街、タオ-2
悠達はタオの中心街に居た。人通りは激しく、肩と肩とがぶつかり合うのも一度や二度ではない。そして往来を歩く”ヒト”の姿に、悠は身を縮込ませる。その悠の服の裾を握り、ミリィもまた人混みではぐれないように着いていく。悠、ヴィスラ、ミリィはお揃いのように毛皮を被り、顔を隠していた。
悠は人混みに揉まれつつも、辺りを見渡しながら小声でヴィスラへと囁く。
「……おい、ちょっと」
「ァん?」
「なんか周りの人間の中に獣が二足歩行してるようなのが混じってるんだけど、これは普通なのか?」
悠は出来るだけ動揺を見せないように、ヴィスラの耳元で囁くように話す。ヴィスラも獣の皮をフードのようにして深く被り、顔を隠していた。
ヴィスラはそんな悠の様子を見て鼻で笑う。
「奴等は亜獣人さね。あんまり物珍しそうに見ていると、絡まれちまうさね」
「お、おう。ところで街に入ったは良いけど、何か買うのか?」
「地図がとりあえず欲しいさね。後は鍋とかも」
「地図は分かるけど、鍋?」
悠は不思議そうに声を上げる。
今までの数日間の短い旅であったが、料理と言える物は基本的に火で焼いた物という簡素なもの。そもそも元々ドラゴンであったヴィスラは料理などには無頓着でそれぐらいしか出来ないだろうとという気持ちと諦めがあった悠にとって、驚きであった。
「アタシがそんな”人間的な”物を欲しがるなんて意外そうな顔をしているさね?」
「……あ~、いやさ。俺、あんたの元の姿を知っているし」
「アタシも料理なら色んなところで”食べていた”さね。作ったことはないけど」
「俺も料理なんて、簡単なやつぐらいしか出来ないぞ。そもそも、こっちにどんな食い物があるかなんて知らないし」
「……私は少しだけなら料理できますけど」
3人はそんなことを話しながら、街中を歩く。ふと、突然ヴィスラが何かを見つけたように足を止める。突然のヴィスラが足を止めたせいで、すぐ後ろを歩いていた悠はヴィスラの背に鼻をぶつけてしまう。ついでに悠にくっつくようにして歩いていたミリィも悠の腰に鼻をぶつけてしまう。
悠とミリィはほのかに赤くなった鼻先を押さえつつ、ヴィスラを見やる。そしてミリィはそこで何かに気が付いて小さく声を上げる。
「……あっ」
「何かあったのか?」
「ここなら、地図も鍋も手に入りそうさね」
ヴィスラが店先の看板らしき物を指さす。そこには草書体をさらに崩してミミズをくねらせたような文字が書いてあった。
普通では意味が分からない、見たことのない文字。だが、悠は不思議とその意味を理解する。
「 ここって万屋みたいなお店? えるんの雑貨?って書いてあるみたいだけど」
「まァ、色々揃っているところみたいさね」
ヴィスラはその商店のドアに手を掛けると力を込める。木製のドアは軋み、ドアに付いたベルは来客を知らせるように鳴る。
ヴィスラの次に店へと入った悠の鼻腔に突き刺さる、ハーブのような胸をすく臭い。思わず、鼻に手を当ててしまう。
「すごい臭いだ」
「おーい、誰かいるさねー?」
小瓶に入れられた薬品らしきものや、鞄、靴や人形のオモチャが詰め込まれた、所狭しと並んだ棚の間を3人は体を縦にして通り抜ける。
「ったく、誰も出てこないのかさね。あ……」
あと少しでカウンターの目の前というところでヴィスラの胸に商品棚に並んだガラス瓶がぶつかってしまう。
緑色の液体の詰まったガラス瓶は、木製の床へと落下していく。
「おおっと!」
悠は空中で瓶をキャッチしようとしたが、手が滑りさらに背後へと滑り落ちていく。
「危ないっ!」
悠の後ろに居たミリィはとっさにしゃがみ込んで瓶をキャッチする。
ミリィの小さな手の中で、瓶は割れずに収まっていた。
「おいおい、気をつけてくれよ……」
「本当に悪かったさね……」
「それ、割れていたら買い取りしてもらうところだったぞぃ?」
「っ!?」
いつの間にやらカウンターの前に壮年の顔つきをした屈強な男が、長く伸びた髭を押さえながら3人に声を掛ける。
長く伸びた髭は床につきそうになり、カウンターに置いたごつごつとした指先には宝石の付いた指輪が光っていた。
「ん、ミリィじゃないか。今日はマリィと一緒じゃないのか?」
「え、いえ。今日は来てません……」
「喧嘩でもしたんかい? まあ姉妹なんだからそのうちまた仲なんて良くなるよぃ」
ミリィの暗くなった表情は薄暗い店内では店主の男には伝わらなかったようで、店主は明るい声をミリィにかけ続ける。
ミリィはただただ適当に言葉を濁すばかりであった。
「……? っと、お客さん、何か入り用で?」
「あァ、色々と揃えて欲しいさね。コイツで足りるさね?」
そう言うとヴィスラは胸から金貨の入った袋を取り出して、その内の数枚の金貨をカウンターへと載せるのであった。




