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十の手 大魔王討伐のために

光一が目を覚ましたのは、村の中央部に設けられた診療所の中だった。


「おや、目が覚めたかい?」


光一が起き上がると、明りに照らされた白衣を着た優男が近くの机で薬草らしきものを手にしていた。


「ここは・・・それにあなたは?」


「私はこのカノエ開拓村の診療所の治癒術師兼医師さ。シルセスだ、よろしく」


「コウイチです、よろしくお願いします。いえ、治療をしてくれてありがとうございますと言うべきですね」


「ははは、私が治癒術師として一人前なら君が二日も寝る羽目にならなかったんだけどね。クラリスの恩人に申し訳ないね。今はガルドさんにコウイチ君が気絶させられてから二度目の夜だよ」


「そうですかあれからそんなに経ったんですか。そのガルドさんというのはもしかして」


「クラリスの父親でこの村の騎士様だよ。そういえばクラリスから聞いたけど、コウイチ君はこのソルライン王国のことを知らないんだっけか。

この国で言う騎士というのはね、王都の騎士団に国中から集められた戦いの才能あるもの若者が厳しい規律と訓練を叩きこまれて、狭き門の魔物との実戦を兼ねた試験を経てようやくなれるソルライン王国の守護者のことさ。最低でも魔物の群れに単独で対抗できる実力と人々を守るために自らの命を懸けることのできる高潔な精神の持ち主さ。

もっとも、この村のガルドさんは騎士様と呼ばれるのを嫌がる気さくな方なんだけどね」


「・・・僕、その高潔な騎士様に出合い頭に謂れのない暴力を受けたんですが・・・」


「あははははっ、君には気の毒なことだけどあれはしょうがないよ。何しろガルドさんの唯一の宝であり弱点でもあるクラリスと手を繋いでいたんだから。クラリスはガルドさんだけじゃなくてこの村の男たちの女神でもあるから、クラリスともう一度手を繋ぐような真似はよした方がいいよ。

もちろん僕もクラリスのファンだからね。いやぁ、君が目覚めるまで何度この毒草を使おうとしたことか」


「あははは、ちょっと外の空気を吸ってきますね!!」


「ああ、ちょっと待った。はい、これ」


そう言ってシルセスが差し出してきたのは小さめのバスケットだった。


「これは?」


「クラリスからの差し入れさ。まったく、いつ起きるのかもわからないのに、朝と夕方に必ず様子を見に来てそのたびにこれを置いていくんだぜ。僕もそうだけど、今朝ついてきたガルドさんの怖い顔ったらないよ。君、次ガルドさんに会ったら命はないかもしれないよ。いっそ一思いにやってくれた方が僕も余計な手間がかからなくて助かるんだけど。そうだ、どうせ死ぬなら今どうだい?苦しまないようにあの世に送ってあげるよ?」


「あはははははは・・・遠慮しておきます!!」


シルセスの理性が働いている内にと診療所を飛び出した光一だったが、エクスカリバーやクラリスの居場所を知らないことに気づき、とりあえず村の中を彷徨うことにした。




「ふん、ようやく起きたか。あれしきのことで二日も寝込むなど鍛え方が足りんのだ」


「いやいや、どう足掻いても後頭部は鍛えようがないから」


柴犬はすぐに見つかった。不機嫌そうな声で説教してはいるが、見た目が柴犬で舌を出しながらヘッヘッヘといっているようにしか見えないので、聖剣としての威厳よりも動物の可愛さの方が強調されている。


「まあいい。ようやく時間ができたのだ、他に優先すべき話が山ほどある。付いてこい」


そう言って光一の返事も聞かずに柴犬は歩きだした。慌てて光一が追うと、柴犬は村の周囲を囲んでいる柵を飛び越え村の外へと出てしまった。

クラリスを心配させないか気になりつつも、光一も何とか自分の背丈近い高さの柵を乗り越え柴犬の後に続いた。


「よし、ここなら村の者たちから見つかることはあるまい」


そのまま二十分ほど歩いただろうか、村を見渡せる小高い丘の途中の大きな岩の陰で光一と柴犬は話をすることにした。光一は近くの手ごろな岩に腰掛けるのを見た後、柴犬はその場でワンコ座りをするとおもむろに切り出した。


「さて、光一よ・・・」


「うん、話っていうと、これからのことかな?」


「うむ、その通りだ。だがその前にどうしてもお前に聞きたいことが一つだけある」


「な、何かな?」


エクスカリバーはゆっくりと深呼吸した後、重い口調で尋ねた。


「お前が手に持っているその箱は何だ?先ほどから旨そうなにおいが漂ってきて集中できん!!」


ズルッ ドタン


光一はずっこけた。人というものは心の底から拍子抜けした時に本当にずっこけるものだと初めて知った、光一の異世界での夜だった。


「これはクラリスが僕のことを心配して作ってくれたんだよ」


「ふむ、ならば私に半分よこすがいい」


「話聞いてた?今のエクスカリバーが僕よりお腹がすいてるように見えないし、人からもらったものを簡単にあげられるわけがないじゃないか!?」


「何を言う、光一と私は今や切っても切れない間柄ではないか。光一の物は私の物、私の物は私の物だ」


「どこかで聞いたなそのセリフ!?」


「本来なら聖剣である私にすべて貢ぐべき物を半分で許してやると言っているのだ。つべこべ言わずに出すがいい」


「はあ、僕よりはるかに年上のくせに我儘なのはどうかと思うよ」


そう言いつつも、光一はバスケットを開けて中に納まっていたサンドイッチの半分を、バスケットの中に入っていた布切れを敷いてその上に置いた。

柴犬は瞬時に反応して、断食明けの修行者のような勢いであっという間に食べ終えた。犬らしからぬ綺麗な食べ方であったが、食べっぷり自体は光一から見て犬畜生以外の何物でもなかった。

その姿に切なくなりつつも、残りのサンドイッチまで催促されてはかなわないと最低限味を堪能しながら、且つ(かつ)できるだけ早く食べ終えた光一は改めて柴犬と向き合った。


「で?これからの話だったっけ、コウジロウ?」


「ぐっ、その名前を勝手に付けたことに言いたいことがないわけではないが、どの道この姿の時に私の本当の名を呼ばれるわけにないかないのだからな、今更改名するわけにもいかんし、今回だけは許してやろう。

さて、これからの話というのは具体的に言うと大魔王討伐までの道のりだ。以前の私なら光一がモノにさえなればすぐにでも直接討伐に向かえたのだが、今の私の状態では自ら死にに行くようなものだ。光一、その理由は分かっているな」


「うん、確かルミナス様は大魔王から斬ることも突くこともできなくなる呪いを受けたせいだと聞いたと思う」


「その通りだ。ルミナス様は不斬の呪いとおっしゃっていたが、実は問題はそれだけではない。むしろ本題は、私の力そのものが弱体化したことの方が大きい」


「大魔王の呪いのせいじゃなくて?」


「関係がないわけではないが違う。さて、ここで光一に質問だ。私を含めたイヴァルディシリーズの力の源はなんだと思う?」


「え、そうだな・・・・・・君たちを作った神様がくれるんじゃないの?」


「半分正解で半分間違いだ。確かに我らは神々によって創造されその恩恵を受ける身ではあるが、それだけではない。神々によって救われた人類の信仰心が神代行者であるイヴァルディシリーズのの力を増幅し、世界のバランスを保っているのだ。そしてその中で最も人々から広く深く信仰を集めていたのがこの私、聖剣エクスカリバーというわけだ」


「信じる心が力になると言葉は聞いたことはあるけど、この世界だと言葉通りの意味になるわけだね」


信仰や宗教にはほとんど縁のない国に生まれた光一にはいまいちピンと来ない話ではあったが、それでも目の前の柴犬がこの世界の人々の希望なのだということだけは理解できた。


「だが光一も知っての通り私と共に大魔王討伐に向かった先代のマスターは敗北し行方不明となった。幸い万全には程遠いが私はこうして無事なのだが、今この事実を知っているのは下界では光一、お前だけだ」


「・・・あ、ということはエクスカリバーを信仰していた人たちは」


「いまでも上へ下への大騒ぎだろうな。そして現在進行形で私の力は急速に減っている」


「それなら大きな街やお城で健在をアピールすればいいんじゃない?」


「本来なら愚かな貴様を更生させるために説教せねばならんところだが、この問題ばかりは完全に理解させる方が優先だ。

私もできることなら今すぐ王都で実行したいところなのがだな、それを許さぬのが呪いの存在だ。今すぐ王都で私の復活をアピールして民衆の支持を得たとしよう。当然その知らせは魔族どもにも届くことになり、奴らは私とマスターの打倒に動き出すだろう。さて光一よ、今のお前に強大な力を持った大魔王、あるいはその部下の大魔族に太刀打ちできるのか?」


「あ・・・、できない。というか無理だよ」


「そう、碌な戦闘経験のない今の光一ではあっさりやられて死ぬのがオチだ。いや、死ぬだけなら次のマスターを選べばいいだけだからまだいい。もし不斬の呪いのことが他の者にバレてみろ、魔族は我先にと私とマスターの元へ殺到するだろうし、それより恐ろしいのは私が力を使えないことを知った民衆が失望し、聖魔のバランスが今以上に崩れるようなことになって見ろ、はっきり言ってイヴァルディの世界は終わりを迎えるぞ」


「・・・・・・」


思った以上にはるかに深刻な事態に光一は沈黙するしかなかった。エクスカリバーのマスターを軽々しく引き受けたつもりはないし今でも後悔だけはしていないが、光一の頭では打つ手が見つからない現状に途方に暮れた。


「そう落ち込むな、打つ手はある」


「え、本当に!?」


「私に考えがなければそもそもこんな話をしたりはせん。要は人々を失望させずに魔族と戦う手段を見つければいいのだ。というより手段自体は見つかっている」


「どういうこと?それが難しいって話じゃ・・・」


「お前だ光一。このイヴァルディの世界の者ではないお前なら剣としての型に囚われない、私に頼らない戦い方を編み出すことができる。ルミナス様はそう確信しておられたし、この間のゴブリンとの戦いをこの目で見て私も希望を感じるようになった」


「!?」


「後はどうやって経験を積んでいくかだが、正体を隠したまま魔物の領域に近い場所を渡り歩くことで魔族の眼を逃れつつ、各地で魔物や魔族を退治しつつ名声と経験を積んでいくしかあるまい。一種の賭けだが、極端に影の薄い光一と犬の姿になった私たちがまさか聖剣とそのマスターだとは魔族も人類も夢にも思うまい。いずれは正体もバレるだろうが、強くなる時間は十分にあるはずだ」


エクスカリバーの言葉に次第に元気を取り戻して言った光一だったが、重大な落とし穴があることに気づいた。


「ちょっと待った!正体を隠しながら戦いの経験を積む話はよくわかったし僕も賛成なんだけど、じゃあ戦うときはどうするの?犬の姿のままじゃ戦えないし、かと言って剣の姿に戻って戦うと結局正体がバレてしまうんじゃない?」


「心配するなその対策もしっかり考えてある。私の能力を使えば正体を隠したまま戦うことが可能だ。大きく弱体化した私だが、この方法なら対して力を消費せずに済むし、剣の姿を阻害することもない。私の力が破壊一辺倒だと思われては困るぞ!」


「そんなすごい方法があるの!?それって・・・」


ズズ ゴウゥンンンン


その時、どこからか地鳴りにも似た爆発音が遠くから響いてきた。


「この音は・・・村の方からだ!まだ話は終わっていないが後回しだ。光一!」


「!?、わかった!!」


目的地は分かっているので一人と一匹で走るより一人と一振りになった方が速い、そう判断した光一は聖剣に戻ったエクスカリバーを手に爆発音の元へと駆け出すのだった。

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