夏
ある年のこと。
4人の神様が相次いで死んだ。
2人目は、夏の神様だった。
「困った……。日照不足で作物が育たない」
その日、メニィは涼しい風を浴びながら、静かな部屋の中で過ごしていた。
「はあ、今年はセミの声が聞こえないし、照り付ける太陽もないし、快適な夏だ」
「メニィ、あなた暇よね」
「お母さま、娘の顔を見るなり開口一番にそれはないかと」
「今度は夏の神様が来ないのよ。呼んできなさい」
「夏なんて来なくていいじゃない。暑いだけだし」
「どうせ部屋から出ないでしょ。でも、それだけじゃないのよ」
力づくで来ない母親を不信に思いながら次の言葉を待っていると、
「去年亡くなった夏の神様はマッチョのイケメンよ」
ぴくり、とメニィは反応しかけるものの、何年か前に見たその姿を思い出す。
春の神様は高齢のため老衰で死んだ。
夏の神様もメニィが数年前に山から降りてきた際に、たまたま見かけた時はおじいさんだった。
「確かにマッチョかもしれないし、イケメンだったかもしれないけど、じいさんじゃん。加齢臭じゃん。過去形じゃん」
「今年から新しい若い夏の神様よ」
そう言われると、春の神様も見た目は若かった。
「さあ、お母さま! 早くおにぎりの用意を!」
「村がどうなろうが構わないけど、夏の神様が降りてこないと、あたしの大好きなトマトが育たない」
夏の気温や日差しの中では、山登りなどしようとは思わないが、今の気候は過ごしやすいため、メニィでも挫けずに祠までやってこれた。
「あたし体力ついてるんじゃない?」
ふふん、と少しばかり自信をつけたメニィは木に背中を預けて、お供え物の握り飯を食べる。
「運動のあとのおにぎりはおいしい」
勢いに任せて2つ食べ終えると、心地よい満腹感が疲労と一緒に眠気を運んでくる。
「ふわぁ~」
大口をあけて大きなあくびをした、その時だった。
祠の裏でなにかが動くのが見えた。
「あ、人間じゃん。やばっ、マジサボってんのバレた系?」
メニィは握り飯を食べる時よりも、大きな口を開けたまま固まった。
そこにいたのは肌が茶色い人間だった。
いや、神様だ。
夏の神様だ。
「あーしさ、夏満喫系? めちゃんこ夏がバリバリ似合う系の神じゃん?」
小麦色の肌に、見たことのない金ぴかの髪色。
そして爪が獣のように鋭く伸び、じゃらじゃらとうるさい小物が手にしたバッグからぶら下がっている。
それ以上に異様なのは、目元が化け物のようだ。
「だから焼いてるじゃん? 焼肉も好きじゃん? 焼くのが生きがいじゃん?」
「遊び人か」
硬直していたメニィがようやく我に返っての一言。
「ってか去年まで日焼けした元イケメンのマッチョじいさんで、今度は茶色い肌の女?」
「あー、なに? あーしのことを疑ってる系? あーしの神パワーを注げば、マジ夏になるよ。マジ。燃えるよ」
「燃やすなよ。本当に夏の神様なの?」
「うん、そうそう。前任が死んで、あーしはまだ遊びたかったのに、お前しかいない、みたいに言われちゃ、断れない的な?」
断れよ、と無性に言いたくなるメニィ。
「で、なに? あんたはあーしに夏の神様の仕事をさせたい的な?」
「そうそう。早くやってくれないと春に蒔いた野菜が収穫できるまで育たないのよ」
イケメンのマッチョがいないのなら、とっととその仕事をさせて、とっとと自室にひきこもりたいと思うメニィ。
「そっか。マジ困るのかー。うっし、遊びたいけど、そこまで期待されちゃ、あーしの本気を見せて、アゲアゲな気分を味わいたいっていうかー」
「……きっと崇めまつられたいとか思ってるんだろうな」
春の神様も苦手なタイプだったが、夏の神様はもっと性質が悪い。
メニィが好きになれないタイプだ。
「んじゃ、行くよー。案内よろー」
歩く度にじゃらじゃらと小物が音を鳴らす夏の神様を連れて麓まで降りると、田んぼに水を入れていた村人は裸足で逃げ出した。
「く、くろい獣じゃー! 化け物じゃー!」
「……はあ」
「なになに? 祭りが始まった系? あーしも踊れるよ」
前任の夏の神様も、日焼けで肌が黒かったが、新米の夏の神様は派手な髪色など、見た目にして人を遠ざけてしまう。
「もうなんでもいいんで、仕事をしてとっとと祭りでもなんでもして」
メニィは踊り出した夏の神様の背中を押して、強引に村中を連れ周り、その都度村人には逃げられました。
しかし、それにもまったくめげない夏の神様が通ったあとは、草木が元気になり、土の下で眠っていた虫が起き出しました。
そこらでセミが元気に大合唱をはじめました。
太陽が強い日差しで照らし出せば、村人たちは暑さでぐったりするものの、水をたくさんもらった野菜はすくすくと育ち、今年の収穫はこの数年で過去最高の質と量です。
ゆっくりと、そして確実に、例年よりも暑い夏が村にやってきたのです。
「あー、わかってると思うけど、あーしが去ったあともしばらく夏は続くから、そこんとこよろしく」
それがしばらく続いてしまえば、農作業をしていた村人たちの肌も、こんがりと焼けていて、夏の神様の奇抜さも気にならなくなっていました。
「夏の神様、ありがとうございました。来年もよろしくお願いします」
村人たちが、新米の夏の神様にお礼を述べると、神様は暑さにも負けない笑顔で、ひたすらに踊り続けながら山に戻っていきました。
「テンション高すぎて、ようやく静かになる」
それを見送りもせずに、赤く日焼けしてしまったメニィは自分の部屋にひきこもりましたとさ。