自宅警備社員
最近、あだ名がつきました。
……。
……。
……「王子」だってさ。
リザードマンを侍らすOLというのは珍しくない、は言いすぎだが、時たまいる。
しかし、OLを侍らすリザードマンというのはいない。
エリートリザードマンでもいない。
それが珍しかったのだろう。
地下鉄に出社する度に、移動中に、営業中に、ヒソヒソクスクスされる事が増えた。
先日は、どこぞのOLパーティーがそんな感じでヒソヒソクスクスしていたかと思えば中からひとりにOLさん(当然のごとくガチムチだ)が俺に近づいてきて、
「あ、あの良かったら私をパーティーに入れてください!」
とか、抜かした後、ぶほっ!と盛大に噴き出し、パーティーの連中も大爆笑して「やだーもー、こんなのやらせないでよー」みたいな感じで立ち去っていった。
……俺を罰ゲームに使うな。
いや、罰ゲームならばまだ良いのかもしれない。
この間は「言っちゃいなよ」「ぇー、恥ずかしいよぉ」みたいなやりとりを散々した後で来たOLさん(当然のごとくガチムチだ)もいた。
知りたくなかった事実だが、リザードマンの中にOLフェチがいるように、OLの中にもリザードマンフェチというのがいるらしい。
今までは秘めていたのだが、最近、隠さず堂々とつるんでいるリザードマンがいて、それならもうゴールして良いよね!みたいな連中が出てきたらしい。
ゴールするのは別に構わない。
だが、よそでやりなさい。よそで。
頼むから俺を巻き込まないで頂きやがれ。
この際だから、俺は声を大にして言いたいものだ。
俺はソロだ。
ひとりで営業し、ひとりで営業ポイントを稼ぐ。
「はぁ、なんでこうなったんだか」
「どうした?従者よ」
「従者違う。アンタ、まだそんなこと思ってたのか」
「元気ないですね?セイル様?もしかしてボーナスの査定が良くなかったんですか?」
この間、久しぶりに本社に呼び出された。内容は支給される残虐行為手当の査定結果の説明だ。
さすがにOLなんぞと組んで営業していれば、ソロでやってるよりも営業ポイントは稼げる。
正直、前の査定よりも大分上向きの結果だった。
まだ支給はされていないが、もう間もなく貰える。
最近本社では新素材による新装備の開発も盛んだ。
地下鉄での拾得物も多く、それがようやく実戦にまで使えるレベルになってきているという。
なんでも本社の魔王室から卵を地上に落としても割れないという脅威の衝撃吸収材とやらが発見されて、これに防刃加工を施したラバーアーマーなるものが出るらしい。
大方の予想価格では、恐ろしい値段になるのではないかという話なのだが、もしかしたら今回の残虐行為手当で買えるかもしれない。大抵、新素材をテスト的に使った完全新規商品というのは、開発費込みでむちゃくちゃ高い。
しかし、軽くて効果ばっちしな鎧ならば欲しいに決まっている。
まだまだ刺突への対策が難しいとされているのだが、それにしたって今、着ているクロスアーマーとは雲泥の差に決まっている。
最近は出社する車内ではずっと雑誌片手に恋する乙女よろしく、どうしようかなぁ、でもでも、やっぱり、ぇーどうしよう、とかうんうん唸っているのだ。
つまり、俺に金銭面での悩みはない。
っつか、お前らだっつーの。
「いや、残虐行為手当は結構貰える。……お陰様でね」
「そうか。私も無事に予約できたぞ。益荒王我」
「わぁ!本当ですかぁ!私も飲みたいですぅ!」
ああ、そんな名前だったっけね。
なんか伝説の武器みたいな名前だな、改めて。
昔、どっかの子会社にいたというテングが修行するのに使ったとかいう魔王杉の丸太とかがそんな名前で良いと思う。
こう、そそり立つ!みたいなイメージで。
「そういやさぁ、聞いたか?」
「……どれのことだ?」
俺の質問に、シアは考えあぐねるように答える。
ベンケイも同様で、唇に人差し指を当てて考えている。
……仕草はカワイイのだが、しかしベンケイはOLだ。そんな妖精族みたいな仕草をOLさんがするのはなんか違う。
「まあ、色々あったからなぁ」
久しぶりの本社では査定の他に、説明会もあった。
この地下鉄なる場所の、改めての情報共有と理解の徹底、そしてこれからの営業計画だ。
地下鉄には多くの種類の現地人が出現する。
サラリーマン、ガクセイ、それに鉄道職員というのが一番多いだろうか。
レアなところではギョーカイジン、末法なるものもいるだろう。
しかし、よくよく観察してみると、どうにもそれっぽいものの違うのでは?という種類の現地人がいるのも確かなのだ。
例えば新宿では、ドレスのような格好の、OLのように屈強な身体を持ちながらも、髭を生やした性別不詳の存在、ヒゲレディが出る。
ヒゲレディにはヒゲのないヒゲレディもいるらしく、それが調査部の見解を一層困難にさせていた。ヒゲのないヒゲレディはなんなのだ?と。
他にも銃器を所持していながらも、末法のように武術に精通していない、短刀と拳で語るタトゥーマンあたりも有名どころだろうか。
銃器を所持している以上、末法との何らかの関連性があるのだろうが、調査部の報告では末法とタトゥーマンとの仲間割れも度々観察されている。
同じ現地人同士で争うとは訳が分からない。痴情のもつれでもあったのであろうか?
そして、一番良く分からないのはガクセイの亜種だろう。格好でガクセイだと判別しても、剣術に精通している者もいれば、投げや打撃に精通した近接戦闘の達人もいる。かと思えば、何の心得も持たないような稚児のような腕しか持たない者もいる。
一応、調査部ではそれらを体系化するべく、いくつかの種類の現地人を特定した。
それがこの間戦った、乗ることも出来るボードを操るチーマーだ。しかし、このチーマーにしても、ボードを持たないチーマーや、モーニングスターに代表されるチェイン&フレイルの簡易版みたいな小型の携帯武器を持つチーマーなど、チーマーの細分化もできそうで、やはり良く分からない。
まあ、なんにせよ戦って慣れるしかないということだ。
問題は、説明会の最後に語られた今後の営業計画にある。
これは参加した全社員の顔色を曇らせた。
曰く、新入社員の試用期間を開始すると。
そう、ついに奴らが実戦投入されるのだ。
戦わない肉と揶揄されたオークたちの、おそるべきニュージェネレーション。
ミート。
奴らがついに戦場に現れる。
この日、俺とシアとベンケイは何事もなく営業を終え、帰路についた。
しかし、何事もない営業はこの日が最後であった。
「なんだ?このガチガチの馬鹿どもは?」
突然、その日から地下鉄に向かう列車の様相が一変した。
全身を黒一色のフルプレートアーマーで包み、肌の一切は見えず、外からは僅かに目のみが見える。
手にしている武器まで誂えたように同じショートソード。
盾は生意気にも下半身も守れるカイトシールドを持っていた。
思わず呟いてしまっていたのだが、それが聞こえたのか、黒い群れが俺のことをいっせいに睨んだ。
睨まれたので反射的に、
「あ゛?」
と、濁点付きで睨み返すと、全員が一瞬で目を伏せた。
なんだってんだ?いったい?
すると隣りにいた気の良さそうな中年リザードマンが教えてくれた。
「ほら、例の」
「ああ、なるほど。ありがとうございます」
つまり、これがミート(戦わない肉)なのだろう。
そう言われて見れば、横幅のある体格は確かにオークのそれだ。
そうかぁ、ついに来ちゃったのかぁ。
しかし、どうしてか、こうして見ればそれなりに使えそうなんじゃないのか?なんて思ってしまった。
何しろ装備だけ見たら立派なものだ。
俺の装備と比べても、ノイエ真改以外は別として、よっぽど良い物使ってるんじゃないだろうか。
あの装備ならサラリーマンが相手でも、そうそう容易にはやられないだろう。
数でまとまっているのも悪く無い。
群れというのは脅威になる。
自然界を見ても、群れた草食動物というのは肉食動物にとって御馳走が並んでいるようで、なかなかに襲いにくく、成果を上げ辛かったりする。
あれが並んでいるだけでも脅威を覚えるサラリーマンは少なくないはずだ。
少しずつでも営業成果を上げて、ゆっくりとポイントを上げてくれれば、そんなことを考えていたこの時の俺は、甘かったと言わざるを得なかった。
所詮、ミートはミート。
肉は肉。
これは当然の帰結なのだった。
ミートが営業エリアへと辿り着き、最初にしたことはバリケードの構築だった。
「おい」
思わずツッコミを入れずにはいられず、何やら偉ぶって指示を出しているオークに声を掛ける。
「な、なんだ……ぉ、お前は!」
あ、なんかこの感じ、懐かしいな。
声の張り方にこう変な強弱がある感じ。
「俺は通りすがりのリザードマンだ。見りゃ分かんだろ。んで、おたくらはいったい何している訳?」
「それは勿論、防御陣地を構築中だ。邪魔をしないでもらいたい!」
「馬鹿か、アンタらは」
防御陣地。確かに多数に攻められるような状況なら、それは有効だろう。
しかし、ここの現地人にそんなことをしても意味が無い。
何しろここのサラリーマン共ときたら、行く手を遮ると狂気的なまでに襲い掛かってくるのだが、壁際で「ぼく、わるいやつじゃないよう」なんてやってたら、ビックリするくらいに素通りしていくことが多い。
なんというか両極端なのだ。
こちらは営業ポイントを稼がなくてはならないので、果敢にも行く手を遮り、邪魔をしなくてはならない。
ひとりでも多くのサラリーマンをリタイアさせ、この地を制圧し、完全子会社化しなくてはならないのだから。
この地に来るための列車にしても、四六時中走っている訳じゃない。
召喚魔法、転移魔法、時空魔法の複合、それは常にこの地に繋がってはいない。有限の本社の魔力は新規事業として承認を得ている分だけ割当てられている。それによってこの地に来ることができるのは1日のうちに12の刻限の間と僅か。他の子会社だってあるのだから、ここにだけ本社の魔力を当て込むわけにはいかないのだ。
その間に営業を行い、この地に取り残されないように速やかに退却しなくてはならないのだから。
今、ミートの連中が陣地を築いているのは悪いことに、そのサラリーマンの動線の只中だ。
今はたまたまOLさんのパーティーが立ちふさがってるから、そんなことをしている余裕があるが、あのパーティーがずっとそこにいるとは限らない。
なんて考えている内にも、上の階層目指して動いていってしまった。
あちらさんの列車が到着したのか、そこにちょうどよくサラリーマンの群れが押し寄せてくる。
「じゃ、そういうことで。頑張って」
「え?ちょ!?ちょっと!?」
このラッシュアワーに盾役を並べもせずに悠長にそんなバカな真似を俺はする気がないので、サラリーマンに道をあける。
押し寄せるサラリーマン。
なぎ倒されるミート。
「ぷぎー!?」
こうして構築中だったバリケードはあっという間に崩壊した。
なむなむ。