十三の手 光一VSリッチ
「全てを守るとは、私を目の前にしてまた大きく出たものですね!」
そう反論して見せたリッチだったが、聖剣士の偽者呼ばわりした自分の発言に確信を持てずにいた結果、目の前の青年に対して迂闊に手を出せない状況に追い込まれていた。
(私の主ですら未だお目に掛かれていない大魔王様がエクスカリバーのマスターを破った話は私の耳にも届いているが、本当に新たなエクスカリバーのマスターが現れるとしたら候補者を抱えているどこかの大国の王都か大都市以外にあり得ない。
急速に落ち込んでいる人類勢力の戦意高揚の効果も考えると、このような辺境にエクスカリバーのマスターほどの英雄を遊ばせておくなど愚策中の愚策。
だが目の前で私の眼を焼くように輝く青き光といい、先ほどの十本のストーンジャベリンを一瞬で叩き落した手並みといい、何らかのイヴァルディシリーズのマスターであると認めざるを得ん)
そこでリッチはもう一度、目の前の聖剣士を名乗る青年と攻撃目標であるカノエ開拓村を見て考える。
(そもそも私の任務はガルドの誘拐だ。破格のイレギュラーが発生したことでその目的が事実上果たせなくなった以上、ここは撤退するのが賢明な選択なのだが、任務に失敗した上に手土産がイヴァルディシリーズのマスターの僅かな情報のみでは私の未来は絶望的だ。
ここは目の前の敵のデータを取りつつ、あの村に何とかダメージを与えるくらいのことをせねば・・・)
リッチが圧倒的不利な状況を打開しようと思考を巡らせる一方、脅威とみなされている当のエクスカリバーとそのマスターである光一もまた、下手に攻撃してボロを出す危険を冒すわけにもいかず、背後の村を守る体こそ装っているが、実際は空中に浮かぶリッチを攻めあぐねていた。
(うーん、咄嗟に飛び出して来ちゃったけど早まったかなぁ?でもあれ以上クラリスを危険に晒すわけにもいかなかったし・・・)
(いや、悪くない判断だったぞ光一。今のお前の未熟な戦いを他人に見られるのは少々都合が悪いからな。後はヤツを片付けるだけ、ではないな。村を囲んでいる泥の川は、おそらく村の者達を逃がさぬ為のもの、ならばこのリッチの他に村を監視している魔物の部隊がいるはずだ。そいつらも始末せねばなるまい)
(えええ!?それってこの村を一周しなきゃいけないってことでしょ!?あの魔族を相手にしながら村を監視している魔物を捜して倒すなんていくら時間があってもできるわけ・・・いや、できるのか?)
(青き瞬光を纏った今の光一なら、通常の百分の一以下の時間で魔物を倒して帰って来られるだろうな。後はそれまであのリッチの足止めをせねばならんが・・・・・・まあ基本戦術くらいの助言なら構わんだろう、光一、少し耳を貸せ)
状況打開の策を練っていたリッチだったが、さすがに目の前の敵が動かないどころか、俯きがちに独り言を言っているのが遠目でも分かった。明らかにリッチを無視していた。
「あなた!さっきから私を無視しているようですね、なんのつもりですか!?いくらイヴァルディシリーズの使い手といえど増長が過ぎますよ!《マッドボール》!!」
直接攻撃が通じないなら今度は搦め手、と光一の足を止めるためにリッチが連続で放った泥の球だったが、石の槍よりもはるかに遅い攻撃が今の光一に当たるはずもなくあっさりとすべて両断された。
「ハハハハハ!掛かりましたね!?そのマッドボールの中には揮発性の高い猛毒が仕込んであります!少しでも肺に入れば立ちどころに昏倒する・・・する、するはずなのに?」
勝ち誇ったような顔で高笑いしていたリッチだったが、剣を構える光一に何の変化もないことに気づき戸惑いを隠す余裕もなく叫んだ。
しかし慌てたのは当の光一も同じである。
「ど、毒って!?うわわわわ!早く解毒しないと!?」
「落ち着け光一。光を纏った状態の聖剣士には毒などの基本的なバッドステータスへの完全耐性が備わっている。これが強力な呪いだったら話は別だったがな。それにしてもこの能力魔族の間でもは割と知られた話だ。おそらくあのリッチは誕生してさほど時が経っていないのだろう。だとすれば・・・、光一、今すぐ村へ走って建物に隠れろ!」
「ええ!?そんなことをしたら村の人達を巻き込むんじゃ」
「心配するな。村の者たちは全員中央部に避難していることは気配を探ったから間違いない。私を信じて飛び込め!」
「っ!?わかった!」
目の前の敵に背を向けて光一だったが、背中を撃たれることはなかった。リッチが猛毒の効果が全く見られない光一に対して再び警戒したせいもあったが、まさかあれだけの啖呵を切っておいてこちらに背を向けて逃げ出すとは夢にも思っていなかったからである。
「なっ!?敵に背を向けて逃げるとはなんと卑怯な!?仮にも聖剣士を名乗ったのなら正々堂々と勝負しなさい!!」
慌てて攻撃魔法を詠唱するリッチだったが時すでに遅し、その尋常ではないスピードで軽々と泥の川と村の柵を飛び越えた光一はあっという間に建物の陰へと姿を消してしまった。
「くっ、ならば隠れていられないように燻りだすだけです!《ビッグロックスタンプ》!!」
リッチの詠唱に応えて光一が隠れた村の建物の直上に白い光と共に現れたのは、家一軒分はあろうかという強大な岩塊だった。空中で静止していた岩塊はそのまま引力に従って自由落下し、数秒後には真下にある建物を粉砕するかと思われた。
だからリッチは見逃していた。粉砕目標である建物の屋根によじ登った光一の姿を。
「どうだ光一、年月の浅いリッチは知識はかなりの物でも実戦経験に乏しいためあっさりと陽動に引っかかり、自分が誘導されていると気づきもしない。手に入れた武器は少々大きすぎるが、その分打ち甲斐があるだろう、行け、光一!!」
「あ、青い、巨大な剣だと!?」
リッチがかろうじて目撃したのは、屋根の上に立ち剣を大上段に構える光一と、巨大な岩塊を超えるサイズまで拡大した青く輝く光の剣だった。
「エクスカリバアアアァァァァァ、ピッチャーライナアアアアアァァ!!」
ゴッ グガアアアアンンンンンッッッ!!!!
巨大な剣の刃を立てずに寝かせて振り下ろされた神の代行者の一撃は、下手くそな鐘のような音を立てて、未だ上らぬ太陽へ到達するかと思われるほどの勢いで岩塊を剣身で破壊することなく射出した。直線上にいるリッチを巻き込んで。
「ゲフ、ギャアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァーーーー・・・・・・・・」
リッチを巻き飲んだことなどなかったかのように速度を落とすことなく飛んで行った岩塊は、そのまま村を見下ろす丘を越えてはるか彼方へと消えていった。
光一が岩塊ごとリッチを吹き飛ばしたのと同じ頃、村の周りを堀のように囲む泥の川が唯一途切れる箇所である村の門付近では元騎士団員や元傭兵で構成された村の防衛隊と、ゴブリンメイジ5体、その護衛役のオーク十体とゴブリン二十体が睨みあっていた。
一切気の抜けない緊迫した状況だったとはいえ、何もかもが規格外のその光景には人と魔族の違いなど関係なく呆然と見上げるしかなかった。
「見ろ、あそこを!!」「イワダ、キョダイナイワガオチテイル!?」「何だあの巨大な光は!?」「・・・青い、剣?」「イワガトンダ!イワガトンダ!」「丘の向こうに消えていった・・・」「俺たちは夢でも見ているのか・・・?」
予想だにしない出来事に敵味方問わずにしばらく呆然としていた彼らを咎めるのは少々酷なことだろう。ましてや先ほど見た光景と同じ色の青い光を纏った人間が目にもとまらぬ速さで肉薄し、バタバタとその場に倒れ伏す魔物の部隊を目にしても、カノエ開拓村防衛隊の面々が紛れもない現実だと気づくのは青い光の軌跡が遠ざかっていっってから随分後のことだった。
「・・・いっ、おいっ!聞いているのか!?」
「・・・え、あ!?ガルドさん!?」
足に重傷を負ったクラリスを村の中央部にある村長の家に避難していた治癒術師のシルセスの元に預けたガルドは、もう一つの戦場である村の門へと駆けつけてきたところ、どういうわけか外にいた魔物の部隊は全滅し、村の仲間たちはその様子を見て呆然としている光景に出くわしたのだった。
「やっと気づいてくれたか。私も詳しい話を聞きたくなるほど目を疑いたくなる光景だが、今は時間が惜しい。今日の警備班長であるお前と半数をここに置いていくから、魔物の始末を頼む。いつもなら追い返すだけに留めて村を血で汚したくはないが、これだけの戦力をを森に追い立てるわけにもいくまい。残りの半数はしばし預かるぞ」
「ガルドさんはどちらへ?」
ガルドは先ほど自分と娘の身に起こったことを掻い摘んで説明した。
「狡猾なリッチが指揮を執っていた以上、村を襲う魔物がこれだけとはとても思えん。どこかに別動隊がいるはずだ。私たちでそれを駆逐してくる」
「なるほど、了解しました。しかし肝心のリッチの相手はその方に任せて大丈夫なのですか?ガルドさんの見立てを疑うわけではないですが、我々も加勢に行った方がいいのでは?」
「やめておけ、さっきお前たちが見たという光景だけで手出しできるようなレベルをはるかに超えていることは、お前たち自身が一番よくわかているだろう。戦力にならぬ者たちが近くにいては却って足手まといにしかならん。こちらの始末がついたら私が単独で様子を見に行く。指示があるまでお前たちは待機していてくれ」
「了解しました!しかし、突然現れたその聖剣士様を名乗る方は何者なのでしょうか?さすがに本物ではないでしょうが、あの力を見ると信じたくもなってしまいます。おそらくあれを見た全員が同じ気持ちでしょう」
「まだ私もはっきりとしたことは言えない。だが彼は・・・・・・とにかく考えるのは後だ、早速行動に移るぞ」
こうしてガルド達カノエ開拓村防衛隊は二手に分かれて事態の収拾に乗り出すのだった。




