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九の手 彼女の気持ちと光一の思い

「ありがとうコウジロウ!あなたは命の恩人だわ!!」


そう言ったクラリスに抱き付かれているコウジロウの表情はデレデレとしていて、とてもではないが最強の聖剣には見えず、どう見ても少女の体の感触を満喫している愛玩用ペットにしか見えなかった。

その光景を見てしまった光一は、イヴァルディという世界の見てはいけない秘密を一つ知ってしまった気分になって、聖剣士になったことを少しだけ後悔した。


「さあっ、ここまでくれば私の村までは目と鼻の先よ、案内するわ。こ、こらコウジロウ!もうおしまい!やだっスカートをを引っ張らないで!?」


まだ抱き付かれ足りないのか、スケベ聖剣は犬の姿であることをいいことにクラリスのスカートを噛んでイタズラをし始めた。


「こら!コウジロウ!いい加減にしなよ!」


「ワン! ワワン、ワウーーン・・・」


「・・・クラリス、ちょっとコウジロウに言い聞かせてくるからそこで待ってて」


「あ、コウイチ・・・」


胴を抱えて抱き上げたコウジロウを連れて、光一は有無を言わせぬ行動でクラリスの返事を待たずにすぐ近くの茂みに連れていった。





「さて駄剣、いや駄犬、流石にあれはやりすぎだろう。言い分を聞こうか」


「いや、最近乙女に触れる機会が無かったのでつい・・・元はといえば貴様のような男がマスターになるのがいかんのだ!本来ならあの少女にお前が懇願して私が触れる機会を増やすべきだろうが!」


「へえぇぇぇ・・・、エクスカリバーの考えはよおぉく分かったよ」


「ふん、ようやくわかったか、これからは気持ちを入れ替えて私のことをもっと敬うがいい!」


「そうだね、ところでそんなエクスカリバー様にお願いがあるんだけど。ここにそうだな、2メートルほどの縦に長い穴を掘ってくれないかな?」


「なぜそんなことをこの私がせねばならんのだ!光一よ貴様本当に心を入れ替えたのか!?もう我慢ならん、一度痛い目を見なければわからんようだな!覚悟しろ!ウオオオオォォぉぉーーーー」


そう言った柴犬は光一目がけて飛び掛かり、凄まじい連撃を繰り出した。


光一の足元の地面に向けて。


「うおおおぉぉぉっ、はっ!こ、コレは一体!?なぜ私が光一の言うとおりに穴を掘っているのだ!?」


「さっきから気になってたんで試しに命令してみたんだけど、どうやら犬の姿の時には理性より犬の本能の方が行動の優先順位が高いようだね」


「うおお!?何ということだ!?ならば聖剣の姿に戻れば!おい、光一!早く私を元の姿に戻せ!!」


「いいよ、穴も掘り終わったようだし。じゃあ罰ゲームの始まりだ」


聖剣の姿に戻って光一の手に収まったエクスカリバーを待っていたのは自ら掘った穴へのダイブだった。


「こら、光一!よりにもよってこの私を放り投げるとは何事だ!早くこの穴から出せ!おい、聞いているのか!」


エクスカリバーの猛抗議を聞き流した光一は、今度は自らの手で掘られた穴に土を戻し始めた。


エクスカリバーを残したまま。


「何をする!?今すぐその蛮行をやめるのだ!ああ、私の輝きが土で隠されていく、やめろ、やめてくれえええぇぇ・・・」


「これだけピカピカした剣ならもしかしたらと思ったけど、やっぱり効果抜群だな」


土で剣身が隠れていくに連れて急速に元気をなくしていくエクスカリバー。プライドの高い光り輝く聖剣なら、その輝きを奪ってしまえば大人しくなるのではないか?という光一の読みはズバリ当たっていた。


それから一分ほど、自ら掘った墓穴に文字通り落ち込んだ聖剣は聞くも無残なほど暗い声で呟き続けていた。


「暗い、暗いぃ・・・光を、光の御恵みをををを…ルミナス様の御慈悲を・・・」


「うぅ、ちょっとやりすぎたかな?」


これ以上は危険だと直感した光一が慌ててエクスカリバーを引き抜くと、我に返ったかのようにいつもの調子を取り戻した。


「くっ、や、やるではないかこ、光一。こ、このわたわたしををを、ここまでおお追い詰めるとは!」


声がプルプル震えていた。どうやらすぐにいつもの調子、とはいかなかったようだ。


「さすがにクラリスが迷惑に思うような事をしちゃ駄目だよ。向こうがコウジロウのことを褒めてくれるのを止めるつもりはないけど、またこっちからの過度のスキンシップをやらかすようなら、次は反省するまでずっと穴に埋めておくからね」


「それだけは!それだけは勘弁してくれ!!後生だから!」


そんな感じで二人の間に一つ約束事が生まれ、光一と柴犬の姿に戻ったエクスカリバーは待たせていたクラリスの案内で彼女の住んでる村に向けて出発した。


「それでクラリス、君の住んでいる村はどんなところなの?」


夕日が照らす村までの道中、コミュ力に乏しい光一でもさすがに何か話をしなければ、という衝動に駆られてクラリスに村のことを尋ねた。クラリス個人のことを聞かない辺り、光一のチキン振りが窺える。


「どんなところって聞かれても別に普通の村だと思うわよ。商店と宿屋は一つずつだけ、ほとんどみんな畑を耕して暮らしているし。ただ、魔物の領域に近いから冒険者のパーティが拠点として利用することも多いし、開拓村だから元冒険者や騎士団出身の家が多いのは特徴といえば特徴かしら?」


「な、なんか凄そうな村だね」


「そんなことないわよ。まあ、見た目がゴツイ人たちが多いのは否定できないけど、みんな気のいい優しい人ばかりよ」


「そうなんだ、じゃあクラリスの家族も畑仕事を?」


「ううん、うちは父さんが村に常駐する騎士なの。母さんは私が物心つく前に流行り病で死んじゃったらしいから、私が家事をしているの。今日も父さんからは止められていたのに食事のおかずを取りに森に入って・・・これまでは何も起きなかったから今日も大丈夫だろうって高をくくっていたのかもしれない。そしたらいきなり森の奥から強い光が見えて、魔物が飛び出してきて・・・・・・あはは、なんか暗い話になっちゃったね。ごめんね、コウイチ」


その時光一はクラリスの顔ではなく、小刻みに震える彼女の手を見ていた。森の中ではよくわからなかったが、改めてよく見たら手足も汚れたままだし、肌も血の気を失っていた。


(僕は馬鹿だ!魔物に襲われて死ぬような目に遭った女の子がすぐに立ち直れるわけがないじゃないか!怖いに決まってるじゃないか!)


「あのさ、クラリス。さっき僕が辺鄙なところに住んでいた話をしたよね」


「うん、話し相手がコウジロウだけだったんだよね?」


「そうなんだけど、それより前には普通に都会に住んでいた時期もあったんだよ。その時に片思いしていた女の子がいたんだけど、その子は別の男にしつこく言い寄られていた時期があって、すごく困ってたみたいなんだよ。でも僕は人見知りな性格だからその子に声を掛ける勇気がなくてさ、仕方がないから男の方に何度も付きまとうのをやめるように説得しに行って何とかやめさせたんだ」


「すごいじゃないコウイチ。その子も喜んだんじゃないの?」


「うん、だけど僕はやっぱり勇気が持てなくてその子に最後までもう心配いらないよ、ってたった一言をとうとう言えなかったんだ。その子のことを思えば言ってあげるべきだったのに、今でも不安に思っているかもしれないのに。そのことは今でも後悔しているし、多分これからも一生忘れることはないと思う」


「コウイチ・・・どうしてそんな話を私にしてくれたの?」


「つまりさ、何が言いたいかって言うと」


「コウイチ?」


「一応これでもこの辺りの魔物にには負けない自信もあるし、クラリス一人だけなら守り切れると思うからさ、何か僕にできることがあったら何でも言ってよ。村に着くまでは僕が守るからさ」


「・・・・・・コウイチ、ありがとう」


そう言ったクラリスは少しの間だけ光一から俯いた(うつむいた)顔を隠して静かに泣いた。そして再び顔を上げた時には目は赤いもののすっきりとした笑顔を光一に見せた。


「じゃあコウイチ、早速だけど、一つお願いがあるの」


「うん、僕にできることなら」


「村に着くまででいいの、手を握っててくれないかな?」


「え!?え、ええっと・・・僕の手今汚れてるよ?」


「ふふ、それを言うなら私も同じよ」


「ぼ、僕の手でよければ」


どぎまぎしながらも手を差し出した光一の様子に笑みを浮かべたクラリスはそっとその手を重ねた。


「ワン!ワワン!ワオーーーン!ワオオーーーーーーン!!」


その親密な様子にまるで嫉妬するかのように柴犬が吠え立てたが、お互いの手の感触に神経を集中していた二人の耳に入ることはなかった。




嫉妬の炎も燃え尽きて吠え疲れた柴犬が沈黙した頃、小高い丘の頂上にたどり着いた二人と一匹の目に柵に覆われて密集する家々が立ち並ぶ光景が飛び込んできた。


「コウイチ!もうすぐ村よ!ほら行きましょ!!」


「わ、クラリス、危ないからもう少しゆっくり!!」


光一の手を引いたまま走り出すクラリスに必死で付いていく光一と、うんざりした表情でその二人を追う柴犬。下り坂だったこともあり、一行はさほど時間をかけずに柵の間に設けられた村の門の前に辿り着いた。


「みんなーーー、私よ、クラリスよ。今帰ったわーーー!!」


そうクラリスが叫ぶとあちこちでたいまつと思われる火が付き始め、しばらくして門が開けられた。

そこで二人が見たのは筋肉質で大柄な男たちの壁だった。


「クラリス!!」「みんなーー!クラリスが帰ってきたぞーーー!!」「誰だあの小僧?」「犬を連れているぞ」


門までやってきた村人達が一様にクラリスの帰還を喜ぶ中、聞いたこともないような大声が光一の鼓膜を震わせた。


「クラリス!!無事か!?怪我はないか!?」


大柄な村の男たちの中でも一際目立つ大男が村人たちの中をかき分け、光一とクラリスの前に姿を現した。

短く刈り込んだ金髪に浅黒い肌、何より特徴的なのは光一がテレビの中ですら見たこともないほど鍛え抜かれた筋肉の持ち主が二人の間で繋がれた手を見て激高した。


「貴様ーーーー!!!!誰の許しを得てクラリスの手に触れているのだーーーーーーーー!!!!」


「父さん待って!話を聞いて!」


クラリスの制止も聞かず、大男は手加減したチョップで二人の繋いでいた手を引き剥がすと、憤怒の表情で光一に向かって突進、光一の胴体程はあろうかという太さの腕が光一の首元にクリーンヒットした。

そう、ラリアットである。


「へぶうっ!?」


ギュルルルルルル、ゴゥン!!


空気の抜けるような奇妙な声を出した光一はその場で空中を二回転し、勢いそのままに後頭部から地面に激突した。


「父さん!?私の命の恩人になんてことを!!」


「光一!?しっかりしろ光一!!」


クラリスとコウジロウの声を聞いたのが、光一が意識を失う前の最後の記憶だった。

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