契約は順守するもの、約束は守るもの
「ちっ、馬鹿が」
仕方なしに俺も後に続く。
その場に残ってひとりでぼんやり立っている方が余程危ない。
「ベンケイー!」
え、なに?
今、ベンケイって叫んだの?
ついに自分の正しい姿に気がついた?
それとも戦う時の掛け声?
そう思って、見ればシアが丸太を振りかぶって、ひとりのガクセイ風の現地人に丸太を振り下ろす。
勘が良いのかガクセイは躱した。
「ひょー」とか何とか、喜んでるような声を上げて。
あ。気づいちゃったよ。
あれ、ネームドじゃないだろうが、ヤバメだな。
余裕があるヤツってのは嫌な相手だ。
そして、嫌なことにそんな嫌な奴が4人パーティーを組んでいる。
そのパーティーに襲われていたのは珍妙なパーティーだった。
平リザードマンが5人。既にふたりが負傷していて、満足に戦えていない。
そしてOLがひとり。
なのだが、そのOLが最も珍妙だ。
背がOLにしては低い。
とはいえ、周りの平リザードマンよりは高いのだが、シアよりも大分線が細い。
素肌にチェインメイルというOLさんに多い格好なのだが、腕にしろ脚にしろ、爆発!って感じの太さはない。
しかしながら、OLらしい逞しさは備えていて、それが良く出来た美術彫刻じみた輝きを放っている。
眩しい。
これならば俺でもマッスルにハッスルするかもしれない。
むしろマスハスだよ。
マスハスするよ。
これが果たして本当にOLなのか?
額に見える角は控えめ。
何よりもその顔が驚きだ。
ゴツくない。
OL特有のゴツさがなく、それこそ妖精族のよう。
可憐だ。
なるほど。これが噂の姫パーティーか。
「無事だったか!ベンケイ!!」
「シア様!」
え、なに、ベンケイってあの娘なの?
あのナリでベンケイなの?
オーガって馬鹿なの?
あっちがレティシアで、こっちがベンケイだろ、むしろ。
暢気に見ている訳にもいかないので、俺もノイエ真改を構えてひとりに斬りかかる。
しかし、それも軽く躱された。
手にしていた鉄製のボード、なぜかローラーがついているそれでもって叩きつけてくる。
「ちっ」
盾のガードは間に合わないので、ステップひとつでギリギリ躱す。
あぶねえ。
やっぱり甘くない相手だ。
現地人パーティー4人に目を配りながらも、さらにその周囲も見る。
今のところはこちらに斬り込んでくる現地人はいなさそうだ。
しかし、1本列車が来れば、それもどうだか分からない。
こちらの負傷者は2名。
俺とシアが参加したからマイナスはなし、なんて話じゃない。
負傷者とベンケイを囲んで防御陣形を取っているのだが、これだと自由に動けない。躱せない。
現地人パーティーは先程の攻撃してきたボードに乗って、俺らの周りをぐるぐる回っている。
逃がす気はないようだ。
しきりに現地語で何事かを言い合っているのだが、どうにもからかっているような調子なのが気に障る。
こういうのは言葉じゃない。
雰囲気ですぐに解る。
列車の間隔というのはそれほど長くないものだ。
増援が来る前に一度撤退した方が良いに決まっている。
救援を頼もうにも、そんな余裕がありそうな社員は見当たらないのだから。
「お前ら」
俺は叫んだりせず、努めて普通の調子で囲まれていたパーティーのメンツに呼びかける。
雰囲気で解るのは相手も同じ。
だから怒鳴ったりもしないし、こそこそもしない。
むしろ笑顔で話しかける。
まあ、現地人に俺の笑顔の素敵さが解るかどうかは不明だが。
「俺とシアとで道を作るから、負傷者とそのお嬢ちゃんを抱えて走れ」
「でも!」
お嬢ちゃんと呼んだベンケイが目にやや涙を浮かべた目で俺に何かを言いかける。
「待った。時間がない。すぐに次の列車が来るぞ。そうしたら奴らは増える。ヘタしたら今以上に囲まれる。良いな。行けるな?シア?」
「ああ、大丈夫だ」
分かっているのか、いないのか。
シアまでもが笑顔で言う。
無駄に野太い笑顔だ。
しかし、この状況ではこれ以上ないほどに素敵な笑顔とも言える。
「よっし。じゃあ、合図はしない。俺とシアが動いたらお前らも動け」
話が終わった雰囲気が出れば、なにか仕掛けてくるな?と感づかれるので、そのまま俺は話し続ける。
「そういや、アンタ、もうすぐ残虐行為手当出るけど、なんか欲しいもんとかあんのか?」
「そうだな。この時期に必ず出る限定の酒があってな。それを買うくらいしか今は考えていない」
「へー、なんてヤツだ?」
「益荒王我だ」
なにその生涯に一片の悔いも残らなそうな酒は。
「じゃあ、買ったら俺にも1杯飲ませてくれ、よ」
約束というのは大事なものだ。
例え相手が誰であれ。
約束したからには、果たそうと努めなくてはならない。
自然に1歩を踏み出した。
そのまま手近な敵に斬りかかる。
シアもまるで俺が動き出すタイミングが分かっているかのように同時に動いて丸太で殴りかかっている。
そして、俺の考えていることを分かっているかのように答えた。
「勿論だ、セイル」
俺の斬撃は躱された。
だが、躱したにも関わらず、その敵はバランスを崩してこけた。
足元に1枚の盾が滑り込んでいる。
散々動きを見てきたのだ。
だからどうすれば動きを止められるかも分かっていたのだろう。
それは負傷していたリザードマンが投げた盾だった。
打ち合わせした訳じゃない。自分で考えて動いたのだ。
完全に不意打ちだったらしく、俺しか見ていなかったから対応出来なかったのだ。
やるじゃん。
声には出さずに褒め称える。
ひとりは倒れた。ひとりはシアが動きを止めている。
残ったふたりが焦ったように、乗ってるボードごと体当りしようとして俺の剣と盾に止められた。
「走れ走れ!」
俺に言われるまでもなく、姫パーティーは走りだしている。
一瞬、ベンケイが俺を見て、何か言いたげに口を開いた。
だが、俺にそれを聞いている余裕はない。
行けと言う代わりにウィンクのひとつをバシッと送ってやって、視線を切った。
「ガァッ!」
喉の奥から獣じみた吠え声を上げる。
この世界の現地人では決して出せない、他者を威圧する声だ。
初めて聞いたのか、効果は予想外に大きくふたりの目に僅かな怯え。
俺はそれを逃さずに刀と盾に力を込めて振り払う。
吠え声が効いたのか、予想外に簡単に倒せた。
膂力でもって無理矢理にシアがひとりを丸太で打ち払い、俺をフォローするように倒れて起き上がろうとしていたひとりに丸太を差し出す。
「行くぞ!シア!長居は無用だ!」
「応!」
倒せたからといって、打倒できるとは限らない。
こんな奇襲が効くのは最初だけ。
こいつらにしても、もう学習して次はないだろう。
出来れば負傷させてリタイアさせておきたいところだが、あいにく遠くでベルの音が聞こえた気がした。
列車が来たのかもしれない。
トドメを刺している間に囲まれては世話がない。
周囲でバトっていたいくつかの社員パーティーもこの瞬間はヤバイと分かっているようで、まるで俺たちに合わせるように銃座線を目指して走り出す。
儲けた。
これなら逃げられる。
そう思ってシアを見れば、シアが丸太を持っていない方の片手を差し出してきた。
楽しそうに笑っているので、俺も笑う。
そうして手を差し出し、打ち合わせた。
無事に銃座線へと駆けこむと、そこで姫パーティーが俺らのことを待っていた。
「シア様!」
ベンケイが感激したようにシアに抱きつく。
シアは無言でその頭に手を置いて、優しく撫でる。
俺も、姫パーティーの連中をそれを笑って眺めた。
良い光景だなー……って、待て。
「なんでお前らは銀座線なんかに行ったんだ?明らかに実力足りてないだろ」
「そ、その、す、すみません……この間、列車の中でOLのパーティーに馬鹿にされて、それで……それで!!僕達が!悪いんです!」
ああ、もう、声のトーンの張り方の変な奴だな。
いきなり大きな声を出すな。
話を聞くと、どうやらガチムチOLパーティーに馬鹿にされて、それなら銀座線に行ってやる!っていきがった結果があの始末であると。
4人でイケる!とか突っかかったら、強くてびっくりってか?
アホか。
「まあ、これに懲りたらもっと下で営業するか、それかもっと強くなるんだな」
「はい……」
守ってやりたいんだろ?とか、ついおっさん的発言をしたら、リザードマンたちは何故か泣き出してるし。
「あ、あの」
話が終わるのを待っていたのか、いつの間にかベンケイが両手を胸の前でもじもじしながら近づいてきた。
「ああ、アンタも無事で良かったな。シアが突然銀座線行きたいとか言い出すから、何かと思えばアンタを助けに行ったんだな」
どうやらシアは、列車の中でそのやりとりを聞いていたようだ。
それで何かあったら事だと思って俺を誘って銀座線に向かったわけだ。
「ありがとうございました!あの、お、お名前は!?」
このお嬢ちゃんも変な声の張り方するなや。
普通に言って聞こえる距離ですよ?
「サラマンダイン・ロックモニターだ。まあ、ありふりれた名前だな」
我ながら思う。そこらにもおんなじような名前の奴がいるに違いない。
「サラマンダイン様……」
「いや、様とかいらないし。それにまあセイルで良いぞ」
ベンケイならね。ガチガチしてないし。
可憐だし。
「では、セイル様!本当にありがとうございました!ぁ、あの!私!本当に感激しました!……それに、カッコ良かったです!シア様が強いのは知っていましたけど、あんなにも自然に連携が出来てて……私も、もっと強くなります!おふたりみたいに!!」
「まあ、あれは出来過ぎだったな」
今までろくに他人とパーティーなんて組んできて無さそうなシアがあんなにも普通に他人と呼吸を合わせられるとは、意外の極みだ。
そう思って見れば、親指立ててるし。
おっさんか。
いや、おっさんは俺か。
「あの……私ももっと強くなったらセイル様のパーティーに入れて頂けますか!?」
俺はベンケイの頭に手を乗せ、優しく撫でてから言う。
おお、サラサラしてやがる。
若干、近くの姫パーの連中の目が気になるが、まあひよっこ共の視線に脅威を感じるような俺じゃない。
「そうか。じゃあもっと強くならないとな」
「はい!!」
こうしてベンケイとそのパーティーはしきりに頭を下げながら、下に向かって消えていった。
一応、その日はせっかく来たのだからと営業ポイントを稼ぎ、いつもよりは良い成績を残せた。
主に救援をメインに動いていたので、危なげなくやれたが酷く疲れたのでしばらくは上に上がりたいとは思えない。
最後にシアと酒場で飲み、さすがにコイツを相手に潰れると何されるか分からないので、そこそこのところで切り上げて家路に付いた。
その後、少し気にして見るようにはしていたのだが、ベンケイの姿は見かけなかった。
危ない目にあったので、もしかしたら異動願でも出したのかもしれない。
そうしている内に、やがてベンケイのことはすっかり忘れていた。
「そういや、そろそろ残虐行為手当か」
「そうだな」
いや、だから何でアンタはいつも唐突に隣にいる?
列車から降りると、そこには何食わぬ顔でシアがいる。
なんだかんだで週に何度かコンビを組むようにはなったのだが、しかし俺はソロだ。ソロが好きなのだ。
コイツにもそれはハッキリと伝えているので、多少は分かっているのかこうして隣に突如として現れないこともあるのだが、今日は違ったようだ。
それに、他にも違うことがある。
シアの隣に見知らぬOLさんがいる。
シアほどではないが、結構ガチムチだ。
そのガチムチOLさんが、手を揃えて、妙にもじもじとして俺を見ていた。
「えぇっと、こちらは?」
シアに聞くと、ガチムチOLさんはショックな顔をした。
まるでコノヨノオワリ的な。
そんなバンドいたっけな。いや、こんな名前じゃなかったか。
「そんな……」
体格に似合わない妙に可憐な声だ。
仕草も可愛らしいといえば可愛らしい。
しかし、OLはOLだ。
例えば、あのベンケイとは違う。
ん?
ベンケイの名前を思い出した時、妙に引っかかるものがあった。
そういえば、この声、聞いたことないか?
どこで?
どこだ?
そういえば、こんな仕草も見たことある気がする。
……え?
どゆこと?
俺の頭の中にぴかーんと光るものがあったが、光が強すぎたのか、頭がくらくらしてきた。
なるほど。
その直感は確かに類似性を示している。
だが、しかし、違うだろう。
ベンケイってのは、もっとこう、甘い香りのする花のような。
こんな鉄の筋肉が爆発!みたいな感じじゃなくて。
まあ、シアよりは確かに細いが、ベンケイよりは明らかに太い。
これはいったい。
いったいなんなの?
「えぇっと、ベンケイ?」
「はい!!」
声はカワイイ。
間違いない。
そのカワイイ声は確かにベンケイだ。
返事もしたし。
でも、なに、いったいどうしたの?
どこで改造手術受けてきたの?
キーッ!とかしか言えない身体にされてきたの?
むしろ幹部クラスじゃん!正体を表したってこと?
死神教授がイビルクラーケンだったみたいな?
なに?なんなのこれー!?
「ベンケイはあれから修行をした。苦手だったレバーも克服し、野菜一辺倒の生活を見なおしたのだ。その結果、OLらしく見事に肉体が開花した!」
いや、そんな天晴!みたいに言われても、こっちにとっては開花どころか散華だよ。盛大に散ったよ!
確かによくよく見れば、ベンケイらしいそこはかとない愛らしさが表情に残ってるかもしれないけれどさあ、別人じゃん!
同一人物の肉体じゃないよ!
なおも背中に縫い目があって、そこをハサミで切れば中から元のベンケイが出てくるんじゃないかと疑いたいのだが、どうやらそれは無いらしい。
めっちゃ角も大きくなって伸びてるし。
「私、約束通り強くなりました!だから、私もおふたりのパーティーに入れてください!!」
「え、ええーっと、あのパーティーはどうしたの?」
「はい!私が強くなったら、足手まといになるからと言って、本社に異動願を出されました!」
あ、逃げたな。
別人になっちゃったもんだから、夢破れたな。
確かに俺、言っちゃったよ。強くなったらって。
でも、強くなったらってそうじゃないでしょうが。
いや、強くなるって確かにそういうことだけどさあ。鍛えたらそりゃ腕だって太くなるよ。脚だってパンパンになるよ。でもさぁ……。
シアが俺の肩をガッチリと掴んだ。ガッチリとした手で。
「セイル。男なら、約束は守らないとな」
「はい……」
こうして何故か、俺に仲間が増えましたとさ。
ちゃんちゃん。
現地人さんにとっては地下鉄は移動手段でしかないので、戦わずに通り過ぎる人も多いのですが、ガクセイさんの中には遊び気分で社員さんを襲うことも。シブヤこわ!?
スケートボードは攻防一体かつ、逃げる時の手段にもなるって一部の若者の間でブームが再燃中。