一の手 よくあるけど一つも良くない異世界転移
コウイチは落ち込んでぬいぐるみのように動かなくなった子犬と呼ぶには大きく、しかし成犬と呼ぶにはあまりにも未熟な茶毛の犬を抱きかかえ、誰もいない街道を歩きながらあの日、突如異世界に略取誘拐された日のことを思い出していた。
「目が覚めましたか?影野光一君」
高校二年生にもなって、まだ中二病が治っていないのか、と軽く自己診断に落ち込みながら、光一は真っ白な空間の中で、金髪碧眼の美女の前に立っていた。
「は?え?」「突然ですが、あなたには異世界に行ってもらいたいのです」「ちょっとま」「その異世界でちょっと困ったことが起きておりまして、解決できる資格者を探し回っていたら、あの世界であなたをを見つけたというわけです」「ちょ、ま」「この世界はあなたにしか救えません!さあ影野光一君!血沸き肉躍る冒険に旅立つのです!!」「ちょおぉっと待っってください!」
せっかくの夏休みなので朝食を食べた後に至福の二度寝を貪っていたはずの光一だったが、突然の常識崩壊シーンにわけのわからない説明で、光一の脳みそは処理能力の限界を超えてしまった。
「ちょっとよくわからないんですが、質問しても?」「もう、せっかくノッてきたところなのに。まあ、せっかくの機会ですから何でも答えちゃいますよ!私は慈悲深いですからね!」
まだ混乱中の光一だったが、一つだけ確信したことがあった。
(とりあえずこの人のペースで話を進めさせたら酷いことになるな。信じがたい事態だけど、ノーヒントで異世界に飛ばされても敵わないし、できる限り情報を引き出さないと。ていうかこの人今ノリでヒトの人生を激変させようとしたのか!?)
これはとんでもない人に僕の運命握られちゃってるな、と内心怯えながら光一は質問を始めた。
「まずあなたの名前をお聞きしても?」
「私の名は、真なる光をつかさどる聖光神ルミナスと呼ばれています。本当はもっと長いんですけどね」
「か、神様であららせられてましたか・・・」
「下界だとちゃんと名前の全部を言わないと宗教裁判にかけられちゃうらしいので気を付けてくださいね。でも、光一さんはこの世界の住人ではないですし、私のお客様みたいなものですから特別にルミナス様、だけで許しちゃいます♪」
(様付けは必須なんだ・・・タメ口は後が怖いから絶対にやめよう・・・)
薄々気づいてはいたもののはっきり神と名乗られると、やっぱりリアルな夢で終わってくれないかなー、と軽い現実逃避を始める光一だったが、リアルすぎる夢はやっぱりリアルそのものなんだな、と
「光一さん、どうかされましたか?」
「いえ、何でもないです。質問を続けますね。先ほど僕のことを資格者と呼んでいましたが、どうして僕が選ばれたんですか?というより、僕のことをどこまで知っているんですか?」
困惑気味の光一の疑問によくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの薄い笑みを浮かべたルミナス。
「詳しい事情をいきなり説明しても異世界人である光一さんに理解してもらうのは大変でしょうから要点だけお話ししますけど、聖魔の調和がとれていたこの世界イヴァルディで10年前に突如魔王を超える魔王、大魔王が出現し世界征服に乗り出したのです。この世界を司る神々ですら正体を看破できないほど強力無比な存在だったため、神々の裁定が下り聖なる力を宿した武具、イヴァルディシリーズを持つマスター、その中でも最強の剣士を派遣し、大魔王討伐に動き出したのです」
「はあ、大変ですね」
事前に言われていたとはいえ、要約された説明でも異世界の、それも未成年の光一には難しすぎる話である。
「あ、やっぱり難しいですよね。簡単に言うと、ヤバい悪者が暴れだしたので神様がえいっってやっちゃおうってことなんですけど、神様が直接やると大人げないので下界のことは下界の人達で解決してもらおうって話になったんですよ。ここまではいいですか?」
「わかったようなわからないような、ちなみに神様が直々にえいっってやっちゃうとどうなるんですか?そっちの方が手っ取り早い気がするんですが」
正直、大魔王と戦わされそうな光一にとっては聞いておきたい選択肢である。
だが世界のバランスを取り戻そうとするルミナスにとって、人間の存在はあまり重要ではなかった。
「うーん、私的には解決するならどちらでもいいんですけど、あんまり加減が聞かないので良くて天変地異で済ませられるかってところですね」
「・・・ちなみに悪い場合はどうなっちゃうんですか?」
「天地開闢になっちゃうかな♪」
「なっちゃうかな♪じゃない!!」
「光一さんもあまり乗り気ではないようですし、そっちにしておきましょうか?」
「やります!喜んでやらせていただきます!!」
普通の男子高校生である影野光一が異世界転移で選ばされたのは、異世界のバランスを崩すほどの力を持つ大魔王と戦わされるか、神様に丸投げして大魔王もろとも人類を滅ぼすかの究極の二択だった。危ない目に遭って英雄になるか、楽な道を選んで悪魔になるか、日本という国で割と常識的な教育を受けてきた光一が英雄になる道を選ぶのはある意味当然の帰結となったわけだが。
「光一さんがやるきになってくれてよかったです。できることなら穏便に済ませたいですものね」
ルミナスのその言葉が天然なのか思惑通りなのか光一には判断がつかなかった。人類にあまり興味がなさそうなので前者のような気もするが、神様のやることなのでただの人間には及びもつかない考えがありそうな気もする。結局答えの出るはずのない疑問だと思い直し、ルミナスへの質問を続けることにした。
「話を戻しますが、僕が資格者ってどういうことなんですか?ただの高校生には荷が重いというか、僕のことをどこまで知った上で、大魔王討伐なんて話になったんですか?」
「あ、さては私のことを見くびってますね。ふふん、いいでしょう、私の力を見せてあげましょう!」
急にテンションを上げてきたルミナスに対して「あ、これ押しちゃいけないやる気スイッチを押してしまったんじゃ」と慌てて止めようとする光一だったが、ルミナスという暴走列車の前には一高校生が抗えるはずもなかった。
「まず光一さんの名前の由来ですが、両親ともに大人しい性格だったことと影野という珍しいですが決して目立つことのない名字を気にして明るい子に育つようにと願いを込めてつけられたようですね。でも健康的には問題なしでも性格が両親そっくりということで親御さんは心配していますね。光一さんは光一さんで引っ込み思案な性格を気にしているようですが、大丈夫です、先ほどの私への華麗な突っ込みを忘れなければ社交的な人間に生まれ変われます!現在に至るまで学校で点呼を忘れられること158回、友達に遊びに誘われたこと3回、人に「君誰だっけ?」っていわれたこと302回、病院での診察待ちの最長記録時間6時間15分、ちゃんと提出したのに先生から宿題持って来いと怒られたこと27回、半年間隣の席だった香織ちゃんにラブレターを送ったが手紙に気づいてもらえなかったこと3回、意を決して香織ちゃんに直接告白したら「ええっと、下級生の子?」と言われたこと1回の光一さんでも明るい性格になれます!!あとは」
「モウヤメデエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!!」
大量に目から流れた汗で前と明日と希望が見えなくなり、光一の心は異世界に行く前にポッキリ折られた。