冬
ある年のこと。
4人の神様が相次いで死んだ。
4人目は、冬の神様だった。
「困った……。雪が降らんと野菜の保存ができん」
その日、メニィは部屋で平凡な女の子が暮らす、隣の家からもらった柿を堪能していた。
「秋は美味しいものが多くて、あたしは幸せだ」
「メニィ」
「あたしは柿を食べるので忙しい」
「あなた、太ったわよね」
「……まさか。そんな。お母さま」
「私に助けを求められても困るのだけれど、外に出ず、食べてばかりいれば自然なことじゃないかしら」
「いや、待って。動かずに、食べ続けただけで太るなんて、そんな単細胞なわけ」
メニィは恐る恐る、自分のお腹を摘まんでみると。
ある。
無駄な肉というやつが。
滅多に肉など食べれないのに、どうしてここには無駄な肉があるのか。
神とはどれだけ理不尽なことをしてくるのか。
「あたし、許せない。神様というやつが」
「あらそう。なら、ちょうどいいわ」
「なにが?」
拳を握って怒りを蓄えていたメニィの前に、握り飯が差し出される。
「いただきます」
躊躇なく、ひとつを掴んで口へと運ぶ。
「なんで、あんたが食べるのよ」
「恐るべき、食欲の秋! でも、おかげで腹の虫はおさまったかも」
指についた米粒を舐めとりながら、もう1個いけそうな気がして手を伸ばせば、手の甲が叩かれてしまう。
「山の祠まで行って冬の神様を呼んできなさい」
「なんで?」
「春の神様、夏の神様、秋の神様を呼んで来たら、次は冬でしょ」
確かに母親に言われて、例年なら勝手に時期を見て山から下りてくる神様を、メニィは3度山登りをして呼んできた。
その実績は、今でも村中で語られている。
それぐらい新米の神様は、一癖も二癖もあった。
「次ぐらいは、他の人が行けばいいじゃない」
「家事を手伝わせれば家を火事にしようとする、薪を採りに行かせれば小枝一本しか持ち帰らない、魚を採ってくるように頼めば川に落ちる」
この秋に起こった出来事の数々だが、それはほんの一部に過ぎない。
「運動しないともっと大変なことになるわよ?」
「それは卑怯だ……」
だが、3度の実績と経験はメニィの自信となっている。
これならば失敗しない。
「冬が来て、大雪になるのも困るけど、冬が来ないと越冬するために備蓄する予定の野菜が腐っちゃうのよ。ほら、毎年、土の下に埋めて保存してるでしょ?」
「あれ、美味しいんだよね。甘くなって」
「それが食べられないだけでなく、このまま野菜を畑に置いておいたら腐るのよ。そしたら春まで食事抜き」
「よし、今すぐ行こう」
普段は家の中ですら動くことを嫌がるのに、そういう時だけは動きが素早い。
「この子は本能でしか生きてないのね……」
「落ち葉だらけで山は滑るなぁ」
もうそろそろ木についた葉もすべてが散ろうとしている。
それなのに冬が来なければ、冬眠をするはずの動物たちも、木の実などを食べ尽くして人里に下りてくるかもしれない。
そうなったら、
「あたしが食料を守らなければ」
食べることと寝ることが約束された、ひきこもり生活。
それを奪われるとなれば、メニィの動きは早い。
「おお、なんか綺麗」
石の祠がある場所は、元々日差しが差し込むように木の枝が退けられていたが、葉が散った後は、木の枝が幾重にも重なっていた。
白い雲が浮かぶ空が、枝の向こうに見える。
「冬の神様、いるー? 早く村まで下りて冬にしてくんない?」
いつもなら声をかければ出てくるのに、反応がない。
不思議に思い、祠の裏を覗けば、そこには女の子がいた。
「隣の家の平凡な女の子」
記憶を辿れば、その子とそっくりであるが、なんでその子がこんなところで寝ているのか。
それも真っ赤な顔で、息を苦しそうにして。
「もしかして、あんた熱でもあるの?」
そっと寄り添って額に手を当てて、自分のと比べると確かに熱い。
「麓まで下りる?」
倒れたまま首を横に振る女の子を見て、メニィは手に持っているものを思い出す。
隣の家からもらったお礼に、と言っていた林檎だ。
握り飯を1つ食べてしまったので、その代わりに林檎を1つ持たされた。
「水が欲しい」
「確かあっちに湧き水あったから、見てくるよ。これ置いておくね」
倒れた女の子の横に握り飯と林檎を置いて、山の奥へと入っていく。
麓まで流れる湧き水の源水があるのは村でも有名だが、最近はそれが減っている。
冬の雪解け水が流れてくるのだから、冬が遅れ、夏が長ければ当然だ。
「でも、コップもなにもないから」
湧き水に手を伸ばし、両手の中に溜める。
必死に手をくっつけても、自然と水が零れてしまう。
それでもメニィは数滴分にしかならない水を持って、女の子の口の中に流す。
すると、少しだけだが呼吸が整ってきた。
メニィはそれを見て、湧き水のある場所まで何往復もした。
何度か転んで、山を転げ落ちそうになった。
それでも文句を言わず、何度も往復をした。
日が暮れるまで続けて、ようやく女の子の呼吸が落ち着く。
「なんで、こんなところで寝てるんだか」
泥だらけになったメニィは、あちらこちらに擦り傷を作っていた。
動き過ぎてお腹も空いた。
お供え物用の握り飯を食べてしまおうかと、伸ばした手を引っ込める。
「病人から奪うもんじゃないよね」
3人の神様を麓まで連れて行くことはできても、病人を担いで行けるほどの体力も腕力もないため、女の子が目覚めるまでひたすら待った。
待ち続けて夜になってしまった。
「冬はまだと言っても、冷える」
ううっ、と膝を抱えて身震いしていると、女の子がようやく目を覚ましました。
「ありがとう。助かりました。私はもう大丈夫です」
ゆっくりと上半身を起こしてメニィを見る。
「そう。それなら村に戻ろう。おばさん心配してるよ」
美味しい柿の差し入れをしてくれたのだから、いいおばさんだ。
メニィの中では、そういう評価である。
「いいえ、それはできません」
「なんで?」
「私は村には戻れません。下りることはしますが」
「どういう意味?」
「私は冬の神様です」
「え?」
驚きはしたものの、飛び上がったり、ウソだと怒鳴ったりするほどの体力は残されておらず、反応も小さなものだった。
「先代の冬の神様は私の祖父でした。私は祖父に会うために、この山に登って来たのですが、足を滑らせて頭を打ち、死んでしまったのです」
幽霊というものではない、と足がしっかりとあるのを見て確認する。
それにしっかり触れている。
「それで祖父の変わりに冬の神様に任命されたのです。祖父から、色々と教えられていたのでちょうどいいと。ですが、神様になっても病気にもなりますし、死ぬこともありますからね」
『おはなし』の中の神様が全員、白髪に白いヒゲの老人であるように、メニィの村を守ってくれる神様も、メニィが知る限りはそれだった。
でも、最初からそうだったわけではない。
「それで、あんたは村に冬を運ぶのが遅れたんだ」
「はい。メニィさんが助けてくれなければ死んでいたかもしれません」
「たまたまだよ」
病人の看病をして、誇れるほどの神経は持ち合わせていない。
「私の体力も回復しましたし、村に行きましょうか? このまま山の中で夜を明かすには、人間には厳しいですから」
「そうだけど、真っ暗で足元が見えない」
「安心してください。私は神様です。冬の神様ですから」
それはなんの説明にもならないが、メニィは冬の神様に手を引かれて、足元を確かめながら歩き出す。
メニィは冬の神様の手を引かれ、山の麓まで下りました。
すると、村ではちょっとした騒ぎになっていました。
メニィが山から帰ってこない、と。
「た、ただいま」
ばつが悪そうに、メニィが冬の神様の背後から声をかけると、村中にメニィの無事が報された。
母親が息を切らして走って来て、怒られるか、殴られるかを覚悟して目を瞑ったメニィを、優しい温もりが包んだ。
ずっと探していたのか、土で汚れて、冷たい手が、メニィを抱きしめた。
そして冬の神様は村人に向かって、遅れた理由とメニィに助けられたことを話しました。
それから冬の神様は自分の仕事をしたのです。
季節の訪れを報せに村中を巡ると、鳴いていた秋の虫が静かになり、朝や夜の空気は一層冷え込みました。
程なくして降り始めた雪は、瞬く間に村中を白く染め、野菜を保存するために土の中に埋めたのです。
これで野菜の採れない、食料が少なくなる冬でも困ることがなくなるのです。
ゆっくりと、そして確実に、例年よりも少しばかり遅れて冬がやってきたのです。
肌寒い風と、家族から感じる温かさと共に。
「冬の神様、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします」
村人たちが、新米の冬の神様にお礼を述べると、神様はなにか言いたそうにしていました。
「どうしたの?」
今回ばかりは見送りに出ていたメニィが訊ねると、冬の神様は顔をあげました。
その時です。
村人たちの中に、冬の神様の母親を見つけました。
「お母さん……」
「冬が来る度に、あなたのことを思い出せるわ。だから来年もまた来てちょうだい」
隣のおばさんは涙ながらに言いました。
冬の神様も、寒さで赤くなっていた頬だけでなく、目と鼻まで真っ赤にして、元気にうなずきました。
「うん!」
そしてみんなに見送られて、冬の神様は山に戻っていきました。