これからの生活の為に
目が覚めて、目にした光景が昨夜眠る前に見たものと変わらない事に軽く表情を歪め、起き上がらずにそのまま数度ゆっくりと瞬きを繰り返す。
けれどいつまでたっても変わらないその光景に、ついに私は諦め、ちゃんと現実として受け入れる事にした。
起き上がって、まだイマイチ働かない頭を使って思考を開始する。
帰る方法はないと、あの王太子様は言っていた。
それなら、この世界で生き抜く方法を考えなきゃならない。
幸い、聖女なんて面倒な役目は美子ちゃんが進んで引き受けてくれた。
私は何にもとらわれず、自分の生活だけを考えられる。
さて……召喚魔法があって、騎士がいるらしい世界となれば、やはり考えられるのはファンタジー溢れる世界だろう。
だとすれば……もしかして、もしかしてだけど、自分の能力を知る事ができるアレが、見れるかもしれない。
「……ステータス」
ほんの少しの緊張をその声色に滲ませ、私は試しにその言葉を口にした。
すると次の瞬間、白く細い光が右回りに四角く走り、それが正方形を形作ると、半透明の光の板が浮かび上がった。
そこにはいくつもの文字が表示されていた。
「や、やっぱり出てきた……! 私のステータス!」
微かな喜びと興奮を胸に、私はその文字に目を走らせる。
「えっと、なになに……?」
体力 並
魔力 並
知力 並
力 やや並
精神力 並
素早さ 並
運 優
スキル
・人形変化
魔物の邪心を浄化し、生きた人形へと変化させる
・幸運の拾い物
魔物が落とすアイテムを、任意の物に変化させる
「……力だけ、やや並……ちょっと低いんだね。あとは運以外全部並、か。運だけ、他よりいいんだね。……けど、肝心なのはスキルかな。人形変化と、幸運の拾い物……内容は……ふむふむ、なるほどね……って……あれ? ま、魔物の邪心を浄化……? ……それって、聖女の力なんじゃ……。つ、つまり……?」
私はスキルの説明部分を見ながら、段々顔を青ざめさせていく。
聖女の役目を負うなんて、冗談じゃない。
それに、既にあの美子ちゃんが聖女になる気でいるのだ。
その気になった理由はどうであれ、今更それが実は自分じゃなく私だなんて事になったら、激しい癇癪を起こすに違いない……。
「い……いやいやいや! 大丈夫! 浄化の力があるのが何も私だけとは限らないし! 美子ちゃんにもあるかもしれないし! 大丈夫、うん!」
これは見なかった事にして、誰にも告げずに速やかにここから立ち去ろう!
私の自由で穏やかな人生の為に!
「え、えっと、それで、ここを出るのは決定として、その後どうやって生きていくか、だけど……」
『できる限り生活の保証はすると誓う』と、あの王太子様は言っていた。
なら、やっぱりその申し出に甘えさせて貰うのがベストだろうな。
何しろ、私はこの世界の常識も、お金も、住む家も、何ひとつ知らないし、持っていないんだから。
「あの王太子様に出す要望は、まず第一に住む家と、しばらくは遊んでても暮らせるお金だよね。働くより先にこの世界の一般常識を覚えないとだし。あとは……そうだな、やっぱり特技を生かした職につきたいから、できればファンシーな雑貨屋に雇って貰いたいなぁ。私の趣味を兼ねた特技は、ヌイグルミ作りだし……って待てよ、雇われるよりも、いっそ自分でお店をやっちゃう、とか……。王太子様に、小さなお店と出店許可も貰って……」
私はそんなふうに思考に沈みながら、いつの間にか腕を組んで、部屋の中をうろうろと歩き回った。
そうして決まった、王太子様への要望は。
ひとつ、住居を兼ねたささやかな規模のお店と出店許可を貰う。
ひとつ、しばらくの間は働かなくても問題なく暮らせるくらいのお金を貰う。
ひとつ、平凡ないち庶民として暮らしていく為、今後私には不必要に接触しないこと。
ひとつ、念の為、住居兼店舗の場所はこの場所――恐らく王都――ではなく、ここの次くらいに栄えている街にすること。
以上、四点である。
最後の二つは、私にも浄化の力がある事がバレない為の保険と、万が一にもこれ以上美子ちゃんと関わらない為である。
既にただの年の近い近所のお姉さんというだけの関係になっている彼女に、異世界に来てまで関わりたくはないのだ。
考えが纏まった私は、善は急げとばかりに、王太子様への面会を望み、それが叶うと、すぐに自分の要望を告げた。
王太子様は今後接触しないという点や、王都以外の場所での住居の指定に僅かに難色を示し再考を求めてきたけれど、私が頑としてそれを拒むと、最終的には溜め息混じりに了承してくれた。
そしてすぐに条件に合う街の空き店舗を探してくれて、手続き等を済ませ、その日の夕方にはその住所を記載した私の身分証明書と出店許可証を私にくれた。
さすがは王太子の座についているお方、仕事が早くて非常に助かります。
お金の要望に関しては、かなりの額をくれたけれど、大金を持ち歩くのは危険だし何より重いからと、その街の役所に送っておくと言われた。
何でもこの世界では、役所に住民のお金を管理する部署があるそうだ。
家に置いておけないような大金は、役所のその部署に預けるらしい。
役所に銀行のような部署があるのかと、ちょっとした違和感を感じたけれど、ここは異世界、そういうものなのだと強引に自分を納得させた。
そして住居兼店舗だが、長い間空き家だった為、あちこち傷んでいて、住むには修繕が必要だとの事。
『その修繕も既に手配はしたから、それが終わるまではこの城にいるといい』と王太子様は言ってくれたけど、一刻も早くここからおさらばしたい私は、『早くその街に慣れたいし、宿に泊まるから』と言ってそれを断り、翌朝早くに、お城を後にしたのだった。