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出店する為に 4

「なるほどね。それで元気がなかったんだ」

「はい……」


 役所を出た後、私はそのまま冒険者ギルドへ足を運んだ。

 お金はかかるけど、それに尻込みしてヌイグルミの材料となる綿入手をしに行かないわけにはいかない。

 いずれ違う方法を取るとしても、とりあえず今はギルドで冒険者さんを雇うしかないんだ。

 そう思って依頼を出すと、ちょうどギルドに顔を出していたシャーウさんがまた引き受けてくれた。

 けれど昨日と違って元気のない私を見て、シャーウさんは心配そうに眉を下げ、『どうかした? 俺で良ければ、話を聞くよ?』と言ってくれたので、依頼料の事で悩んでいる事、役所の相談どころへ行ったら衝撃的な事を言われた事を素直に話した。


「確かに、奴隷を買う事は公けに認められてはいるけど、それに非難の色を見せる人は多いよ。人間を物のように売り買いするなんてってね」

「あ……そ、そうなんですか。良かった……あの女性はさらりと言ってたから、このせ……国の人は皆肯定的なのかと思ってました」

「あはは、違う違う。それで、依頼料の事だけど。あの額じゃ支払い続けるのは難しいって言うなら、額を落とす事もできるよ。でもそうすると、引き受ける冒険者の質も下がるけど。まあ、戦うすべのない君が、怪我なく無事に帰ってきたいって言うなら、お勧めはできないかな」

「う、それは……。……無事に帰ってきたい、です」

「うん。なら、額は下げないほうがいい」

「で、でも、それだと……」

「難しい? ならやっぱり違う方法を取ったほうがいいね。君が言ったように、用心棒を雇うっていうのも有りだけど、同じく君が言ったように、店の金を持ち逃げされたり、出店許可証をいつの間にか他人に売られていた、なんて話も、実際に何度か聞いた事があるよ。風の噂でね」

「うっ……!! ……あああ、どうしたら……」


 シャーウさんの言葉に、ついに私はその場に蹲り、目を瞑って両手で顔を覆った。

 けれど数秒後、そんな私の手を掴み、そっと顔から外す手があった。

 目を開けると、外された手の向こうに、優しく微笑むシャーウさんの顔が見えた。

 どうやら私の正面に来て、視線を合わせるべくしゃがみこんだらしい。


「ユイ・クルミさん……いや、ユイちゃん。……奴隷の話に戻るけど……俺はね、奴隷を物のように売り買いする事に非難する人ほど、逆に奴隷を買ったほうがいいと思うんだ」

「えっ……!?」

「だって、そういう人達は絶対、奴隷を安易に虐げたりはしないだろう? どうせ買われるのなら、虐げる事のない人に買われたほうが、奴隷にとってもいい筈だよ。……そうだろう?」

「……あ……そ、そっか……そういう考え方も、あるんですね……」

「うん。……だから二日後、市場を覗くだけ覗いてみたらどうだい? 何なら、俺が付き添ってもいいよ。勿論、その時は依頼料はいらないからさ」

「え……。う……。……そ、そうですね。いつまでもグルグル悩んでいても仕方ないし……と、とりあえず、覗くだけでも……。……シャーウさん、すみませんが、付き合って戴けますか?」

「うん、わかった。喜んで付き合うよ。……その代わりと言っては何だけど。ユイちゃん、明日もギルドに護衛の依頼、出してくれる? また俺が受けるからさ」

「あ、はい。明日もそうするつもりでしたし……じゃあ、お願いしますね」

「うん。さ、それじゃあ話はこれぐらいにして、迷宮への歩みを再開しようか?」

「えっ……あっ! は、はい!」


 シャーウさんの悪戯っぽい問いかけに、二人して道ばたにしゃがみこんだままだった事に気づいた私は慌てて立ち上がり、再び一歩を踏み出した。


★  ☆  ★  ☆  ★


「人形変化、発動!」


 迷宮へ着いた私は、昨日と同じくシャーウさんに魔物との戦闘を丸投げし、綿がドロップされるのを後ろで待ちつつ、ヌイグルミにしたらさぞ可愛いであろう姿形の魔物が現れると、シャーウさんにトドメを刺すのを待って貰いながら、駄目もとで人形変化のスキルを使う、を繰り返した。

 スキルを唱えると、キラキラした七色に光る光が魔物の体を包み込み、少しの間七色の光の塊となる。

 シャーウさん曰く、変化系の魔法やスキルは、その光が消えた時に魔物に変化が現れていれば成功、らしいのだけれど……。


「ああ……駄目だぁ、変わってない……。また失敗かぁ」

「残念だったね。でも諦めずに頑張れば、そのうち成功するよ。じゃ、この魔物は、倒してしまうね」

「あ、はい。お願いします」


 私の返答を聞くと、シャーウさんは手にしている剣を振りおろした。

 安らかに成仏してね、と、心の中で、白い光の粒となって消える魔物に向かって告げる。


「あ。ユイちゃん、君のお求めの品、ドロップしたみたいだよ」


 シャーウさんはそう言うと、魔物が消えた場所に新たに出現したそれを拾い、『ほら』と言って私に手渡してきた。


「あ、本当ですね。今日初めての綿のドロップです。良かった、今日は手に入らないかと思いました」

「ん、そうだね。俺もちょっと今日は駄目かなと思い始めてた。迷宮に入って、もうかなり時間が経ったからね。でもまあ、たとえ一つでも目的の物は手に入ったし、あと数回戦ったら、今日は帰ろうか」

「はい。……それまでに、できればあと一つ入手できるといいんですけど」

「う~ん、どうかな。こればかりは運次第だからね。祈る事しかできないかな」

「はい、じゃあ、祈ってます。ふふ」

「あはは。まあ、俺としてはハズレのドロップ品は君と俺で半分この約束だから、そのほうが売り払えて俺の財布は潤うけど……っと、次がおいでになった」


 通路の角を曲がって来た新たな魔物を見てシャーウさんは笑顔を引っ込め表情を引き締めると、剣を構えて、その魔物に向かって駆けて行った。

 その後も数回魔物と戦って倒したけれど、この日はもう綿を入手する事も、生きたヌイグルミに変化させられる事も、できなかった。

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