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初めて触れる人の優しさ



「へぇ〜、それであんな森の中を彷徨ってたの?

それは凄く大変な思いをしたんだねえ」



ガタガタと揺れる荷馬車に似つかわしく無い、綺麗な金の髪を持つまだ歳若い御者は「一応あの山を超えた先にある街へ向かうつもりなんだよ」と笑みを浮かべた。



「良ければどうぞ、行商の旅は馬しか話し相手が居なくて口寂しいから。

お話ししてくれるのなら乗って行きな」


「ありがとうございます」



ゆっくりと頭を下げながら、金の髪が揺れるのを視線の端で確認した。

女の一人旅、無用心かとも思ったが剣術の心得があるのか腰には少しゴツいナイフが一本と、御者台後ろにダガーとクロスボウを装備して居た。

フードに隠れて見えにくいがそれ以外にもいくつか用心の為の装備が確認出来た。



「声からしてまだ若いのに大変だね。

私も8歳から行商をして居るけれど、親から離れる事には躊躇したなあ」



彼女には「親から逃げて来た」とだけ伝えた。

火傷を見て痛ましい顔をしてそれ以上を追求して来なかったのでお人好しの部類だろう。

未だ完全に警戒を解く事も無いが、しばらくは話し相手に付き合う事にした。

さすがに旅に手慣れて居る事もあり、陽が沈む前に馬車を停めると手早く野宿の体制になったので、色々と聞きながら僕も準備に加わった。



「野宿は初めて?怖くない?」


「正直怖いですけど……森の中で1人じゃないから」


「そうだよね、森の中に1人は怖いよね。

大丈夫だよ!旅ってのは自分を強くしてくれるもんさ。

もちろん食いブチは稼がなきゃ行けないけど……今日はまだ暖かいし、目的地に着くまでで良ければ手解きもしてやれる」



にっと笑った彼女は、僕に火の起こし方やナイフの使い方を教えてくれた。

火傷を見せたくないならと言ってローブを貸してくれたし、ロープの結び方や暗くなってから馬の乗り方も教えてくれた。

この人は魔法を使えない人で、この地域一帯の事に詳しい様だった。



「この地域のどこかに、神と呼ばれる存在が居るのを知っているかい?」


「……噂で、聞いた事があります。

なんでも奇跡の術を使って、人を生き返らせたり、雨を降らせたりするとか?」



素知らぬ顔で続けると「そうらしいね」と彼女は笑った。



「その辺りの人は町や村の事を下界と呼んで、彼らの居る場所を天上と呼んだ。

まるでその場所だけ隔離する様にね。

神と呼ばれるその人は目が青いんだってさ。

私達は魔法が使えない、だから奇跡の術と呼ぶんだ。

魔法と言うのは分かる?」


「……聞いた事なら」


「そうだよね、この辺りに住んでたら中々見る事は無いだろうね。

魔法はあるんだ。

奇跡みたいにはっきりと目に焼き付いて離れない。

この辺りに魔力を持つ人間は居ないけれど、大陸の奥のさらに奥、ユーガストと言う街で私は見たよ。

木の葉を宙に浮かべて、噴水の水を操って、炎を弾けさせるんだ。

キラキラと輝いていて、私はその時世界の広さを見たよ」



目を輝かせる彼女は、まるで子供の様にその時の光景を話してくれた。



魔法を使える人はその辺りでよく見かける。

ユーガストと言う街はこれから向かう山を抜けた先にある、海を超えて山を越えた先の街の、さらに奥の奥だと言う事も教えてくれた。



「君は街に行ってどうするんだい?」


「とにかく家族から逃げたいので……この地域から離れて、遠くに」


「恐怖心があるんだね。

それなら街へと送り届けた後に海を渡るのはどうかな?

街で荷下ろしを手伝ってくれるのならお礼として給金を出すよ」


「そこまでして貰うわけには……」



彼女には既にかなり世話になっている。

出来る事を広げて行く方が良いと教えて貰ったが、甘え過ぎなのではと少し心配になった。



「何言ってんの!せっかくの出会いじゃない、君の行動力は買ってるんだから貰えるものは貰っておきなさい」



にっと笑う彼女はお人好しなのだろうか。

しかしその優しさが暖かくて、僕は半ば押し切られる形でゆっくりと頷いたのだった。

結局、街へ着いたのは3週間後の事だったが、彼女は最後に約束通り荷下ろしを手伝ったからと言って船代と、あと旅に必要な物をいくつか揃えて渡してくれた。



「あの」


「良いから受け取っておきなさい、まるで弟子が出来たみたいで楽しかったよ。

荷馬車の1人旅ってかなり寂しいんだから、そのお礼とでも思って取っといて」


「でも僕、返せるものが」


「それならもしこの地域に帰って来た時、外の世界の話しを聞かせて」


「えっ」



いつもの笑みを浮かべると「私も、この先には行った事が無いからさ」と私の頭を撫でる。

頭を撫でられたのは初めてで、不思議な感覚と共に瞳からは滴が溢れた。



「いろんな物を見て、聞いて来て、また私と出会った時に今度は君が話してよ」


「……そんな事で、お礼になる?」


「なるよ、充分。

情報って貴重な物なんだって教えたでしょう?」



貰ったフードを深く被りなおして「分かった」と僕は頷いた。



「最後に名前、教えてくれる?」


「僕、名前が無いんだ。

あの場所で呼ばれていた名前は捨てて来たから、お姉さんが新しい名前を付けて」


「え?」


「お願い」



そう言うと、彼女はうぅんと唸ってしばらく悩み込んだ。



「ジャック、ソール、ゼクルド、ジークフリート……うぅーん、……あ、ティトスってどう?」


「ティトス?」


「東の方の方言で、正しくはティトス・イグニスって言うらしいんだけど、再生の神って意味なんだって。

私も聞いた事がある程度の知識だけど、君はここでの生まれを捨てて新たな旅を始めるわけだし。

名前に加護があれば心強いかと思って……どう?」



神と呼ばれた僕はもう居ない、新たなる旅立ちにこの世界のどこかの神様の名を借りる……か。



「良いと思う。東の地方に寄ったら祭壇に寄ってお礼を言わないといけないね」


「そうだね」


「ありがとうお姉さん、お世話になりました」


「海を超えたら国を目指すんでしょ?」


「うん、旅に期待が持てたからもしかしたらもっと先に向かう事になると思う」


「そっか」



お互いに手を取って握ると「元気で」と僕は呟いてゆっくりと、フードを取った。



「お姉さんに会えて良かった、僕頑張るよ」


「……うん、元気で」



彼女は気付いていたんだろう、僕が青い瞳を持つ者だと。

それは一体どこからだろうか。

出会った時はまだ気付いていなかった、馬に乗ったり、獣を獲る時だっただろうか。

しかし、今はそれはどうでも良いと感じた。

あの時の魔法の話しをしてくれた時、彼女を信じてみようと決めた様に、彼女も僕を信じてここまで連れて来てくれたのだから。



ゆっくりと船は動き出し、港を離れて行く。

波止場に居たお姉さんが一番最後まで手を振ってくれていて、初めて別れを悲しいと思った。

金の髪が風に揺れるのを見ながら、私も最後まで手を振ったのだった。

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