」


「じゃあ、私も行くからついてきなさい。」


職場だから当然だと思う。


 一旦、2人と別れて職員室に向かう。


転校は父親の転勤で何度か経験があるから慣れてはいる。


 私は千花の後に従って歩を進める。


意外と目の前にあったので助かった。


「来客があった時に、来客が迷子になったら困るでしょ?」


言われてみればそうだ。


私は迷子になるようなガラではないが、千花に連れられるまでは全くわからなかった。


おそらく初見の人にはもっとつらいんじゃないだろうか。


「まあ、迷子になる人もたまにいるわね」

 

職員室の扉を開くと、バリバリに仕事に取り組んでいる教師たちが出迎えかと思ったら、集団昼寝をしているんじゃないかというくらいのんびりとした、教師たちが出迎えてくれた。


中には生徒たちと仲良く会話している教師もいる。


 全くもって信じられない光景だった。


教師というものはバリバリ仕事をこなす人たちだと思っていた。


ましてや生徒たちと会話をすることなどない、と。


「あ!松代先生じゃん!」


 中に入ろうとしたその矢先に快活な声がかかった。


脇から明朗快活な少女が千花に接近してきた。


「あらあら、紫ちゃんじゃない」


「たまには新聞部に来てくださいよ!先生がいないとつまらないんだけど」


新聞部。


正田や美梁と同じ部活だ。


多分、彼女も彼らのことを知っているんじゃなかろうか。


千花は微笑みながら受け答えする。


「涼君やミハちゃんがいるんだから退屈ではないんじゃないの?」


「涼は来ないじゃん!最近。何の調査しているのか知らないけどさ。美梁はいてもうるさいだけだし、天然だし」


正田をファーストネームで呼び捨てしているところから、相当親しい関係にあるのだろうか。


「ミハちゃんはいい子よ?この前だって私に料理の余り物くれたし。いつも笑顔で気持ちのいい子じゃない」


「でもあの笑顔が危険なんだってば、先生!最近涼にやけにくっついてる気がするし」


少女の顔が微妙に赤くなったのを、私は見逃さなかった。


「うん?ミハちゃんと涼君がくっついちゃ悪いことでもあるの?」


千花も不敵な笑みを浮かべて尋ねた。


 すると、少女の頬がさらに赤くなった。


結構かわいい子じゃないのかな。


「べ、別にそんなことはないけど!涼が誰といようが知ったこっちゃないわ」


「最近は一緒に登下校してるみたいよ」


「えええええ!」


少女が大声を出すので、周りにいた教師や生徒たちが視線を集めてきた。


 はうっと少女は慌てて口をつぐんだ。


 どうやらこの少女は正田のことが……。


「それ本当なの?先生?」


「誰といようが知ったこっちゃないんじゃなかったの?」


「う」


少女は口ごもった。


そして私を見るなり、すぐに話を逸らした。


「ちょっと先生!この子は誰?」


もう一度私を見るなり、少女は言った。


「というか、同一人物?」


「それはそうよ」


千花は自慢げに言った。


「私の従妹だもん」


「えええええ!」


少女は再び慌てて口をつぐんだ。


 美梁より騒がしいんじゃないだろうか。


自分では美梁はうるさいって言っていたけれど。


これが第三者から見た意見です。


「まあ、見た感じそっくりだからそんなに驚きはしないけどさ。結構半端な時期に転校してくるんだね」


気持ちしょげこんだ私を、千花がフォローしてくれた。


「人には事情ってもんがあるのよ」


「じゃあ、ウチのクラスに来るのかな?」


「そうなっているみたいね。仲良くしてあげて」


少女は改めて私を振り返った。笑顔だった。


「私の名前は那波紫ななみ ゆかり。これからよろしくね!」


紫はにこりと微笑むと、手を差し伸べた。


 私もおずおずと手を差し伸べ、握る。柔らかい彼女の感触が伝わってきた。


「私は松代百花。よろしく」


「と、いうことだからさ、先生」


紫は不敵な笑みを浮かべて千花を覗き込む。


しかし、手は私の腕を力強く掴んでいた。


「百花を連行させていただきます!」


「うわあ!?」


紫は私の手を引いて勢いよく駆け出した。

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