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強き雨、たき火囲い-1

エルフ達の村を離れてしばらく経った頃。

半ば死人となりつつあるミリィを背負い、蒲生がもう ゆうは道なき道を進んでいた。動きづらいゴムの長靴で木々の合間を抜け、背丈はある草をかき分け、抜かるむ地面を踏みしめる。



「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」



 肩と腰は悲鳴を上げ、息は切れる。

それでも悠はミリィを下ろして休むことをしない。



「ここまで来たら、その娘の呪いの浸食も収まってくるさね。それに」



 前を歩いていたヴィスラは手の平を空に向かってかざしながら、悠に向かって振り向く。

振り向くと同時に、ヴィスラの燃えるような赤い髪から水滴が滴り落ちる。



「こんな空模様じゃ、体力を無駄にするだけさね」



「……ああ」



 悠の顎先から水が滴となって零れ落ちる。

木々の葉は揺れ、雑草はもたげ、地面は濡れる。まるで夕立のような強い雨が3人を襲っていた。



「ちょうどあそこに洞穴ほらあながあるさね。体を温めがてら、休もうさね」



 そう言うとヴィスラは悠の返事を待たずにその洞穴へと歩き始める。

悠もミリィがずり落ちないように背負い直すと、ヴィスラの後を追うのだった。








 ――小さな洞穴の中。

悠は自身の薄い上着を地面へと敷き、その上にミリィを横たえさせる。そしてヴィスラに言われて、比較的濡れていない枯れ木や落ち葉を集めるのだった。



「こんなもんで良いか?」



「あァあァ、上出来さね」



 悠が集めた枯れ木や枯れ葉の山に向かって、口から炎を吐いたヴィスラ。

その炎はあっという間に燃え広がり、冷え切った洞窟がほのかに暖かくなる。悠は炎に向かって手を翳し、寒さで冷たくなった体を温める。



「ふぅ~、生き返った」



「まァ、昨日からずっと歩き通しだったからさね。ちょいと休みを入れなきゃ体に毒さね」



 ヴィスラもまた体を休めるように地面へと腰を降ろすと、雨水が滴るスカートの裾を手で絞る。

激しく地面を打つ雨音と、時々遠くで鳴る雷音、そしてたき火の中で生木が割れる音以外には何も聞こえない。



「……なぁ、ヴィスラ」



「なにさね、悠」



 地面に寝かせたエルフの少女、ミリィを見つめながら口を開く悠。

その悠の瞳には、不安の影が色濃く映っていた。



「あの子は、ミリィは助かるのか? さっきの村で見た時よりも普通の体には戻ったみたいだけど」



 悠は先ほど村で見たミリィの姿を思い出す。

この世の終わりとも思える程の叫び声を上げ、右手はミリィの華奢な体とはアンバランスに膨れあがり、足下は血の水たまりが広がっていたことを。今のミリィは顔色が悪いと言っても、先ほどの異形化に比べれば、遙かに良くはなっていた。



「アンタのアーティファクトの力があれば、あのぐらいの呪いと傷は癒やせるさね。ただまァ、解呪は出来てないからアンタと離れればまたあの呪われた姿に元通りさね」



「そう、か」



 悠は背から釣り竿を抜くと、手元でそれを見つめる。

元は針状の先と黒い糸からなるアーティファクト”執着の縫合体”。今では悠の釣り竿と一体となっており、ラインの色は漆黒となり、糸の先に付いた釣り針はまるでマグロを釣るかのように太く大きくなっていた。

その黒い糸を指で弾きながら、悠はミリィが命の危機が過ぎ去ったのだという安心感から

大きくため息を吐く。



「少し、疲れたな。俺の理解を超える”こと”の連続で。ドラゴンだ、魔法だ、アーティファクトだ、俺の居た世界じゃあり得ないことだらけだ。今俺が頭を打ってて、これが脳みその中で捏ねくりました夢みたいだって言われても驚かないさ」



「……慣れるほかないさね。あと他に何か言いたいことがありそうな顔をしているさね?」



「……エルフだ、ドラゴンだ、なんだとか。俺、最初は平和な世界なのかなって思ってたんだよ。ま、変な2人組に襲われたけどさ。それでも、あんなのははみ出し者の例外で、もっと種族の垣根なんかなくて和気藹々《わきあいあい》としているのかなって。でもさ、さっきの村でのことを考えたら、そんなのは俺の幻想だったんだなって」



「生き物が生きている以上、大なり小なり争いは起きるもんさね。獣のでさえメシやつがいを争うのに、それ以上に利権や派閥の絡みもできて知性のある生き物が争わないわけがないさね。弱い者は虐げられ、強き者は育まれていくだけ。 ……悠、アンタの記憶を覗いたけど、そっちの世界でもいっぱい争いはあったさね?」



「まあ、そうなんだけどさ。あんまりにも夢のない話だなって」



「アンタが見てるかもしれない夢の中の話で、夢のない話を語るさね?」



「ああ、まったく酷い言い回しをするもんだな」



 悠とヴィスラはお互いの顔を見ながらひときしり笑う。

狭い洞穴に笑い声が響き、それに合わせるようにたき火の炎もまた強くなる。その笑い声で気が付いたのか、地面で寝ていたミリィがうっすらと目を開けるのであった。

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