「To the Deeper」
――宇宙には始まりがある。
そこにある星にも始まりがある。
そこに住む生物にも始まりがある。
そこで起こるあらゆる事象にも必ず始まりがある。
始まりにも始まりがある。
最初の始まり。
ゼロの起源。
原初の源。
これは、小さな青い星から始まる、始まりと始まりを繋ぐ物語である――
地平線の彼方まで際限なく広がる、雲一つ無い青天。その下には、海底が透けて見えるほどに澄んだエメラルドグリーンの海。
見渡す限りの洋上は、真上に昇った太陽からの光を受けて金色に煌めいている。
東シナ海洋上。悠々とした時間の流れる昼下りの午後。沖縄本島にほど近いこの場所に、およそ似つかわしくない物体がそこにあった。
一隻の船だ。船といえども漁船のような普通のものではない。
フェリーほどの大きさながらも、じみた角の多いのっぺりとした船体には、ステルス戦闘機のような艶消しの黒色の塗装が施されている。
そして船首にはこれまたバカでかい大砲が二門、縦に並ぶようにして備わっている。
これを船に詳しくない人が一見すれば戦争でもおっ始めるつもりなのかだとか、まさに戦艦だとしか思えないような、とても攻撃的な外観をしている。
そんな船のだだっ広い甲板上。そこにもまた似つかわしくない物があった。
あたかも浜辺であるかのように広げられたパラソルとビーチチェア。
その中で横たわる肥満体型の男。しっかりと奥まで腰掛け、休暇中であるかのようにくつろいでいる。
歳は四、五十代だろうか。ベージュの軍服を着こなし、特徴的な大きな鷲鼻と目元を飾るように洒落たしずく型のサングラスを掛けている。
男は手にグラスのフチに溢れんばかりの果物が差し込まれた、ステレオタイプなトロピカルジュースを手にしている。
そして時折グラスを顔に近付けると、ストローを舌で口元へ手繰り寄せるようにしてオレンジ色の中身を啜る。
それからじっくりテイスティングするかのように目をつむり、ゆっくり飲み下す。
「……ジーニアス!」
低く唸るような声で呟き、片方の口角だけを上げてニヤリと笑う。男の声は悪役といった印象の中にも優しさを感じる不思議な声だ。
「――こちらフロッグ隊。大佐、応答願います」
パラソル脇に置かれた無線機から発せられたノイズ音を皮切りに、男の元へ一報が入った。それは付近の海中からであろうダイバーの声だった。男はゆっくり体を起こすと無線機を取って応答する。
「こちらヘイル、調子はどうかね?」
「聞いて驚かないで下さい。海底にて《《対象物V》》を発見しました!とてつもないエネルギーを感じる……今、目の前にして手が震えています、これは間違いありません」
ダイバーが口にした、対象物Vというワード。聞いた瞬間、男は目の色を変えて興奮気味に立ち上がった。
「――ジーニアス!!よくやってくれた!今すぐソレをそのまま上まで持ち帰ってくるがいい。おっと気をつけたまえ、何が起きるか分からんからくれぐれも慎重になあ」
無線越しに早口でそう告げると天を仰ぎ、甲板の上で男は再び呟いた。
「……ジーニアス!!」
男の名はヘイル・レモンフォード。採掘業における最王手ドミニオン・エクスプローラーX社CEO。元アメリカ海軍大佐。
このミッションは男の命運を掛けた戦いであり、全ての始まりの記録である。