よく似た別人? 2
「おい、お客様がお前をご覧になりたいとご所望だ、前に出ろ!」
奴隷商人さんがそう言うと、銀髪の少年はおずおずといった感じで前に出た。
その目には、先ほどよりも強い怯えの色が見える。
「……この子の護衛ができる奴隷を探しているんだが、彼の戦闘面での腕前はどのくらいかな?」
「おや、護衛ですか! それならちょうどいい! こいつは強いですぜお客様! 何しろ剣も魔法も使えますからね! ……なぁ、そうだな、ラオレイール!?」
「っ! ……は、は、い……!」
「えっ」
愛想笑いを浮かべながらシャーウさんと話していた奴隷商人さんが、ふいに銀髪の少年へと鋭い視線を向け凄みのある声をかけると、少年はびくりと大きく体を震わせ、蚊が鳴くような小さな声で返事をした。
シャーウさんはその様子を見て不快げに眉を寄せていたけれど、私は奴隷商人さんが呼んだ少年の名前のほうに気を取られていた。
「ラオレイール……? あ、貴方の名前は、ラオレイールっていうんですかっ!?」
「……っ、は、はい……」
「ええお客様、こいつはラオレイールといいまして、歳は十五ですぜ。お客様とそう変わらない年頃でさあ!」
少年に直接名前を尋ねると、少年は怯えたままの視線をさまよわせ、やはり小さな声で肯定の返事をした。
その態度をまずいと見たのか、奴隷商人さんが私と少年の間に体を滑らせ、はきはきと質問に答えを返す。
「そう……ラオレイールって名前なんだ……歳は、十五歳……」
彼と同じ銀髪に碧の瞳、よく似た顔、そして、同じ名前。
痩せこけているし、私の知る彼の年齢は十四歳だけど、そんなのは、ゲームの舞台である一年がとうに過ぎた後の彼なのだと考えれば、説明がつく。
ただ、第二王子殿下であった筈の彼が何故奴隷なんかになっているのかが疑問だけど……こうまで特徴などが同じなら、別人という事は、もはや考えにくい。
「……ユイちゃん、どうする? 剣も魔法も使えるなら、護衛としては問題ないと思うよ。……彼が気に入ったなら、買うかい? 念の為にと言っておいたお金は、持ってきたろう?」
「えっ!? ま、待って下さいシャーウさん……! た、確かに言われた通りお金は持ってきましたが、でも、私は……や、やっぱり……!」
「ユイちゃん……。……すまない、少し失礼する。……おいで、ユイちゃん」
「え、シャーウさん……?」
少年、ラオレイールをぼうっと見ていた私は、シャーウさんの言葉に驚いて、戸惑いの声を上げる。
購入を躊躇する私を見たシャーウさんは奴隷商人さんに一言断ると、私の手を引いて、道の端へと連れていった。
「……いいかいユイちゃん、よく聞いて。君は魔物との戦闘の為や、お金の持ち逃げ、店舗の勝手な売買を懸念していたけれど、注意すべきなのはそれだけじゃないんだ。……俺はね、昔、とある港町にあった宝石商の跡取り息子だったんだ。だけど……友人やその家族と俺が王都見物に出かけたある時、店に強盗が入ってね。……帰った時には、家族は誰も生きてはいなかったんだ」
「えっ……!?」
「わかるかい? 危険はある日突然、思いがかけない所から降りかかる事がある。対処するには、常に側に、頼りになる誰かにいて貰う必要がある。そしてそれは決して裏切らないと信用できる人物でなきゃならない。その点において、奴隷は文句のつけようがない。奴隷は、主人に逆らう事はできないから。……俺は君に、両親や妹のような目には合って欲しくない。だから……頼むよ、ユイちゃん」
「シャーウさん……。…………」
シャーウさんの、まるで懇願するような眼差しと口調に、私は何も言えなくなる。
強盗……日本でも時々ニュースになっていたその危険にまでは、私は、考えがいっていなかった。
常に、頼りになる誰かを側に……。
私は視線をゆっくりとシャーウさんから外し、檻の中のラオレイールへと移す。
ハーデンルークにある学園で、剣と魔法を習っていた彼なら、確かに護衛として問題ないと思う。
……覚悟を決めて、買うべきだろうか。
この期に及んでもまだ迷う私の耳に、次の瞬間、無邪気な明るい声が響いてきた。
「あら……! お父様、見てみてあの奴隷! 綺麗な銀の髪に、整った容姿をしているわ! 私のペットにちょうどいいかも!」
「え……」
声に反応して通りを見れば、可愛らしい服を着た、ふわふわの金の髪をした美少女が、檻を指差してにこにこと笑っていた。
その指の先を追うと、そこにはラオレイールがいて、怯えきった目にうっすら涙の膜を張り、体を小刻みに震わせていた。
きっと、あの美少女の『ペットに』という言葉が、彼の耳にも届いてしまっていたのだろう。
そんな彼の様子を目の当たりにした私は、ついに覚悟を決め、奴隷商人さんの元へと、一歩を踏み出した。
仕方がない。
私には護衛が必要だし、あんなに怯えて嫌がってる彼がペットとして買われていくのを、見ない振りで立ち去るなんてできない。
「商人さん。あの少年、私が買います。おいくらですか?」
「へい、毎度ありがとうごぜえやす! お代は……銀硬貨一枚になりやす!」
「あら嫌だ、先こされちゃったぁ! ……仕方ないわね、次を探しましょ、お父様!」
私が購入を伝えると、奴隷商人さんは愛想笑いを深め、一度シャーウさんをちらりと見て、金額を告げた。
それを見た美少女は、あっさりと諦めて更に奥にある店へと、進んで行った。
「ぎ、銀硬貨一枚……。……わ、わかりました」
美少女が素直に引いてくれた事には安堵するも、その値段を聞いた私は軽く眉間に皺を寄せながら、財布を取り出す。
これは必要な出費、これは必要な出費……。
心の中で繰り返しそう唱え、銀硬貨を一枚摘まむ。
そしてそれを奴隷商人さんに差し出そうとしたところで、シャーウさんにその手を掴まれた。
「待つんだ、ユイちゃん。……商人、金額がおかしくはないか? 剣と魔法が使える腕の立つ奴隷が、何故銀硬貨一枚で買えるんだ? ……商品について、偽りを言っていないだろうな?」
「え?」
い、偽り?
そんな事はない筈だよね……ラオレイールが剣と魔法を使える事は間違いないし。
でも、シャーウさんが怪しんで止めるって事は、奴隷商人さんが提示した値段は、相場より安いの?
何で……?
「ま、まさか! 偽りなど、滅相もございやせん!」
「なら何故安い? 剣と魔法、その両方が使え腕が立つなら、通常はもっと値が張るだろう?」
「う……わかった、わかりやした! 包み隠さず全てお話ししやすよ」
不思議に思った私の視線と、シャーウさんの鋭い視線を受けた奴隷商人さんはぶんぶんと首を振って否定したけれど、更に追及したシャーウさんの言葉に、降参とばかりに両手を上げた。
「こいつは、既に二回も返品されている中古なんですよ。旦那は勘が良さそうですし色々と修羅場を越えてそうですから、ふっかけて売って、それがバレた時のしっぺ返しが高くつきそうでやしたので、値を下げたんですよ。……奴隷は主人の命令には逆らえないもんですが、こいつは心が拒絶して失神するようでしてね。ろくに使えんと返品されるんですわ」
「え……拒絶して、失神?」
「……なるほどな。まあ、それなら問題ない。ユイちゃん、代金、支払うといい。買って帰ろう。……君は、失神するほどに拒絶するような命令は、彼にしないだろう?」
「も、もちろんです! ……じゃあこれ、銀硬貨一枚です」
「へえ、確かに! 毎度どうも! ……さあ、このお客様がお前をお買い上げなさった! 今度こそ、返品されないように気張るんだぞ!」
「行こう、ラオレイール。私はユイ・クルミ。これからよろしくね」
「……は……はい……よろしく、お願いします……」
こうして、私達は檻から出されたラオレイールと共に、市場を後にしたのだった。