四の手 聖剣エクスカリバー
「・・・ういちさん、光一さん。聞こえてますか?」
「・・・っ!はい!ミカンはおやつに入ります!てあれ?僕、確か聖剣で胸を刺されて・・・」
「そんなことより光一さんの学校で遠足に持っていくバナナとミカンに関してどんな論争が起きたのかが気になります!」
「いやいやいやいやいや!!人一人殺しかけたんですからそっちの方を気にしてくださいよ!!ん、というよりあの感じは明らかに致命傷だった気が・・・」
またもや意識が飛んでいた光一だったが、さすがに臨死体験まで気のせいだとは思えなかったようだ。
気になって首元から覗いてみたが、傷跡どころか血の一滴も見当たらない。
「ああ、傷なら儀式が終わった後すぐに復元しておきましたから心配ないですよ。儀式の方も三秒前には無事完了しましたし。仮に手遅れだったとしても、ちゃんと蘇生させてあげますよ」
「三秒前って・・・いやいいです。聞かなくても分かりました」
どうやら一歩間違えれば臨死体験ではなく、蘇生体験になっていたらしい。どちらも嫌だが光一も人の子、死亡経験など避けられるなら何が何でも避けたいお年頃である。
「そ・れ・よ・り・も・ですよ!どうですか光一さん、聖剣エクスカリバーのマスター、聖剣士になった気分は!」
衝撃の体験で今まで気づかなかったが、燦然と光り輝く美しい聖剣が同等の美しさを持つ鞘に収まって、光一の背中に背負われていた。
このままでは光一からは見えないので、これまた尋常な造りではない白の剣帯を外して手に取って見てみた。
「なんというか、すごいの一言ですね。僕がもつには分不相応というか・・・」
「またまた!心にもないことを言っちゃだめですよ光一さん!幼稚園の頃に見た騎士の物語の絵本で衝撃を受けて以来、ボッチライフを彩ってくれたファンタジーの世界どっぷりハマってこなしてきた漫画、小説、ゲームは数知れず、ここ数年は創作活動にも御熱心なようで。何でしたら今から光一さんの自室の机の引き出しの二重底にしまってある、とある紙束の内容を朗読して差し上げましょうか?」
「いやぁかっこいいですね!!こんな剣が前々から欲しかったんですよ!!聖光神ルミナス様、ありがとうございます!!」
飴と鞭の使い方を心得ている女神である。今のところ鞭しか使っていないような気もするが。
「でもルミナス様ちょっと気がかりなことが」
「なんですか?もう制約が完了しているのでクーリングオフは利きませんよ」
「なんで僕の世界の法律に詳しいんですか・・・いえですね、このエクスカリバーなんですが、見た目凄く派手じゃないですか」
「それはもう、聖剣ですから、カッコよさも大事ですしね」
「そうなんですか?でも今のエクスカリバーは大魔王に敗北して力が弱くなっているんですよね?」
「そうですね。その理解で間違っていないです」
「これだけ派手な剣だと大魔王とその配下にすぐに狙われると思うのですが。悪目立ちしている中途半端なお荷物を抱えるのは今の僕には厳しいというか・・・」
《誰が悪目立ちしているゴミクズだ!?死んで詫びろ脆弱な異邦人が!!》
これまで一人と一柱しかいなかったはずのこの空間に突如としてどこからともなく声が響いた。
いや、声が耳まで届いたわけではなく、脳に直接語り掛けるような奇妙な感覚に光一は襲われた。
「え、誰ですか?ていうかどこから?」
《ここだ!お前の目の前だ!》
「ああ、ルミナス様の仕業でしたか。ここには僕とルミナス様しかいないし当然ですが、すごい腹話術ですね、神様は何でもできるんですね」
「え・・・ええ、はい、すごいでしょう!何しろ神様ですから!!ワレワレハウチュウジンダ」
「おお、実は僕腹話術にちょっと憧れてまして、僕にもすぐにできるようになるでしょうか?」
「ええ、褒めてくれたお返しにちょっと教えてあげましょう。その駄剣を背負ったままだと邪魔でしょうから、その辺にうっちゃっておいてください。まずは口をうすーく開けてですね」
「無視をするなーーーーーーーーー!!!!ルミナス様も悪ふざけが過ぎます!!」
「あ、今度は普通に聞こえた」
光一が再び声のした方を探してみると、どうやらエクスカリバーが声を発したらしい、という事実にようやく気付いた。
「プククククク・・・おほん、光一さん、改めて紹介しますね。神々によって下界に遣わされたイヴァルディシリーズのみに許された意思を持った武器、聖剣エクスカリバーです。と言ってもその声を聴けるのはイヴァルディシリーズのマスターのみですが」
「ええええぇぇぇぇーーーーーーー!!!!しゃべるんですかこの剣!!」
「イヴァルディシリーズは下界の武器とは比べ物にならないほど強力な力を秘めているので、力の管理、光一さんには火器管制と言った方が通じるでしょうか?他人にはもちろんのこと、誓約を結んだマスターであろうとイヴァルディシリーズの承認なしに力を使うことはできません。暴走と悪用の阻止、そしてマスターの適正、この辺りを見極めるためのインターフェイスとして人格が与えられたのです」
「そういうことだ、わかったか小僧!それと私のことも様をつけて呼ぶように」
「光一さんちょっとエクスカリバーを預かりますね」
そう言われて剣帯を外した光一からひったくるようにエクスカリバーを受け取ったルミナスは、そのまま下に叩き付け、足蹴にし始めた。
「黙れ!この!駄剣が!わたしの!客に!なんて!口の!聞き方だ!」
「お、お許しを、お許しをををををうぉ!!」
「あ、あははははは」
またもや女神のイメージが総崩れになる光景に乾いた笑いを上げる光一。さすがに気まずくなったルミナスは聖剣への暴力行為をやめ、一通り目視で点検した後、光一に変換した。
「おほん、失礼しました。話を戻しましょう。派手な見た目で大魔王の配下である魔族に見つかると厄介だということですが、問題ありません。こんなこともあろうかとエクスカリバーには擬態の機能がありまして、マスターのイメージ通りの姿に変身する能力を得ることができるのです。ただし一度形態を決めてしまうと、次のマスターに受け継ぐまで二度と変更できませんので、擬態はよく考えて使ってくださいね」
その時、光一の脳裏に一つのイメージが浮かんだ。とっさの思い付きだったが、これ以上に相応しい形態はないように思えた。
「ルミナス様、早速ですが思いついた形態がありますので、これで行きたいと思います」
「後悔はしませんか?」
「自分でもちょっと戸惑ってますが、たぶんしないと思います」
「熟慮も過ぎれば迷いになりますしね、わかりました。と言っても、エクスカリバーのマスターになった光一さんに対して私がお手伝いすることは何もありません。擬態!と叫びながらその形態をイメージするだけです」
「はい、ではいきます。メタモルフォーゼ!!」
光一がそう叫ぶと、手に提げていたエクスカリバーが光の塊へと変わり、宙に浮いた。最初は球体だったが、次第にある物体へと形を変えていった。そして光が終息した後、聖光神ルミナスの笑い声が辺りに響き渡った。
「アハ、アハハハハハ!!くふふははははは!!そ、その、あははははははは!!ヒー、ヒー、く、苦しい、もうやめて、可愛すぎる!!」
そこには茶色の毛にピンと立った耳、くるっと丸まった尻尾に白い四つ足、前に突き出た口は舌を出しながらハッハッハッと短い間隔で息をしていた。
光一が元居た国である日本を代表する愛玩動物、柴犬がそこにはいた。