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弱虫バトン  作者: oga
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第四十八話

作者 四月一日代継

アリスは何度も台詞を間違えたが、まわりの者たちは上手くそれをカバーした。観客も温まっていて、話の流れが少々おかしくてもユーモアなのだと思い、時たま笑い声も聞こえてきていた。こうしてなかなか良い空気の中で劇は順調に進み、とうとう一番の見せ場に至った。


「しまった、寝過ごした!?」


 アリスは雨の音が聞こえる薄明りの舞台の上で跳ね起きた。


「いや、間に合う!」


 空はないが、代わりにアリスは上にある黒幕の曇り空を見てそう言った。


「さあ、頑張ろう! 私を信じて待つ友達のために、人を信じられないじゃちぼうぎゃくの王に友情の美しさを知らしめるために!」


 肩をグルグル回す。ブラブラとアリスのよく引き締まった歴戦の投手の腕が肩に合わせて揺れた。アリスの身支度はできた。アリスの進塁で鍛えられた足が引かれた弓のようにアリスと言う矢を射るのを待っている。本当に走るわけではない。しかし、そのアリスの姿からは友を思い、走り切ろうという覚悟が感じられた。


 場に沈黙が訪れる。舞台上にいないすべての者は唾をのんで矢が放たれるのを待つ。アリスの足元の床板が軋み音をたてる。


「今行くよ! パンダ!!!」


 アリスは友の名を叫び矢の如く走り出した。セリヌンティウス役の笹木黒子のあだ名がパンダだと知らない観客は、爆笑の渦に巻き込まれた。ドタドタその場で足踏みするアリスの耳には観客の笑い声が聞こえていなかった。アリスは友を助けるため一心不乱に走るメロスだったのである。


「メロス……いや、アリスは矢の如く走り出した。彼女は今宵、殺されるために走っているのだ。身代わりの友を救うために走るのだ。」

 井本の熱い語りが入った。


 すると次第に雨の効果音が激しくなり、舞台上は嵐になった。照明が赤、青、緑、黄、白と点滅するように変わってゆく。アリスはそんな中で「えい! えい!」と腹の奥から声を出し気合を入れた。何度も立ち止まりそうになりながらも「足よ、うごけ! 私は友のために走らねばならんのだ!」と自分自身をしかりつけた。十秒ほどすると色の点滅はゆっくりになり、あるときピタリと止まった。代わりに舞台は暖色系の照明と鳥の声で彩られた。


 アリスは額の汗をこぶしでぬぐい、ゆっくりと舞台上を歩き回った。


「ここまでくれば大丈夫、焦らない焦らない、一休み一休み。」

 ついには呑気にスキップしながら小歌をいい声で歌いだした。


 そんな調子でしばらく歩いていると、そのうちゴウゴウと激しく流れる川の音がステージに響いた。


「川? さっきの嵐で荒れてるのかな?」

 実に呑気な様子でアリスは言った。


 ここで、井本が中に入った黄土色の大きなビニールが上手から現れた。濁流だ。


「ゴーウ! ゴーウ!」

 井本はビニールの中で大暴れしながら叫んだ。


「ない……橋も船も向こうに行く方法も……。」

 アリスはその場で崩れ落ち慟哭した。


 床を引っ掻きながら涙を落とすその姿にステージの横で見ていたものも観客も感動した。


「迫真の演技だ……。」

 横で山賊の衣装を着たデンジロウが呟いた。


「お願い神様、私は友達を助けに行かなければいけないの、どうかこの川を落ち着かせて!」

 アリスは選手宣誓の時のように手をあげ叫んだ。


 しかし、井本はさらに激しく暴れまわった。その様は濁流そのものだった。これだけ動きながらゴウゴウ叫んでも鈍らない井本の体力は珍獣と言うよりは化け物だった。


「もう泳ぐしかない! 神様にも王様にも私の愛と誠の力を見せてやる!」


 アリスは黄土色のビニールに飲み込まれた。右手で襲い掛かってくる井本を跳ね飛ばして、左手で襲い掛かってくる井本をかき分けてドンドン先へ先へと進んでいった。そしてついに、アリスは川を越えた。


 荒れ狂う濁流を越えたアリスは再び走り出した。それはただ、その場で高速足踏みをしていただけだったが、多くの者はアリスの照明で輝く汗や勇ましい顔に走っていると錯覚した。観客には陽炎の砂漠やどこまでも続いている草原が見えていたのである。


 そんなアリスの目の前に、三人の山賊が現れた。エミリー、デンジロウ、エンジョイである。


「wait!」


 エミリーがそう言うと、取り巻きのデンジロウとエンジョイが少し躊躇しながらアリスの腕を掴んだ。


「何をするんだ、私は太陽が沈む前に城に行かなくちゃいけない。放してくれ!」


「そうは問屋が卸さない。僕たちに持ち物を全部渡してくれ。」


「私には命の他に何もない。その命だってこれから王にあげるんだ!」


「俺たちはそのyour lifeが欲しいのだ。」


 三人はアリスに襲いかかった。


「さては王の差し金だな、そうは問屋が卸さない。」


 アリスはデンジロウの台詞を摸倣したあと、エミリーの手から新聞紙でできた粗末な棍棒を奪い、三人の頭をなかなかの勢いで叩いた。


「Ouch!」


「うおっ!」


「Oh shit!」


 三人の愉快な山賊は少々大袈裟に倒れた。こうして、アリスは再び走り出す。友との愛のために、悪を打ち砕くために。




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