二の手
町の危機に突如降り立った影に人々はおぉ!と歓喜の声を上げかけたが、次に出た声はぉお?、とこいつが本当に聖剣の使い手なのか?と疑うようなものだった。
何といえばいいのか、とにかく地味なのだ。
黒い髪にこのあたりの人間にしては白すぎる肌はかろうじて特徴と言えなくもないが、体格は中肉中背でとても剣の使い手には見えず、何より艶消しのような死んだ魚の眼がいろいろと台無しにしている。目立ちにくいというより、こちらから目をそむけたくなるような雰囲気なのだ。おそらく二十歳前後だと推測されるが、それも光の影響で判然としない。
それでも背中に背負った光沢が美しい鞘と黄色く光り輝く聖剣が彼の存在をこれでもかというほど主張しているため、人々は再び歓声を上げ始めた。
その光景に絶対的有利な状況だったはずの魔人ドーギルの部隊にも動揺が起き始める。
このままではまずいと感じたドーギルの側近であるリッチがドーギルに話しかけた。
「ドーギル様、あれはまことに聖剣エクスカリバーなのですか?エクスカリバーと言えば最強の聖剣との呼び声高い魔族の天敵。しかし今の情勢下でこんな辺境で油を売っているわけがなく、ニセモノとしか思えませぬが」
「ゲググ、いや、俺様は昔まだ魔人に昇格する前に、ある魔族領の要塞であの聖剣を見たことがある。当時の所有者が要塞の正門前までやってきたかと思うと、すさまじい量の光が溢れ出し、俺様が気付いた時には要塞は瓦礫と化し、城主と幹部の方々は全滅していた。剣の形状とあの光、間違いなく聖剣エクスカリバー!!」
「なんと!?」
「だが昔の俺様ではない、大魔王様から頂いた力の全力を試すいい機会だ。何よりこのまま逃げ帰っては魔人としての俺様の矜持が許さん!!行け、者ども!敵わぬまでも大魔王軍の誇りと意地を見せつけるのだ!!」
大魔王軍の底力を見せつけんとドーギルが号令をかけるが、そこに待ったをかけたのは腹心の部下のはずのリッチだった。
「そ、それがドーギル様」
「なんだ!早く突撃させろ!!」
「それがですね、ご自身の目で確かめられた方が早いかと」
「何だというのだ!こ、これは!?」
怒りの表情で振り向いたドーギルが見たのは連れてきた魔物の半数150体がうずくまり、ブルブル震えている姿だった。
「なんということだ!!栄えある大魔王軍の兵士が戦わずして戦意を失ったというのか!?許せん!エクスカリバーの持ち主の前にまずお前らから処刑してやる!!」
「違うのですドーギル様!!ひょっとしてですが、お気づきにならなかったのですか?そういえばドーギル様は肉体の強化に重きを置いた種類の魔人でしたな。ならば無理はないかと」
「何を一人で納得しておる!?説明せよ!」
「あの聖剣の光の力です。あの光が下位の魔物たちの目を潰し戦闘不能に追い込んだのです」
「ただの光が!?馬鹿な!」
しかし配下の魔物を改めて見渡してみると、確かにうずくまっているのはゴブリンやイビルラットといった雑兵ばかり。逆に隊長クラスのオークやゴブリンメイジなどは少し怯んでいるだけで戦闘に支障はなさそうだった。
「グギャギャ、あのエクスカリバーさえ何とかしてしまえば我らが圧倒的優勢なのは何も変わらぬ。残った兵で奴の背後の人間たちを襲うのだ!そこで動揺する奴の隙を突いて、俺様の最強の一撃で地獄に送ってやる!!行け!蹂躙するのだ!!」
ウオオオオォォ!
戦闘可能な150弱の魔物が一斉に町の人々に向かって突撃を始めた。対して絶対に阻止しなければならないはずのエクスカリバーの使い手は一歩も動こうとしない。その様子を見た街の住民を中心に悲鳴が上がり始め逃げ出そうとする者も現れたが、広場の一か所にすし詰め状態だったため混乱が広がるだけだった。
そして魔物の中で一番足の速いゴブリンソルジャーが街の住人の最前列に到達、後列のゴブリンメイジがその場に留まり詠唱を始めた瞬間、聖剣エクスカリバーが一際強い、赤い光を放ち、すべての魔物の視界を奪った。
「エクスカリバーウェポンブレイク・バースト!!」
キキキキキキキキキキイイイイイィィィィィンンンン・・・・・・
光から解放された魔物の部隊150体が目を開けると、すべての武器が砕け散っていた。