Diary3 決意
少年と少女は彼らのアパートの相向かいの家に向かっていた。
「いや、絶対に似てるって」
少年は言った。少女も笑顔で言った。
「親戚だよ~!多分」
「有り得なくもないかも」
少年は力強くインターホンを押した。
のんびりとしたチャイムが鳴り響いた。
やがて、1人の女性が姿を現した。
桃色の長い髪。
きりっと細長い目つきが印象的な女性だ。
その女性は彼らの所属する部活動の顧問でもあった。
「うーん。なーに?あなた達?不用意にウチに来ないでって言ってるでしょう?」
「やっぱり似てる」
少年と少女がハモった。
「はあ?」
「あ、松代先生。先生に似てる女の子が、今ウチに来ているんですけど、心当たりありませんか?」
少年が尋ねると、先生と呼ばれた女性は不敵な笑みを浮かべた。
「なーに?涼君ってそういう子だったの?」
「何考えてんですか」
少年は軽蔑の目で女性を見つめた。
「いやあ、今の話を聞いてたら、涼君が女の子を連れ込んだという内容にしか聞こえないから。ねえ、美梁ちゃん?」
女性は終始笑顔でいた少女に問いかけた。
「連れ込んだのは事実ですよ~」
「ええ?」
少年はあたふたし始めた。
「ち、違うでしょ!藤崎。僕はあの子を助けただけなんだから」
「でも正田君、あの子に夢中で美梁のこと全然構ってくれなかったもん。」
「誤解を招くようなこと言うなよ!」
その一連の会話を聞き込んでいた女性は、先程からにやけっぱなしだった。
「涼君。アンタって子は。美梁ちゃんを悲しませるなんて許せないわよ!」
「ほんとほんと。美梁も今度浮気しーよおっと」
「違いますってば、もう!あ!先生、あの子ですよ!ほら、窓からこっち見てる女の子!」
少年は大慌てで自室の窓に指を差した。
なるほど、確かに1人の少女がこちらをじっと見ているではないか。
しかも、目の前の女性とほとんど同じ容姿だ。
「え?百花ちゃん?」
女性は思わず息を飲んだ。
少年と少女もその様子に思わず顔を見合わせた。
「え?先生、今何と?」
少年は尋ねた。
女性はしばし思案するような素振りを見せていたが、
「私の姪っ子の百花ちゃんだわ」
「えーーーーーーーーーー!」
少年と少女は奇妙な展開に思わず叫んだ。
「百花ちゃん!」
私が窓の外の様子を眺めていると、見知った声が玄関から飛び込んできた。
「え?千花おばさん?」
彼女は私の従姉にあたる人だ。
確か今年で二十七歳。
しかし、私と並べば良い姉妹になってしまうくらい若く見える人だ。
「おばさんじゃないわ。お姉さん」
千花の口元が緩んでいない笑顔に少々焦った。
「ごめん。何故ここに?」
「それはこっちのセリフよ! 何でまた私の生徒の部屋に?」
「え?あ」
私は返答に困った。言われてみれば、千花は高校教師をやっているとか聞いたことがある。
まさか彼らの教師だったとは!
思いも寄らない展開に私は困惑した。家出のことをばらすべきか。
「いや、諸事情により」
私は顔を背けて言った。
すると、物凄い剣幕で玄関に向かって怒鳴った。
「こらー!涼君!私はあなたをそんな生徒に育てた覚えはないぞ!」
と、玄関の扉がガタンと鳴った。
どうやらあの少年が転んだらしい。
見ると、少年と少女が覆いかぶさるようにして倒れているではないか。
「ちょっと先生。何勝手に勘違いしてるんですか!僕はその人が倒れていたから」
「倒れていたから持ち帰ってきちゃったっていうの?」
「そういうことです~」
少女が笑顔で会話に割って入った。
「藤崎は黙ってて!」
少年は両手で少女を制した。
少女は頬を膨らませた。
「だから!公園で行き倒れになってるところを助けただけですって!」
少年は強く力説した。
私としてはあまりうれしくないことだった。
これでは家出が両親にバレるのも時間の問題かもしれない。
「行き倒れ?」
千花が私を振り返る。
私は視線のやり場に困った。
「百花ちゃん。あなた、一体何してたの?」
ついに私の行動の核心に迫る質問がやってきた。
どうしよう。
私の心臓はバクバク言っている。
これで家出のことをバラしたりしたら、どうなるのか。
家出のことをバラさなければ、確実に帰りなさい、と言われるだろう。
どうしよう。
「百花ちゃん?」
まずい。
「そういうことだったのね」
いつの間にか、少年の部屋のテーブルを4人で取り囲んでいた。
私は全てを洗いざらい話した。
今まで両親から受け続けたこと。
そして、それを理由に家を飛び出したこと。
そして、この町にたどり着き、公園で眠ってしまっていたところを2人に助けられたこと。
千花だけでなく、少年と少女も真剣に聞いてくれたのはうれしかった。
「じゃあ、家に帰りたくないって事ね?」
千花は、俯く私の顔を覗き込んで尋ねた。
私はおそるおそるうなずいた。
うーん、と首を傾げる千花。
そんな千花をじっと見つめる少年と少女。
「でも学校はどうするの?」
「あっちの学校は行きたくない」
それも譲れなかった。
両親たちが大好きなタイプの学校だけには、もう二度と行きたくない。
「やっぱり環境を変えるべきなのかしら」
千花はちらりと教え子たちを振り返った。
「君たちは随分のびのびと毎日を生きているわよね」
「今日も新聞部の活動をしてましたよ~」
少女がにこりと微笑んだ。
「え、今は何をしているの?」
「
おいしいラーメン屋さんの調査です~。今週中にはランキングで発表しようと話し合ってるんです~」
少女が身振り手振りを交えて力説を始めた。
教師は呆れた顔で言った。
「まさに自由奔放の典型例ね」
そこで私に向き直って言った。
「まあ、私がどうこう言う問題ではないけど、こればっかりは私の独断で決められないわ。百花ちゃんはこれからどうしたいの?」
彼らが羨ましかった。
自由奔放なのは勿論、何よりもあんなに楽しそうに日々を生活していることが。
私には永遠に縁のない生活を彼らは営んでいる。私もそんな高校生活を送りたい。
「普通の高校生になりたい」
何の束縛もない、自由な高校生活。
それが私の夢だった。
「普通の高校生っていうと?」
尋ねられて私はようやく顔を上げた。
「彼らのような」
私は少年と少女を見つめた。
ちょっと恥ずかしかった。
でも、いずれは言わなければならないこと。
私は意地もプライドも捨て、はっきりとそう告げた。
「それって、ウチの高校に編入したいってこと?」
言われてさらに恥ずかしさが増した。
いざとなると勇気がいるな。
でも、自分の本当の夢を告げる時ってこんな感覚なのかな。
ダメだ、と断られそうで、つい小心になってしまう。
「う、うん」
何とか言えた。
編入試験というのは正直初めてだが(当然かな?)、前の学校で蓄えた学力で何とか対応したいと思っている。
「編入か。でもそのことは伯父様たちに言っておくべきじゃない?」
「ダメっ!! そんなことしたら連れ戻されるから!」
私は思わずテーブルを叩いてしまった。
3人は少々ビクついた。
「自由が欲しい」
私は再び俯いた。
千花はすっかりだんまりとしてしまった。
どうやら、判断に迷っているらしい。
無理もない。
年頃の小娘の悩みほど難しいものはない。
やっぱり帰ろうかな。またあの家に。
そう思って私がすっと立ち上がった瞬間、まさに救いの手が差し伸べられた。
「ウチに来なよ」
少年が手を差し伸べたのだ。
と同時に、少女も立ち上がった、満面の笑みで。
「新入生は大歓迎します~!」
「え?」
私は返答に詰まった。
「勉強はできない、スポーツも弱い、でいいとこないけどそれで良ければ」
少年は苦笑した。
と、千花が笑顔で反論した。
「そう思ったらちゃんと勉強しなさいよ!」
「ええ?まあ、テストの前にはちゃんとやりますよ」
少年は視線をあさっての方向に向けながら言った。
ドッと笑いが起こる。
私はさりげなくお礼を述べた。
「ありがとう。えーとその」
そう言えば彼らの名前をイマイチよく把握していなかった。
「うん?ああ、自己紹介がまだ済んでなかったね。僕の名前は正田涼。で、この子が藤崎美梁。僕たちは星来学園の2年生だ」
「よろしく~!」
少女も笑顔で挨拶してくれた。
「私は松代百花。よろしく」
私もつい頬が緩んでしまった。久しぶりに笑った気がした。
「ありがとう」
照れ隠しにまた心からのお礼を言った。