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終の手

「研究中のところ失礼いたしますジュラスター様、斥候に放っていたリッチの内の一体からの魔力反応が消失しました」


「うむ、わざわざ私のところまで報告に来たのだ、何か異常があったのだろう。その個体にはどの任務を与えていたのだ?」


「は、その通りにございます。そのリッチには騎士ガルドの消息を探らせていましたが、自然以外何もないはずの一帯で消息を絶ちました」


「ああ、例の個体か。突然あの戦鬼の異名を持つほどの騎士が田舎に引っ込むとの知らせを受けて後を追ったが、馬鹿な官僚が我への報告を怠ったがためにまんまと逃げられたことがあったな。あの官僚の男の断末魔といったら耳障りすぎてある意味で忘れられん記憶だ。確か余興としてその男の死体に魔術師の魂を憑依させて作った個体だったな。そうか、最後の最後で役に立ったか」


「自分のことをジュラスター様の側近と信じて疑わない哀れな道化師でしたな」


「作った後に記憶操作の実験を繰り返した後遺症で記憶が混濁したのだ。そこそこの魔力と珍しい系統の使い手と後で判明した時には少々後悔したものだ。実験動物の域は出なかったがな。それで、どのような異変が起きたのだ?」


「は、どうやらその何もないはずの辺境で戦闘を行って、消滅寸前まで消耗した後に聖なる光で討たれたようなのですが、少々信じがたいデータが取れまして・・・」


「外に放つ個体には少々性格や記憶に問題があっても記録や観測に関しては万全の処置を施している。構わぬ、申せ」


「は!そのリッチが討たれた際の聖なる光自体は大した力ではないのですが、通常の武器ではありえない量の熱エネルギーが使用された形跡があるのです。どうやら消滅の原因は聖なる光などではなく、凄まじい高熱に晒されたが故に肉体が燃え尽きたことによるものの様なのです」


「ほう、それは確かに興味深い。仮にその仮説が事実だとすれば少ない魔力でその何倍もの力に増幅できる可能性が出てくる。よし、その現場には我自ら調査に入る。速やかにここにいる僕をすべて招集して出発の支度に入れ」


「全員で向かわれますか、承知しました。ですが、ここの管理はよろしいので?」


「ここまで一切外に漏らすことなく事を進めてきたのだ、気づかれる心配は不要だ。万が一の事態が起きたとしても、ここの者たちが我の魔力と結びついている限り誰も手出しはできぬ。すでにこの屋敷の者たちだけでも事を起こせるだけの改造は済んでおるからな。ここには帰らず新たな拠点に移るつもりだ」


「差し出がましい口を挟みました。お許しください、師よ」


「よい、それよりも支度を急がせろ。データ収集は早い方に越したことはない。それと私は勿論だが、弟子であるお前たちの顔も王国ではそれなりに知られてしまっている。道中は常に隠蔽魔術を重ね掛けして進むことにする。呪符や魔道具の準備も怠るな」






それは元々は何の変哲もない一本の杖だった。古の技で作られたそれは強力な力こそ秘めていたがそれ自体には何の意思もなく、使い手次第で善にも悪にもなりえた。偶々それを最も使いこなした魔導師が宮廷魔導師の立場を隠れ蓑にして生涯に亘って非道な人体実験を繰り返しただけのことだった。


魔導師の重要な実験には必ず使われたそれは、常識では計り知れないほどの数の怨念を次第にその身に貯め込む様になった。多くの嘆きや怨嗟の声をその身に受けながら、いつしかそれは集合意識というべきものを獲得するようになったが、己の実験に没頭する魔導師に察知されることはついになかった。


主である魔導師のの最期は、召喚した悪魔との契約に失敗した代償に心臓を奪われるという実にあっけないものだった。その後、宮廷魔導師だった男の遺品整理の最中に非道な実験が繰り返された隠し部屋が見つかり国中が大混乱に陥るのだが、発見された部屋の中からは魔導師の愛用していた一本の杖がいつの間にかに消えていた。


それからの五百年、それは次々と強力な魔導師の手を渡り歩いたが、手にした者全てが発狂するか怨念に取りつかれ突如凶行に走る呪いの杖と成り果てていた。それの力を惜しんで幾人もの神官や解呪師が呪いを解こうと試みたが、全て返り討ちに遭いそれの力の一端に加わる結果となった。


そうして二百人の魔導師、神官など強力な力を持つ者達を呪い殺したそれは、十分な力と膨大な知識、何より人類に対する底知れない怨念を以て魔人へと転生した。その中間にある魔物や魔族を飛び越えての異例の昇格は当時の大魔族達を震撼させたが、襲撃してきた二、三の魔族を軽くひねったところで魔族の中でも認められるようになった。


魔人としての立場を確立したそれは行動を始めた。その力に心酔した数人の魔族が弟子入りしたことで一派を形成した際にそれの呼称が必要になった時、それは己のかつての主の名を名乗ることにした。そしてどうせ名乗るならかつての主と同じやり方で人類を恐怖に陥れるのもいいと思い、弟子たちと共に人類の国に潜入して内側から滅ぼすことにした。


それとしては幸いなことに、人類にとっては不幸なことに、それの外見は人間と何ら変わらず、本気を出さない限り魔人と見破れる者はこれまで一人も存在しなかった。だがそれは油断しなかった。かつての主のように宮廷魔導師の職に就くことなど赤子の手をひねるように容易いことだったが、公の立場になればいずれは教会に目を付けられかねない。そこで目を付けたのは大貴族だった。大貴族の専属魔導師になれば、潤沢な資金と大貴族の名で大抵の無理が通るようになる。それはとある侯爵家に近づき己の力の一端を披露することであっさりと専属魔導師の座に収まった。職を追われ、侯爵の屋敷から出て行ったはずの前任者がその後行方不明になったが、気にした者は誰もいなかった。


侯爵の寵愛を受けて時には侯爵に助言し、時には侯爵の代理として王都に赴くようになったそれは、ゆっくりとしかし確実に国を蝕んでいった。専属魔導師になって十年が経った頃には侯爵の本宅の者は当主も含めて全員グールと化していた。だがそれが丹精込めて制作したグールは、意識もはっきりしていれば心臓も確かに動いている。侯爵領の教会の司祭は真っ先にグールとされていたため、気づける者は誰もいなかった。


侯爵領を完全に掌握し、密かに死者の兵の制作を弟子に任せたそれの次の標的は王都だった。今度は侯爵の代理として宮廷に食い込み、王城をグールで溢れさせる計画だった。そこまでやればさすがに感づく者も出てくるのは確実だったが、最早それにとっては大した問題ではなかった。王都の人間が大量にグールと化していたと発覚すれば確実に大混乱に陥る。その隙に侯爵自ら死者の兵を率いて王都に攻め入り、さらに王国の外から魔族が侵攻すれば間違いなく王国は滅ぶ。それにとって死者の溢れかえった王国はまさに最上級の宝石箱と化すだろう。


そんな想像を愉しみながら、ジュラスターと名乗る魔人は弟子と共に哀れなリッチが謎の消滅を遂げた現場へ赴くのだった。







「・・・というわけで、ルミナス様がお前の心臓にに私を突き立てた時に聖剣士の称号と共に言語知識が流れ込んだというわけだ」


「それでクラリス達とも普通に話せたんだ。そう言われれば違和感があったようなないような・・・」


「まったく、その鈍感さがいいことなのかどうか、この間のように焦ってボロを出されるよりはましなのだが・・・」


「でさ、その言語知識ってやつは元の世界に帰った後も僕の中に残るものなの?」


「いや、これは私の推測に過ぎないが、コウイチと誓約を交わす前にルミナス様が私の中に言語知識を扱うための機能をセットにした状態で付与したものと思われるのだ。大魔王を討伐して元の世界に帰るときには聖剣士の誓約も解かれるのと同時に言語機能も元に戻ることになる。だがあくまで私の推論だ。実際の所はルミナス様にお尋ねせんことには何とも言えん」


「まあそれはそうなんだろうけどね、それでも納得はできたからよかったよ。教えてくれてありがとう」


「まあそれならいいが、そんなことより光一よ、こんなに早く村から出てきてしまって本当によかったのか?あの村で諸々の常識を学べばこのイヴァルディの世界での苦労もかなり軽減できたとは思うぞ?」


そうエクスカリバーと光一が会話しているのは、カノエ開拓村から街道沿いにしばらく歩いたところにある大きな木の木陰だった。ちなみに傍目から見ると、人間が喋ると犬が吠えるという気が狂っているとしか思えない構図なので、人の目がある場所では絶対にできない行為である。


「うん、確かにあの村の人達はみんな親切だったし、クラリスやガルドさんに色々教えてもらいながら生活なんて、異世界からやって来たばかりの僕にとっては夢のような話だよ。普通に暮らしていくだけならね」


「む、そうか私が前に言ったことを覚えていたか、あれはそういうつもりで言ったわけではなかったのだがな」


「こっちの世界に慣れすぎるとどうしても固定観念にとらわれやすくなるしね。なによりあの村には僕のようなイレギュラーな存在が永住する覚悟もないのにいつまでもいちゃいけないと思ったんだよ」


「そうか、そこまで考えてのことだったか。私としては大魔王を倒した後に、あの娘と添い遂げていつまでもあの村で暮らす道もあるのだと思ったりもしたがな」


「クラリスと!?あははは、僕なんかクラリスにとって弟の様なものだよ。男として見られているわけないじゃないか。いきなり変なことを言うなよ」


(・・・はあ、鈍感さで言えばこちらの方が重症だったか。これは私の手には負えんな)


そう溜息をついた柴犬の姿をした聖剣は話題を変えることにした。


「それで光一よ、この前出していた課題の方は考えが纏まったか?」


「ああ、新しい技のことだっけ?」


「そうだ。今回の初陣は戦闘能力に限って評価すれば戦いの素人とは思えないほど素晴らしいものだった」


「いやいや、エクスカリバーが凄かっただけだよ」


「その通りだ、よくわかっているではないか。光一の素質を見抜いたルミナス様が九割、残りの一割は私の力といいたいところがだ、まあ、光一の発想は確かに役には立ったから、一割の内の一割くらいは評価してやらんでもない」


「あはははは、あ、ありがとう・・・これお礼を言うところなのかな?」


「だがしかし!!あのような技はリッチのような雑魚相手でなければ通用せん。この先あのリッチの何百倍も強大な魔人どもと戦う為にはどんな相手でも一撃必殺で倒せるような必殺技が必要になってくる。これまでの私なら何の問題もなかったが、今回は光一、お前が自ら考えて光一専用の必殺技を編み出さねばならんというわけだな」


「それなんだけど、一応考えてはきたんだけどどうにもうまくいくのか自分でも自信が持てないんだよ。いつでもいいから、練習する機会が欲しいな」


「ふむ・・・・・・、ならば今、ここで試してみればいいだろう。広大なイヴァルディの世界ではあるが、人気のない場所というのは有るようで意外と無いものだ。幸い十分に休息もできたし、あの村の者達の信仰心を得たおかげでそれなりに力が溜まっている。今のところ魔族と戦う予定もない。まさに打ってつけの状況だぞ、今やらない理由などない!お、ちょうどあの辺りはこの間リッチを屠った場所ではないか。よし光一、あそこに目がけてその必殺技を放つのだ!」


「それならここでやってみるけど・・・本当にいいんだよね?」


「くどいぞ光一!失敗してもいいくらいの気持ちで思い切りやるのだ!中途半端は許さんからな!!」


「そこまで言われたら僕も男だ、大魔王を相手にしているつもりで頑張るよ!!」


「そうだ!その意気だぞ光一!やってしまえ!!」


「いくぞ!必殺、エクスカリバアアアァァァァァ、キイィィィィィーーーーーーック!!」








「誰がここまでやれといった!!」


「だ、だって、エクスカリバーが思いっきりやれって・・・」


「私が言ったのはあくまで試しだと言っただろう!誰が力を一撃で使い切るほど消耗すると思うか!!」


「ええー・・・いまさらそんなこと言われても・・・唆したエクスカリバーにも責任があるよ」


「いくら何でも蹴り一つで這い上がるのが大変なほどのクレーターを作り出す奴があるか!謝れ!イヴァルディの大地に今すぐ謝れ!!」


「ご、ごめんなさい。なんか腑に落ちないなぁ・・・」


「声が小さい!もう一度!」


「大地にクレーターを作ってしまってすみませんでした!!これでいいでしょ!あれ・・・?なんかあそこに落ちてるよ。棒かな?それにしては随分と細かい細工があるようだけど」


「これは・・・魔導師が使う杖だな。しかも相当な魔力を内包しているぞ!?」


「相当な魔力って、どれくらい凄いの?」


「私も専門外だが、少なくとも王都の筆頭宮廷魔導師の持ち物か王宮の宝物庫に所蔵されるほどの逸品だな。平たく言うと国宝級だ。しかし人が用いた武具は何かしら意思が宿るものなのだが、これほどの力を持っているのにこの杖からは全く感じられん。」


「それってどういうこと?」


「考えられるのは一つ、この杖が先ほど光一が放った必殺技の余波を受けて完全に浄化されてしまったということだ。通常これほどの杖となると、術の発動を助けるために持ち主の魔力と意思を流し込むのだが、きれいさっぱり消失してしまっているな」


「・・・ねぇエクスカリバー、僕の感想としては驚くより、そんな代物がまるでその辺の木の棒のように道端に転がってた意味が分からなくてなんだか不気味なんだけど」


「うむ、私にも察しがつかんが、おそらくどこかの大魔導師が実験に失敗して愛用の杖だけを転移させてしまったのだろう。転移術自体が超高難度魔術だから、世界中を捜せば持ち主が見つかるかもしれんが」


「ちょうどいいや、これから長旅になるだろうから歩行用の杖が欲しかったところなんだ。持ち主に会えるまでは使わせてもらおう」


「まあ、落としどころとしてはそんなところか。これほどの杖が魔族や魔人の手に渡ると事だからな」


こうして旅を始めた光一とエクスカリバーだったが、初陣で倒したリッチが言っていた『あのお方』を初めての必殺技で瞬殺したことに今の段階では気づくことはなかった。


その後、ソルライン王国の重鎮であるとある侯爵家の屋敷が主一家と屋敷の者を含めた全員が突然死している状態で発見された。それだけでも王都で知らぬ者はいないほどの大事件だったが、死亡者全員に極めて高度な死霊術が使われた形跡があり、さらに屋敷の敷地内でグール、スケルトンなどのアンデッドの軍勢を製作しようとした大規模な儀式の準備がされた地下施設が見つかるなどの事件の続報は王国全体を震撼させる歴史的大事件へと発展した。

その一方で王都でも名の知れていた侯爵家の専属魔導師とその弟子たちが全員行方不明になったという知らせも入ったが、こちらが王都で話題になることはほとんどなかった。

これにて不斬の聖剣士一の剣完結です。ここまで読んでくださいました方がいらっしゃるかわかりませんが、もしいらっしゃったらとてもうれしいです。(いるといいな)

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この後は数話閑話を挟んで二の剣に進むつもりです。その前に構想が浮かんでいる話が一二個ありますので、そっちを優先するかもしれません。それでは二の剣までしばしお待ちくださいませ。

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