饗宴、狂乱-1
悠は暗いの中をゆっくりと進む。
壁伝いに手を当てて、濡れて黒くなった階段を一歩、また一歩進んでいく。悠は滑らないように気をつけながら、ふとあることに気が付く。
(外から見たら普通の洞窟だったのに、中には人工的に階段がある? あれ、なんで俺足下とかはっきり見えてんの?)
月明かりもなく、手を伸ばした先ですら真っ暗な中。
その闇の中で、悠ははっきりと周囲の様子が見えていた。
「……??」
「……アンタが明かりもなしに辺りが分かるのは、アタシと”血魂の契約”を交わしたお陰さね。アンタの体には龍の血肉が混じっているから、このぐらいの暗さなら明かりがなくても平気さね」
悠の前を歩いていたヴィスラが突然、口を開く。
悠は心の中で呟いていた疑問にヴィスラが答えたことに驚愕する。
「俺、声に出ていた?」
「あァ、ほとんど聞こえるか聞こえないかぐらいだけど、しっかりと聞こえていたさね」
悠はなんとも釈然としなかったがとりあえずは納得する。
そして別の話題を出そうとした瞬間、悠の耳に微かに歌声が聞こえてくる。
「この歌声は?」
「目的のものは近そうさね」
悠とヴィスラは歩を早める。
暗い暗い階段を降り、大回廊をぬけ、行き着くのはぷんと鼻をつく臭いが充満した監獄のような場所。
「~♪ ~~♪」
柱の陰からその歌声の主をそっと見る悠とヴィスラ。そこには円卓を囲む2人の少女と男。その場所だけは黄色の淡いカーペットが敷かれ、木製のテーブルには白いレースが編まれたテーブルクロスが掛けられていた。今まで歩いてきた場所とは違い、清潔感がありテーブルの上の蝋燭がほのかに辺りを照らしていた。
歌声を歌っているのは男。手元で何かの肉をナイフでこねながら、目の前に居る2人の少女を見ていた。
「1,2。お手々を洗い~♪ 3,4。扉に鍵を掛けて~♪ 5,6。席に座って~♪」
「何の歌だ?」
「さァ?」
「7,8。よい子は食べ始め~♪ 9,10。悪い子は”ファリス”に食べられる~♪」
悠は目を凝らすと、歌を歌う男の前に座る少女の2人は泣きながら男がこねる肉を見つめていた。。
男は手元でこねていた肉を皿に盛り付けると、少女たちの前に差し出す。
「待たせたね。これが君たちのご飯だ。遠慮せずにお食べ」
丸い、白い皿とは対照的に赤く不定形の肉。
男はニコニコと少女たちが”それ”に手を付けるのを頬杖をしながら見ていた。
「……む、無理」
片方の少女はスプーンを持った手をだらりと地面へと下げて、泣きながら男を見る。
先ほどまでニコニコと柔和な表情を浮かべていた男はその少女の様子を見ると、怒り狂ったような表情に変る。
「メアリ。お前も、みんなと一緒なのか? 俺を馬鹿にしているんだろうっ! ミリィ、お前は違うよな、そうだよな?」
「ひっ」
「……ぐすっ、ぐすっ」
男は口から泡を吐き、つばは滴となってメアリの顔に掛かる。メアリは大粒の涙を流し、体は震える。
一方でミリィと呼ばれた少女は泣きながらその肉を口へと運ぶ。
「うぇえ……」
「ミリィ、お前は本当に可愛くてよい子だなぁ。メアリ、お前にはお仕置きが必要だよなぁ」
ミリィの頭を撫でると、男はメアリの腕を掴んで無理矢理立ち上がらせる。
メアリも必死になって抵抗しているが、男は細身の割に力があるのか引きずられる。
「嫌ッ、やめてっ。 ……もうゲイルさんの悪口なんて言わないからっ! ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
メアリは必死に暴れ、その拍子にテーブルの上から皿が落ちてカーペットへと赤黒い肉が飛び散る。
その赤黒い肉の上から、まるで誕生日ケーキの蝋燭のように”目の玉”がコロコロと悠とヴィスラに向かって転がる。
「みんな、みんな、そう言うんだっ。い、いつもは俺のことを”混じり”だとか”ゲイルの血は汚れ”だとか言うくせにっ!!!」
ゲイルは黒い髪を振り乱し、黒と青のオッドアイでメアリを睨み付ける。
メアリの口からは謝罪の言葉が消え、狂ったように叫び声を上げる。同時にメアリを中心に生暖かい液体の染みがカーペットへと広がった。
「お、お父さんを、お父さんの肉を食べろなんてっ、む、無理に決まってるでしょっ!??」
「む、無理? 俺には同じことをさせておいて、無理だって? ははははははははっ! 無理? ははははははははっ!」
ゲイルは焦点の合わない表情で笑うと、メアリを引っ張ってさらに奥へと歩いて行く。
ミリィの方は口から赤黒い肉をこぼしながらも、なんとか肉を口へと運ぶ。
「お、おい。ヴィスラ」
そこまで悠は固まって見ていたが、メアリと呼ばれた少女がゲイルに連れて行かれそうになるのを見てハッと我に返る。
そして後ろに居たはずのヴィスラに声を掛けるために振り返る。
(えっ、あいつどこに行った?)
そこにヴィスラの姿はない。
悠はヴィスラの姿を探そうと辺りを見渡す。そして見つける、ヴィスラの姿を。
「アンタが誰なんて知らないけど、アンタのアーティファクトと命をよこしなさね」
ヴィスラはゲイルと重なるようにして立っていた。
そしてゲイルの背後から突き抜けたヴィスラの右手は、ゲイルの左胸を正確に貫いていたのだった。




