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第10話 王と王子

「折角我々が用意した人の肉体を、こうも簡単に捨ててしまうとは」

「貴様はまだ自己犠牲の塊のままなのか。あの日から何も変わっていないな」

「いい加減に学べ。そのままでは何も救うことも出来ず、変えることも出来ないと」

「……そもそもお前は<神>だ。そのこと、しっかりと覚えろ」

「さあ、再び目覚めるときだ。……×××」





「ひ、う、」


何だか酷く心臓が締め付けられるような想いをする、夢を見ていた気がする。

頬を涙が滑り落ちていったことで、此処がもう夢ではないことに気付く。しかしその夢も、何だったのか忘れてしまっていた。

ここは、どこなのだろうか。

身体を起こして、朦朧とする意識のまま周囲を見渡す。


「ヴァルゼ……?」


少し離れた場所に視えたのは、ヴァルゼだった。背や髪型、雰囲気は変わっていたが、その気配から彼がヴァルゼなのだと、わかった。

近くへ駆け寄ろうと足を上げようとしたところで、妙な違和感に気付いた。

足が透けていた。

この現象とこの感覚……。ヴァルゼの傍にいた時と同じだ。つまり、神様の姿だった時と同じ。

人の身体から神様の身体に戻ったのか。


「これじゃあ、ヴァルゼに会っても姿が視えないんじゃ、意味ないな」


僕は無感情なまま、漠然とそう思った。人間の身体だった時の感覚が失われている。それはつまり感情や欲といったものを失っていることを示す。

途端に、僕はこの世界全ての知識が頭の中に雪崩れ込んできた。


「……く、そっ」


背後から苦し気な声が聴こえて振り返る。そこにいたのはヴァ―ジスだった。

鎖に繋がれ、拘束されているようだった。……そうか。ここは牢屋か。と、ようやくこの場所に気付いた。


「アルス……!」


ヴァ―ジスは僕の名を呼んでいた。答えても、きっと彼には聞こえない。この姿のままでは誰にも気づいてもらえない。


「ヴァ―ジス」


僕はそれでも名を呼んだ。何故名を呼ぼうと思ったのかは、もう僕にはわからなかった。

ただ何となく呼んだその名に、ヴァ―ジスは顔を上げた。


「アルス……?そこにいるのか?」


まさか僕の姿が視えるのだろうか。クロアのような前例もある。もしかすると――、と、僕は彼に触れようと手を、彼の手に重ねた。

すり抜けると思っていた手は、確かに感覚があって重力を持った。


「アルス!」


ガッと僕の手を取ったヴァ―ジスは大きく声を上げた。


「気でも狂ったか」


少し離れた場所にいたヴァルゼがその声に反応して、そういった。ヴァルゼには僕の姿がやはり見えないのか。

ヴァ―ジスはそんなヴァルゼのことなど気にも留めないまま、僕に声をかけ続けた。


「お前、死んだはずじゃ……。なんでここに……!」


混乱しているヴァージスに、僕は「落ち着いて」と応える。抜け落ちている人間味がヴァ―ジスは違和感を感じたのだろう。更に混乱した表情で僕を見る。


「俺は戻る。大人しくしていろ」


ヴァルゼはそう言い残してどこかへ去っていった。


「僕の本当の名前はアルス=ヴァルセリアっていうんだ」

「ヴァルセリア……?ヴァルセリアって神の名だろ」

「僕がその神様なんだよ。信じられないことにね」


僕は自分が神様であることを初めて、自分で名乗った。それから僕は自分自身のことを話した。

ヴァルゼ。彼を護ることが僕の使命であることを。……といっても、どうやらその使命に強制性がないのだということを、なんとなく、この時気付いた。彼との鎖は切れていて、何故だかつながりはもう断ち切れていること。


「なんとなく、わかったようなわからなかったような」

「まあ、そんな感じでいいよ。神様って言っても万能じゃないし」


人に直接干渉することは出来ないし、意外と人でいるよりも不便なんだ。


「っていうか、お前、その……ヴァルゼってやつについていなくていいのかよ」

「構わないさ。今はなぜか繋がりが断ち切れているから。……それよりも、君を助けないとね」


僕は周囲の精霊たちを呼ぶ。そういえばさっきまで精霊たちは応えなかったが、今回は呼ぶことが出来た。

なんで呼べなかったのか気になったが、精霊たちはそのことに関しておどおどとして答えない。

ま、いいか。と思いながら、僕は精霊たちにお願いをする。


「“お願い、精霊たち。この牢屋の鍵を壊して”」


ガキン、と金属音が鳴ると、錠が壊れて床に落ちた。お礼を言い、僕は再びヴァ―ジスの傍に戻る。

ヴァ―ジスは牢屋の扉を開けて外に出た。


「おぉ、凄いなその魔法」

「魔法じゃないよ。これは精霊たちの力を借りてるんだ」


奇跡でも何でもない、本来なら誰にだってできることなんだ。これは。


「取りあえず此処から逃げよう。道は僕が示す」





「どういうことです、ヴァルゼ王子……いえ、ヴァルゼ王」


フロン=グレイズェルは、目の前で腕を組み、立つ王へと尋ねた。

とある者を追って帝国へ派遣されていたが、件の者が捕まり、その必要性もなくなり帰還命令が降り、帰還するや否や派遣先で出会った一般の青年が死亡したと聞かされた。しかも件の者がその青年と接触していたということを知った彼女は、何がどうしてそうなったのか、混乱していた。


「今言ったとおりだ。貴様が接触していたという<ハコブネ>のギルドの青年は死亡し、例の男は捕らえた」

「なぜ、殺したのですか」


一般人。しかも帝国の者を殺したともなれば、どういうことになるのか。彼も知っているはずだった。

それに、納得がいかない。青年が殺されたなど。


「納得がいきません」

「……なんだ。情でも沸いていたのか」


王の目が冷たい刃のような目に変わる。


「情など持つ必要は無い。話によれば、その青年と接触したといっても数時間だけなのだろう?なら問題ないはずだ。さっさと忘れろ」

「……ッ」


言い返そうとフロンが横を通っていった王を振り返った瞬間、どこかで爆発音が鳴った。


「失礼します、ヴァルゼ様。捕らえた例の者が脱走たという報告が――」


話を全て終える前にヴァルゼは舌打ちをして、フロンに向き直った。


「さっさと捕らえろ。捕らえなければ……わかっているな」





「“焔の精霊よ。僕らの行く手を阻む者を退けてくれ”」


精霊たちの言語で呼びかけると、焔が行く手を阻む兵隊たちに向かって爆ぜた。といっても、大した熱がない、脅かし程度の火だ。怪我はないだろう。


「あとどれぐらいだ、出口は!」

「もう少しだ。この廊下を抜ければすぐそこに出口が――……!止まれ、ヴァ―ジス!」


僕の声に止まるヴァ―ジス。

目の前に、フロンが立っていた。何故こんなところにフロンが、と考える間もなく、彼女は言葉を放った。


「……見つけましたよ。ヴァ―ジス=ルイン。いえ、ルーン=グラヴェルシュ」


ルーン=グラヴェルシュ?

僕はヴァ―ジスの顔を見る。ヴァ―ジスは顔を歪め、軽く舌打ちをした。


「その名で呼ぶな。反吐が出る」

「いいえ、呼ばせてもらうわ。ルーン=グラヴェルシュ。グラヴェルシュ帝国の。第二王子」


ヴァ―ジスが帝国の第二王子?

僕は多少混乱しながらも、ヴァ―ジスの手を掴む。話は後にしよう。ここから逃げることが先決だ。


「走れ、ヴァ―ジス。僕が精霊たちに呼びかけて君に力を貸す」


“風の精霊よ。僕に、彼に力を貸して。彼は僕にとって大切な存在なんだ。だから――。”

風が竜巻のように巻き上がる。フロンが混乱した表情でヴァ―ジスを――。――いや、僕を見る。


「アルス……?」


僕は彼女から視線を外し、ヴァ―ジスの背中を押した。






「ここが出口だ」


ヴァ―ジスがそういって、なんだか心配そうな表情で僕を見る。僕はその視線に気づいて、「さあ、行こう」と言った。


「その、本当にいいのか?ヴァルゼと……それから、あの女と知り合いのようだったけど」

「うん。今はいいよ。どうせ僕の姿は見えないだろうしね」


僕はそう言って、再度ヴァ―ジスの背を押す。


「早く行こう。援護は僕と精霊たちに任せてよ」

「……わかった。それと、後でちゃんと俺のことについても説明、するから」

「うん。わかったよ」


僕らは王城の外へ出る。風が頬をすり抜ける。


「お、王子ー!迎えに来ましたよー!」


出た瞬間に、知らない声が響き渡った。門の外にいたのは見知らぬ男と、馬車。ヴァ―ジスは知り合いのようで、男に駆け寄る。


「すまない、ずいぶん迷惑をかけてしまったな。エリス」


エリスと呼ばれた男は「本当、そうですよー!心配したんですからね!」と、今にも泣きそうな表情と声音で言うと、ヴァ―ジスは馬車へ乗り込んだ。僕もヴァ―ジスの傍に座る。……といっても、まるで空中椅子のような姿のまま浮いた状態だが。

追いかけてくる兵隊たちが見え始めると、エリスは手綱を掴み、ヴァ―ジスに言った。


「任せてください。全力で逃げますよ、王子」

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