第十六話
作者 偽貍狸
「よし練習だー……」
「アリス、貴女っ…スルー!?」
そう声をかけたのももう遅く、アリスはあからさまに明後日の方向を向いて吹けていない口笛と共に走り出していった。
「貴女、本当に馬鹿ね……」
そう言って走り出した私もまた、馬鹿なのだ。
ただ1人の、大切な大親友を救うこともできなかった馬鹿。
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あの日はいつにもまして晴天で、スッキリとした日だった。
変わらず授業を受けて、たわいもない話で笑いあって。
──────そんな日だったんだ。
「……………………あ………」
「………………………………」
放課後、ふと思いつきで寄った場所。
むせ返るような薔薇の香りのする、その温室で………彼女は涙を落としていた。
ぽたぽたと、音も立てずに。
静寂だけが広がっていた温室で、漏れてしまった声は想像以上に響いてしまった。
気づいた彼女が、振り向く。
─────崩れるように、くしゃりと笑った。
あーあ。見られちゃったよ。と、困ったように。
「……辛いんだ。私。部活。」
とめどなく流れ出る涙を拭いながら、それでも強がりのように胸を張っている彼女に出会ったのは、そんな6月だった。
彼女は響 奏というらしい。
どっちが名前なのか分からないような名前だよね、と屈託なく笑う。
部活は吹奏楽。
話によると、希望と違う低音を演奏するパートに配属されてしまったらしい。
それも思った以上に難しく、ついていけなくなったんだとか。
先輩が、怖いし…
友達が、怖いし…
そう言ってふるふると肩が揺れた。
誰かみたいに優しい言葉をかけて慰めることが出来ない私は、ただ隣に寄り添っているだけだった。
そこから2週間ほど、私たちは温室で話すようになった。
学年も、クラスも明かさないまま。
彼女は泣いている時もあれば、少し怒っているような時もあった。
「何で、辞めないの?」
そう聞いてみると帰ってきた答えは「私には吹奏楽以外無いから」というもの。
不器用な私がどうこうできるようなものでは無い、と思う。
その後は・・・特に、喧嘩別れをしたわけでもなかった気がする。
自然に別れたような…私に用事ができたのか…いや、突然彼女が来なくなったのだったっけ。
とにかく、私は彼女に会う術すべを失った。
音信不通が1ヶ月続き、どんどん記憶が曖昧になっていった頃、もう1度彼女に出会ったのだ。
随分と変わって、刺々しい口調の彼女に。
「そんな奴、うちの部にいらないよ」
私は勝手に零れてしまった言葉を取り繕うともしなかった。
呆然とこっちを見たみんなの顔が、今も脳裏に張り付いている。
馬鹿みたい。
救ってあげたいだなんてイエモンは言っているけど、どうせそれも他人事でしょ?
他人ひとの事だから中身のない言葉を投げかけられるんだ。
その後提案された少人数駅伝というものにも、どうしてか私の気分は乗らないままだった。




