営業職の日常とOLさんの日常?
本社=魔界
会社=ダンジョン
社長=魔王
社員=モンスター
OL=オーガレディ
サラリーマン=リザードマン
ミート=戦わないオーク。ただの肉。
鉄道職員=鉄製職員
営業=傷害、および暴行
改札を出ると、今までの騒がしさが嘘みたいに、しんとした静けさと闇に包まれた。
当たりには動くものはない。
時折、遠く列車の走る音がかすかに聞こえた。
位置としては地下4階層にある本社直通の羅生門線渋谷駅改札だ。
羅生門と言うと、古株に羅城門などとわざわざ言い直させられたりして面倒だが、俺にとっては羅生門の方が馴染みが深い。
その羅城門という呼び方にしても、さらに昔は本社にあった正門である取り壊された羅刹門が間違って呼ばれたのが元だったとかいう話もあるので、この話題にはあまり色々な世代が混じっている場では口にしないほうが良い。
渋谷には現在、3本のラインが走っている。そのうちひとつは貨物とドラゴン専用の銃座線、もう1本は腹心線が乗り入れていた。
この辺りは完全にこちらが制圧している社員専用の駅なので、現地人の姿はない。まあ、こんな所まで攻め込まれるようになったら、さすがに魔王もこの事業は失敗だったとして、撤退することだろう。
近々、リザードマン、OL、ドラゴンだけじゃなく、ついに使いみちのないミート(戦わない肉)を強制投入してくるという噂もあるが、現場としてはそんなもん送り込まれてもかえって現場が混乱するだけだ。
上は「地下鉄」を屠殺場か何かと勘違いしているんじゃないだろうか?
まあ、確かに戦意の薄いオークが襲っても来ないでウロウロしていたら、現地人の戦意を削げるかもしれない。だが、それではこちらが目障りで仕方ないばかりだ。
何も使えるベテランリーダー、レッドキャップ先輩や炎上現場のスペシャリスト、SEを送ってくれとまでは言わない。
かつてSEが戦っているところを見たことがある。
SEは魔法の使えるスペシャルな戦闘要員だ。
かつてはソウル・イーターだのシルバー・エルフだのの略だったとかなんとか言われているが、さすがに魔法の使える奴が現場に出てくると、あっという間に片がつく。
まだそんな状況ではないので、しばらくはずっとこのままだろう。
普通に戦士やれるオークやコボルト、ゴブリンを先になんとか投入してもらいたいものだ。
などと、考え事をしている内に前線に辿り着いた。
この辺りは山盛りの罠が仕掛けられているので、考え事をしながら歩いているとうっかり踏抜きかねない。
社員が仕掛けた罠を踏んでリタイアでは退職金が出るかどうかも怪しくなる。
決められた手順で順路を歩き、巡回している鉄製職員に挨拶を交わし、先へと進む。
鉄製職員は鉄道や列車の保守、整備、点検だけでなく、現場の管理も任されているため、立場としては俺のような平リザードマンよりは上になる。
たまに本社でサービス業に従事している鉄製人形と勘違いしてクレームを平然と言ったりするリザードマンも多いのだ。
さすがにもうここに通い慣れた社員でそんな間違いをする者はいないだろうが。
最近では現地でのリクルートも盛んだと聞いている。
なんでも大昔の破壊神だとか、長年畏敬の念を集めてきた銅像だとかと交渉を重ねているらしい。
ここ渋谷にも、何やら良い猛犬像やら、口からリップルレーザー吐きそうな石像があるらしい。
あまり大物さんを中途採用で引っ張ってこられると、また昇進の芽が潰されてしまうので、生え抜きとしてはそういう他社からの引き抜きはやめてもらいたい。
危険なトラップ地帯を抜けると、鉄製職員のみならず、さすがに多くの社員の姿が見られた。まあここを抜かれたら本社に直接サラリーマンによる営業を掛けられかねない。
そんなことになったら魔王の大目玉では済まないので、平よりは多少上の者たちが交代で詰めているのだ。
いくらか見知った顔もあったので、挨拶だけはきちんと交わしていく。
「お、これから営業か?今日はなんか終末とからしくて、気合入ってる現地人が多いからな。気をつけろよ」
この「地下鉄」に出るサラリーマンとやらは、5日に一度、この終末を迎えるらしい。
きっと審判のラッパが鳴り渡り、ゲヘナの炎が地上を焼きつくすことだろう。
そうして再び灰の中から祝福されたサラリーマンが蘇り、また俺たちを襲うという訳だ。
たった2日で復活して、元気いっぱい襲いかかってくるというのだからたまらない。
この終末というのは、本社でも議論が分かれているらしい。
終末から2日を挟んで現れるサラリーマンには、負傷させた傷兵もいるのではないか?もしも祝福による再生を経ているのなら、殺してしまった方が良いのではないか?と。
現地人の戦意の低下、糧食の圧迫が機能していないのではないかと長らく疑っている現場の平リザードマンは多い。
調査部が結成され、長らくこの終末について調べられているのだが、未だに結論は出されていない。
どうにも現地人の、特にサラリーマンの個体判別が難しいということもある。
同じ肌の色、髪の色、そして背格好までほとんど同じ。
これでどうやってお互いを見分けているのか、ということからしてそもそも謎だ。
「ありがとうございます!行ってまいります!」
多少相手の方が格上とはいえ、世代としては同じ。どちらが先に生まれたか?ってくらいで実力もそう変わらないのに先輩ぶられるのもどうかと思うのだが、これを口にすれば「最近の若いのは」と更に上の世代のお偉方に苦言をていされる。
出世の道はこうしたちょっとした挨拶、気の使いようから始まるのだ。
いくら実績があっても、肩を並べて働くなら、気の良い奴、気の合うと思える奴の方が良いに決まっている。
本社の方の四天王のご機嫌がどうだとか、また煙草の値段が上がっただとか、どうでもよい話に興じる腑抜けた先輩の群れを抜け、いよいよサラリーマンが駆けまわる、地獄じみた戦場へとたどり着く。
そこは半蔵門線なるラインが走っているホームに繋がる場所で、ホームに近づけば精強な鉄道職員が待ち構えている。
さすがに鉄道職員の相手はただの平リザードマンには荷が重い。あれはパーティーで相手をしても骨が折れる。
なにしろパーティー単位でもドラゴンに立ち向かい、レイドを組めば打倒すらしてしまうというのだから恐ろしい。
ソロである俺では言うまでもない。
既にそこかしこで社員パーティーとサラリーマンのパーティーとがぶつかり合っている。
そこに乱入して営業ポイントを横取りするのはご法度だ。
さて、良い具合にメンツの減ったパーティーはないものか。
そう思って戦場を見渡せば、ひとりのOLが苦戦を強いられていた。
OLにはふたつのタイプがある。
ひとつはいつでも群れて動き、お局様やヤンキーなどのリーダーを頂点に狩りを行う女史会タイプ。このタイプは営業の時だけでなく、オフでも連絡を取り合わなくてはならないなど、制約が多いのだが、その分戦果も上げやすい。
そしてもうひとつのタイプは一匹狼タイプだ。まあ、そうは言っても単に女史会にハブられただけの者もいないのではないのだが、群れないタイプのヤンキーにも一匹狼は多い。このタイプはただのひとりで戦うだけあって戦闘力も凄まじいものがある。
まあ、厳密にはもうひとタイプあって、なぜか平リザードマンを群れで囲って姫と呼ばせるOLもいるらしいのだが、俺にはOLの美醜は分からないので、なぜそんなことをするのか分かりたくもないし、関わりたくもない。
今、がっしりとした体格のサラリーマンの5人パーティーに苦戦しているのは一匹狼タイプのようだ。
パーティーを組んでいたのなら、周囲に負傷者なり死者なりがあるはずなのだが、それがない。
ひとりのサラリーマンを負傷させるのには成功したようで、倒れているのはそれだけだった。
しかしながらOLも腕を負傷していて、片手で丸太を振り回している。
膂力は凄まじく、風を切る轟音だけで吹き飛ばされそうなのだが、片手では威力が足りないのか、ふたりがかりで盾を構えたサラリーマンに受け止められ、すぐさまアタッカーのサラリーマンに切り込まれている。
OLもしっかりとしたチェインメイルを身にまとっているので、斬撃は防げるのだが、刺突でもってじわじわと出血させられていた。
一部のリザードマンの中には、OLの素肌にチェインメイルを網タイツのようにセクシーの象徴としてありがたがる向きもあるらしいのだが、俺が感じるのは痛ましさばかりで血を流す彼女に欲情などしない。
決してしない。
救援を出せば良いものを、何を意地になっているのかガムシャラになって丸太を振り回している。
「おーい、そこのOLさんよ、救援いるなら出すぞー」
あまりサラリーマンを刺激しないように、極力穏やかな声で呼びかける。
「くっ、私はこんなことでは屈しない!」
あ、なんかどっかで聞いたことあるようなセリフだな。
なんだろう?
OLさんは酔ったかのように、顔を若干紅潮させている気もするが、気のせいだと思いたい。
「さっきからじわじわと嬲るように甚振ってばかり、さっさとトドメをさせ!」
そう言って振り回す丸太にアタッカーのサラリーマンが躱しきれずに脇腹で受けた。直前に手にしているロングソードを挟んだのは見事としか言いようが無い。
だが、全然威力を殺しきれずに吹き飛び、地面にボールみたいに弾んで跳んでいき、やがて壁にぶつかって動かなくなる。
その様子にサラリーマンの顔が青くなったのを確かに俺は見た。青い顔のままで怒鳴り合うようにして、何事かを話し合っている。
うん。なるほど。
状況が分かった気がする。
このOLさんは今戦っているパーティーに負傷させられたんじゃないのだろう。
片手に血を滴らせたOLを見つけて、ラッキーとばかりに斬りかかったら、むちゃくちゃ強くてどうすんだ!?とパーティー崩壊寸前なのだろう。
どうにかチクチク出血させてはいたものの、決定打はない。
チェインメイルの隙間に剣先をちまちま通したところで、OLという種族はそう簡単には止まらない、参らない。
「さあ!どうした!私を殺してみろ!その手にあるのはオモチャじゃあるまい!」
いや、もうサラリーマンびびっちゃってるし、腰引けちゃってるし。
なんにせよ、もう救援はいらないだろう。
俺はOLさんから目を背けるように振り返る。
「じゃあ、えっと、邪魔したな。がんばって」
「貴様!婦女子を見捨てて逃げるというのか!?」
え?そうなるの?
唖然としてもう一度振り返ると、嫌に爛々とした目が俺を見ていた。
「いや、助けなんて要らないんじゃない?」
「誇り高き騎士たる一族に生まれたOLに助けはいらん!」
「えっと……じゃあ、俺は何すれば良い訳?」
「見ていろ!そこで!!私が見事に戦い切るのを!」
うん。口元が若干ほころんでいて、見事に危ないヒトだと分かった。
触るな危険。
そう顔に書いてある。
そうやら自分がチクチクやられるのを見られたい願望もお持ちのようだ。
ドMな上に露出癖あり。
アブナイ。
ベリーベリーアブナイ。
実は、後ろでサラリーマンパーティーが敗走を始めているのが見えているのだが、それをこのOLさんに教える気にはなれなかった。
戦って負けるのは良いだろうが、変態さんのプレイに巻き込まれて負傷するのは可哀想でしかない。
俺もそんな相手を襲って営業ポイントを稼ぎたくはない。
やっとOLさんがサラリーマンパーティーを振り返った時には、もうそこには影も形も残っていなかった。
「じゃあ、そういうことで」
「貴様!!」
もう用ないよね?
そういう代わりにOLさんから目を離して、速攻ダッシュした。
しかし、平リザードマンとOLとでは体力が違う。
違いすぎる。
あっという間に俺は捕まってしまい、この日は結局大した営業ポイントは稼げなかった。
さらになぜかそのまま退社後に食事に連れ去られるはめになった。
なぜだ……解せぬ……。
SEが「これだ!」ってネタ、思いつかなかった……残念。