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作品を書き上げられない!  作者: みここ・こーぎー
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ウィバル・コート 後編


 キユナの執務室には誰だっただろうか、とにかく親衛隊の誰かがいたので外出許可証を机に置きながら一言かけてきた。なんか妙に怯えていたようだったので昨日の女かと思ったが、どうも違う気がする。そもそも名前はなんだっただろうかオーベールだったか。まあいいか。


 執務室からの帰りに購買部で女性用の一番小さい平服を購入した。

 グラスフォート軍の第二の軍服のようなものであり、カジュアル性を増した軍服のようなものだ。もっと言えば体操服と軍服を足して三で割ったようなやつだ。あまりに貧弱な印象が強い。


 さすがに安全ピンで留めたインバネスのワンピースもどきを着ているのはどうかと思うのでこれを着せることにする。

 本当ならテザーに買い物に行きたかったがエカリテが怯えて寝室から出てこなくなった。寝室はひとつしかないのでこのままだと俺が夜に眠れない。鍵もかかっていないのでノックのひとつもしたらいっしょに寝るくらいかまわないだろうが、さすがにその辺くらいはきちんと片付けておきたい。


 今日は朝から問題が大きい。

 皇族問題もそうだし、キユナがキレたのもそうだし、エカリテが落ち込んだのもそうだ。これらがわずか一時間の短い時間で起きたということはにわかには信じられないほどだ。

 とにかくひとつずつ片付けるために問題が手元にあるエカリテから何とかすることにした。


 女物の四角いパンツを買った俺を購買部のおばさんから優しい目で「わかるわ」と言っていた。俺はまったくわからないが、何かしらわかる部分があったのだろう。俺は女のこういう「私、わかってるのよ」みたいな行動を好ましく思っていないが「死ね」とか感情を露骨に呈することもない。思い、考えはするが。


 ハニカムの壁をこつこつと叩きながら俺は部屋の前に帰ってきた。

 部屋の前の大穴に五十皇の装甲版が壁に打ち付けられている。ゴムスチロールの混合剤のようなもので隙間をなくして外のいかなる天気ですら侵入できないようにされていた。監査官がきたときにはすでに応急処置がされていたがこうやって見たのは今が初めてだ。薄っすら汚れた床を踏みつけながら仕事の早さを心の中で褒めておく。

 いまだにびゅうびゅうと外では風が唸りをあげている。雨の量は減ったがそれでもそとは薄暗く窓を叩く天の雫が音を立てていた。防音なのでほぼ聞こえない。防音と豪雨の二重境界線が俺を外界と切っている気がして心地が良い。

 部屋の中に入るそのまま一直線に寝室をノックした。


「エカリテ、開けるぞ」


 多少は力強くノックをしたので聞こえただろう。

 寝ていたとしても問題ないはずだ。

 俺は意を決して寝室の扉を開けた。


 問題なく扉は開いた。鍵は掛かっていなかった。

 そこまで拒まれているわけではないと高をくくる。


 窓のない暗い寝室。室内灯は点いていない。

 俺は寝室の扉を開けたまま差し込む光を頼りにベッドへと近づいた。

 ベッドの端、その床に膝を抱えて座っているエカリテがいる。カーペットが敷かれてはいるが冷たい床だ。特に外は雨だからいつもよりも増して冷たいだろう。


「おいおい、冷たいだろう。ベッドに座ったほうがいいぞ。ほら、隣が空いてる」


 俺はエカリテが十分な距離を保って座れるようにベッドに腰を下ろす。そしてやや固めのベッドを軽く叩いて隣に座るように示唆した。


 しかしエカリテからはあまり反応がない。

 赤い瞳を上目でこちらを見ている。あざとさのようなものがまったくない。本当に怯えている小動物そのものだ。その警戒心の高さに少し心が痛くなる。


 しばらく待っていたが反応がない。

 俺は立ち上がってエカリテを強制的にベッドに座らせようと手を伸ばす。エカリテの両脇に手を入れて持ち上げようと思い、まずは頭を撫でようとした。


「触るなッ!!」


 エカリテが叫んだ。

 俺は手を止めた。

 強い拒絶が俺とエカリテの間に割り込む。


「あ、違っ、そうじゃ……な」


 言ったエカリテ自身が傷ついていた。

 まさか自分がそんなことを言うなんて、そんな表情をしている。絶望、とまではいかないがその寄る辺が忍び寄っている。呼吸すらも忘れたような顔で俺を見上げた。赤い瞳が一瞬ごとに痩せ細る。ガタガタと震えながら押し殺した嗚咽を漏らし、目を瞑って顔を伏せた。

 とうとう泣いてしまったようだ。


 俺はエカリテを優しく抱きかかえてベッドに座らせた。エカリテはか弱い抵抗っだったので無理やりだ。か弱いそれではあったが、エカリテとしては本気の抵抗だったのだろう。俺はそれでも有無を言わせずに肩を抱き寄せる。


「ほら、俺ってあまりこういうのって慣れてないんだ。だからエカリテが悩んでいるのか、感情が上手く操作できずに泣いてしまったのか、そんな区別すらできない。心を読むことなんかもってのほかだ」


 エカリテは俯いて黙ったまま聞いてくれている。

 泣いて、嗚咽を漏らしたままであるが、それでもだ。


「だから俺としてはその苦しい原因を取り除いてあげたい。そして少しくらいは笑ってほしい。まずはそうだな、どうやったら泣き止んでくれるのかな」


 俺はもうそれ以上の言葉が思いつかなかった。

 ぎゅっと引き寄せる。

 ベッドに置いた自分の右足の上にエカリテを置いてできるだけ密着するように抱きしめた。

 わからない。

 そしてその苦しい原因をエカリテの口から言わせる自分を少し恥じた。


「……どうして、わたしにかまってくれる、んですか」


 素っ頓狂な質問をされた。

 いや、なんと言えばいいのだろうか。

 答えは決まっているのだが、理由付けが、言葉付けが難しい。


「うーん、なんと言えばいいか。俺の庇護下に入った女が泣いているんだったらそれを泣き止ませるのも俺の仕事になるんじゃないのかな。というか、同じような状況だったら誰でも同じことを思うはずだ。できるかどうかはわからない。もしかしたらもっと泣かせてしまうかもしれない。触るのが怖くて離れているだけのやつもいれば、俺みたいに直接聞く無能もいる。そういうものだ」


 確かに面倒と思うやつもいるかもしれないが「そのまま泣いていろ」と思うやつは少ないだろう。もちろん怒りを持っているならそうなるかもしれない。しかし、今回のようによくわからない状況においていきなり意味もなく放置することもないだろう。

 少なくとも俺はそうだ。


「わたしは、ウィバルさまの気持ちを、裏切っていま、す」


「いや、裏切るも何も俺とお前は昨日あったばかりだかな。その辺を忘れるなよ、加味しろよ。裏切るも何もないぞ。俺達そんなに深い仲じゃない。もっと楽に考えろ」


 と、そこまで考えるが、よくよくにしてみると放置していたら明日か明後日には干からびて死んでいた可能性もあるし、本人もあの状況をかなり重く受け止めていたかもしれないので「助けられた」ということにそれなりの恩義を感じていることもあるだろう。

 日本で同じことをしたらどうだろうか。たぶん「ありがとう」で済むと思うんだが。

 やはり文化の差のようなものだろう。

 というか、このルオールアースのグラスフォート皇国前線基地辺りではどうなのかすらわからない。もしかしたら俺が気にしていないだけで毎月かなりの数の餓死者やなんらかの死者が出ているのかもしれない。他の連中もそれが当たり前ということで話題にすら上らない。

 たとえば地球の大量の難民問題とかはその辺を内包していたと今なら考えられる。しかしあのときのままだったらそう考えられただろうか。難民自体も物資支援が当たり前と思って横柄なやつもいるだろうし、エカリテのように重く考えているやつもいるのだろうか。


 どうでもいい。

 俺ではパンクするほど難しい問題だ。


「あまりそこまで考えなくてもいいんじゃないのか。子供なんだから。俺も人のことを言えるような年齢じゃないが、いちいち社会のルールに精神を病んで壊さなくてもいいだろう。うちの国もそういうやつらがたくさんいた。主に責任感の強いやつらから」


 あー、鬱だわー。俺、超鬱だわー。

 みたいなやつが出てくるのも仕方がないことだろう。楽だからな。


 ……いや、待てよ。

 年齢を聞いたときにぼかしていたな。


「もしかしてエカリテは年齢は十五歳以上なのか?」


「違い、ます……」


「じゃあいいんじゃないのか。別に」


 こちらでは十五歳以上で成人らしい。その恩恵を受けて俺も腕を振ってラム酒を買いにいける喜びに満ちている。


「あまり気にするなよ」


「でも、でも……わたしは、隠し事を、してます」


「じゃあそれが明るみに出たらまた追って俺が決断する。それまでは隠してろ。俺が聞いても別に気持ちのいいものじゃないんだろ。別に俺が無理して知る必要はない」


「でも――」


「はい、この話はここでおしまい。ほら、服を着ろよ。そしてそろそろ昼飯だ。メイドのやつに俺が特殊性癖持ちじゃないことを証明するために、そう、俺のために服を着てくれ。そして飯を食って、笑え」


 俺はエカリテを右足からおろしてベッドに置く。体重が軽いので大変に楽だ。楽は素晴らしい。


「あの、あの――」


「あーあー、きーこーえーまーせーんー。早く着替えてくださいー」


 俺は背中で少しだけ笑ったエカリテの声を聞いた。

 そして満足して寝室を出た。

 出るときに室内灯をつけて、同じように笑っていると信じながら。


----------------------------------------



 拳底で叩く強いノック音が聞こえた。


 俺とエカリテは多少ぎこちなさはあったがこの風雨に負けない力強さを持って言葉を交わしていた。その矢先だった。


 キユナから貰った地球産のココアが入ったマグカップを置いて、俺は応対のために入り口へ向かう。俺に先んじたエカリテを静止してココアを飲むように言いつけてからだ。粉ミルクを使用したものだがそこまで味は悪くない。


「ウィバル・コート少尉、ヴァンフラート軍の侵攻が確認されました。至急、出撃をお願いします!」


 初めて見る伍長の少年が緊張した面持ちで敬礼をする。

 俺はそれに「わかった、すぐに行く」と声をかけて返した。パイロットマークがついていたので彼も出撃することになるのだろう。


 一応、表向きは謹慎中ではあるが、さすがに俺も出撃しなくてはならないだろう。軍規違反といえばそうなのだろうが、本当に出撃しなかったら問題になる。いや、問題にはならないだろうが、常識を疑われることになるはずだ。


「エカリテ、今から出撃に出る。俺が帰ってくるまでは外に出るんじゃない。迂闊に出歩くとスパイ容疑や機密漏洩で撃ち殺されるかもしれん。常に居留守を使え」


 俺はエカリテの頭を撫でる。エカリテの立ち上がって俺の反対の手を握った。

 まず撃ち殺されることはないだろうが、なんの話も通していない子供が基地内をうろついていれば拘束されるだろう。その間に怖がらせてはどうしようもない。

 俺は嘘かどうかのギリギリのラインを口にしたのだ。


「わかり、ました」


 しゃべるようにはなったが、まだたどたどしい言葉遣いだ。

 まるで何年もまともにしゃべっていない引きこもりを想像させる。出撃が終わったらエカリテの家族のことを聞こうと心に決める。今のままだと本当に誘拐だからな。


 またびくりと体を振るわせたので、俺はエカリテから手を離す。


「じゃあ行ってくるが、本当に誰も入れるなよ。あとお腹が空いたら冷蔵庫から何か漁って食べてくれ。ああ、そうだ。居留守を使えと言ったが、食事は運び込むように言っておくからな」


 頭の中の記憶にタグをつける。

 エカリテの食事とパイロットスーツのヘルメットをイメージ。これで忘れていてもヘルメットを触ったときに思い出す。おおよそ三分の一くらいで。


 俺はインバネスを羽織ると外へと出た。

 士官宿舎の入り口に先ほど俺に連絡をくれた伍長が車を回してくれている。幌のついたジープもどきだ。モータートイ並のスカスカさに最初の頃は衝撃を受けたが今では慣れたもんだ。馬力を弱めるために取り付けられた二百キロほどのデッドウェイトなんか今では驚くにも値しない。

 形状的に地球の四駆をベースにしたそれの助手席に乗り込む。

 そこそこ柔らかいシートに座り腰巻のシートベルトをかちりと止める。


「大丈夫だ。出してくれ」


 俺が言うと伍長は車を出した。

 少し雨が強くなってきているか。だが前が見えないほどじゃないし、今はまだ昼前だ。問題はない。

 伍長の運転は上手く、かなりの速度が出ているにもかかわらず安定した動きを見せた。この調子なら格納庫まではすぐだろう。

 そうだ。


「伍長、今日は君も出撃するのか?」


「いえ、今回は待機命令が出ています。雨天の襲撃ということで念のために基地防衛にも注意を払うそうです」


 なるほど。それもそうか。むしろ俺の考えが足りないくらいだ。


「ではすまないが頼まれごとをしてほしい」


 伍長はこのあたりでは珍しくもない茶髪の少年だ。ぶっちゃけ俺とあまり年齢は変わらないだろうが、俺のほうが背も高いし胸板も厚く威圧的だ。年齢が近いといっても区別されるだろう。


「見たと思うが、俺の部屋に女の子がひとりでいる。お前の出撃まではいっしょにいてくれないか? 一応、居留守を使えと言ってはあるがもしもドアを開けたらそのまま理由を説明して少しの間でいいから話し相手になってくれ。もしも居留守を使ったままならそのまま帰ってもいい」


「わかりました!」


 はつらつな返事だ。

 俺は伍長を少し覗くと自信に満ちた表情をしていた。仕事を任されたのが嬉しいのか、それともこんな少年なのかわかりかねるが問題ないだろう」


「あと、中の女の子に食事の手配も頼む。問題はないと思うが念のためだ」


 伍長はまた大きく返事をする。

 これでなんとかなるだろう。

 漫画とか小説とか見ていたら「少尉」なんて頼りない生き物だと思っていたんだが、どうやらこの世界では尊敬に値するものらしい。もしかしたら俺がパイロットであることと無関係ではないかもしれない。正直に言えばすこぶる愉悦だ。


 格納庫に到着した。

 ここより先、二千キロは戦闘区域だ。グラスフォートが把握しているヴァンフラート側の基地がある場所まで二千キロほどある。ただしどこかに補給用の簡易駐屯地が作成されているはずなのでそれを前提とした考え方はまずい。


 こちらの戦力はクライムエンジンが十八機とその他のロボが三百機ほどだ。三百機でクライムエンジン一機か二機くらいなのであまり期待しないほうがいい。

 敵性クライムエンジンは出張ってくる数はおよそ十機前後にソルジャートークンと呼ばれる機体を随伴させてくる。ソルジャートークンはこちらでいうところの五十皇にあたるが、残念ながら向こうのほうが強く百皇ほどの戦闘力だ。ただそれで揃えているので戦術攻撃として優秀であるため馬鹿にできない。


「ウィバルだ。レーダーはいくつ潰された?」


「三つです。通常行軍のようなのであと二時間ほどで接触になります」


 俺は格納庫にいる情報兵に話を聞く。話を聞くと言っても今のことくらいしかわからないが。


 こちらの世界はロボ以外の技術はあまり発達していない。

 正確にはロボをオーパーツとしてそれに付随する技術以外は何もない。なのでレーダー網に関しても大量の電波装置をばら撒いてそれに引っかかったものはすべて敵という流れで行なう。

 このレーダー用の妨害装置はかなり優秀であり基本的に欺くことができない。そのために戦闘のために行軍した場合、すべて破壊しながら進み相手に情報を少しでも渡さないようにするのが定石だ。

 ちなみに相手も同じものを持っている。

 それがこの戦争が長引いている一番の原因だ。


 戦争の理由?


 さあ? 下っ端ではわからん。

 俺達は相手が攻めてくるから攻撃しているに過ぎない。

 おそらくサラエボ事件のような何かがあったものと思われるが、今ではそれは大したことではないのだろう。ただ互いに攻めて攻められてで戦争が継続している。

 現在は消耗戦を経て疲弊したところで話し合いに向けているらしい。


 このセイル基地は、戦闘区域にある味方の補給駐屯地を除けば最前線だ。

 こうやって出撃する回数も多い。一昨日も戦ったのにまた戦うらしい。面倒だとは思わんが、だるい。


「出撃準備に入る。俺のクライムエンジンを準備しておけ」


「はっ!」


 俺は情報兵に準備を促すと俺は金魚蜂パイロットスーツを着るために準備室に入った。

 そこでようやく警戒アラームが鳴り響いた。基地のすべてに聞こえるように鳴り響き、戦闘警戒態勢を教えている。


 ここ、なんか遅い気がするんだよな。この警戒アラームとか、戦闘準備態勢にはいるのが。

 確かにクライムエンジンの行軍速度だとそこまで急ぐことはない。よちよち歩きみたいなもんだ。歩くだけでも中の人間はかなりの消耗を強いられる。だがクライムエンジンの性能を百パーセント使えば音速くらいで動けるのだ。それだけの出力を秘めている。

 あと、クライムエンジン二機が常に警戒態勢に入っているのが大きいだろう。自動ターゲットからのバルカン掃射で飛行機類はすべて紙くずのように蹴散らされる。もっと言えばソルジャートークンでも継続攻撃していれば一方的に破壊される。


 ……やっぱり別に遅くはないか。十分な対策が取られているか。


 俺は拘束服パイロットスーツを着込んでヘルメットを抱えた。狭苦しいので搭乗してからかぶるのだ。黒いパイロットスーツがぎっちりと俺の体を縛り付けている。確かブラックアウト防止のためだときいたが本当だろうか。股間が締め付けられて浮き出ているような気がしてならない。鏡がないので確かめられないが、本当にそうだったら最低だ。


「ウィバル! 早いな! さすがに○ん○んが大きいだけはあるぜ!」


 準備室からでようとすると心無い同僚の言葉がかかった。


「さすがに大尉殿と付き合っているだけはあるな。羨ましい」


 同僚は俺の肩をばんばんと叩いてくる。同じ少尉でよちよち歩きクライムエンジンの男だ。名前はなんだったか、ゴリアテ……ゴリアードラ……まあゴリラってことで。

 ゴリラはウホウホ息巻いて準備室のロッカーを勢いよく開けて、勢いよく服を脱ぎ捨てた。ややゴリラめいた短足気味だが上半身が恐ろしくでかいのでアメリカアニメの主役みたいな体躯をしている。未来に前進した髪の持ち主の三十台で良い意味で脂が乗っている。


 あとキユナと付き合っているわけでは、決してないがその辺を口にするとこじれるかもしれないので黙っておく。俺はキユナと付き合うくらいなら心躍る一桁代の幼女を絶対に探してきて「これが彼女なんだ」って言って断る。本当にやるからな。


 目立ってロリコンというわけでもないが興味がないわけでもない。

 だからといって年上が嫌いかと言われれば某女優と付き合いたいと思うこともある。

 美人やかわいいのどちらも好きである。


 出撃前に何をくだらないことを考えているんだか。


 俺は出撃のために外へと移動した。

 雨が強くなってきた。風はまだマシだが、この中に飛び込んだら十秒もしないうちにずぶ濡れになるだろう。俺はアーケード状になっている一時搭乗口までやってくるとできるだけ雨に濡れずにクライムエンジン専用の十皇に乗り込んだ。

 専用十皇はクライムエンジン搭乗用の人型ロボだ。これを使って二百メートルあるクライムエンジンの背中側から乗り込む。専用十皇ごと乗り込むが中に入ったらこいつから降りてパイロットシートに座るのだ。

 ヴァンフラートのナイトヘッドについている脱出用の飛行機がないこともないが、こちらでは専用十皇が使用される。あちらの飛行機と違い戦闘力と機動力が搭載されているのでバルカンも避けられないことはないからだ。


 雨に濡れないように専用十皇のコックピットが開いている。そんなに大きくない。むしろ狭い。ほとんど着ているようなものだ。中では浅い椅子に腰掛けていながら正面に寝そべっているようなものだ。上半身辺りはわりとフリーであるので、それで操作以外の細かい入力や出力を行なう。


 俺はヘルメットをかぶる。

 専用十皇に乗り込むと自分のクライムエンジンが準備されている場所へと向かった。

 高層ビルなんか目じゃないほどの体積を誇る人型ロボット、クライムエンジン。ただ外に放り出しているだけでも異常なほどの威圧感を感じる。


 スラスター用のフットペダルを踏みながら勢いよく跳躍するとクライムエンジンの足元から順に上っていく。雨で濡れているので多少は気をつけながら取っ掛かりを足場にスラスターを吹かして目的地までやってくるとシールドを開いて中に滑り込んだ。

 このロボ類は実は電気で動いていない。ついでに言えば精密機器の類も地球で言うところの魔法的な何かマジカルデバイスの一種だ。泥水にざぶざぶ漬け込んでも動く。

 理屈がわからないが量産と少しだけ応用が可能なのでエネルギー問題が解決している。無限機関クライムエンジンの名前の通り、特に出力に制限がなくばんばん無駄な大出力エネルギーが出せるらしくこんな巨大なロボが自壊もせずにガシガシ動く。


 そのあたりに俺は興味はない。

 大昔のやつがつくったものだ。何らかの理屈があってしっかり動いているのは間違いないのだ。使用者はそんなことは考えずに、こいつをどうしたら最高のパフォーマンスで動かせるか考えるべきだ。自動ターゲットの感覚から考えるに、もっと凄い速度で動きそうだが俺がその操縦方法がわからないのでまった行なえない。音速で反復横とびしながらその一回一回に剣撃を挟み込むくらい楽勝だと思う性能だ。

 あと、個人的に評価したいのは画面が三人称視点なのでプレイしやすい。どうも一人称視点だとやりづらいのだ。このあたりは好みか。


 クライムエンジンのコックピット用のシールドを閉じると、俺は専用十皇を固定する。そのまま外へと出た。広い、といえば広いが閉塞感のある広さだ。あたりは黒塗りの金属だらけで立ち止まろうと思うことはない。さっさと通路を進んでコックピット内部へと入る。

 俺はシートに座るとコントローラーを手にした。地球ではみない形だが大まかにはいっしょだ。立体長方形で掴みやすいように工夫されている。右に十字キーと左に四つのボタン、真ん中に二つ。人差し指が乗る外側に二つずつボタンがついているだけの、普通のコントローラーだ。この地球の製品にしかみえないコントローラーに焦燥感と違和感を同時に覚えるが俺がなんとかできることではない。


 シートに深く腰を落としてからスタートボタンを押して簡易電源を操作する。メインエンジン点火の前にシートを固定していないと吹っ飛ぶ可能性があるからだ。簡易電源からシート固定を選んで俺はいつものごとくシートに縛り付けられた。ここはおもしろくない。


 それからメインエンジンを点火して動かせるまで出力をあげた。

 確か大型の船、戦艦とかのエンジン点火って一日掛けてやるものであると聞いたことがあるが、このロボはそんなものをお構いなしに莫大なエネルギーを発生させている。そもそも地球の内燃機関エンジンと仕組みが違うのだろう。豚が自転車のペダルをこいで歯車を回しているようなものではなさそうだ。この世界の物品は。


「ウィバル・コート、発進準備完了だ。命令があるまで待機に入る」


『ウィバル・コート少尉。申し訳ありませんがそのまま出撃をお願いします。念のためにレーダーマーカーの再配置と偵察の命令が出ています』


 まあそうだよな。一昨日も来たのにわざわざ雨の日を狙っているんだ。少しは警戒するべきか。


「ウィバル・コート、了解した。正面エリアにレーダーマーカーの再配置と偵察に出る」


 哨戒ならともかく偵察で飛行機が出ることはない。見つかったら確実に撃墜されるからだ。クライムエンジンに限らないが百や五十もそれなりの精度のバルカンを詰んでいる。見つかったらまず逃げられない。


 俺はクライムエンジンの動作ロックを解除した。

 方向キーの上を押す。それに合わせてクライムエンジンが右足を踏み出した。利き足は右なんだろうなといつも思う。蹴る方法はまだわからないがいずれ蹴るときは右足を使おうと心に決めている。


 そんなどうでもいいことを考えながら歩き始めた。


 相変わらず震度八の揺れがコックピット内を襲う。もしかしたらそれ以上かもしれないが、そこまではわからない。


 ------------------------------------


 セイル基地正面の戦闘区域は荒野が続く。これは視界を広げるよう意図的に荒野に仕上げたものであるが、さすがに全区域までは行なっていない。

 俺は今、その先にある森林を手前に立っていた。基地から二十キロほど進んだところにある。すでに基地の通信手とは連絡が取れない。というかこの世界の無線は駄目だ。室内に置いた無線ローカルエリアネットワークのほうがまだ外へ届くレベルだ。


「……ん」


 俺は妙な違和感を覚えた。

 即座に脚部バルカンを発射する。秒間三千発で発射される高温の熱破砕弾ヒートカッターが使われたt特別製だ。目標は衝撃と熱量を余すところなく受けてバラバラに引き裂かれ爆砕して死ぬ。

 直撃を受けた地面が、木々が、岩山が一瞬で破壊されてちょっとやりすぎた焼畑のように焦土と化した。大穴とまではいかなくてもかなり抉れてしまいもとの形状がわからなくなっている。


「これでもナイトヘッドに効かないってんだからどうかしてる。なんかバリアでも張られてるのかね」


 続けてその辺り一体を掃射していく。

 どうせナイトヘッドには効かないしソルジャートークンも硬いので、バルカンくらいここで消費しても困らない。

 自然破壊を行ないながら少しずつ荒野を広げるつもりで破壊していく。おそらくヴァンフラート側でも同じような行動をしているのではないだろうか。どこかのグラスフォートの攻撃班が森の中に隠れて。

 まあ、森の中に隠れるといってもそんなのほぼ不可能だ。この辺りの木々はそんなに高くない。クライムエンジンが寝そべっても隠れることはできない。


 豪雨が続く。

 だがそんな豪雨を吹き飛ばすかのごとく俺は熱破砕弾を撃ち続けた。雨で視界が悪い上に熱破砕弾の厚い土煙と水蒸気が森林の高い樹木を覆い隠す。二十メートルくらいだろうか。それくらいか、それ以下の濃い靄がクライムエンジンの足元に漂った。

 降りているか、五十皇であればまったく前が見えないほどであるが、クライムエンジンに乗っていればそんなのはないも同然だ。ただし豪雨まではなんともしがたいのでさすがに視界は悪い。


 そろそろ戻るか。

 敵は見えない。もしも敵が俺の視界の外にいるのであれば今の熱破砕弾で居場所を知らせたことになるが、クライムエンジンの流儀としてそんな遠くで見ていてもそんなに役に立たない。急な加速と着地でショック死する可能性もあるのでクライムエンジンでの突撃は少ない。もちろん短い距離ならばやるのだが、このような視界外からの突撃はなかなかない。

 逆にソルジャートークンであればこれくらいの突撃は余裕だ。相手がクライムエンジン一機であれば百機くらいの戦術突撃でやれるだろう。被害は、そうだな、半壊くらいかな。


 だからなんといえばいいのか、相手に見つかっても後ろへ前進するだけで逃げられる。

 しかも向こうの射撃兵装は今の熱破砕弾を使用したバルカンくらいなので装甲が削られるくらいで済むというなんとも締まらない話だ。


 そういう戦争であるが故にこの戦闘区域以外で、戦争の悲惨さのようなものはあまり見られない。

 補給物資は毎週しっかりと十分な量で運ばれてくるし、出撃命令が出ない限りは基本的に二勤三休みたいなものだ。死亡人員もボロに乗っているやつだけで、いっしょに出撃したクライムエンジンのフォローが間に合わなかったときくらいなので非常に稀だ。というか、相手の脱出飛行機やポッドを撃墜してたら自分のロボがクライムエンジンにぶっ飛ばされるのが普通の流れだ。熟練のパイロットほど自己防衛に長けており、わざわざパイロット殺しなどやらない。死にたくないからな。

 それに合わせてこのコントローラー。俺は本当に戦争をやっているのか疑問に思う。

 たぶん、それが狙いなのかな。

 戦争の、戦いの、人殺しのプロセスを簡略化してしまうほどの、なんというか、技術力なのだろう。このクライムエンジンは。

 実際、これがあればエネルギー問題なんか解決しているらしいし、これを毎週送りつけている本国も資金力やべえとか思う。本当にもう問題なのは「戦争をしている」という一点だけだ。そりゃ本国もさっさと解決したいだろうよ。


 あほらし。

 俺は景気づけにバルカンをさらに掃射することを決めた。

 特に狙いはつけず、頭部、肩部、胸部、腰部、脚部のバルカンを連続で発射する。今回の弾薬はすべて通常弾頭だ。一種類だけ枯渇させると整備班に叱られるような気がしたので平均的に減らすことにする。


 しかし、なんか違和感があるんだよな。

 ほとんど無意識のようなその違和感を払拭するための、ただの掃射だった。


 突然、山が現れた。


「なっ、えっ?」


 新しく行なった掃射ポイントにいきなり高い山が現れたのだ。

 不意に現れた違和感に俺は焦点を向けた。ほとんど自動ターゲットの効果だ。バルカンのすべてが山への攻撃を集中させた。

 当たった端から小規模の爆発を起こして白い煙を吐き出している。

 俺はほとんど予想している、突然現れた山がなんなのか理解するために掃射を止めた。


「クライム、エンジンだと……?」


 敵性クライムエンジン、ナイトヘッドがそこに立っていた。

 手には幅広剣と中盾を。やや前傾姿勢の基本戦闘姿勢で俺に睨みを利かせている。


 ちょっと待て、どういうことだ。

 さっきまで何もなかったのに、なぜ今いるんだ?


 俺が混乱しているとナイトヘッドの背後からソルジャートークンが四機現れて左右に分かれて回り込んできた。

 そしてそのままナイトヘッドも勢いのある突撃を行なってきた。


 ナイトヘッド一機にソルジャートークン四機の計五機。

 数としては多くないが、こちらの数がクライムエンジン一機であること考えると敗北する可能性のある戦力差だ。しかも偵察で出てきているので本戦力が到達するまで時間がかかる、というか俺が帰ってきてから出撃する手筈だった。でなくても出撃までの時間を利用しての偵察だ。ここに戦力が到達するのに楽に一時間ほどはかかるだろう。

 相手の腕によっては負けるかもしれん。


 ナイトヘッドの勢いのある突撃、それを持っていた盾で受け止める。自分の運転しているトラックがコンクリートの壁にぶつかったような衝撃が響き渡り、拘束服をが俺を無残に締め付ける。

 吐き気のする感覚を払拭するかのように俺は持っている幅広剣をナイトヘッドに振り下ろした。

 だがこちらも受け止められた。

 両手を組み合わせて力比べをしているような状態になる。

 このブラックチャンバーは、敵ナイトヘッドとの力比べなら確実に負けてしまう。

 しかし向こうにはないものをこちらには搭載していた。


「食らえっ!」


 背面から伸びて両肩に載せられたキャノンを発射する。ターゲットマークが入っていたので連続で発射する。

 しかしさすがに向こうもわかっていたのだ。こちらの無理やり受け流すように盾でキャノンを防御すると後方へと退いた。


 動きがいい。

 一昨日俺が逃がしたやつか、そいつと同程度の強いやつだ。


 退いたナイトヘッドを援護するように四機のソルジャートークンが迫る。ナイトヘッドをそのまま小さくしたようなソルジャートークンの攻撃方法はやはり剣と盾での攻撃だ。

 ソルジャートークンの一機が俺とナイトヘッドの間に割り込み、残る三機が背後から迫る。

 しゃらくさい。

 俺は正面に回った囮の一機に脚部バルカンを放ちながら剣撃を打ち込む。三回の斬撃の後で体当たりを放ち、紙くずのようにぶっ飛ばした後で背後からソルジャートークンの攻撃が当たった。

 効かない、とは言わない。

 だが重くはない。ダメージ的に言えば本当にわずかだ。脚部の装甲に大きな傷ができた程度であり、まともなダメージとはいえない。

 それに引き換え、俺が攻撃したソルジャートークンへのダメージは甚大だ。

 俺が三機のソルジャートークンを剣で打ち払いながら陣形を散らせて後退させ、また再度突撃してきたナイトヘッドと切り結ぶ。それだけの時間があっても起き上がれる気配はない。


 迂闊だったな。

 強く殴りすぎた。


 俺は戦闘をさっさと終わらせることにした。

 やつらがいきなり現れたことも気になるが、光学式迷彩とかそんなのだろう。ヴァンフラート側がそんなすげえ技術を使っていることに驚愕するが、この世界には搭乗型の巨大ロボットがいるのだ。なんの不思議もありはしない。

 ようやく開発が終了したのかな。その程度の考えだ。

 しかし、透明になれる技術は凶悪だな。今、俺が知ったからいいようなものの、何も知らないやつが奇襲を受けたら確実に撃破されてしまうだろう。俺だって背後からナイトヘッドの渾身の一撃を貰ったらどうなるかわからない。

 違和感、それに助けられたようだ。


 体を弛緩させてコントローラーを握る手先に集中する。

 ブーストからのコンボだ。

 背部のスラスターが金色の爆炎を吹き出してナイトヘッドに肉薄する。半分ほど距離を詰めたときに確信する。俺の動きにまったくついてこれていない。

 そのまま近接三連撃を入れて四発目の体当たりをブーストダッシュでキャンセル、また三連撃を繰り返すという基本コンボに入る。キャンセル後のブーストは右右左のように振り分けてナイトヘッドに対応させない。本来は背後を取るのが定石ともいえるクライムエンジンの戦術を逆手に取った攻撃として俺がよく使うコンボだ。

 だが……


「ち、こいつも駄目だか」


 この揺さぶりについてこられたやつは今のところ皆無だ。

 格ゲーでいうところの「防御させる牽制攻撃」と「起き上がり二択」のようなものだ。ゲーム全般をプレイしている浅い俺が行なう雑な攻撃ですら、ここの連中はついていけていない。いや、クライムエンジンのパイロット技術が拙い。


 結局、俺はいつものように意味もなく動きながら三回殴って移動、三回殴って移動、という雑すぎる攻撃を繰り返していた。

 ナイトヘッドが最初のコンボの後で盾を構えだしたが、その最初の攻撃が良かったのだろう。見る見るうちに鈍い動きがさらに鈍化して、ついには動かなくなる。ナイトヘッドの装甲よりも先に中のパイロットがダウンしたのだ。


 ソルジャートークンは俺のブーストを使った高速移動についていけておらず無闇に繰り出した剣の一撃が外れ、そして俺のブースト移動範囲でまごまごしていたためにそのまま轢かれて飛んでいった。


 止め、だな。


 俺は最後に体当たりを繰り出してバランスを崩させると、いつものように剣を無限機関に向けて突き刺した。俺の連続攻撃によってボロボロになっていた装甲はその一撃で崩壊を迎えた。

 鈍い爆発音の後、しばらく待ってからいつもの脱出用の飛行機がナイトヘッドの背後より飛ぶ。

 そこまで見届けてから「ソルジャートークンを一機残して破壊するかな」とか杜撰なイメージをした。


 がくん、とナイトヘッドから飛び立った飛行機が失速した。画面のターゲットマーカーが常に追い続けているのでその様子が見て取れる。


 おかしいな。いつもと同じように破壊したはずなのに。飛行機の不調か?


 先にソルジャートークンを相手にするか。

 俺は先ほどからうっとうしい攻撃を仕掛けてくるソルジャートークンに向き直る。

 しかしソルジャートークンは今度は俺をシカトしだした。

 正確に言えば最初と同じように囮が一機で俺の前に立ちはだかり、最後の一機が飛行機へと走っていく。かなり動きが良い。五十メートル級であってもあそこまで良い動きなのは珍しい。クライムエンジンのパイロットも腕が良かったので、おそらくこの連中はそこそこの手練なのだろう。

 どうやらナイトヘッドのパイロットに何かあったのだろう。それを救助しに向かっている、と考えるのが無難か。俺も別に反対はしないので大いに助けて欲しい。


 あくびをしながらソルジャートークンの相手をする。と言っても何もしてない。ソルジャートークンも時間を稼ぎたいのだろう。俺が行動を起こさないので動かない。よくできたパイロットだな。


 いつまでも飛行機をターゲットしている画面を見ていると、それがゆっくりと墜落しているのがわかった。不時着というにはあまりに角度が深い。真下に落ちていないだけマシ、そんな感想が出てくるくらいだ。救助に行ったソルジャートークンは優しくスラスターを吹かしながら飛行機を優しく掴み取ると、これ以上ないほどに丁寧に着地をした。


 俺は脚部バルカンを発射した。

 初弾を回避したソルジャートークンであったが、続く掃射行動に対応しきれずにその身に弾丸をめり込ませる。次々と弾丸を受け続けて解体されていく。適度に解体されてまともに動かなくなったところで攻撃を止めた。攻撃している最中に熱破砕弾で撃ったと勘違いして肝を冷やしたがなんとなく変更した通常弾頭のままだったので事なきを得た。


 軋みを鳴らし、かく座しようするソルジャートークンを無理に動かそうとしている。絶対に膝をつかないように操作しているようだがなんの意味もない。そのソルジャートークンは誰が見たってもう動かない。それを根性というなの操縦技術でなんとかしようとしているのだろう。

 数秒の時間を経た後、完全に動かなくなる。


 もう一機のソルジャートークンの方を見ると、どうやら戦闘中にも関わらずパイロットが降りているようだ。そして飛行機の中の人物を無理やり外へと引きずり出している最中だった。どうやら負傷しているようだ。上半身を抱えて何かを話しているのだろうか。だがいつまでたっても回復魔法を使う様子は見られない。

 もう少し、待つ。

 だが結果は変わらない。

 それぞれ足を引きずるように三人の人間が集まってきた。その内の二人が自分達も負傷しているだろうに引きずり出されたパイロットの雨除けを作っている。飛行機に入っていた撥水布を広げて雨が掛からないようにしていた。

 飛行機から引きずり出されたひとり。そしてソルジャートークンのパイロットが四人だ。もれなく生きていたようだ。最初にぶっ飛ばしたやつはかなり気になっていたが良かった。


 豪雨のせいで詳しくはわからないがどう贔屓目に見てもお通夜ムードだ。


 俺はクライムエンジンを停止させた。サスペンドができないわけではないが、いきなり挙動を起こされてこんな突起物の多いコックピット内に叩きつけられるのは勘弁したい。そのまま拘束解除をしてからコックピット外へと移動する。


 俺は専用十皇に乗り込むと豪雨の中へと躍り出た。

 雨は強い。しかし風はなくなっていた。

 だからわざわざ負傷者を外に出したのだろう。それでも飛行機の中のほうがいいと思うのだが、中は狭いのだろうか。


 俺は専用十皇を操縦してブラックチャンバーから降りると五人の元へと駆け出す。柔らかい泥を踏む感触が十メートルの巨人の足を通して感じられる。自分で破壊した森林の閑散とした大地を蹴る。もうちょいスラスターが大きかったらそのまま飛ぶところだがあまり持たないし長時間のスラスター使用も排熱も得意ではないようなので無理はしない。


 俺が五人の前につくとその内のまともなひとりがソルジャートークンに乗り込もうとしていた瞬間だった。


「やめろ。お前達は負けた。おとなしくしろ」


 グラスフォートのお家芸である拡声器を使う。ちなみに集音マイクはいまいちなのでこのあたりは拡声器頼りだ。ひどい。もしかしたらヴァンフラートのお家芸でもあるかもしれない。

 どちらにせよロボの装甲に遮られていない生身なんだからこの豪雨の中でも聞こえているはずだ。


 ソルジャートークンに乗ろうとしたやつが諦めたようだ。俺に体を向けた。

 こちらでも両手を上にして降伏をするという文化は存在するが誰もやらない。反抗的というよりは諦めているんだろう。生身で使用する拳銃ですら人間は死ぬのだ。専用十皇についているハンドバルカンを撃てばオーバーキルも甚だしい。生身で使える防御兵器や技術でなんとかなるものじゃない。意味がない。


 俺は専用十皇から降りる。

 動かないひとりを除き、残りの四人が目に見えて動揺を見せた。雨で顔も見えないし黒と白のパイロットスーツ、しかもその影くらいだがそれでもわかるほど眼に見えた。そりゃそうだろう。圧倒的優位性を誇っているのに、そのロボから降りたんだからな。


 当たり前だが手には拳銃を構え、専用十皇の中にある六十センチほどの長さの短槍を手にしている。槍というよりは槍状の鉛筆を思わせるものだ。刃が使い捨てというか硬く割れやすい金属でできており専用の道具を使えばいつでも鋭い状態を保てるそうだ。個人的には普通の短い槍がいいかな。


「あまり抵抗するな。手荒に扱うつもりはない」


 拳銃を突きつけながら近づく。

 近づくにつれて何か妙なことがわかった。


「全員、女なのか」


 そこにいる全員が年端も行かない少女だけだったのだ。撥水布を持っている二人も、寝ているやつも、その傍について手を握っているのも、みんな女だ。

 恐ろしいことにそれだけじゃなかった。

 全員の容姿が整いすぎている。

 雨の中なので絶対とは言いづらいのだが、それにしてもどいつもこいつも美がつくほど質の高い連中ばかりだ。雨の中でもわかるほど綺麗な髪質に白い肌。体躯の輪郭線もどいつもこいつも整いすぎている。もちろんみんながみんな男好きのする体というわけじゃない。線対称を思わせるほど線が美しい。

 はて、最近、こういうのを見た気がする。どうにも思い出せない。たぶん関連付けせず適当に見逃してしまったんだろう。漫画もないからこんな美麗な体はなかなか見ないんだが。


 寝ている少女、その手を握っている別の少女が動いた。

 俺のやつと似ている短槍のようなものを取り出す。

 動かなければいいものを。

 俺は拳銃を短槍の少女へとポイントする。目標は胴体だ。

 俺と彼女ではそれなりの距離が開いているのでまずは最初に威嚇を――


 ――短槍を寝ている少女の胸へと突き下ろした。


 即座に引き金を引く。

 俺の銃弾が当たり、短槍の少女が後方へと弾かれた。

 寝ている少女に槍が刺さる前に迎撃することに成功した。したのだが、なぜわざわざ仲間を殺そうとしたのだろうか。


「動くなッ!! これ以降に勝手に動くものは、その隣にいるものを射殺する!!」


 残った全員の動きが止まる。

 だが、長くは持たないだろう。

 俺は刺激しないように手早く寝ている少女へと近づいた。

 撥水布を持っている二人の少女の間までやってくると二人は複雑そうな顔をする。

 二人は動かない、今のところは。

 そう決めて俺は寝ている少女の顔を覗きこんだ。


「……ぁ、はぁ……あ、ぐ」


 どう見ても顔色が悪い。だが意識はあるようだ。

 そして他の連中と同じように、やはり整った顔の少女だ。全員とも違う顔だが、あまりに似ていることを不気味に思う。


「グラスフォート皇国軍のウィバル・コートだ。階級は少尉。そっちは?」


「こーで、リア……あー、ろん」


 意識の混濁はなし、返答も問題ない。コーデリア・アーロンか。アメリカ人にいそうだな。俺と同じように地球からやってきたのかと思ったが、地球でこんな人外レベルの綺麗さというのを見たことはないので違うのだろうと、業腹で締める。

 俺は少女の体を観察する。ぱっと見ると特に問題はなさそうに思える。目に見えてわかるほど骨は折れていないようだ。肋骨が内臓に突き刺さっているやつなのだろうか。もしそうなら大変だ。おそらくクライムエンジン内での話だろうから、そのあとの衝撃によって内臓が損傷している可能性が高い。むしろ少女の中身がピンク色のムースに変わっていても驚かない。


「治癒を始める。お前ら、余計なことはするなよ」


 俺は両隣にいる二人にしかりと声をかけてから回復魔法を始める。

 エカリテのときと同じようにマグネシウムの発光のように強い光が少女の全身で発生した。今までにないほどの発光現象に精神力的な自分の不調を気にしたが問題ないようだ。しばらくして光が止む。どうやら治癒する箇所がなくなったらしい。

 あまりに酷いと効果の最中に死んでしまうという話を講習のときに聞いたが、少女の意識は途切れていない。概ね成功だといっていいだろう。確認として触診をしたいところであるが、さすがにこの状態でやるわけにもいかんだろう。


「終わった。そこのお前、お前も来い。着弾箇所は確認しているんだ。死んだふりは意味がないぞ」


 コーデリアを殺そうとした少女に声を掛ける。銃で撃たれた後、雨の中で泥水に顔を漬け込んで死んだふりをしていたが、射撃訓練を好んで行なった成果だろう。運良く目標の近くに当たった。むしろ腕に当たってよかった。本当なら胴体を狙ったのだから。

 仮に胴体に当たっていたら彼女から治癒を始めただろう。


 のろのろと起き上がり、顔を泥で汚した少女がこちらにくる。

 こいつらみんな顔も髪型も違うのに良く似ているせいで顔が覚えられない。たぶん俺に覚える気がないのだろう。日本にいたころ大人数のアイドルユニットどころか、女優の顔すらも同じに見えた俺の相貌認識能力は伊達ではない。マジ終わってる。

 いや、こういうのは少しずつ関連付けして覚えていくべきだ。

 今、俺が治癒した少女、コーデリアは金髪ロングでお人形さんみたいな顔つきだ。

 そして顔を泥に汚している少女は黒髪で弥生時代みたいな髪型だ。やや怖い顔つきだ。

 撥水布その一、茶髪のボブカット。切り口が斜めでシャープな印象を受けるたれ目。

 撥水布その二、茶髪のボブカット。こっちは肩口で揃っている。こっちもたれ目。わからんね。

 ソルジャートークン前のやつは顔が見えん。見えなくないが、銀髪だか白髪だ。

 体に関してはみんなコンパチキャラだ。胸が大きかったり尻が大きかったり、ガリガリだったり普通だったり、まああまりそそらない感じだ。


 弥生時代が俺に近づく。コーデリアを間にして俺に震える右腕を見せた。純粋に物理的な損傷で震えがきているんだろう。この中では割と座った肝をしている顔つきだ。俺が治癒した瞬間に何かやりそうでもある。


「これからお前を治癒する。これからお前が妙な行動を取るとそこの茶髪の女の太ももに穴が空く。大腿部損傷は辛いだろうな。血液の流れも多く、この雨だと傷も塞がらないだろう」


 どっちの茶髪かは俺にもわからない。

 そもそもどっちが斜めカットだったのかも覚えていない。


 弥生時代が俺を睨むが俺はそれを無視して傷口を確認する。どうやら銃弾は反対側に抜けたようだ。パイロットスーツといっしょに着込むボディアーマー貫通用の弾丸だからな。傷口に指を突っ込まずに済んだ。

 回復魔法を使って弥生時代を治癒する。

 どうでもいいことだがこの弥生時代の普通の格好が見てみたい。日常でもこの長いもみあげを結っているのだろうか。気になるな。


「大きな傷や怪我をしものは他にいるか? 骨折でもかまわん」


 声を出すが返答はない。そりゃないかもな。だが二度も回復魔法を使っているんだ。少しは俺を利用しようとしてもいいと思うんだが。

 弥生時代の傷口を表裏から確認して触診を行なう。顔をしかめた様子がないので治癒完了であるだろう。こいつのやる気なら多少痛くても問題なさそうだ。


「まあ、こんなもんか」


 俺は治癒の際に地面に転がしておいた短槍を拾う。泥塗れになったそれを拾うのは嫌だったが、放置していると弥生時代が場違いな行動をしそうなので回収しておく。


 一息つくと俺は地面に優しく置かれた飛行機まで近づいて中を覗きこんだ。

 なるほど。中は十皇と似たようなものだ。一人用で寝そべって操縦するタイプだ。無理をしたらこの少女達三人ほどはいけないこともない。


「おおおッ!!」


 裂帛の掛け声と共に誰かが俺に近づいてくる。

 俺は振り向きながら弥生時代の攻撃を回避する。手には短槍を持っている。先ほどコーデリアを殺そうとした得物だ。隙を見せたら襲ってきたのは予想していた。もしかしたら短槍でコーデリアを殺すという予想もあったが、わざわざひとりを囮に使って助けた大切な人間なのだ。先ほどまでの瀕死な状態ならまだしも回復した今となってはもう一度殺そうとするのは難しかったのだろう。


 体を開いて回避した短槍を絡め取るように手を伸ばす。

 向こうもそれを期待していたのか、一歩踏み込んでこちらの足と交差させて固定してから逆手で持っていた二本目の短槍で俺の脇腹を狙う。

 強いな。

 交差した足ごと蹴り飛ばすように踏み込むと、俺は体当たりを叩き込む。アメフトのようなそれではない。自身の体を槌として相手に振るうれっきとした技術だ。

 短槍が俺の脇腹を抉る前に弥生時代が後方へと吹き飛ぶ。が、弥生時代は一度だけバウンドして天地を整えて着地する。


「なかなかやるな。俺が実際に戦ったことがある中では二番目に強い」


 もちろん地球での話は無効だ。あのときとは俺の肉体の精度と周りの強さの基準が違いすぎる。

 弥生時代は苦しそうに胸を押さえながら一本しかない短槍をこちらに向けた。

 一本は俺が奪い取った。俺の左手には二本の短槍が握られている。そしてじゃまなので奪った一本は地面に刺しておいた。


「わかったわかった。一応拘束しておこう。それなら無駄なことはやらないだろう」


 俺はゆっくりと近づく。

 このタイミングなら黒のインバネスがとても映えると思うのだが雨も降っているしそうでもないかもしれない。そんなことを考えながら動けないほど痛みを感じている弥生時代に近寄った。

 そしてその肩に手を掛けて――


「そういえば動いたな。残念だ。頭を撃とう」


 俺の右手が動く。

 引き金を引いた。

 拳銃が右手側の茶髪に向けて銃声が鳴った。

 弥生時代が目に見えて怯んだ。自分の痛みには一切関知しなさそうな強気の意思が一瞬で吹き飛んだようだった。弥生時代としても肩に置かれた俺の手がじゃまで発砲の邪魔ができなかったのだろう。だがそれでもなんとかしようという動きは見て取れた。


 弥生時代がへたり込み泥の水溜りに尻をつけた。そのまま放心したように目を見開いて何もない正面を見ている。豪雨のせいでわかりにくいが泣いているのかもしれない。


 ちょうど邪魔なやつもいなくなったのでコーデリアを観察することにする。

 俺は撥水布を持っている二人・・の間に入るように覗き込んだ。

 俺の右手側の茶髪のが顔を「撃たれたー!」みたいなしかめた表情にしていたが、どのくらい経っても痛みがこないことに口では言い表せない何かを感じているようだった。俺と自分の体を交互に見ている。


 そりゃそうだ。

 別に俺は茶髪を撃ってなどいない。

 茶髪のほうに銃を向けて発砲はしたが当ててはいない。銃弾は雨と何もない場所を切り裂いて明後日のほうへ飛んでいってしまった。


 しかし、瀕死の状況なら「殺す価値」が出てくる少女か。興味深いな。


 俺はコーデリアの顔を覗きこむと全身を見回した。目に見えてわかる何かなどない。

 コーデリアは憔悴しているのか、傷が治っても立ち上がろうとしない。もしかしたら傷が治っていることがわからないのかもしれない。


「コーデリア、傷は治した。立てるか?」


 俺はコーデリアの手を掴んで状態を起こさせた。

 無理やりなそれでありコーデリア自身もほとんど力がなかったがなんとか上体を起こすことくらいはできた。

 心底から驚いた表情で俺を見ているコーデリア。


 前にも同じことがあった気がする。さすがにこれは覚えている。確かエカリテも同じ顔をしていた。あってるよな、確かエカリテだ。

 上体を安定させたコーデリアから手を離す。


「あまり賢くないのでな。さっさと聞くのだが、そこな黒髪もみあげがわざわざ助けたお前を殺そうとしたのだが、何か思い当たる点はあるか?」


 聞けば教えてくれる、そんな甘い考えで聞いてみる。十割全部で俺の興味なので教えてくれなくてもいいのだが、聞けば教えてくれる可能性もなくはない。黙っていたら「ありがとう! さようなら!」で終わる可能性だってあるんだ。


 コーデリアは伏せ目でしばらく悩んだ後、俺の右手を両手で取って上目がちに見上げた。


 お、なにこいつ、俺に惚れたの?


 そんなどうでもいいことを考える。


「私を、殺してくれませんか……」


 いきなり物騒な切り口を見せてくる。コーデリアは毒でも飲んだような辛い表情だ。何がそんなに殺して欲しいのかさっぱりわからない。


「このままグラスフォートへ連行されるわけには、いきません。ここで殺していただけると嬉しいです」


 明らかに嬉しくなさそうでそう語る。人形のように均一的で左右対称の恐ろしいほど綺麗な表情だ。それが眉根を寄せて血を吐きそうなほど悔しそうであるにも関わらず、その美しさはまったく衰えるところがない。


 とにかくグラスフォートに連れて行かれたくないのだろう。


「あ、あの、連行されるのはあたしが代わります。だから、少尉を連れて行かないでください」


 銃で狙っていない左側の茶髪がおそるおそる口にする。

 そちらを仰ぎ見るとその端正な表情、よりも先に豊満な胸が目に付いた。あ、やばい。急に左の茶髪がかわいく見えてきた。この年でそれだけの巨乳は希少価値が高い上になんというか実に好みだ。年の頃も俺と近そうなので文句の付け所がない。


「アリナは、殿方が好む容姿です。お好きにしていただいても……かまいませんっ」


 男なら一度は言われたいことを言ってもらった。しかも上官が部下を売り渡すというケースだ。なかなかすごい。

 そしてすごいと言えばコーデリアの顔だ。

 自分でアリナという部下を売り渡す言葉を吐いたのに、自分が売られるような、そんな怨嗟の言葉を顔に現れている。濡れた表情に見えない涙が浮かんでいるようだ。

 アリナと呼ばれた巨乳の少女を見上げる。

 こちらも悲しそうな、だが強い意志を持ってこちらを見ている。


 なんという、誰も得しない、状況だ。


 話が二転三転していく。ついていけない。

 おそらく何かしらこいつらの中であるのだろう。特にコーデリアはグラスフォートに連行されるわけにはいかない秘密を持っている。そのために部下に殺されそうになったし、今は部下を差し出してでも捕まるわけにはいかない。

 そういうことはわかる。

 だが実際に話されているこの流れが、こう、嫌だ。

 確かにこいつらにとって俺は悪者であるだろう。こいつらもこちらの譲歩を引き出すために限界ギリギリまで行なっているのはわかる。

 だが、嫌だ。


 なんかシラけたな。


「あ、っ――」


 俺はコーデリアの手を離して立ち上がる。


「帰っていいぞ。あのソルジャートークン一機でみんな帰れるだろう。でなければゆっくりと歩いて帰るんだな。俺は追わない」


 俺は撥水布の天井から外へと顔を出す。大量の雨が心地よい。


「あ、あの、なぜ逃がすのですか!」


 後ろから俺の手を取ると、コーデリアは理解できないものを見るような目で俺を見上げた。

 みんな背が低い。同じくらいの身長だ。みんな百五十センチ前後だろうか。どいつもこいつも軍隊にいるような顔じゃない。体つきじゃない。じゃあ俺が軍隊の何を知っているのかと問われればさすがによくわからない。だが少なくともこういった連中を使っている軍隊は地球にはないだろう。


「気に入らない」


 俺はコーデリアに向き直ると強い言葉で言い放った。


 子供がいることが不快である。見目の良い女がいることが不快である。武器の熟練に長けたものがいないことが不快である。ゲーム感覚で攻撃できるのが不快である。乗ると死んでしまうロボットにそれでも乗り続けるやつらいることが不快である。こんなに強いロボットがあるのに他が雑なものしかつくれない技術が不快である。整備連中がパーツ交換を修理のすべてと思っていることが不快である。パーソナルマークやパーソナルカラーは塗れるのにナイトヘッドみたいに装甲を厚く改造できないのが不快である。予備武器のラックが雑な括り付け方のせいで走るたびに音がなるのが不快である。バルカンの種類が通常弾頭と熱破砕弾の二種類しかないのが不快である。ミサイルがないのが不快である。ビームが撃てないのが不快である。みんなよちよち歩きでまともに戦闘できないのが不快である不快だ不快だ不快だ不快だ!!


 不、愉、快、だ。


 当初、グラスフォートの軍隊にくる予定で怯えていた俺はその日のうちの何もかもがどうでもよくなった。基地のすぐそばで行なわれたクライムエンジン同士の駄々っ子戦闘を見た瞬間にここの戦争がどういうものなのかなんとなくわかったし、そもそも乗るつもりなんか皆無だった。あれでも中に乗っている人間は自分の命と引き換えに死んでしまうほどの衝撃を受けてコックピットの中でシャッフルされていると聞いたときも特に尊敬の念を抱かなかった。キユナ上官殿が「乗れ」と命令するまではあまりの格好の悪さに記憶の隅に追いやっていたほどだ。

 しかもこんなにも地球とルオールアースは似ていると錯覚するのに、文化はあまり通用しない。そういえば外国でしたね、という流れでぶった切ってもだ。たとえば魔法を教えてくれるのに基本的に使えるやつが少ない。着火魔法を組み替えて爆裂火球が作れるくらい応用が簡単な内容であるにも関わらずだ。

 料理なんかできるやつのほうが少ない。

 雑談の八割は売春宿だ。

 ゲームセンターとほぼ変わらないロボシミュレーターは衝撃がないにも関わらず戦い方が雑だ。どいつもこいつも弱い。ロボ自体にコンボ用の攻撃方法が備わっているにも関わらず行なうものが少ない。一応、これについてわからなくはない。確かにクライムエンジンクラスになると作用反作用の衝撃量が大きすぎて迂闊に連続で攻撃してしまうとブラックアウトしてしまう可能性が高い。致命的だ。だが、シミュレーターくらいではしっかりと攻撃して欲しい。

 ヴァンフラートも同じだ。ゆっくりと生き残る攻撃をずっと行っているのでグラスフォートとの技術比べがまったく上手くいっていない。そのために互いの技術力の向上はゼロだ。少なくとも俺がいるこの一年で何かが変化したような兆しはないし、整備兵やパイロット連中に話を聞いても昔と特に変わっていないそうだ。


 ぎゅ、と俺の手を握っている感触が強くなる。そういえばコーデリアが掴んでいるんだった。

 俺は腕を振ってコーデリアの手を無理やり離す。


「気に入らん。ここの世界は俺と合わない」


 やはりよく考えたらこんな前線にいる価値などない。さっさと日本に戻る算段をつけるかグラスフォート本国で女を抱いて暮らしているほうがいくらかマシだ。生産活動を行なうという前向きな考えが俺にやる気をくれる。


「あばよ」


 俺は降りしきる雨の中、ひとりで専用十皇に向かう。


 ――向かおうとした。


『動くなッ! 撃つぞ!!』


 結局、一歩も専用十皇に向かうことなく俺はいつのまにか落ちていた視線をあげた。

 視線の先にはソルジャートークンがあった。まだ起動完了していないのか外部スピーカーから声だけしか聞こえない。だがいずれ動くだろう。この動くな、というのも半分はハッタリのはずだ。


 俺はスタスタと右側へと移動する。


『動くなッ! 聞こえないのかッッ!』


 十分な量、距離を取ってから俺は手にした短槍の投射姿勢を取る。左手を上方で畳み、しっかりと力を込めた。いつでも投げられる。右手の拳銃は先ほどから引き金に指がかかっている。問題はない。

 ソルジャートークンのバルカン攻撃の斜線上には俺しかいない。味方を巻き込む位置から移動したので相手も攻撃しやすいだろう。


「いい加減、うんざりだ! かかってこい! 俺は上原功人うえはら・いさとだ」


 左手に本気で力を込める。投射する。わずかな抵抗を持って短槍を投げつける。俺の左手ごとぶっ飛ばすように全身を使ってぶん投げる。

 俺の強力な視力でさえレーザーを思わせるほど直線を描いてソルジャートークンの顔面に突き刺さる。本来は突き刺さらないはずの装甲を貫通した。ソルジャートークンがクライムエンジンに与えるくらいの傷はつけられたと自負する。

 頭部、人体顔面の細工のデュアルアイセンサーも確かにカメラの一部だ。だがカメラはいたるところに配置されておりそれによる上方でサードパーソンシューティングと同じ映像をロボ内部の画面に映し出す。だから今の攻撃なんかダメージもなんでもないし、そもそもカメラがやられた可能性もわからない。


 脱力が絡みつき即座に走り出せない。

 少し遅くなった。一秒かほど足に力が入らなかったがそのまま走り出すために太ももに全力を叩き込む。一歩で距離の半分を詰めるために。


 思い切り足元に蹴りを打ち込んで、意味がなければ頭部を引っこ抜いてやる。


 俺は十分に溜まった膂力を開放する。

 俺はソルジャートークンの攻撃を見計らう。

 バルカン攻撃がくる瞬間を見極めながら、呼吸を計る。

 そう、今――


「だめっ!」


 衝突、跳ね飛ばす――

 不意に俺の正面に人影が現れた、と思った瞬間にはそれは俺にぶつかって回転しながら飛んだ。


 人を轢くという初めての感触が俺の左腕にかかる。防御するために肩と脇を締め、そこに誰かが当たり上方へと弾き飛ばしたのだ。反射的に行なったために自制できなかった。そもそも俺とソルジャートークンの間に人が割り込んでくるなんて考えもしなかった。


「ぐっ!?」


 轢いて、ソルジャートークンとの距離を半分ほど詰めるように跳躍した後、即座に元いた場所へと切り返す。踵を浮かせるようにつま先側で回転するとできるだけ速度を維持したまま走り出した。


 まずい。

 まずい、まずい。

 バルカンが、くる!

 俺に轢かれて空中で回転を続ける人物をできるだけ優しくキャッチする。俺の速度が大きくかなり重い手応えがあったが気にしていられない。

 足に負担をかけるつもりで無理やり方向転換して跳ぶ。


 よし、抜けた!


 直後、ソルジャートークンのバルカン攻撃が俺がいた場所を通過する。ほとんど泥水なのにも関わらずガ

リガリと硬い台地を削り取るように地面が爆発していく。


 この馬鹿、わざわざ即死攻撃のバルカンが繰り出される場所に割り込んで止めたかったのだろう。俺がもっと弱ければ二人して今頃は仲良く森林の栄養になっていただろう。


 さすがに追撃はないと信じながら空中で前転、背後を振り返るように着地した。

 やはり追撃はない。

 さすがにソルジャートークンと俺の間に誰かが割り込んだのは見えただろう。あれだけ腕がいいんだ。見えてもらわなくては困る。


 俺の手の中にいたのはやはりというか、予想通りというか、コーデリアだった。白くて小さな鼻に傷はないのに量の多い鼻血がこぼれ続けている。おそろしく焦燥感を掻き立てる光景だ。

 苦痛もそうだが、意識ははっきりとしている。何か言いたそうな表情だったが俺は手でそれを遮って比較的に泥水が少ない場所に寝かせる。そして手だけで茶髪のボブカットの二人を呼ぶ。二人は俺の言いたいことを理解しており、雨除けをつくる。豪雨のためにただ寝かせていると鼻と口から大量の雨水が流れ込んで溺れるのだ。


 ったく、クソが。


 俺はまた回復魔法のかけなおしを行なう。

 すぐに治癒は完了する。ただし頭のほうは治らない。


「俺が轢いた傷は治ったはずだ。だがお前の馬鹿は治らない」


 そう吐き捨てると俺は有無を言わせずに立ち上がった。

 ソルジャートークンに視線を送ると腕部のバルカンをこちらに向けていた。加熱した砲身に雨が当たり白い水蒸気の濃い煙を噴いている。

 当たり前の判断だと思うが、俺のそばに仲間の数が多い状況で引き金を引くことはないだろう。さっきだって俺が挑発したから攻撃をしてきたのだ。


 誰かが俺の足首を掴む。


 誰か、ではないか。ひとりしかいない。わざわざこんな低い場所を掴めるのはコーデリアしかいない。


「なぜ、助けたんですか……?」


 鼻血は止まったのだろうか?

 まだぬるぬるとこぼれたままの赤黒い血液の筋を放置しながら、コーデリアは不思議そうに尋ねてきた。


 かなりイラつく。

 なんたるザマだ。あのまま捨て置けばよかったと思うほどだ。


「アリナ、フラマに攻撃しないように指示を送って。そしてトークンから降りるように」


 何を言うべきか迷っているとコーデリアは巨乳に指示を出す。片手で何かしらサインを送ると、ややあってからソルジャートークンから銀髪が降りてきた。

 銀髪の怒りに満ちた高慢ちきそうな顔が見える。何かしゃべろうとしたのを俺が機先を取った。


「悪いが帰らせてもらう。ここにいるとイラつく」


 自分から関わりあって、自分で失望するという身勝手な現実を直視し受け止める。こいつらはもう大丈夫だろう。いきなり死ぬことにはならないはず。


「少尉が万全の状態だったら貴様はクライムエンジンを便器代わりに糞尿を撒き散らして死んでいたところだ!」


 なかなか良い文句だ。いつか俺も使おう。

 銀髪が俺を睨みつける。まるで親の仇のように全身から闘志を消すことはない。


 俺はゆっくりと銀髪に歩み寄る。足首を掴んでいるコーデリアがそのまま引きずられる。コーデリアも俺の雰囲気を察したのが両手を使って俺を止めようとしているがたかだか五十キロ程度の体重で止められるほど俺も柔じゃない。


 銀髪の胸倉を掴み上げ宙に浮かせる。相手に拳を見せ付けるように威嚇した。

 雨の中でも俺の表情は見えているだろう、銀髪は少し怯みながらも強気の姿勢を崩さない。


「俺は今、たいへん機嫌が悪い。たかだか十七年しか生きていない分際で、世界と戦争と生命の価値について考えているところだ。これらは世界的な何かによって大きく比率が変化するらしく、俺みたいな小僧では何もわからないに等しい。だがそれでも俺は兵士として少しずつはこれらの本質に迫ろうと日夜努力しているが、実はどうやら戦争ゼロ距離になるとそんなもの等しく無価値になっていくと悟ってきたところだ。

 何が言いたいかというとだ、今、この場で貴様らを虐殺してもなんの問題もないってことなんだよ」


 くだらない。

 何を考えていたのだろうか。

 戦争に何を夢見ていたのだろうか。

 馬鹿馬鹿しい。女と乳繰り合っていたほうが本当に生産的だ。


「言っている意味がわからない……」


「悪かったな! 俺は馬鹿なんだよ!」


 俺は銀髪を投げ捨てる。何メートルか飛んでいくとバウンドして、そしてすぐに姿勢を直して立ち上がった。本当に優秀だな。


「どいつもこいつも殺せと言う。軍隊から命令ならわからんではない。それは仕事だ。それならまだしも、お前ら自身から「死にたい」などという言葉は聞きたくなかった! 軍隊に入ったのなら、戦って、死ね!」


 助けるんじゃなかった。

 俺は専用十皇へと歩きだそうとする。が、両足を握っているコーデリアが邪魔だ。それなりに強く蹴ろうとして、考えて、やめる。また傷を手当するハメになりそうだ。俺は怪我をさせない程度に強く振り払う。少しくらい指に痛みが走っただろうが、それくらいなら問題ない。


 俺はさっさと専用十皇まで歩く。念のために背後を警戒するが、五人とも何かをする気配はない。そのまま専用十皇に乗り込むと細工が行なわれていないか自己診断を走らせるがオールグリーン。問題ない。そこまでやってから安堵の息をついた。


 少しは冷静になる。

 さすがにソルジャートークンとタイマン張ろうと思ったのはやばすぎた。今更冷や汗が噴出してくる。どう考えたって勝てるはずがない。バルカンが避けられたのも事前に察知していたからだ。あのまま掃射で面攻撃されたら確実に殺されていた。その点はコーデリアに感謝しなくてはならない。


「あ、あの!」


 少しずつ風が出てきた。そんな中でも良く通る声を集音マイクが拾う。

 コーデリアが俺に向かって苦しそうな顔をしている。どちらかといえば困った顔だろうか。


「クライムエンジンの透明化は、私の能力です。私の、完全神性としての、力です」


 周りにいる連中からのどよめきが聞こえる。何を言っているのかはわからないが、コーデリアを責め立てているように聞こえなくもない。なんだよ、完全神性って。この世界にそんな勇者みたいな存在がいたのかよ。もっと早くに教えて欲しかった。知ったところで俺の行動は変わらないが。

 ……待てよ、どこかで見た気がするな、完全神性。


「あと、私は触れることであなたの心を読んでいました! 他のみんなも、同じことができます!」


 ……なん、だと。

 完全神性どこで聞いたかどうでもよくなるほどとんでもないことを言われた。

 嘘じゃなければ恐ろしいことだ。

 だが――


「だから、それが、その……それだけ、です」


 ――それは相手に知られていないことが前提の話だ。

 今のように俺の言ってしまったらその効果は格段に劣る。

 相手に知られていない、ということで最大のパフォーマンスを得られる能力だ。まあ、仮に本当であるなら、であるが。存分に嘘くさい。この嘘で何かを隠していると考えたほうがいくらか建設的だ。しかし周りから責められているのを見るにそうでもないのだろう。嘘じゃなかったとしても、かなり真実に近いことなのだろう。


 どうでもいいことですけどね。

 確かに透明化に関してはかなりしゃれにならないほどの能力だ。

 おそらくこの能力で偵察に出てきたクライムエンジンを撃破する予定だったのだろう。俺じゃなければ可能だっただろう。俺だって妙な違和感がなければ危なかったはずだ。

 そしてこの能力は相手に知られていないことが前提だ。

 ここで確実に俺を撃破しなくては、殺さなくてはいけなかっただろう。しかし俺は生き残った。


 接触型の読心術に関しては別にどうでもいい。知られて困ることなど特にないし、俺は。

 もっと言えば別にロボット戦争においてこれが役に立つことはないだろう。

 もちろん相手の基地に入り込んで破壊工作を行なうなら確かに効果があるだろうが、基本的に基地に忍び込むのは無理だ。十メートルの弱電流オーバーハング対人フェンスを越えられないし狙撃台を含めた無条件攻撃区域を越えることはまず無理だ。俺だって意図的に警戒レベルが落とされている場所からしか気づかれずに出入りできない。見つかってもいいのであればさっさと正面から入ればいい。基地出入り口はわざと戦闘レベルが落とされているのだから。その代わり気づかれずに入ることは不可能だろう。


 結局のところ無理やり相手の基地戦力をパワーアウトさせる以外はなんの意味もない。

 そもそも最前線の基地というのは相手の攻撃を一手に受ける特性を持ち、後方の基地を守る盾の役割が主な任務だ。俺達の基地が破壊されようともその情報が後方へ、他の基地へとフィードバックされるのであればそれはなんの問題もない。

 特に今回の透明化するクライムエンジンについては。


 とりあえず透明化するとんでもないやつらがいることくらいは報告しよう。

 もしかしたら彼女達五人はかなりの処罰を受けるかもしれないが、さすがにそれは甘んじて受けて欲しい。俺に負けたのだから。

 ここまできてからクライムエンジンを透明化させる方法が気になったが戻ってコーデリアに聞くのもめんどくさい。聞かないほうが正解か。だって俺は透明化クライムエンジンと戦闘を行ない、脱出飛行機を撃墜したのだから。


 さて、今回は誰も追従する機体がいないから撃破しましたって適当にいえばなんとかなるだろうな。


 クライムエンジンに乗り込む頃にはコーデリアたち五人は動けるソルジャートークンに乗り込んでさっさと逃げてしまった。

 俺は念のために誰も乗っていないソルジャートークンにバルカン掃射を行なってコックピットまで吹き飛ばしておいた。忘れずに飛行機も粉砕しておく。ここまでやればだいじょうぶだ。


 俺は強襲偵察を終えたので基地へと帰ることにした。


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 帰還した俺を待っていたのは怒声が響く基地だった。

 どうやら上の連中はこの襲撃を陽動であると看破していたらしい。一昨日も襲撃があったので補給が完全ではないはず。なので基地への襲撃ではなく別の小規模作戦であるとあたりをつけたらしい。

 そのために相手に対するこちらのリアクションで、相手がこちらに被害を出せそうな作戦を思いついたところ、偵察機のクライムエンジン撃破が一番実現可能だったそうだ。

 つまり俺の撃破だ。

 今回は俺だったから問題なかったものの、たとえばゴリラとかが偵察に出ていたら確実に撃破されていた上に、その撃破された理由もわからないという恐ろしい事態に陥っただろう。

 もっと早く気づいて欲しかったんですけどね。あと、五十皇を早馬で使うとか。


 つまり一時間ほどですべての作戦が終了したわけだ。

 そんなわけで予想外どころか想定外に早かった俺の帰還はいろいろ思うところあったそうだ。


 俺は今回の指揮官に口頭で説明して簡単な労いの言葉を貰って部屋に帰ることにした。これから提出書類をまとめなくてはいけない。パソコンとかワープロなんかないので手書きだ。つらい。

 あとは直属の上司であるキユナにも報告を入れなくてはいけない。というか、本当はあいつに確認とって出撃して帰ってきて最初はあいつに報告しないといけない。俺はキユナの秘蔵ということになっているのでこうしたしがらみが俺の首に巻きつく特例を貰っている。楽な部分と面倒な部分があるが、そこそこよくしてもらっているのでかなり得しているだろう。そのあたりはわきまえている。


 部屋に戻ろうと思ったが、やはりキユナに顔を出しておくのが筋だと思ったのでキユナの執務室へと向かうことにした。豪雨の中で車を走らせる。ワイパーの速度が一種類しかないので前が見づらい。だが車道を歩いている馬鹿はいないので速度は出せた。

 目的の場所まで到着すると出入り口で車を降りた。せっかく元の軍服とインバネスに着替えたというのにわずか数メートルを雨に降られて不快な程度は濡れた。


「車はそのままで頼む」


 管理受付にそれだけ行ってそこそこ長い廊下を進んで執務室へとたどり着いた。学校の校舎のように長い廊下に部屋がくっついているデザインだ。わかりやすいではあるが、他の建築物も同じような構成なので間違うときもある。


「ウィバル・コートです」


 拳底てがんがんと音を立ててノックをする。金属製の扉であるが安物のトタンハニカムのような大きな音はしない。中まで硬い金属なのでどこまでも重い。そのために強くノックする必要がある。インターホンのようなものは存在しない。


 二回ノックして名前を呼ぶ。

 これを三回繰り返した。だが返事はない。


 仕方がないので勝手に扉を開けた。

 しかし誰もいない。

 特に変わった様子もなく、ただ静かな執務室といったところだ。


 特に中にはいることもなく、俺は扉を閉めた。

 そのまま自室へと帰ることにした。


 到着後、やはり雨に濡れながら車から降りる。管理受付に「車を片付けておいてくれ」とだけ言って部屋の前までやってきた。装甲板が目立つな。そんなことを思いながら自分の部屋にノックをする。「俺だ帰ってきた」と返事は待たずに扉を開けた。


 ――冷たい感覚が背筋に打ち込まれた。

 明らかに尋常ではないものが俺の目に映ったのだ。


 赤い。

 赤く染まっていた。

 玄関から見えるリビングに血液らしき何かが流れていた。

 ノックをしてしまった。

 俺は時間をかけると不利になると判断する。即座に拳銃を引き抜いて踏み込む。軍靴の音が大きいので大きく踏み込まざるを得ない。

 リビングへと、血が流れてきた方へ拳銃を向けながら駆け込む。一瞬だけ見てからしゃがみこみながら後ろ側のキッチンの確認を済ませる。動きを止めずに前転しながら――

 この辺で一瞬だけ見た情報を脳が整理、確認した。

 誰もいない。

 前転の後で立ち上がる。

 少なくとも敵性のある何かはいない。


 俺はこの赤いものの正体を探るべく見回す、こともなかった。すぐそばの猫足テーブルの足元にその原因が転がっていた。

 伍長だ。

 俺がエカリテといっしょにいてくれと頼んだ伍長が死んでいた。胸に、心臓の上に拳大の穴がぽっかりと空いていた。そこから大量の血液が下半身ごと床を染めている。この状況を見て脈を取るようなやつはいないだろうが、念のために近寄って確かめてみる。

 手首、首の脈を取り呼吸を確かめる。

 駄目だ、死んでる。大きく舌打ちをした。

 着衣に主だった乱れはない。無気力そうなその表情と半開きの口から考えると即死であったと考えるのが妥当だろう。粉砕された胸から火薬的な匂いはしない。なんらかの魔法が胸に当たり死亡に至ったようだ。

 まだ暖かい死体の検分を済ませる。

 俺が頼まなければ死ぬこともなかったか。

 噛み締めた奥歯から苦いものが滲む。


 血液のそばに飲みかけのココアがこぼれて染みをつくっていた。

 見れば猫足テーブルには何も載っておらずココアのマグカップが地面に転がっている。

 そのせいか、血臭が広がるなかであるが、ココア特有の甘い香りも少しだけした。


 それからエカリテを探し始めた。

 エカリテのことは心配していなかったわけではない。

 だがエカリテが伍長を中に入れたのにひとりで寝室やトイレなど鍵が掛かる場所にこもっていたとは考えにくい。となるといっしょにいたと思うのだが、このように伍長が一撃で即死させられている以上、その気があるならすでに死んでいる。


 俺は気を引き締める。

 いまだ閉じている寝室の扉に手をかける。

 何者かが潜んでいるような気配はない。息を殺す独特の圧迫感や不意打ちを隠す自然的な不自然感はこの寝室の扉には見られない。ノブに慎重に触れる。何者かが拭ったような冷たさや俺の生活以外の脂めいた感触も見られない。


 一気に扉を開けると中に踏み込んだ。

 だが、寝室には特に何もない。変わったところはない。エカリテを寝室から連れ出した時と変わらない。シーツと布団の形も同じだったような気がするし、キャビネットに置かれた整備マニュアルの角度もあのままの気がする。寝ている最中に置いたらあの角度になるのだ。


 俺は寝室から出るとトイレの扉を開けた。異常はない。


 少し時間をかけて部屋中を探してみたがエカリテの姿は見られない。


「誘拐されたとみるのが、可能性が高いかな」


 そもそも俺が誘拐してきたのだがな。

 襲撃者が取り戻しに来たというのであれば俺のほうが一方的に悪いことになるのだが、それだとどうにもおかしい。


 この基地は通常のスパイ連中が入ってくるにはあまりに向かない場所だ。

 見張りの人員も多く俺のように事前に薄いところを知っていなければ出入りは不可能だ。あれだって内部の人間が行なう緊急的な勝手口のようなものだ。それも知らないような連中がさらわれたエカリテを取り戻しに来るのは無理がある。

 仮に昨日、俺が利用した場所から上手いこと入ってきたのかもしれないが、そうなると出るのは至難の技だ。入る場所と出る場所は別なのだから。

 どちらにせよまだ内部にいる可能性が高い。

 遅れは取り戻せる。


 まずはエカリテから話くらい聞かなければ俺の気がすまない。

 そして伍長にも悪い。


 もしもさらった――いや、連れ戻しにきた連中がエカリテの家族だった場合は大変なことになるな。おそらく全員処刑になる。下手するとエカリテと、俺も。

 ミスったな。俺の失敗でけっこうな人間が死んでしまう。


 失敗、失敗に重ねた失敗だ。

 監察官が持ってきた本国行きの甘いニンジンがよくよく考えるとあまりにも惜しい。

 だが仕事の失敗は仕事の失敗だ。しかもここは軍隊なので普通に軍法会議から処刑という可能性も大きい。

 状況から考えると今の俺の立場はあまりに悪いだろう。


 どうするべきか。

 どうしたら傷口が小さいだろうか。

 どうしたらもっともっと楽に過ごせるだろうか。

 考えろ、考えろよ。


 俺は一時的に何もかもを諦めた。


 そして決意する。


「そろそろこの基地にも飽きたところだ。クライムエンジンを奪って日本に帰るかな」


 可能性の枝葉をひとつひとつ剪定していく。

 なんとなくなんとなくで先延ばしにしていた地球への帰還を開始することにした。

 やはり可能性の雲で思考を行なうという愚策はいけない。

 確実に実行可能なことから行なうべきだ。


 まずは、後始末をするべきか。


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「ああ、ウィバル少尉。お疲れ様です。恐縮ですがお時間をいただいてもよろしいですか?」


「すまん、駄目だ」


 俺は話しかけてきた本国監察官のアド・アンダーソンを邪険に払う。

 士官宿舎を歩いていると鉢合わせになったのだ。監察官は俺を探していたのか笑顔で近づいてくる。俺はそれをさっさと断ったというわけだ。

 監察官も「おっと予定外だ」みたいな顔をする。


「つまり、私の話を断るほどのことが起きているのですか?」


 なるほど、と監察官はひとり承知した。そこに不機嫌そうなものは見られない。


「自室に俺の留守を預かるように言いつけた伍長が殺された。そして白髪の子供がいなくなった」


「それは大変です。キユナ大尉には?」


「キユナが執務室にいない。しかたないので憲兵のところに直接出向くつもりだ」


「電話は?」


「豪雨のせいか、意図的なものか、使えない」


「なるほど」


 伍長が直接俺のところにきたので大きく考えていなかったが、よく考えたら豪雨の影響を装って何かした可能性もある。というか、わざわざ俺のいない時間を見計らったのは賢い。

 待てよ。もしかして伍長が来る前にすでにエカリテは確保されていたのか? だから伍長は部屋の中に簡単に入ることができて、そして殺された。

 いや、止めよう。

 推理は意味がない。


 問題なのはエカリテがさらわれたことだ。

 伍長には悪いが、過去に置き去りになってしまったのであれば道を生きているものに譲って欲しい。俺はエカリテの救出、または話し合いに注力することにする。


「ウィバル少尉。では、簡単に説明させていただきます。グラスフォート皇国が誇る二十八機の真型マスターアーツがあなたに授与されることが決定しました。神代の昔に作られたオリジナルクライムエンジンの正式クローンタイプです。強靭な肉体を持つあなたなら使いこなすことが可能でしょう。嵐で遅れていましたが、先ほど実機が届きましたので正式に報告させていただきます」


 ぱちりと手を鳴らす監察官。

 俺はよく知らないがかなりの栄誉なのだろう。監察官本人が嬉しそうだ。


 仕方ないので話を合わせておこう。


「それはありがたい。身に余る栄誉だ。あとでマニュアルを渡してもらえると嬉しい。次の出撃が楽しみだ」


「ええ、でしょうね。マニュアルや受領関係の書類はキユナさんに渡してありますのでそちらから受け取ってください」


 俺は「ありがとうございます、では」とタイミング良く笑顔で会話を打ち切ってその場を後にした。

 これは良いものを手に入れた。逃げるときはこれで逃げさせてもらおう。

 エカリテは、俺の予想通りであれば迎えが来ただけだ。そのまま帰ってもらう。テザー以外の、最短の補給街まではかなりの距離があるのでそのあたりまでは俺が連れて行けばいい。

 ここに入り込める手練であるなら身を隠すのは大丈夫だ。

 そう、できればコーデリアたちみたいな連中が身内だと――


 コーデリア、と、エカリテ。


 ――背筋に電流が走る。


 しまった。

 今、ようやく気が付いた。

 エカリテは似ている。

 あの、ヴァンフラートの透明化小隊の連中と良く似ている。

 もしかしたら仲間であるのかもしれない。

 なるほど合点がいった。

 今回のあの戦闘もそれが真の目的なのか。

 その割にはアリジゴク型の消極的な戦法だったな。

 それとも並行作戦か。

 待てよ、よく考えたらエカリテは喉の潤し方もわからない子供だ。

 これはどういうことだ。


 思考を打ち切る。

 どの道、もうどうでもいいのだ。


「すまない。車が必要になった」


 管理受付にそれだけ言って外へと出る。外に俺が止めた車がそのままなので乗り込むとさっさとエンジンをかける。本来なら管理受付にも部屋のことを報告しないといけないのであろうが、俺は無視した。


 待てよ。

 やはり、俺は考える。


 俺は車から出ると管理受付までくる。


「今日、ここに出入りをしたものはいるか? 俺が出撃してから帰ってくるまでの間だ」


「はい。少尉が出撃なさってからライ・レッド伍長が戻ってきております。少尉の留守を任されたということで。あとは本国監察官の方が……」


「監察官には会ったよ」


 管理受付の女は手にしているクリップボードをを覗き込んでいる。

 俺は無言でそれを奪った。管理受付は何か言いたそうな顔をしたが特に咎めるようなことはない。


 このわずかな間にけっこうな数の人員が出入りしている。だが主に伍長のようにパイロットに出撃を促すのがほとんどなのだろう。俺と同じように二人連れで出て行っている。

 視線を流していると見知った名前があった。

 キユナ・キユナ大尉。

 俺の上司で、俺の嫌いな先輩様だ。

 だがキユナも十分もせずにすぐに出て行っている。


「キユナ大尉が来たのか」


 管理受付の小部屋に掛かっている時計と照らし合わせる。わずか三十分前の話だ。俺と入れ違いになったのだろう。あまりのすれ違いで思わず口に出してしまった。ここで顔を合わせることができれば少なくとも出撃報告くらいはできたのだが。


「はい。親衛隊の方といっしょにお見えになりましてすぐに帰られました」


 俺は舌打ちする。


「まったく、いつものしかめっ面をみないだけマシか」


 管理受付がいるにも関わらず、俺は悪態を付く。二人だけのときはまま雑に返しているが、基本的に外部がいるときは「大尉様」として扱っている。当たり前のことだ。それを迂闊にも少し洩らしてしまっただけだ。


「キユナ大尉がしかめっ面ですか?」


 管理受付が返してくる。

 ミスったな。どう返答したもんか。あいつは俺といっしょで外面がいいからな。普段はそんな顔はしていないはずだ。わからんが。


「キユナ大尉はどういった様子だったか? 少し怒らせてしまってな。顔を合わせにくいのだ」


 雑な返しをしてから考えたのだが、無視しておけばよかったと後悔する。そもそも怒らせているのはいつものことだ。怒らせていないことなどないし、そもそもなんで怒っているのかわからない。俺が無能なのか、キユナが傲慢であるのか、それとも両方なのだろう。まあ俺で無能ならこの世の大半はゴミになるのだが。


「そうですね、キユナ大尉ですか。その、あまり、こうやってしゃべってしまうのは良いことではないとは思うのですが……」


 管理受付は言いづらそうにもごもごとしていたが「キユナ大尉のご寵愛を賜っているコート少尉だからしゃべるんです」と前置きしてから続ける。なかなかキモいことを言ってくれたこいつに報復で性的ないたずらをしなかった理由は、ひとえに自分の怒りを静めるのに必死だったからだ。あと緊急時じゃなければその辺の倉庫に連れて行っただろう。


「お見えになられた時は凛とした笑顔で行かれたのですが、すぐに戻ってこられて、その、そのときはとても怒っておられました。声がかけづらいほど。親衛隊の方々もキユナ大尉を追われるのに必死でした」


 ふーん、そう。

 というのが俺の正直な感想だ。

 俺と会った三回に一回はそんなものなので別におかしいところはない。

 自分の思い通りにいかなかったら怒る現代女性の鑑みたいなやつだからな。


「あのように怒っておられるキユナ大尉は初めて見ましたので驚きました」


 鼻で笑っている俺に続ける管理受付。ふと、なにか釈然としないものを感じた。


「昨日、見えられたときには私にもお声を掛けてもらいまいた。本当に嬉しそうで、私まで嬉しくなってしまって。それだけに今日は何があったのか不安です」


 なんだろう。この感触は。どこか異質感がある。


「なのでコート少尉には、その、えーと……そうです、キユナ大尉のところに駆けつけてほしいと、私は思います」


 ゆっくりと言葉を選びながら、管理受付は俺にキユナを慰めるように言う。

 俺はそれを聴いたことにして、無視する。


「そうだな。俺もちょうど報告があるんでキユナを探していた、ではある」


 実際、手掛かりがない。部屋には即死させられた死体くらいしか変化がない。もっと調べれば手掛かりくらい出てくるのかもしれないが、さっさと憲兵に連絡して戒厳令を敷いてもらうのが先だ。もっとも、そんなものを敷かなくてもここの防衛にぬかりはないのだが。


 そうじゃない。

 そうじゃないだろう。


 憲兵に連絡する気があるなら、この管理受付にもさっさと言うべきだ。

 俺は、今は何をするべきなのか。

 本当にどうでもいいというのであればさっさとクライムエンジンを奪取して逃げるべきだ。エカリテなんか斬り捨てるべきだ。わざわざ俺がどうこうすることなどない。


 混乱している。

 動転しているというべきか。


 どうにも正常な判断がくだせない。


 いや、言い訳だ。

 考えることを放棄しすぎている。

 思考が滑り続けて何も残らない。何も考えることができない。


 やっていることがチグハグだ。


 落ち着け。

 考えろ。


 今、やるべきことは、そう、報告だ。

 上官であるキユナに報告する。

 それからキユナが判断するべきだ。騒ぎを大きくしたら何を言われるかわかったものじゃない。本国監察官には言ってしまったのは失敗だが、まだ取り戻せるはずだ。そう考える。

 エカリテも心配だが居場所がわからない。

 少なくとも俺の目に付く範囲に何か変わった部分はなかったはずだ。

 むしろ部屋の中が荒らされていなかったことが不自然なくらいだ。死体ひとつと、そうだなあとはココアのマグカップが落ちていたくらいだ。

 そう、そうだ。

 これはおかしい。

 なんで伍長は抵抗しなかったんだ。

 伍長はあの場で殺されて動かされている様子はなかった。確認はしていないが拳銃の携帯はしていただろう。

 もしもコーデリア一派がきたのであればそれはおかしい。

 ……まさかな。


 俺はクリップボードの出入りした人数をひとりひとり確認していく。


「おい、こいつらを本当に確認したのか教えてくれ」


 管理受付といっしょにどこのどういうやつなのか聞きながらしらみつぶしに名前と所属を聞いていく。俺が出て行ってから四十四人の出入りを確認した。どいつもこいつも存在している連中ばかりだ。管理受付が所持している全士官の名称と写真をまとめた登録ファイルを確認するまでもない。管理受付が自信を持って答えている。


 正直言えば、だ。

 仕官宿舎の管理受付は士官連中の手を煩わせないよう、その名前と素顔を記憶しているものから選ばれる。逆に言えばそれだけなのでちょっと気を逸らせば中に入れないこともない。俺がそれでちょいちょい困らせている。

 だがこれだけ人の出入りが多い中でエカリテを連れ出せるものなのだろうか。出撃要請があったので人の出入りは激しい。通路は見晴らしがいいので身を隠すところは少ない。

 通用口には基本的に人員が立てられているか封鎖されている。窓ははめ殺し、壁は硬い。出入り口以外からの進入は難しい。

 ならまだこの士官宿舎にいる。

 でなければ、この管理受付を通過したと考えるべきだ。


「俺が一昨日連れてきた白髪の少女って出て行ったか?」


 よく考えたらまずこれを聞いていなかった。

 さっさと聞くべきだった。

 自分の杜撰さに反吐がでそうになる。


「ああ、キユナ大尉の関係者ですね。出ておりません。あと、どうやったか知りませんが、中央ゲートで身分証明を行なってから連れてきてください。キユナ大尉が困っていましたよ」


「ああ、そうか。悪かった。俺にロリコン疑惑が持ち上がっても嫌だったんでな」


「思うわけないじゃないですか」


 だよな。

 俺は困ったものを見る管理受付に苦笑した。

 そもそも申請したら基本的に入ってこられるのだ。もちろん徹底的に調べられるし監視も付くことになる。だが、それでも入ってこられるのだ。

 だがそれはテザーの人員やこの辺りの連中の戸籍を取得しているという裏返しだ。人の流れがわかっているから身分証明がほぼ不要というわけだ。


「キユナ大尉とお付き合いなされているのですから」


 ……?


「キユナ大尉とコート少尉。美男美女カップルでお羨ましいです。片や指揮官、片やエースパイロット。しかも仕事では公私混同をせず、不満があればぶつかってでも結論を出す。信頼があるってこういうことですよね」


 このガキ、何を言っているんだ?

 俺とキユナが付き合うわけがない。

 確かに俺はキユナの庇護下にいることは事実だ。しかしそれだけの恩義は仕事で返している。クライムエンジンのパイロットとして俺よりも秀でているものはこの基地にはいない。しかもキユナの直轄の部下だ。確かにかなり好き勝手に動いてはいる。今回の出撃だってそうだ。前に謹慎処分を受けた時、出撃命令をシカトしたらかなり怒鳴り散らされた。いや、もしかしたらキユナが勝手に謹慎と言っているだけで軍規的な効力はないのかもしれない。

 話を戻す。

 俺の功績のほとんどはキユナのものになっているはずだ。

 でないとこの一年間でクライムエンジンを百機ほど落とした俺の立場がない。キユナの上級将校としての地位の確立には俺の功績も含まれている。

 でなくては俺の階級はもっと上がってもいいだろう。少なくとも現場指揮官の地位である中尉待遇になっていてもおかしくはない。

 だが俺が現在を持って中尉でないのは、俺が部下を持つことを良しとしないキユナの横槍だろう。

 これは俺もそれでいいと思っている。それは面倒くさい。

 つまり、それだけの関係だ。

 傍から見てもこれ以上の関係に見えないだろう。少しくらい頭の良いやつがいればこの流れもわかるというものだ。


「へえ、そんな噂があるんだ」


「噂だなんて。下士官の間では有名な話ですよ。特にコート大尉は長身で背筋が伸びている上にあまりお話をされませんのでキユナ様の隣にいる騎士のようだと」


 間違ってはいない。

 俺の軍隊規律のほとんどはキユナから教わったものだ。俺の能力を見越してからか、最初から囲われたためだ。その軍隊イベントのほとんどを「お前は黙っていろ」と高圧的に言われたので何もしていない。

 俺がやったのはせいぜいパイロットとして擬似地震発生装置の中でゲームをやっているだけだ。


 言ってしまえばキユナの都合の良いように操られていたと言っても過言じゃない。

 俺もそれでいいと思っている。いまだにだ。


 だが、それでも付き合っているなどというのは否定させてもらいたい。

 俺だって選ぶ権利がある。


「まったく、誰がそんなことを言っているんだか……」


 手近な壁に八つ当たりをしたいところだが、一昨日やったので我慢する。一昨日やってなくても我慢するつもりではあったが。


「キユナ大尉の親衛隊の方々が言っていましたよ」


 ……?

 ちょっと意味がわからない。


「キユナ大尉はよく下士官が利用するホールバーやテザーの酒場にいらっしゃるのですが、そのときに良く労いを込めてお酒を振舞っていただいているんです。そのときに親衛隊の方が少しだけ洩らしたことがあったんです。それが広まってしまって」


 ……あれか。

 ウィバル・コートはキユナと仲が良いから引き抜きは不可能ですよ、という「こうどなじょうほうせん」というやつか。


 見方によればそういう建前でキユナに雑な対応を取っていたらあのオベールだかなんだかとかいう親衛隊もそりゃ怒るか。


 しかしまったく俺の耳に入らなかったのは不思議、でもないか。あまりしゃべらないし飲み会なんかもいっしょに行かないからな、俺は。


「こちらにいらっしゃるときもコート少尉への贈り物が多いじゃないですか。サトウキビの蒸留酒とか良く持ってこられますよね」


「まあ、確かに」


 そもそもここにラム酒があるなんて知ったのはキユナが持ってきたからだ。

 だがその贈り物の大半は仕事関係だ。マニュアルであったり、渡し忘れの書類であったり。そういったものがほとんどだ。そうだな、最後の貰ったものはココアだろうか。ココアは嫌いじゃない。


「今日だって何か書類のようなすごい分厚い封筒を持っていましたよ。コート少尉が欲しがっていたものとか言っていましたので」


 先ほど監察官が言っていた真型クライムエンジンを思い出す。

 ……いや、マニュアルごときで分厚い封筒にはならないか。整備マニュアルも含めてもせいぜい文庫本一冊くらいの厚さか、それよりも薄い。


「キユナ大尉はタイミングが少し悪かったですね。本国監察官のように少し待っていれば直接手渡しされたのですから」


「はは、手渡しね。どちらかといえば報告みたいなもんだよ。マニュアルもないし」


「え?」


 管理受付が素っ頓狂な声をあげた。

 まるで本国監察官が俺にマニュアルを渡したような驚き方だ。


「あの、本国監察官アンダーソン特別大尉は、コート少尉専用のマニュアルを持ってきたとこちらで伺ったのですが」


 小声で「特別機です。まだ他のみなさん内緒ですよ」と嬉しそうに言っていたと付け加えてくれた。


「いや、ついさっき会ったが、そんなもの受け取ってないぞ」


 待て、あの監察官はなんと言っていた?

 確か「キユナに渡した」とか言っていなかったか?


 もしかして俺に渡す前に先にキユナに会っていたのか。

 となるとキユナが持っていたのは封筒は、状況的に監察官が持ってきたマニュアルじゃない。


「どうやら先にキユナ大尉が受け取ったみたいだな。帰るとき、マニュアルらしきものを持ってなかったか?」


「ああ、言われてみれば何か持っていた気もします。けど、ちょっと怒っていてそれどころじゃなかったですよ。親衛隊の方々も大きな荷物抱えてましたので、どちらかといえばそちらのほうに目が向いてました」


「へえ、大きな荷物ね」


「ええ、外出用のビッグバケットです」


 ビッグバケット。旅行用の大型トランクケースのようなものだ。火薬や金属を入れることを前提に作られているので丈夫で武器や防具として使えるほどだ。

 特徴としては、人がひとりくらい簡単に入る大きさだ。


 人が、ひとり、入る。


「……すまん、ちょっとさらっと聞き流してしまったようなのでもう一度だけ聞きたいのだが」


 管理受付が「はい」と眩しい笑顔で応対する。

 反対に、俺の心の中には黒い焦りが広がる。


「そもそもキユナ大尉は、ここに何しに来たんだ?」


「それはもちろんコート少尉に会いに、ですよ。先ほども言いましたがコート少尉に封筒を届けにいらっしゃったんですよ」


 無抵抗の伍長。

 魔法一撃での殺害。

 部屋の奥にある死体。

 荒らされていない部屋。

 いないエカリテ。

 管理受付が見たビッグバケット。

 来たときは笑顔なのに変えるときは怒りのキユナ。


「……キユナの行き先を知らないかな?」


「第六レンチハンガーのマスターがどうとかおっしゃってました」


 管理受付は、にっこりと天使のような笑顔で答えてくれた。


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 レンチハンガーは主にクライムエンジンを格納するための広大な規模の巨大格納施設のことを指す。発進用の加速型垂直ランチひとつと五つの待機場所が回転式になっており効率的に発進が可能だ。

 基本的に全部大きなひとつのスペースであちこちと移動可能であるが分割用の装甲パーティションで第一から第六までナンバリングされて区切られている。

 その中でも第六施設は補充されたクライムエンジンの格納庫とされており極端に稼動していない。大規模の補給があったときに一時的に空きスペースを設けるためにこちらに荷物を置くような場所だ。


 現在は予備のクライムエンジンであるブラックチャンバーが収納限界である二十機も格納されている。そのために荷物の一時退避場所は隣の第五レンチハンガーになっており、ますます人が来なくなった場所だ。


 相変わらず核ミサイル発射装置みたいなところだな。


 俺は巨大な円形の発進口が閉じているのを確認すると離れた場所にある昇降口に車を止めた。


「やはりキユナもいるのか」


 昇降口の前に停車されている車を確認すると手早く中に入った。

 昇降機でまともに降りたらかなりの時間がかかる。その上に昇降機は数百メートル下にあるのでこいつが戻ってくるまで待つことを含めるとさらに無駄な時間を使ってしまう。

 飛び降りたほうが早いな。

 俺は非常用の階段に入り、さらにその奥にあるメンテナンス用の発射口区域まで入る。頑丈な扉を超えてトンネル状の通路を少し歩くと発射口の壁面だ。現在は消灯しているので真下は見えない。見えないが、一定の距離で点灯している非常灯がぼんやりと発射口の壁面を知らせてくれていた。


「さて、さすがに勇気が要るな」


 俺はひとつ深呼吸してから壁面に足を滑らせるように飛び降りた。

 雨を受けたインバネスコートがばたばたと必死に羽ばたいている。さすがにその様を見ると俺も危機感を覚えた。

 緩い速度は五十メートルも落下するととんでもない速度へと変わった。時速二百キロの落下速度は未知の恐怖だ。「死なないだろう」と高をくくったがどうにも無理かもしれない。

 二百キロまで加速してドロップキックを放つことは造作もないのだが、もしかしたら蹴りと落下ではエネルギーの質が違うのじゃないかと疑ってしまう。

 念のために手は打っておくか。

 俺はインバネスのボタンを外す。ひとつのボタンを外すと風圧で上手い具合に残りが外れてくれた。懐に忍ばせておいたキユナの軍帽が風を受けて飛んでいった。強い当たり風に、更に強くインバネスが羽ばたく。これが風圧を受けて減速の一助にはなるだろう。

 減速のために魔法で向かい風を生み出す。

 俺は自分で構築した爆裂火球の魔法を使用する。赤と橙の燐光が一気に収束して俺の正面に現れた。重量が足りないためか、高速で移動しているからなのか球体を安定させづらい。

 即座に真下に向けて放った。

 ひとつ、二つ、三つと連続で撃ちこんでいく。この真下はカタパルト用の耐熱加工を施されていてスラスターの出力にも耐えられる。この壁面も同じ加工がされているので間違って着弾しても被害が広がることはなく、そもそも傷も付かない。


 溶岩のきらめきを思わせる光が薄暗い穴底へと吸い込まれていく。

 距離をしくじったか。

 焦り始めた瞬間、地面で黒の混じり気がない赤と橙の光の爆発が続けざまに三連発で爆発した。爆風と加熱された空気が一斉に上昇をはじめ俺の全身に衝突する。熱の吐息が全身に降り注いだ。

 減速した。

 減速したが、速度のすべてを殺すことは無理だった。


「十分だな」


 独り言を呟ける程度には恐怖は殺された。

 着地に自信のある速度になり、爆発光で一瞬だけ見えた床の位置を確認するとカタパルト板に音を立てて着地する。硬い鉄板に衝突する派手な金属音が辺り一面に響き渡る。膝を付きながら深く曲げて衝撃を殺しつくすとゆっくりと立ち上がる。可燃物がないのですでに火は消えてしまっている。残り香である熱気だけがそこにあった。

 俺はインバネスの前を手早く閉じていく。


 ふと、何者かの視線を感じたのでそちらを向くと、この最低限しか灯りがないカタパルトの上を歩いている集団と目が合った。


 背の高いひとりの女性を先頭に四人の女達が歩いている。

 キユナ・キユナと親衛隊の四人だ。


 呆気に取られた五人が俺を見ている。

 俺はもう一度インバネスを直す。シワを伸ばすように音を立てた。


「ウィバル・コート、お前どこから……」


 肉体派のオーベルが最初に声を出した。背負っているビッグバケットを手近にいる親衛隊に渡す。


 本当のことを言えばキユナたちに追いつけるとは思っていなかった。

 おそらく大事が終わってから到着するものとばかり思っていた。五分でも違えば致命的だ。たった五分で、いろいろなことができる。相手に害を与えることであれば。


 だが考えてみるとキユナたちは別に俺から逃げているわけでもないし、時間がないというわけでもない。俺がいないうちに何かをしようと企んでいたとしても、通常は二時間で出撃が終了することはない。交代を行なえば終わるだろうが、基本的にそんことはしない。今回のように相手のコーデリアたちの作戦を終了させ、陽動用のクライムエンジンが撤退したとあれば話は別だ。少なくとも俺は休憩に回されてもおかしくないし、上官がキユナ一本であることも含めた上で交代されたのだ。他の連中はまだ基地の警戒に当たっている。


 一時間ならまだしも三十分程度なら急げば追いつけたのだ。

 ここまできてようやく理解した。


 俺は鼻で笑った。

 空から何か降ってきたので反射的にそれを掴む。

 落下中にどこかへ飛んでいったキユナの軍帽だった。

 俺はそれを軽く払ってかぶる。


「ノックはしたつもりだったがな」


 俺は軍靴を鳴らして近づいた。

 ゆっくりと、ただし姿勢を整えて近づく。


「止まりなさい」


 キユナが無表情に睨みつける。

 強い視線だ。射殺されるのではないかと思うほど感情がこもっている。異常だ。

 だが俺は歩くのを止めない。


「止まれと言っている」


 キユナが自ら前に出てきた。親衛隊を掻き分け、押しのけるように俺の前へと踏み込んでくる。近づいてくるたびに濡れすぎたインバネスが雫を落とす。

 だがそれよりも雨に濡れすぎた髪と顔がその無表情さを際立てた。

 今はまだ無表情だがもう少し突けば本性を現して激昂する。そうなるのは気が引けたので殴るのは後にしておく。


 真正面からぶつかろうとする俺とキユナ。

 俺はその歩みを邪魔するキユナを手で払った。優その胸に優しく手の甲を当てて大きく振りぬく。掴みかかろうとしたキユナはそのまま俺の左側へと飛んだ。力量もわからないのか、でなければ俺が手加減してくれるとでも思ったのだろう。手を出したときにはすでに顔面に青筋が張っていた。


 そのまま進む。

 オーベルとビッグバケットを手にした二人は動けない。だが残りの二人はキユナへと近づいていく。心配しているように見えなくはないが、明らかに俺に近づくのが嫌だったのだろう。

 オーベルが前に出ている。ビッグバケットは後ろだ。

 俺が近づくたびにオーベルの顔色が変わる。オーベルは邪魔だ。俺はキユナと同じように手で払う。逆に俺の手を掴みかかろうとしたのでその脇下に縦拳を叩き込んだ。死角から飛ばした拳は綺麗にオーベルへ直撃し、キユナと同じように吹っ飛んだ。優しく浮き上がり、優しく落ちた。だがオーベルは起き上がれない。キユナとの違いはそれだけだ。


 歩みは止めない。ビッグバケットを持った親衛隊に近づく。同じように手で払う。飛んでいく前にビッグバケットを回収する。先の二人と同じように吹き飛び、こちらはしっかりと着地した。


 生意気にも鍵が掛かっていたので無理やり潰して毟り取ると、地面に置いてからビッグバケットを開けた。

 エカリテがいた。後ろ手と足を縛られ口にはテープを貼られていたが意識はある。ぶつけたのか殴られたのか、肌に赤い痣がたくさんあった。服装は下着の上下。四角いパンツのおかげか部屋着の印象を受けた。


 エカリテはその大きく開いた目で俺の姿を確認すると泣きそうな顔でまともに動く頭を俺へと伸ばす。


「触るなッ! 売女ッッ!!」


 キユナの怒声が飛ぶ。感情といっしょに発露した風の魔法が辺りを強く打った。生み出された風がインバネスの裾をばたつかせる。

 エカリテが目を見開いて恐怖した。


「貴様、誰の許可を得てコートに触ろうとしている!」


「いつからエカリテが俺に触れるのに、お前の許可が必要になったよ」


 エカリテの口に貼られているグリーンの軍用ダックテープを剥がした。強力な粘着性でエカリテの口の周りが赤い。手足を縛っているダックテープも切り込みを入れて剥す。終わってから回復魔法を使う。普段まったく使わない回復魔法をここ二日で連続している異常事態に少し笑いがこみ上げてくる


「他に痛いところはあるか?」


 エカリテが首を横に振る。俯いて俺と視線を合わせない。先ほどまですがろうとしたにも関わらず、今では少しも動こうとしない。


「帰るぞ」


 エカリテの手を取ろうと、右手を伸ばす。


「触るなって言っているだろうッ!!」


 キユナが俺へと跳躍してきた。

 襲う、としか表現できない速度と右手右脇の締まりをわき目で確認した。エカリテといっしょでは衝撃を回避できないと判断すると、俺はキユナへと向き直って臨戦態勢に入る。


 衝撃、コンパクトに放たれたキユナの右の拳が俺の伸ばした腕を圧し折ろうと向かってくるのをしっかりと防御する。腕を畳んで肩側の筋肉の厚みと前腕の筋肉を使って受け止める。


 ぱん、と筋肉の中で何かが破裂した音がした。

 何かじゃない。これは確かに衝撃が殺せずに筋肉が断裂したのだ。俺は認める。この攻撃を受け止められなかった現実を。

 半分死んだ腕をかばうように右半身を前にスイッチしながらキユナをショートジャブで牽制する。本気で当てるつもりで放ったがキユナはこの速度を見切ったのか二発の攻撃を回避し、三発目を防御した。そのまま防御腕で弾き上げてキユナはまた俺に右のブローを見舞ってくる。


 不利だ。


 俺は何度目になるかわからない俺とキユナの埋められない身体能力を実感する。

 理由は不明であるが俺よりもキユナの膂力のほうが大きい。ルオールアースのルールを適用するのであれば俺のほうが強いべきであるが、なぜかキユナのほうがその肉体性能がただひたすらに強い。


 俺は焦らずに左腕を盾に攻撃と牽制を繰り返す。キユナが俺の左半身を狙い、俺はキユナの顔を狙った。キユナはどうしても顔を殴られるのを嫌がったのか反撃の機会を棒に振ってまで回避と防御を繰り返す。

 俺が多少防御を捨ててまで顔を狙うのを嫌ったのだろう。数十の応酬であっさりと退いて距離を取った。


 それを見抜いて俺は詰められない距離を保ったまま回復魔法を自分にかける。他人にかける速度と段違いであるが、それでも殴り合いの最中に掛けられるほど早くはない。そして今のキユナの動きがフェイントでありそのまま押し込まれたら回復どころか防御や迎撃すら難しいだろう。


 何がそんなに気に入らない。

 一番に訊きたいのはそれだったが、俺は別の質問を行なった。


「俺の部屋で伍長を殺したのはお前だよな、キユナ」


 俺が強く視線を送ってキユナを制する。完璧じゃないがキユナも返答の意思を見せた。


「その女は、お前がいない間に男を連れ込んでいたんだぞ!」


 搾り出すように叫ぶキユナに多少の不快感を抱く。

 俺の雰囲気を少しは察したのかほんのわずかだが表情が怒りだけではなくなった。

 息を散らすように呼吸していたキユナが息を止めて冷静さを取り戻すように瞬きをする。熱い空気を肺から吐き出すとエカリテを見ないように俺と視線を合わせてきた。


「質問に答えろ。殺したのか、どうなのか。お前が犯罪を犯すことはどうでもいい。俺の質問に答えろ。わからないことが多くて不快なんだよ」


「わからないのか。そいつはお前がいない隙に男を連れ込んでいたんだぞ、浮気だ」


「お前は男か。くだらん。どうしたらエカリテが男を連れ込んでいるという発想になる。テザーからセイル基地まで連れてこられて、右も左もわからないところで男を連れ込めるものか。そこまで凄まじい女だったらそもそも俺と出会うことなくすれ違っただろうよ」


 本音だ。

 それだけ手の早い女であるならあんな場所でひとりで喉を渇かせてはいなかっただろう。

 頭悪そうで思慮の浅そうな軍人といっしょに二人で木箱の上で遊んでいたはずだ。


「伍長を殺したのか」


「しかも、ココアを飲んでいた!」


「……もともと俺とエカリテが飲んでいたものだ。粉ミルクも残量ゼロだから新しいものはつくれない。さすがにココアをお湯で溶いてはいなかっただろう」


 こぼれていたココアは多少のホワイトが混ぜられた厚みある色だった。お湯で溶いたようには見えなかった。そんなこともわからないのかと、俺はキユナに少し失望した。


「コート、じゃあなんでそいつはお前の部屋でお前以外の男といっしょにいたんだ!」


「落ち着いて考えろよ。俺が留守を任せたんだ。帰還が遅くなる可能性があったからな」


「嘘だ!


「そもそもじゃあなんで俺の部屋にきた。お前の発言から考えると俺がいない瞬間を狙ってエカリテに会いにきたように聞こえるぞ」


 そう考えざるを得ない。

 出撃命令が出ていたので俺が出撃するのは確定だったはずだ。しかも前に同じようなことがあって出撃命令を無視したら怒鳴り散らしていたからだ。もちろん気分で怒鳴っている可能性もある。


 俺の質問に答え続けていたキユナが突然黙った。

 俺の質問は聞こえているようだが、奥歯を噛んで悔しさを見せている。


「わかった質問を変えよう」


 俺は諦める。

 男らしく、弱いところから攻めることにした。


「キユナは伍長を殺したのか、エカリテ」


 いまだ座り込んでいるエカリテに言葉の刃を向ける。

 おそらくこの質問はエカリテにも突き刺さるのだろう。時々怯えるのは知られたくない何かを隠しているからだと思う。

 わざわざそれを訊くのかと問われれば俺は自信を持って答えるだろう。「訊かない」と。

 だが今は状況が違う。

 俺に不快感が降り注ぐほどこの二人の間には何かを隠している。

 わざわざ人をひとり殺したことに何の痛痒も感じていないやつがここで詰まるのだ。いい加減にして欲しい。しかも二人の間だけならまだしも、キユナの馬鹿は俺にまでちょっかいをかけてくる。

 ふざけるな、と言いたい。


「エカリテ、キユナは――」


 エカリテがガタガタと震えている。俺を見ていない。

 ただ、記憶の奥底にある何かを見るように虚空を見つめながら両手で自分をかばっている。


 まったく、どいつもこいつも。


「キユナ、俺の質問に答える気がないなら、俺が出撃してから今にいたるまでのお前の行動を教えてくれないか。いい加減イライラしてるんだ」


 かたくなに自分から「殺した」と言わないが、伍長はキユナが殺したと見て間違いないだろう。

 流れとしては、なんらかの理由でキユナが俺の部屋に来た。そこでエカリテと伍長を見てカッとなって伍長を殺した。この流れだとエカリテも死んでいるのが普通だと思うが、なぜか生かしている。そしてここまで連れてきた。

 大筋の流れは間違いないだろう。


「あのさあ、俺は脳みそまで筋肉でできている側の人間でな。発想力や閃きとは無縁なんだ。お前が言わないならそれでいいさ。ただそれではエカリテを害する理由はないし、俺がエカリテを囲わない理由にもならない。お前が何も俺達の罪状を述べない限り、お前が一方的に悪なんだよ。それでもいいなら、引き続き俺を殴ればいい。俺はそれに対して応戦しよう。ただし、全力でな」


 俺は、俺とキユナの間に一線を引く。

 ここが譲れない部分だ。

 一方的に「触るな」とか意味がわからない。


「コート、なんでわかってくれない……」


 キユナが溢れる涙を隠すように目を閉じて顔を逸らす。

 あまりの身勝手さに心の内から殺意が噴出しそうになるが寸でのところで押さえ込む。そういうのはもっと前もって行なって欲しい。拳が熱くなる。


「わかるわけないだろう。仮に俺がお前の心を読むことができたら、確実にお前は俺のことを気味悪がるぞ。そんな当たり前のこともわからないのか」


 舐めた発言をしているキユナに優しく言葉をかける。

 本当ならば「お前は俺に理解して欲しいのではなく、自分を無条件にすべてを受け入れて欲しいのだろう。自分が間違っていても自分の味方になり、時には社会や世界の理に反することですら敵に回してまで自分を受け入れて欲しい。そんな全肯定を求めているのだろうカスめ。恥を知れよ。そんな思い考えていても絶対に口にしないことを相手に求めるほどお前は強力な地位を力を手に入れたのかよ。もしもお前如き力でそんなことを考えているのであればそれは間違いなく傲慢すぎる。俺にボコボコにされるまえにさっさと自分の部屋に帰って適当なザラ紙の裏に妄想日記を書いて心の慰めとするべきだな。変態め」これくらいは言っておきたい。


 もっと言ってもいいのであれば「仮にキユナがこの世の――


 そこまでさらりと考えているとキユナの表情に変化があった。

 羞恥で顔を真っ赤にしているのか、それとも怒りなのか、油の切れた機械のようにゆっくりと顔を向けてくる。

 逆に俺はそんな動きをするキユナが恥ずかしかったので視線を逸らした。


「とにかく、なんで俺とお前がわかりあえると思っているのかそこがまず理解できない。俺とお前が仲が良い瞬間なんてあったかよ。地球にいた頃なんて一日に一回もすれ違えば多いくらいだった」


 確かに俺とキユナは同じ場所で働いていたがその勤務時間も職種も違うものだった。俺はただのアカスリ小僧であり、キユナは……まあ、どうでもいい。とにかく違う。


 手加減しながら会話を行なう。

 さすがに本気で罵倒したらキレるだろう。

 今でもかなりキレかけているようであるが、それでもまだ耐えている。十分だ。


 だが耐えるのが難しくなったのか、俺と強く視線を合わせた。キユナがメデューサであるなら俺はすでに石化していると思えるほど怒りをあらわにしている。


「コート、そいつは、お前に抱いてもらって憐憫を抱かせようとしている。そんなあざとい女だ。売女だ。ただの商売女だ!」


「そりゃお前もだろう。元高級ソープ嬢。他人様にガタガタ言ってられるほどじゃないだろう」


 言葉の殴打を軽くいなして、殴り返す。できるだけ同じ威力で。


「コート、貴様……ッ」


 顔を真っ赤にしたキユナがさらに表情に変化を見せた。下唇を噛んで泣きそうに頬を目に寄せる。奥歯も閉じているのか、口の端から一筋の鮮血が流れた。だが、心は折れていないようだ。


「他人を売女呼ばわりするんだ。自分も覚悟はしていただろう。特に俺の性格は少なからず把握しているはずだ。言われるのは織り込み済みじゃなかったのか」


「なぜ、わからない……ッ」


 一度、キユナが地団駄を踏む。二百メートルのロボットの重量を支えるデッキがわずかにへこみを見せた。


「そいつは、お前の、心を……心を読んでいるんだぞ!!」


「へえ」


 怒りで我を失ったようだ。

 前々からキユナは相手を陥れるには妙な手段を使うやつだと思っていたが、さすがにここまでとは思わなかった。大丈夫か、こいつ。

 と、思ったところでふと疑問に思う。

 なんでこいつはこんなことがわかるのだ?


 ……もしかして、キユナも心が読めるのか?


 俺はぎょろりとキユナを覗き込んだ。

 キユナが、目に見えて怯む。ただし、怒りはなくしていない。


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