因果、応報-2
ミリィの視界は激しく明滅し、頭は割れんばかりに痛む。
口の中は鉄の味に染まり、右手はミリィの意志とは別の動きをし始める。
(痛い痛い何で何がお姉ちゃん?痛い痛い何で何がお姉ちゃん?痛い痛い何で何がお姉ちゃん?)
ミリィの意識は真っ黒に染まる。
自身を見つめる姉の瞳に反射して映るは、異形と化しつつある己の姿。
「なんだこいつは……」
ハインリヒは剣を抜いて、ミリィに向かって切っ先を向ける。
姉と呼ばれたエルフ女はメアリを抱いて、妹のその変化に恐怖し泣き叫ぶ。まるでそこは地獄絵図。
「お、おい。ヴィスラ、どうなっているんだっ!?」
ミリィとメアリ、救出した2人のエルフ少女の行く末を茂みから隠れ見ていた悠は焦ったようにヴィスラへと問い詰める。一方でヴィスラは面倒臭そうに自身の赤髪を指で弄びながら口を開く。
「アタシはさっき言ったはずさね。”ツケ”っていうもんは必ず付いて回るって。なんであのゲイルって男があの娘にわざわざ肉親の肉なんかを食わせたか分かるさね?」
「いやっ、今はそんなことを話している場合じゃないだろうっ!?」
「いやァ、あの娘を助けるか助けないかは悠、アンタ次第さね。あの娘にゃ所謂”呪い”が掛かっているさね。禁忌を犯したものには故郷の土を踏めず、肉親には疎まれ捨てられる、そんな呪いさね」
「お前が何を言いたいのかわかんねぇよ! なら、どうすりゃ良いんだよっ!」
別段正義感に突き動かされた訳ではなく、悠には状況がよく分からなかったがただ1つだけ思うことがあった。
”わざわざ助けに行って、姉のところに返したのに目の前で死なれるなんて。そんな、酷い話はないだろう”と。
「あの娘を助けたいなら、この村から少しでも早く離すこったさね。ただ、まァ」
ヴィスラはちらりとミリィの方を見やる。
ミリィは言葉にならない叫び声を上げながら、全身を震わせる。右手はミリィの華奢な体とはアンバランスに膨れあがり、足下は血の水たまりが広がっていく。
「なんにせよ、この村から離したところで大した差もなく死ぬさね。ただ1つ方法があるとすれば、悠。アンタの今持っているアーティファクトを使えば、もしかしたら助かるかもしれないさね。さっきに、あの黒い糸がアンタの傷を癒やしていたのを覚えているさね?」
「あ、ああ」
悠はハッと気が付くと胸に仕舞った黒い糸と針からなるアーティファクト”執着の縫合体”を漁る。
しかし、確かに仕舞ったはずなのに見つからなかった。
「あれっ、あれっ?」
「悠、”それ”はアンタによっぽど懐いているさね。アンタのつりざおをよく見てみるさね」
「へっ?」
悠は背に差した釣り竿を下ろしてよく見てみる。
いつもとは違うのは、いつの間にかラインの色は漆黒となり、糸の先に付いた釣り針はまるでマグロを釣るかのように太く大きくなっていた。
「アンタがあの娘に助けたいのは分かったさね。ただ、相手がそう望んでいるとは限らないさね。あの娘からしたら、あのまま死んだ方がマシに思うかもしれないさね?」
「青臭いかもしれないし、俺の偽善の押しつけかもしれないけど、さ」
悠は釣り竿を振り出し、長く真っ直ぐ伸びた釣り竿を大きく振りかぶる。
「死んだら、元も子もねぇじゃねえか!」
悠は思い切り、ミリィ目掛けて釣り針を投げつける。
弾丸のように真っ直ぐ、そして早く飛んだいった釣り針はミリィの肩口へと引っかかる。
「よし、引っかかった!」
そしてそのまま、ミリィを手元へと引き寄せるべく思い切りラインを巻く悠。
一手遅れて釣り針の存在に気が付いたハインリヒはその飛んできた元へと視線を送る。そして見つける悠とヴィスラの姿。
「”ごくとの厄災”と汚れた”龍混じり”。やはり生きていたかっ!」
一瞬で引きずられていくミリィ。その後を追うようにハインリヒは地面へと手を着いて呪文を唱える。
「”凍てつき場”」
まるでそれは地面を這う蛇のように、地面に霜が降りつつ悠へ目掛けて細くそして早く襲いかかる。
だがそのハインリヒの凍てつき場は、ヴィスラの吐いた炎によって霧散する。
「さて、とっととここから離れるさね」
「そうだな!」
悠はミリィを抱き抱えると、森の奥へと消えていく。
ヴィスラもまたハインリヒを挑発するように投げキッスを送ると森の中へと消えていく。
「ハインリヒ団長、あいつらを追いますかっ!?」
「いや、やめておこう。今、手負いの僕らが追ったところで返り討ちさ。それに、この村の惨状をライ教宣長に伝えなきゃいけないしな」
ハインリヒは森の奥へと消えた悠とヴィスラを忌々しげに見つめると、大きくため息を吐く。
「一旦、僕らも聖都へと戻ろう。まずは僕らも一度傷を癒やしてから、仕切り直しだ」
ハインリヒは剣を納めると何かを考えるように空を見上げるのであった。




