終の手
「僕の使命はこれで果たした!聖光神ルミナス様に栄光あれ!!」
聖剣の使い手はそう叫ぶと青い光を瞬かせた直後、その場から姿を消した。
その言葉を聞いた一部の町の住民がざわつき始める。
「今、あの方は聖光神ルミナス様とおっしゃらなかったか?」「ルミナス様と言えば・・・エクスカリバー!!」「ではやはりあの方は聖剣士様か!!」「おお、神よ!」
「皆!落ち着いて聞いてくれ!!」
町の人々が声のした方に注目すると、この町の衛兵隊のトップである隊長が集団から一歩進み出ていた。
「魔族の生贄にされるところを救ってくださった聖剣士様と聖光神ルミナス様に今日一日感謝を捧げたいのは私も同じだが、魔人の脅威は去ったとはいえまだ事は終わっていない。幸い聖剣士様のおかげで戦意はないようだが、衛兵隊は生き残りの魔物たちを討伐、あるいは町の外まで一匹残らず追い出さねばならん。それ以外の町の衆は急ぎ町の門の修復の開始と怪我人の治療、区画単位で町の建物の点検をお願いしたい」
わかりました、オウよ、と早速医者とその助手たち、建築ギルドの面々が各所に散り始める。
「それと教会、担当ギルドから選抜して日がある内に犠牲者の火葬の準備を頼む。魔人の襲来の影響で瘴気がいつもより濃い。急がなければ始末の遅れた死体が夜にもゾンビ化する恐れがある」
無言で頷き、門と教会の方への方へ裾を乱さぬ範囲で走り出したのは神父とシスター、それに目顔で指示を受けた十人程の衛兵と、火葬に協力する一般の住民だ。
「さて、残りの衛兵隊は女子供を家に送り届けつつ、五人一組で町の掃除だ!我らの手で町を守れなかった分、ここからは一人の犠牲も許さん!!衛兵隊にもだ!!冒険者ギルドにも手伝ってもらうぞ!!」
はっ、と一斉に隊長に向けて敬礼する衛兵隊と、思い思いに気合を入れるいわば個人事業主である冒険者とではバラバラの動きではあったが、その表情は一様に真剣だった。
「では衛兵隊は門の防衛と主な通りを、冒険者は脇道の一つも漏らさずに頼む!ぬかるなよ!!」
隊長の檄とともに町が復興に向けて動き出し、ふう、と息を吐いたところへ後ろから声が掛かった。
「これは、司祭様と冒険者ギルドのギルドマスター殿」
「ご苦労でした。我々は自分の領分ではそれなりの力を持っていますが、町全体となるといささか影響の及ばないところもありますので」
「この事態にお主のような気概も人望もある人間が衛兵隊を率いていたのがせめてもの救いだな。このまま指揮は任せるぞ」
「ではやはり・・・」
「ああ、あの腰抜け代官は地下室に閉じこもったままこちらに丸投げしおった。これだから貴族の腰巾着は!!」
この町はとある門閥貴族の領地の中でも有数の規模であり、本来なら町のトップである代官には優秀な人材が派遣されてしかるべきなのだが、五年前から同じ派閥内のどこぞの貴族の三男坊がコネと賄賂で居座り、町政は停滞しがちになっていた。
今回の魔神ドーギルの襲撃に関しても、衛兵隊の見回り回数を減らしたり、冒険者ギルドに定期的に依頼する町壁外の哨戒任務の依頼を半減させたりと、住民の避難を遅らせる一因を生み出していた。
(しかしこの町は各組織の連携がうまくいっているからまだマシな方だ。しかし一年後、五年後に同じような襲撃があった場合、あの聖剣士様の助けを待つ余裕すらなくなっているのではないか?)
「・・・おい、聞いているのか?」
「す、すみません」
「はあ、お主の懸念も大体想像はつくが、今気に病んでも仕方があるまい。まずは町の門の修復と防備体制の見直しにかからねば。だがそれよりも優先すべきことがある」
「町の防備よりもですか、ギルドマスター殿?」
「しっかりせんか!魔族の領域の奥深くに消えて以降行方不明だった聖剣エクスカリバーの健在が明らかになったのだぞ!一刻も早く周囲の町や都市や砦、何より王都に向けて我らがそれぞれ急使を送らねばなるまいが!!」
「魔族の領域まで決して近くはないはずのこの町まで魔族の部隊が、しかも騎士様を倒すほどの魔人がやってきたことも早急に伝えねばなりません。隊長殿、事は町の中だけの問題ではないのです」
「申し訳ありません。私が真っ先に言わねばならないことでした。では、衛兵詰所の私の私室で内容を詰めましょう」
そう言って司祭とギルドマスターを促しながら、衛兵隊長はふと気になった。
(そういえば、噂によれば聖剣エクスカリバーの使い手は最強の聖剣の名にふさわしく、あの光と剣によるまさに聖剣士といった戦い方をすると記憶していたが、先ほどの聖剣士様の戦いを思い出すに、一度も剣で斬るところを見ていないような気が・・・気のせいか?)
答えの出ない疑問を振り払いながら、衛兵隊長は目の前の難問に集中することにした。