十二の手 青き瞬光の聖剣士
剣の姿に戻ったエクスカリバーを持った光一は村へと急ぐが、聖剣士の能力はあくまで聖剣を扱う技量を上げてくれるだけであって、光一の身体能力そのものを引き上げてくれるわけではない。慣れない土地でしかも夜道、聖剣士の能力のお陰で転倒することはないものの、すぐさま村に戻れない現状に光一の焦りは募るばかりだった。
そんな中、エクスカリバーの独り言のような推測が光一の耳に届いた。
「クラリス達がこの村が開拓村といっていたことから察するに、王国にとって戦略的価値はほぼ皆無だろう。だから他国の侵略という可能性は爆発が一回きりという点から見てもまずあるまい。それほどの大軍が押し寄せて来ればさすがにもっと早く私が気付くしな。
同様に盗賊の襲撃という線も薄い。開拓村というのは一般的に村が作られて年月が浅いものだけを指す。大した獲物もないのに命がけで襲う盗賊はおらんだろうな。何よりあの村人たちの体格を見てなお襲おうという奴は最早ただの自殺志願者だな。つまり考えられる可能性は一つだ」
「ハッハッ、その可能性、って!?」
「魔物、あるいは魔族の襲撃だ。そしてさらに悪いことに、私たちが森で放った光に吸い寄せられて村が襲われている可能性が最も高いということだ」
「っ!?それじゃあ、クラリスを助けたつもりが、僕たちがクラリスと村の皆をもっと危険な目に遭わせているってことじゃないか!?」
「・・・・・・」
悲鳴にも似た光一の問いかけにエクスカリバーは答えることはなかった。
「それでもあの村の者たちなら魔物の襲撃を退けるかもしれん。何よりあのガルドという騎士の手並みは尋常ではない。そこいらの魔族では相手にならん。光一よ、こう言っては何だが碌に戦い方も知らぬお前が出て行っても却って村の者たちの足手まといになるのがオチかもしれんぞ?ここは遠くから戦いの趨勢を見守るのも・・・」
「そんなことは関係ない!!約束したんだ!守るって!!村に連れて帰っても、僕たちのせいで村が襲われているんなら約束を果たしたことにならないじゃないか!!昨日の今日でまた魔物に襲われて今だって不安で押しつぶされそうになっているかもしれないのに!!」
「光一・・・」
走りながら絶叫する光一は息を切らしながら、それでも空に向かって思いの丈をぶちまけ続ける。
「フッフッ、僕の勘違いかもしれないってわかってるさ!強い騎士のお父さんの傍にいるんだから安心して見守っているかもしれないけどそうじゃないかもしれない!!ゼエ、ゼエ、それならぼくが今、そこにいなきゃ、できることも、できないじゃないか!!はぁ、はぁ、くそぉっ!!」
「・・・・・・」
「僕は、クラリスを、助けたいんだ!!」
「・・・・・・その言葉を待っていた」
フオオオオォォォォォォォッ
突如、エクスカリバーの呟きに呼応するかのように、聖剣と共に光一の体が青い光に包まれ始めた。
「この光は!?・・・僕に宿っているというより、エクスカリバーと同じ光を僕も発しているのか?」
「その通りだ光一。そしてお前の強く確かな意思が私の真の力の一端を使うに値する者に成ったという証がこの光だ」
「そう言えばさっきまでの疲れも苦しさも嘘みたいになくなってる・・・」
「これが最強の聖剣エクスカリバーが持つ光の力の一つ、青き瞬光だ。この光を発している限り、スタミナ切れの心配はする必要はない。だが、私の本当の力を使うためには、より明確な意思を光一の中に持つことが必要となる。その手段とは・・・」
「しゅ、手段とは・・・?」
「叫べ!!」
「へ?何を?」
もし光一が聖剣士の恩恵で平衡感覚を底上げされていなかったら全力疾走中に派手な転倒、なんて悲劇が起きていただろう。それくらい拍子抜けするほどあっさりとした答えだった。
「光一が力の使い方をイメージを言霊に乗せて叫ぶのだ。一見簡単なようだが、技のイメージを固めずに使おうとすれば良くて不発、悪くすると暴発して光一自身の体にダメージを負う結果もありうる」
「そんな、何かコツとかないのか!?そうだ、歴代のマスターの戦い方を参考にすれば・・・」
「そのことだがな光一、私はお前に対して一切歴代マスターの戦い方を教えるつもりはない」
「な、なんで!?」
「ルミナス様がこのイヴァルディの世界にも数多いたであろう資格者を差し置いて異世界人である影野光一、お前を選んだ理由がそこにある。イヴァルディシリーズという神の代行者の偉大さを知るこの世界の者では、不斬の呪いを受けた私を使いこなすことは到底不可能なのだ。確かに歴代のマスターは私を見事に使いこなし多大な功績を上げてきたが、剣として、聖なる武具としての私の形から脱した力を発揮した者は皆無だ。
確かに今の光一には戦いの知識はないだろう。だが、それを補って余りある異世界の型に囚われない自由な発想がある。半人前にも満たぬお前の足りない知識と経験は私が全力で補おう、お前はひたすらお前自身のの道をゆけ。
さあ、叫べ光一、お前が守るべきものを守るために!!」
「エクスカリバアアアァァ、アクセラレーション!!」
その瞬間、疾走の域を脱していなかった光一の体が青い光の軌跡を残して掻き消えた。
「バカな!?まだ日が昇るには早いはず!!何だあの忌々しい光は!?あれは剣?それにヒトだと!?」
「光一、事実上の初陣だ!私の後に続いて名乗りを上げるのだ!!」
「「光撃の聖剣、エクスカリバー推さあああああぁぁぁぁぁ・・・・」」
ドゴオオオオォォォォォンンン・・・・
青い光と共に現れた人の形をしたナニカは、そのまま一人の魔族と二人の人間を置き去りにし、あっという間に村の方へ姿を消すとどこかの壁にぶつかったような音が響いてきた。
「「「・・・・・・・・・」」」
呆気に取られたのは人も魔族も同じだったらしくしばらく呆然としていたが、それぞれに驚きの感情が溢れ出してきた。
「父さん今のって・・・」
「ああ、しかしまさか・・・」
「馬鹿な・・・そんなはずはありません、こんなところにいるはずがない!」
まるで舞台役者の再登場を待つ観客のように三人が立ち尽くしていると、なにやら「加減が分からないんだよ」「わかったよ、もう一度やるよ!」とブツブツ呟きながら、今度は普通の速度で走ってきた青年が再び名乗りを上げた。
「光撃の聖剣、エクスカリバー推参!!」
キラッ
「「「・・・・・・・・・」」」
青年の名乗りと共に剣先が煌めいて登場を演出したが、観客たちは先ほどとは別の意味で沈黙し、今度はまじまじと乱入者を凝視した。
青色のオーラを纏い神々しいばかりに輝く長剣をその手に掲げる姿はまさに聖剣の担い手に相応しいように見えた。何より特徴的だったのは体から発するオーラと同じ色の青色の髪と瞳だった。
一方、当の光一は気が気ではなかった。
注目されている緊張と自分の正体がバレていないか懐疑的なあまり、不審がられることも忘れて光一以外に認識されていない相棒に向けて小声で話しかけていた。
(ちょっとエクスカリバー、ものすごい勢いで見られているんだけど本当にバレてないの!?)
(安心しろ、光一の体から発する光の応用で髪と目の色を変えてある。さらに体の輪郭も光の影響で絶えず変化しているから、直接触られでもしない限り体格から見破られることもない。普通ならこの程度では誤魔化しきれんが、まさか光一の影の薄さがこんなところで役に立つとはな。少し見直したぞ)
(いやいやいやいや!?それ褒めてないから!!)
(そんなことはどうでもいい。それよりもこのまま膠着状態にしておくわけにもいくまい。光一、これから私の言う通りに・・・)
しばらくその場に微動だにせず立っていた光一だったが、二度目の名乗りの後の不自然な間などなかったかのようにガルドとクラリスに話しかけた。
「そこの騎士殿と娘さん、ここは私に任せて村へ行きなさい。なあに、この程度の魔族、すぐに片づけて見せるさ」
「え、でもそれじゃ・・・」
「クラリス、ここは彼に任せよう。それよりも早くお前の怪我の治療をしなければ」
反論しかけるクラリスをガルドが有無を言わさぬ口調で言い含めると、自分の娘を片手で肩に担ぎ、光一に向かって一礼した後できるだけクラリスを揺らさぬように村の方へと駆け出した。
これに激怒したのは無視された格好となったリッチである。
「待ちなさい!まだ話は終わっていませんよ!!《ストーンジャベリン》!!」
先ほどは手加減していたのだろう、合計十本にも及ぶ石の槍が撤退する親子に向けて放たれた。音速にも迫ろうかという速度の十本の槍は数瞬後には親子の体を貫くかと思われたが、その間に割って入った青い瞬きにすべて阻まれた。
「貴様!!聖剣士の名を騙るばかりか、二度も私の邪魔をしてただで済むとは思っていないでしょうね!?」
「もちろん思っていないさ!これ以上クラリスや村を傷つけさせやしない!ここからは僕がすべてを守る!!」




