秋
ある年のこと。
4人の神様が相次いで死んだ。
3人目は、秋の神様だった。
「困った……。稲がこのままでは死んでしまう」
その日、メニィは部屋の中でいつも以上にぐったりしていた。
「夏の神様元気すぎて、まだ夏終わらないんだけど。なにこれ人類死ぬの」
「メニィ、あなた」
「暇じゃない」
先に母親の言葉を遮るメニィだけでなく、母親も長続きする夏にぐったりしていた。
「暇じゃなかろうとなんでもいいから山の祠まで行ってきなさい」
「押し問答なしで、いきなり本題……」
「暑くてあなたとのやり取りに体力を消耗したくないのよ」
「あたしが山に登るのに、めっちゃ体力使うけど!」
それにこの気候では、メニィの苦手な虫が大量にいることだろう。
「ここ数日はなにもさせてないから体力有り余ってるでしょ?」
にこっ、と笑う母親の額から汗が流れる。
「ずるい……。今日のために、わざと文句のひとつも言わなかったな」
普段は家事を手伝え、畑を見てこいと言い、台風が来た時は一晩中田んぼを見張っているように命令された。
あれは死ぬかと思った。
どんなに田んぼや畑を大事にする村人のお年寄りだって、台風の時は神様に祈るしかしないのに、現実的な母親は、娘のメニィに婿候補を連れてくることもしなければ、死地に赴けと言う。
ボロボロになって帰ってきたら舌打ちをされた記憶は忘れない。
「私はね、あの経験を糧にして、稲のように負けない存在に育ってほしかったのよ」
「稲は曲がるし、折れるし、何本も死んだよ! あたしに死ねってか!」
「こんな暑いのにセミみたいにうるさいわね。このままいくと、また台風が来て村が滅びるか、豪雨災害に遭うか、日照りで作物全滅よ。稲の収穫ができないじゃない」
それに、と母親は言葉を切った。
いつもは捲し立てるように言っては息を乱しているのに不自然だ。
「あなたは春の神様と夏の神様を呼んできた実績がある」
「まあ、あたしほどの実力があれば、山から転げ落ちない神はいないっていうか」
少しばかり嬉しそうに、母親から視線を反らして笑顔で指で髪をいじるメニィ。
「村の人たちも、メニィの働きにはすごく感謝してるし、このままいけば、あなたを嫁にしたいっていうイケメンが現れる日も……」
「お母さま! あたしは村のためにがんばるよ!」
「ちょろいわね、この子……」
自分に都合の悪い言葉には歯向かうのに、褒めた言葉は何倍にもして受け止める。
「この娘に財産を預けるのはやめよう。詐欺師にひっかかるわ、絶対」
そう胸に決めた母親は、今日も握り飯を、メニィに急かされて用意した。
「あたしは虫よりも大きい、あたしは虫よりも強い」
ぱちん、と腕に止まった蚊を叩き潰すメニィは、大量の汗を流しながら険しい山道を登った。
春の神様を迎えに来た時よりも時間をかけて、ようやく神様の眠る祠までやってきた。
「神様より、あたしの方が絶対働いてるよな……」
「あれ? 誰か来た?」
呼ぶよりも先に、石の祠の影に秋の神様の姿を見つけた。
秋の神様はメガネの向こうの視線を、手に持った書物に落としたままで、メニィの方を見ようともしない。
「あんた秋の神様? なにしてんの?」
「読書の秋ですが、そんなのも見てわからないんですか?」
「いらっ」
「あなたのような素養のない方の相手をする理由がありますか?」
「いらいらっ」
「では、すぐに山を下りて行ってください。ここは神聖な場所だとわかりますよね?」
手にした書物のページをめくる。
そんな中、一度だってメニィの姿を見ようとはしない。
「あのさ、あたしの話を聞いてくんないかな?」
「あれ? まだいたんですか?」
ぶちっ、とメニィの頭の中で、なにかが音を立てて切れた。
「言葉がわかりませんか? 知性はないんですか?」
「ふん!」
メニィは秋の神様の足を掴んで、背中からひっくり返すように引き倒した。
「ぎゃっ」
そんな悲鳴と共に仰向けにひっくり返る秋の神様。
「あんた、あたしのことバカにしてるでしょ? 神がどんだけ偉いか知らないけど、仕事をしない神なんて……」
怒りに震えるメニィに、ようやくずれたメガネの向こうの瞳が向けられる。
「あたしと同じじゃないか!」
説得力があるのかないのか、メニィの叫びが山に木霊する。
「つまりあれか。あたしは神か」
「いや、僕が秋の神様ですけど……」
困ったように秋の神様がメニィを見つめると、
「なら、仕事をしろ」
「ですが、僕には書物を読むという仕事があるんですよ」
「読書感想文か」
「僕は望んで神様になったわけではないのですよ。先代の秋の神様が亡くなられてしまったので、仕方なく後継の僕が就任したわけです」
「やりたくないのかもしれないけど、それがあんたの仕事でしょ」
仁王立ちして睨み付けるメニィの剣幕から逃れるように視線を落とす秋の神様。
「あんた1人のわがままで、どれだけの人が迷惑をするのか考えなさいよ。あたしはめっちゃ迷惑してる。ここまで来させられたり、虫がいっぱいだし」
「結局、あなたの都合なのでは?」
暴力に出てくる相手を前にして、秋の神様は強く出ていけなくなった。
「それにまだ読書の秋には早い。秋はまだきてないのだから」
「そこを指摘されると、ちょっと痛いです」
「自分の趣味を堪能したいのなら、まずはやることをやってから!」
行くわよ、と秋の神様の足首を掴んで、ずるずると引きずりながら山を降りる。
メニィは秋の神様の足首を掴んで、引きずるように山の麓まで連れて行くと、第一村人を目撃した途端、村人は逃げ出してしまいました。
それを見た秋の神様は、メニィのことを鼻で笑いました。
腹が立ったメニィは、秋の神様の足を掴んだまま、村中を引きずりました。
その間、家の中から隠れてみていた村人たちからは、悪魔かなにか恐ろしいものが山から下りてきたかのように見えていたのです。
それでも秋の神様が引きずられたあとの木々は赤や黄色、オレンジ色に色づき、肌寒さすら感じる柔らかな風を村に運んできました。
夏の虫が少しずつ姿を消し、入れ替わりに秋の虫が村中で静かに合唱を始めました。
ゆっくりと、そして確実に、例年よりも少しばかり遅れて秋がやってきたのです。
道の真ん中に、なにかを引きずったような跡を村中に残して。
「秋の神様、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします」
村人たちが、新米の秋の神様にお礼を述べると、神様は村人に怯えるように、そそくさと山に戻っていきました。その手が泥だらけだったのには、誰も気にしません。
「ああ、面倒な稲刈りの手伝いがいて助かった。春まで冬眠しよ」
人間に怯えた秋の神様のことなど忘れて、メニィは自分の部屋にひきこもりましたとさ。