三の手 誓約の儀式
「・・・ういちさん、光一さん。聞こえてますか?」
「・・・っ!はい!バナナはおやつに入りません!てあれ?僕、今何をしていましたか?」
「もうっ、こんなに私が懇切丁寧に教えてあげているのに居眠りですか?めっですよ!」
意識を取り戻した光一だったが、少しの間の記憶が飛んでしまっていた。
「おかしいな、先代のエクスカリバーのマスターが大魔王討伐に失敗した話までは憶えているんだけど・・・なんだろう、無表情、(ピー)、うふふ、右手が霞んで・・・う、頭が痛い・・・」
「大丈夫ですか光一さん!?(ちょっと脳を揺らした回数が多すぎたかしら?)」
「え、何か言いましたかルミナス様?」
「いえいえ、何も言ってませんし、何も知らなくてもいいこともあるんですよ光一さん。頭痛がするのはきっとどうでもいいことを思い出そうとしているせいですよ。大事なお体なんですから無理は禁物ですよ」
「そうですかね、そうですよね。女神さまが言うんですから間違いないですよね。ありがとうございます!」
「そうですそうです、光一さんはそのままの光一さんでいてくださいね」
ルミナスの女神の微笑を受けて光一の心に漂っていたモヤモヤが霧散していく。チョロインならぬチョーローである。
「で、すみませんルミナス様。どこまで話してもらったんでしょうか?」
「先代のマスターが敗れたところまでですから、光一さんの記憶に間違いはないですよ。
つまり光一さんには、これからここで聖剣エクスカリバーと誓約を交わしてもらい、新たなマスター、聖剣士の称号を受け継いでもらいたいのです。ではお尋ねします、覚悟はよろしいですか?」
自ら大魔王と戦うか、丸投げして間接的に人類を滅ぼすかの選択を再び迫る女神。明らかに治りかけの傷口を抉る行為である。
「はい。これでも男ですから、一度決めたことは最後までやり通したいです。ただ一点だけ質問してもいいですか?」
「はい、いいですよ。と言っても神様なのでお見通しです。友達も恋人もいない光一さんにとっての心残りはご両親のことですね」
「うぐっ、は、はいその通りです・・・」
ルミナスの全知全能アピールのために光一の心はまたも削られてしまった。
「ちょっと光一さんの関係者全員の記憶を一時的に弄らせてもらいまして、現在皆さんの中では不定期の海外留学に行っていることになってます。連絡などもいかないようにうまく辻褄合わせしてありますのであちらの世界で大騒ぎ、なんてことにはなっていませんのでご安心ください」
「なるほど、とりあえず父さんと母さんを心配させるような事態になっていないだけでも安心しました」
突如この区間に飛ばされてからずっと気になっていた懸念が解消されて、光一はほっと胸をなでおろした。
「ただし、光一さんが元の世界から消えてしまったのは紛れもない事実ですから、一生誤魔化し続けることは記憶操作が露見するかどうか、かなりの賭けになることだけは覚えておいてくださいね。もちろん私にはこちらの世界に呼んだ責任がありますから、光一さんが望めばこちらへの移住の許可もやぶさかではないですが・・・」
「いやいや、まだ正式に異世界に到着したわけでもないですし、帰る気しかしてないですって」
「そうですね、私も元の世界への帰還をお勧めします。(若干一名、光一さんを捜す可能性が出てきそうな人もいますしね)」
「ルミナス様?何か言いましたか?」「いえいえ、こちらの話です」「そうですか?ならいいんですけど」
「では改めまして、影野光一さんが聖剣エクスカリバーのマスターとなる、聖剣士の誓約の儀式を始めたいと思います」
俄かに顔つきと雰囲気を変えた聖光神ルミナスが宣言する。
これまでは割とフランクに会話してきた光一も慌てて姿勢を正す。
「そんなに緊張しなくてもすぐに済みますよ。本当はややこしい手順がいくつもあるんですけどね。今回はその辺を神パワーで省略します」
戸惑う光一の頭上がいきなり明るくなったかと思うと、その光の中心から光一の背丈ほどはあろうかという細身のこの世の物とは思えぬほど美しい長剣がゆっくりと降りてきた。
そしてルミナスの掌の上にピタリと収まると、目のくらむような光も同時に消えた。
「では光一さん、ちょっとの間ですが我慢してくださいね。いってらっしゃ~い♪」
満面の笑顔でそう言うと、聖剣の柄を両手で握ったルミナスの手元が霞んだかと思った次の瞬間、光一の胸から背中にかけて冷たい感触が突き抜けた。
震える体で何とか胸元を見ると、エクスカリバーが心臓辺りを貫いていた。
「え・・・えぇ?」
口から大量の血を吐いた光一は再び意識を失った。