合の手 柴犬の独白
「ワフー・・・」
全く何たることだ。この私のマスターたる聖剣士とあろうものが、騎士だという話だが只の人間の一撃で昏倒する羽目に陥るとは。まあ、私を持っていない状態では光一もただの人間と変わりがない力しか持たないから
、仕方のないことではあるのだが。
いや、あの魔物の森から助け出したクラリスという娘と手など繋いでデレデレして油断していたのがそもそもの間違いだ。いい機会だ、光一が目覚めたらどれだけルミナス様より聖剣士にえらばれたことがどれだけ名誉なことかわからせてやらねば。
「父さん!!いつもお前は私の命だって恥ずかしいセリフを私に言ってるのに、私を助けてくれた命の恩人に対してあの仕打ちは何!?ちょっと!ちゃんと聞いてるの!?」
「い、いや、しかしだなクラリス、男女七歳にして席を同じゅうせずという言葉があってだな・・・」
今は仰向けに倒れていた光一は横向きになって、地面で打った後頭部にはクラリスの手によって濡れたタオルが当てられている。光一を介抱しているクラリスは正座の姿勢で光一の頭部を自分の膝に乗せながら、光一が気絶している原因である父親に向かって説教をしていた。光一め、
その父親はと言うと、さきほど光一に向かって突進した際の威圧感はどこへやら、あの時より体格が半分になったのでは?と思わせるほど身を小さくして娘の怒りをその身に受けていた。
ふむ、この姿からは信じられんが、クラリスの父親というこの騎士、混沌の時代から数多の強者を見てきたこの私から見ても相当の実力者だということがあの僅かな挙動からでもわかる。どう見てもこんな辺境にいていい戦力ではないぞ。
それに先ほどからちらほら見かける村人も農家の体つきではないし、歩き方も僅かに左右でズレがある。日ごろから帯剣していないとああはならない。一開拓村に配置すべき戦力を大幅に超えているのは間違いない。
まあ、私と光一は偶々立ち寄っただけの身だ。この村に何か秘密があったとしても関わり合いになることはあるまい。
私が村の様子を観察している内に担架が運ばれてきて、気を失ったままの光一がクラリスの膝から担架へと移された。他にすることもないので仕方なく光一についていこうとすると、
「あらコウジロウ、ご主人様についてくる気ね。偉いわね。よーしよしよし」
やめんかクラリス!光一は一応私のマスターではあるが、断じてご主人様ではない!
これまでなら歴代のマスターが私の言葉を他の者に伝える役目を負っていたから意志の伝達にさほど不自由はなかったが、この影野光一という男は異世界人であるせいか、聖剣である私を全く敬おうとせんし、それどころか犬畜生扱いしようという意図すら見せてくる。
だからクラリス!私の姿が犬そのものだとは言え別に頭を撫でられても嬉しくなど、・・・う、嬉しくなど、ない!ないが、もう少しだけ撫でることを許してやらんでもないぞ。わふっ。
そうこうしている内に村の男たちの手で光一が門の傍から運び出され、私とクラリスも同行した。クラリスの父親は「父さんはしばらくそこで反省してなさい!!」と娘からきつく言い渡され、村の外の警戒がてら、正座しながらその場に残ることになった。私と光一が原因とは言え、村近くの森で異変があったのだ。おそらく夜通し警戒態勢を取るのだろう、一部の男手もクラリスの父親と残るようだった。
しかし改めてこうして村の中を見てみると、私がルミナス様の手で創造され、イヴァルディ混沌の時代に降り立った時からずいぶん進歩したものだ。
あの頃の戦いは、種族の体格や保有する魔力の量といった生まれ持った能力がそのまま戦力として通用していた。エルフやドワーフといった人族に近い種を含めた人類は、イヴァルディを席巻していた魔族や魔獣の各勢力の中でも、存亡の危機に立たされるほど弱小勢力だった。
当時の彼らの武器といえば、先ほどのゴブリンが使っていたものと大差ないような、石や金属の原石を削って気に取り付けたような粗末な武器しかなく、集団で効率よく戦うための戦術、石や木を利用した砦などの建築技術も存在していなかった。はっきり言ってあのままでは人類の滅亡は避けられない運命だっただろう。それを裏付けるように一部の魔族は、人類を滅ぼしてイヴァルディの世界を完全に魔族の手に収めようとしていたようだった。
だが彼らはは知らなかった。聖魔の調和が完全に崩れた時、イヴァルディの世界そのものが消滅してしまう真実を。
人類存亡の危機はイヴァルディの世界を司る神界の神々の危機と同義。
しかし神々の下界への直接の介入はさらなる混沌を生む危険があった。そこで提案されたのが、神々がそれぞれ一つずつ自らの力を宿した依り代を作って下界に投入し、世界の安定を図ろうと計画した。
それが我らイヴァルディシリーズの誕生である。
我らが地上に降り立った時には数の少なくなった人類からマスターを選定するなど、それなりの混乱があったようだが、イヴァルディシリーズとそそれぞれのマスターの活躍と、イヴァルディシリーズが持ち込んだ数々の知識が人類圏を大きく回復する原動力となった。
大魔族との決戦など、ここぞというところでは最強の聖剣たる私の活躍で勝利したが、指揮能力に長けた軍杖や、戦闘だけでなく鍛冶能力を併せ持つ鎚など、戦闘以外でその力を発揮したイヴァルディシリーズの貢献も大きなものだった。
その遺産を人類は今代まで磨き上げ続け、様々な力を宿すことのできる魔剣、大型魔獣の襲撃にすら耐えうる堅牢な城塞など、イヴァルディシリーズを除いた戦力でも魔族と互角にやり合えるまでに成長している。
混沌の時代を乗り切ったイヴァルディシリーズのその後は様々だ。
私のように人類の宝として人類圏の守護の最前線に立っている者もいれば、役目を終えたというように迷宮の奥深くで眠る者、もっと広い世界を見たいと包丁などの家事道具、旅人が護身用に持つようなナイフに身をやつして人知れず世間に紛れている者もいる。
しかし私と先代のマスターが謎に包まれたままの大魔王に敗北し行方不明となったことで、混沌の時代の再来を危惧して、再び世に出てくるイヴァルディシリーズも出てくることだろう。
くそっ、あれから何度もあの戦いを思い出そうとしているが、なぜか靄がかかったように思い出せない。下界の生き物と違って、イヴァルディシリーズである私に記憶の喪失などありえないのに・・・
おそらく大魔王に賭けられた呪いの影響である可能性が高い。一日も早く呪いの解呪と記憶を取り戻さねばならないが、果たして他のイヴァルディシリーズの力を以てしても可能なのかどうか・・・
「コウジロウーー。今日は歩きっぱなしでお腹も減ってるんじゃない?夕ご飯のありあわせで作ったんだけど食べる?」
何だクラリス?食料だと?馬鹿な、最強の聖剣たる私が畜生のように食事が必要なわけがなかろう!
今すぐその皿を持って帰れ!え、よだれがすごいって?そんなことがあるわけが・・・なんだ、この水たまりは!?本当に私のよだれなのか?だからその皿を私の前に置くなと・・・
「ふふっ、コウジロウったらすごい勢いで食べてる食べてる。よっぽどお腹がすいていたのね。これを食べ終わったらご主人様のお見舞いに行きましょうね」




