十五の手 発覚
ストレートド直球160km越えの剛速球で正体を言い当てられて動揺しているかに思えた光一だったが、クラリスの正確過ぎる回答に逆に冷静になっていた。鎌をかけられただけだ、まだバレたわけじゃない、と自分に言い聞かせて光一の人生史上最も平静を装った口調で二人に向けて話を始めた。
「ボクノナマエハカゲノコウイチ、タダノイッパンジンデス。トモダチハイナイケドワルイコウイチジャナイヨ、ナカヨクシテネ!」
確かに光一の感覚では平静だったのかもしれない。だがクラリスとガルドから見た光一は明らかに挙動不審だった。顔は青ざめ目は虚ろ、歯をカチカチ鳴らし、両腕で意味不明のジェスチャーを高速で繰り返し足元からは地震のようにガタガタと貧乏揺すりが止まらない、知らない人が見れば確実に病院か牢屋に連れていかれることだろう。
「ガブゥッ」
「あいっったーーーーーー!?何するんだよエクスカ、カ、カ、カゥジロウ、コウジロウ!?」
「ギャフン!?」
目を覚まさせようと甘噛みで光一に噛み付いた柴犬のフォローは光一の更なる大失言によって完全に裏目となった。ショックを受けた柴犬の声も犬らしからぬものとなり、さらに疑わしさが増した。
「アー、コホンッ」
「「ハッ!?・・・・・・」」
正気に戻った一人と一匹がおそるおそるクラリスとガルドの様子を窺うと、二人は意外や意外、先ほどと変わらぬ真面目な顔つきで光一と柴犬を見つめていた。もっとも下手くそな即興コメディを見せられたその心中までは察しようがないが。
場が落ち着いた頃を見計らったようにガルドが話を切り出した。
「実は私はコウイチ君、君がこの村に現れた時から密かに監視をさせてもらっていた。まずそのことについて謝っておこう。しかし私から見て、いや、この世界の常識を知る者なら誰でも君を不審に思わない者はいなかっただろうな」
「・・・えっ!?」
「遠くから旅をして来たと言うにはあまりにあり得ない軽装、旅慣れた者特有の警戒心も一切なく手足も全く筋肉が付いていないし肌も貴族のように白く滑らかだ。いや、貴族でも旅をした者ならもっと雰囲気に出る」
「うっ!?」
「クラリスの恩人でなければ即座に牢屋に入れているところだ。君はもっと自分が特殊な存在だということを自覚した方がいいな」
「・・・・・・・・・」
「だがクラリスの命を救ってくれたことが君にとって、そして私たちにとっても非常に幸いした。そこでしばらくこの村に逗留してもらいじっくりと人となりを見極めようと思っていたのだが、昨夜の魔族の襲撃が起きた」
「・・・・・・・・・」
「君がその時村の外にいたことはクラリスから聞いて把握していたが、普通ならコウイチ君と聖剣士殿を結び付けるような真似はしなかっただろう。だが昨夜リッチの魔の手から私たちを救ってくれた聖剣士殿を一目見た時から私たち二人には、いや、聖剣士殿を目撃した者全員がコウイチ君だとわかったことだろう」
「い、嫌だなぁ、僕は犬一匹だけ連れて他には荷物なんて持っていないんですよ?何処に聖剣なんて大層な代物を持っているというんですか?冗談きついなぁ、ハハハハハハハハハハハハハハハ」
「もしかして本当に気付いていないのか?できれば他人の秘密をしかも本人に向かって暴露するのは避けたいのだが仕方あるまい。コウイチ君、君のその格好なのだが」
「この服がどうかしましたか?何処にでもある有り触れた格好ですよ?」
「・・・・・・これでも私は若い頃は王都の騎士団に所属していてね、それなりに帰属や大商人との付き合いもあったし、パーティに招かれたことも何度かある。当然公の場に出る際のために身だしなみには気を使ってきたが」
ここでガルドはいったん話を区切って一呼吸置くと、できるだけ簡潔に且つ事実を正確に伝えるためゆっくりと光一に語りかけた。
「はっきり言おう、私は君が着ている珍妙な服をこれまでの人生で見たことがない。いや、珍妙なだけならまだいい、王都の職人が腰を向かすほど精密な縫製が所々に見られる。しかも我々が着ている服より格段に機能的に作られていることはこれまでの君の動きから見ても一目瞭然だ」
犬の姿であることも忘れて、どう見ても言葉を理解しているかのように口を全開にしている柴犬と、一度は戻った血色が再び顔面から失せていく光一の様子を見つめながら、ガルドは死刑宣告を告げた。
「そんなこの世界で唯一無二の服を着て現れ、私たちを救ってくれたコウイチ君のことを多少髪や瞳の色が変わっていようが見間違えるはずがない・・・ん、コウイチ君?コウイチ君!?しっかりしろ!?クラリス、ベッドを用意してくれ!?」
「父さん、こっちもコウジロウが泡を吹きながら倒れてるの!?悪いけどそっちはそっちで何とかして!!」
すでにショックのあまり椅子に座ったまま気絶していた光一の意識が最後までガルドの言葉を聞いていたかどうか、今は知る由もなかった。
「言っておくけど、あの時は声を掛ける暇もなかっただけで、私はすぐに光一だってわかってたからね。父さんと一緒にされるのは心外だわ!」
その後、ガルドの家のベッドの上で意識を取り戻した光一は改めて居間に戻り話を再開していた。
ちなみにこの場にいない一名ならぬ一匹はショックが大きすぎたのか復帰を果たしておらず、目覚めにはまだ時間がかかりそうだ。
「そうなの!?服はもうしょうがないとしても、髪と目の色が変わっていれば大丈夫だと思ってたんだけどな」
「ううん、私が気付いたのは目の輝きよ」
「え!?これまではずっと死んだ魚のような目だって言われてたんだけど?」
「私が言いたいのはそんな表面的なことじゃなくてね、なんていうか、どこまでも透き通っていて吸い込まれそうな瞳なんだけど、その奥にキラキラした輝きが見えて、言葉にならないほど綺麗だな、ってあの時に思ったの」
「あの時って・・・、あっ!?」
クラリスの顔がほんのりと赤く染まっていくのを見た光一は、村への帰り道の時か、と思い当たり気恥ずかしさが込み上げてきた。
ドンッ!!
「わっ!?」
「ふあっ!?」
我に返った光一とクラリスが音のした方へ目を向けると、こめかみに青筋を立てたガルドがテーブルに手をついてわなないていた。
「そろそろ話の続きを良いだろうか?コ・ウ・イ・チ・君?」
「大変失礼しました!!お願いします!!」
三者三様に姿勢を正した後、ガルドが改めて話を切り出した。
「リッチの言葉を借りるわけではないが、このような辺境にエクスカリバーがいることなど本来はあり得ん。だが私も騎士の端くれだ、この目で聖剣の力を目撃している以上、もはや疑う余地はない。
そうなると亜人を含めた人類勢力の間では、今現在エクスカリバーの所在が掴めていない、つまり大混乱に陥っているのではないか?」
「・・・その通りです」
「やはりそうか、だがコウイチ君安心してくれ。私は、いや、私を含めたカノエ開拓村の者は全員君のことを誰にも話すつもりはない。よっぽどの事情を抱えていることは先ほどの話の内容で察している。君は今やクラリスだけではなく私達全員の英雄だ。恩人の困るようなことは絶対にしないと騎士の名に懸けて誓おう。ありがとう、コウイチ君」
「そ、そんな、ガルドさん頭を上げてください!?」
「コ、コウイチがわたしのえ、えいゆう、えいゆう」
頭を上げようとしないガルドと、大の大人に面と向かって感謝されるという人生初の出来事にテンパる光一、なぜか上の空でじぶんのせかいに浸ってしまったクラリス、話が再開されるのに少々の時間を要したのも無理からぬことだった。
「コホン、さてコウイチ君、前置きが長くなってしまったが、君の正体を知っていると告げたのもこれからの話をするのに必要だったからだ。まずはこれを受け取ってくれ」
そう言ってガルドがテーブルに置いたのは手のひらで隠せそうな綺麗な細工が施されたバッチのようなものだった。裏はピン止めできるようになっている。
「それは一部の騎士にいくつか支給される、云わば身分証明のようなものでね。このソルライン王国の全ての公的施設でこれを出せば私の代理の者としてそれなりの待遇が受けられるだろう」
「それはすごいものですね」
光一は今更ながら目の前の騎士がすごく偉い人なのでは、と今までとは別の意味で緊張し始めた。
「これを君に進呈する。この先困ったことがあればこれを使うといい」
「進呈って・・・ええぇ!?これを僕に!?もらえませんよ!!大事なものなのでしょう!?」
「前にも言ったと思うが、クラリスは私の命そのものだ。その命の恩人であるばかりか、今回は村まで救ってもらった。これくらいのことはさせてくれ。
それに、重ねて言うが君がどこからやって来たのかは聞くつもりはないが、この国のことを全くと言っていいほど知らない君にとっても都合がいいはずだ。ここのような辺境ならまだしも、主要な街や王都に入れば風体を改めたとしても違和感を感じた衛兵や騎士に必ず見咎められるだろう。その時にこの徽章が必ずコウイチ君の助けになるはずだ」
「わかりました、そこまで僕のことを考えてくれてのことならありがたくいただきます」
「うむ、受け取ってもらえて何よりだ。とはいえ、何の準備もない今の状態で君たちがすぐに旅に出れば次の町で間違いなく不審者扱いされて牢獄行きになるだろう。そこでどうだろうか、しばらく私の客としてこの村に留まり、この国の常識を学んだり旅装を整えるというのは?」
思いがけないガルドの提案に光一は驚きつつも感謝の念に堪えなかった。だが、唯一の相棒がこの話を聞いていない以上、即答は避けるべきだと思った。
「本当にありがとうございます。だけど突然のことで頭の中が整理しきれていないので、一晩考えさせてもらえませんか?」
「勿論だとも。考えが纏まるまで一晩と言わず、何日でもじっくり考えるといい」
「そうと決まればコウイチも父さんもお腹がすいたでしょう?もうお昼だけど食事を作るから待っててね!!」
「あ、僕も手伝うよ、何をすればいいかな?」
こうして異世界に来て初めて腰を落ち着けることのできた光一は、今夜にでもエクスカリバーと今後のことを話し合おうと決めたのだった。




