十一の手 不死者の襲撃
光一とエクスカリバーが爆発音を聞いて村へと駆け出すより少し前に時は遡る。
「まったく、病み上がりだっていうのにコウイチったらどこに行っちゃったのかしら?いつの間にかコウジロウも見当たらないし」
今夜も父親の蛮行のせいで寝込んでいる光一のお見舞いに診療所を訪ねたクラリスだったが、治癒術師のシルセスからすでに目覚めて散歩に出かけたと聞いて村のあちこちを捜し回っていた。
「それにしても、コウイチって本当にどこから来たのかしら?父さんの言う通りどこか不思議な感じがするのよね」
村に辿り着いて冷静に思い返してみれば違和感を感じないではなかったが、クラリスがはっきりと自覚したのは昨日のガルドからの言葉だった。
「クラリス、お前の命の恩人を悪く言うわけではないが、あの青年の言動にはいくつか引っかかる点がある。あのくらいの年齢なら大人としてギリギリ通用するが、それでも半人前といったところだろう。それが辺鄙な場所から犬一匹と旅をしてきたというのは話が出来過ぎているし、旅人特有の世間に擦れた感じもなさそうだ。何より長旅をしてきたはずなのに碌な荷物一つも所持していない。
もし私が王都で騎士を続けていたら、他国のスパイ容疑で即刻捕縛して牢屋で尋問しているところだ。もっとも本当にスパイだとしたら、あれほど間抜けなスパイもいないだろうがな。
とにかくコウイチ君が目覚めたら詳しく話を聞く必要がある。クラリスも心に留めておいてくれ」
父ガルドの騎士としての理路整然とした話には、光一を気絶させた時とは打って変わってクラリスも反論できなかった。それでも村へ帰るまでの道で不安を抱いていた自分の手を握ってくれた光一のことをクラリスはどうしても悪い人間には思えず、気が付くと広くはない村の中を捜し回っていた。
「これだけ捜し回っていないとなるとやっぱり村の外にいるとしか思えない・・・でも父さんから絶対に外に出てはいけないと言われてるし・・・」
「クラリス、こんな時間に何をしているんだ?」
こっそり抜け出して光一を捜しに行こうか迷っていたクラリスの元に巡回中のガルドが声を掛けた。
「父さん、光一が目覚めたらしいんだけど、村のどこにもいないの」
「なんだと、まさかもう村を出て行ったのか?」
「ううん、私が用意したサンドイッチ入りのバスケットを持って出かけたってシルセスさんが言ってたから必ず戻ってくると思う」
「そうか、それならその辺りにいるかもしれない。夜回りの者に一言言って私が見てこよう。クラリスは家に戻っているんだ」
そう言ってガルドが村の門へ向かおうとしたその時、その門の方角から爆発音が聞こえた。
ドドォォォォン!!
「っ!?クラリス!今すぐ家ではなくて村長の家に避難しなさい。父さんも一緒についていくから」
「でも父さん、コウイチが・・・」
「コウイチ君は私が責任を持って村へと連れて帰ってくる。それより今はお前が避難するのが先だ。さあ、急ぎなさい!」
滅多に見せない父親の厳しい態度に頷くクラリス。二人で村の中央部にある村長の家に避難しようとしたが、急転する事態はそれを許さなかった。
「おやおや、陽動に釣られて出てくるかと思いきや、こんなところで見つけるとは。捜しましたよガルド卿」
「ちっ、遅かったか。クラリス、父さんの後ろから離れるんじゃないぞ!!」
そこに立っていたのは、いや、正確には空中に浮いた状態でそいつはいた。毒々しい色のローブを纏い、手には蛇を象った邪悪なオーラを放つ杖、何より死滅しているとしか思えない干からび切った肉体が人ではないことをこれ以上ないほど雄弁に物語っていた。
「不死者か!?なぜ私の名を知っている!?」
「それは勿論、貴方をあるお方の命で捜していたからですよ。ところがあなたの潜伏先が何重にも秘匿されていてなかなか探索がうまく行かなくてですね、もう一週間も見つからなければ私が処分されるところでしたよ・・・良くも手間を掛けさせてくれたなぁあ!!」
リッチが叫んだ瞬間、その杖から一際強い邪悪な波動が村全体を覆った。
「父さん見て!柵の外側が!」
クラリスの声にガルドがリッチから気を逸らすことなく地面に目をやると、乾いていたはずの地面がまるで柵の外側だけ洪水でも起きたかのように泥の川ができていた。
「土と水の合成魔術の一つですよ。私はこの系統の魔術が得意でしてね、あなたを発見した際に逃がすことのないようあの方から選ばれたわけです。いやはや、このような辺境に隠蔽の結界まで張って隠れ里を作るとは。先日のこの近くの森の発光現象がなければ見逃すところでしたよ」
リッチの演説を聞いて自分の知らなかった数々の事実に驚きを隠せないクラリスだったが、それと同時に自分が帰って来てからの村の皆を含めた父達の異様な警戒態勢に納得がいった。どういう理由があるのかまだわからないが、魔族の襲撃を警戒して夜通しの監視をしていたのだ。
そうクラリスが思考する間にもリッチの演説は続いた。
「ここからでは何が起きたかわからないでしょうから教えて差し上げましょう。唯一泥の川の途切れている箇所がこの村の正門ですが、そこには五体のゴブリンメイジを配置しています。接近戦ではこの村の者たちに後れを取るでしょうが、止むことなく迫りくる火球を凌ぎながらゴブリンメイジ五体を斬り伏せることのできる猛者は王国騎士団でも五指の実力者に数えられたガルド卿、あなたくらいなものでしょう。もちろん私でもあなたと一対一で勝負すれば勝ち目はありません。その背中に守る者がいなければね!!《ストーンジャベリン》!!」
リッチがそう叫ぶと何もない空中に尖った石の槍が三つ生まれ、ガルドの体へと飛んできた。
リッチの攻撃に瞬時に反応したガルドは腰に帯びていた魔法剣に手を掛けると、抜く手も見せずに飛来する石の槍を叩き落した。
「ほう、やはりただの攻撃魔術では歯が立ちませんか。しかし全くダメージがないようではなさそうですな、クックックッ」
そう、確かにリッチの魔術はガルドに通じなかった。しかし石の槍を叩き落せば、当然バラバラに石の破片が飛び散る。その破片は簡素な鎧しか着ていないガルドの手足を傷つけていたのだ。
「ふん、なめるなよ魔族が。騎士にとって簡単な治癒魔術の習得は当然の嗜みだ。《ロウヒール》!!」
ガルドの体が呪文に反応して緑色に光ると、先ほどの傷が完全に塞がっていた。
「なるほどなるほど、しかしその程度の予測を私がしていないとでもお思いですか?保有する魔力量はあなたより圧倒的に私の方が上です。持久戦ならば私の方に軍配が上がるでしょうね。もっとも、私には長期戦をするつもりはありません。それはガルド卿にとっても都合がよいはずですよ。後ろを御覧なさい」
「何だと!?っ!クラリス!!」
思わず振り返ったガルドが見たのは足に深い裂傷を負って座り込んだ娘の姿だった。
「父さんごめんなさい、足手まといになっちゃった・・・」
悔しそうな表情を必死で隠そうとする娘をみたガルドはリッチへの怒りを必死で抑えつつ叫んだ。
「貴様!何が目的でこのようなことをする!」
「私があの方から命じられたのはガルド卿、あなたをとある場所へ招待することです。しかしこの村の発見も大変でしたが、それ以上にこの村の防備はただ事ではない。この村の場所だけ報告しても用済みとして私は消滅させられてしまいますが、私の配下だけでこの村へ攻め入るのは心許ない。どうしたものかと思案しているとあなたに娘がいることが分かりました。ならばやることは一つ、あなたたちが一緒にいるところを襲えばいい、というわけです」
「っ!!何と下劣な!!」
「さてどうします?私としてはその娘が無残にも切り刻まれて死ぬのを見てもよいのですが。それともお仲間を呼びますか?そうなれば防備の薄いところへ火球を放つようゴブリンメイジに命じてありますし、あなた以外の者なら私の魔術で殺せるのでお勧めしませんがね」
「貴様!自分が何を言っているのかわかっているのか!?」
「私は云わばただのメッセンジャーですから、ただ与えられた役目を果たすだけです。沈黙での返礼は石の槍で返すことになりますよ。さあ、ご返答を」
「・・・わかった」
「父さん!?」
「ただし、娘に対してこれ以上危害を加えることは許さん。無論共に連れていくこともだ。もし約定を破ればこの身を戦鬼と化してわが身が朽ちるまで魔族を根絶やしにしてくれる」
「っ!?さすがはガルド卿、そのさっきに思わず反応してしまうところでしたよ。では取引成立ですね、こちらへ・・・」
(そんな!?私のせいで父さんが魔族に攫われちゃうの!?そんなの絶対にダメ!でもどうすれば・・・誰か助けて、誰か、誰でもいいから・・・コウイチ!!)
リッチがガルドの前の泥を元に戻そうとしたその時
パアアアアアアァァァァァァァァァッッ!!
「バカな!?まだ日が昇るには早いはず!!何だあの忌々しい光は!?あれは剣?それにヒトだと!?」
そこには神々しい青い光を放つ美しい長剣を持った一人の青年がリッチの元へ駆けてくる姿があった。




