悔しさと信頼をバネに
翌日から、迷宮通いと平行して、他の商品の検討をする事にした。
ラオレイール君の様子を見ながらではあるけれど、とりあえず一日の予定として、朝からお昼頃までは迷宮で戦闘。
街に戻って昼食を挟んで、お昼過ぎから夕方まではラナフリールの他の雑貨屋を始めとした、商品が被りそうな店の様子等を見て回り、どんな物が売れているかをリサーチし、自分の店に置く商品を決め、試作が可能な物は試作する、という計画を立てた。
リサーチした結果、やはり文具用品の売れ行きは安定しているようだ。
羽ペンにインクにノート。
電子機器のないこの世界で、離れた人と交流する為の手段として主流となっている手紙、つまり便箋と封筒。
この辺りは私の店でも商品として並べたい。
他にも、インクを入れる為の綺麗なガラス瓶とか、ちょっとした小物入れとか、プレゼントの包装に使えるような可愛らしい袋やリボンとか……。
リボンは包装用とは別に、髪を結う為の物も揃えたい。
無地のリボンに、綺麗な糸で刺繍して、オリジナルのリボン作ったり……あ、お店のマークを決めて、さりげなくそれを入れるなんていうのもいいなぁ。
ああ、袋といえば、少し大きめで丈夫な袋もいいなぁ。
肩にかけられるような、長い紐のついた袋。
冒険者さんや旅の人は、そういう袋に荷物を入れて旅をしているみたいだし。
シャーウさんも、厚手の布で作られた袋を持っていたし。
それに、ちょっとしたお出かけや、迷宮とかに冒険に行くときに邪魔にならず、動きやすいようにウェストバッグやベルトポーチなんかも作ってもいいかも。
あとは……綿を使うぬいぐるみやクッション等の他に、編みぐるみや、この世界の人々に馴染みの深い毛皮製品。
ああそれと、ドライフラワーで作るリーフとかもいいよね。
庭でお花とか、あ、ハーブとかも育てて、ハーブティーの茶葉とかも……って、そういえば自宅兼店舗の敷地に庭あったかな?
あとで確認しに行かなきゃ。
それと……ペンやインク、ガラス瓶みたいに自分では作れない物を仕入れるルートも確保しなくちゃね。
製造元さんに直接卸して貰えるように交渉と契約をしに行かなきゃ……う~ん、この世界だと、職人通りの職人さんがそれに当たるのかな?
行って話をしてみよう。
「ラオレイール君、今日の予定なんだけど、午後は一度自宅兼店舗の敷地に庭があるかを確認して、そのあとは職人通りに行こうと思うんだ。色々、商品を仕入れる為に職人さん達と交渉しに行かないとだから」
「あ……はい、わかりました。……交渉、頑張って下さい、ユイ様」
「うん、ありがとう。頑張るよ。……ラオレイール君も、魔物退治、頑張ってね? 迷宮、見えてきたし」
「っ、は、はい! 頑張ります……!!」
歩きながら午後の予定をラオレイール君に告げ、私達はお互いに同じ言葉を交わしあった。
見えてきた迷宮をその視界に入れたラオレイール君は表情を強ばらせはしたけれど、立ち止まる事なくその入り口をくぐって行く。
私も続いて入り口を通り、私達は昨日と同じく、入り口の扉が見える場所で魔物の出現を待った。
……そういえば、人形変化のスキルも使って、生きたぬいぐるみも入手できるよう頑張りたいんだけど……でも、どんな魔物にも全力を出すラオレイール君に、弱らせるだけにしてトドメは待って、なんて言えないし……。
綿と同様、これもしばらくはお預けかなぁ?
とりあえずは、ラオレイール君に実戦に慣れて貰う事を優先しなきゃだもんね。
「っ、来た……! ……やあああああああっ!!」
「! あ……」
思考に沈んでいた私は、ラオレイール君の叫び声で我に返った。
視線を巡らせ、駆けて行くラオレイール君の背中越しに、魔物の姿を確認する。
……青いスライムか。
それなら、昨日既に二匹倒しているし、心配ないかな。
見えた姿に安堵の息を吐き、ラオレイール君がスライムを倒すのを待つ。
少し経って、通路の先から熱気が伝わってくると、スライムの姿は消え、代わりに僅かな残り火が地面に燻っている。
うん、ラオレイール君は今回も全力を出したようだね。
そう思ってちょっと苦笑したあと、ラオレイール君を労うべく、私は一歩を踏み出した。
けれど、その次の瞬間。
「あははははははっ!! すっげぇ、何だ今の!!」
「え」
「!? ……ユ、ユイ様っ!!」
私の背後から大きな笑い声が聞こえ、驚いて振り返ると、入り口の扉の前に、いつの間にか茶色の髪の少年が立っていた。
その存在に気づいたラオレイール君が慌てて駆け戻ってきて、私を背に隠す。
あ、これ、護衛っぽい。
「……あれ、その行動……何だお前、その人の護衛? あんな戦い方する人間が、護衛なんてやってんの? 笑える」
「!? な、何……!? どういう意味だ!?」
「いや、だって、たかがスライム相手に魔法剣使うなんて馬鹿、俺初めて見たし。魔力は有限なんだぜ? 普通に剣振りおろせば倒せるスライムにわざわざ魔力使って魔法剣で倒すとか、意味わかんねえ。そんな無駄な力使う奴が護衛やってるだなんて、面白すぎ」
「なっ……、お、俺は……!!」
「ねえ君、護衛が必要なら、こんな馬鹿より俺雇わない? 冒険者成り立てのひよっこだけど、こんな奴より役に立つぜ? 君わりと可愛いし、安くしとくからさ?」
「っ!?」
ラオレイール君の行動を見た少年は、その顔に嘲笑を浮かべてラオレイール君を嘲った。
そしてゆっくり近づいてくると、今度は私に向かって声をかけてくる。
……う~ん、口は悪いけど、言ってる事は、あながち間違いではないかな……でも。
「遠慮しておきます」
「え、何で? 冒険者成り立てとは言っても、俺結構腕が立つぜ? ね、俺にしなよ?」
「っ! ユイ様に触るなっ……!!」
私が断りの言葉を口にすると、少年は更に距離を詰めてきて正面に立ち、ラオレイール君の向こうから手を伸ばしてきた。
それを見たラオレイール君は、当然の事ながら、その手を払い落とす。
「いって。……何すんだよ? 無駄に全力出す馬鹿は邪魔しないでくんない?」
「……っ……ユイ様の護衛は、俺だ。ユイ様に近づかないで貰いたい」
「……へえ? あの体たらくでも『護衛は俺だ』、なんて言えちゃうんだ? ……ならさ、勝負しない?」
「勝負……?」
「そ。この場所から三階へ昇る階段がある場所まで、その子を守りながら魔物を倒して進むの。で、そこに着いた時、魔物を倒した数が多い方が勝ち。勝った方が彼女の護衛の権利を得るって事でどうよ?」
「!」
「なっ……こ、ここから、魔物を倒して進む……!?」
「ん? ……何、その反応? もしかして怖いの? なら、勝負を受けなくてもいいよ? 不戦敗って事で、護衛の権利は俺が貰うから」
「っ……!! ……わ、わか」
「待って。受ける必要はないよラオレイール君」
少年の挑発的な物言いに乗せられ頷こうとしたラオレイール君の言葉を遮って、私は二人の話に割り込んだ。
階を一階上がると魔物の強さも上がるとシャーウさんは言っていた。
ドロップ品が欲しいだけの私は、今まで一度も上の階には上がらず、一階をただウロウロしていただけだから、二階にどんな魔物が出るのかすら知らない。
そんな場所に、まだ傷の深いラオレイール君を向かわせるわけにはいかない。
弱い魔物が相手とはいえ、恐怖心が燻る中一人で戦うという無茶を既にラオレイール君に強いているんだから、これ以上は私が責任持って阻止しなくちゃ。
「そんな勝負しようとしまいと、私の護衛はラオレイール君だけなんだから。意味のない勝負なんて受ける必要ないよ」
「! ユ、ユイ様……っ!!」
「! …………へえ? なるほどね。そうやって止めるって事は、君、こいつが魔物を倒して進むなんて無理だと思ってるわけだ?」
「!? え……!?」
「……。……そうだけど、それが何か? 彼は今頑張って自分の心と戦ってるの。……その戦いが終わればどんな魔物だって倒して進めるようになる。ただ今は無理ってだけなのよ。私はそう信じてる……ううん、確信してる。だから、する必要のない勝負なんて受ける必要はないの」
「! ……どんな、魔物も……?」
「……へ~え? あ~んな無駄な戦い方してるこいつがねえ? ま、確かにある意味、勝負なんてしてる暇はないかもだけど。……けどさ、君、本当にそいつでいいの? その選択、後悔するよ?」
「しないよ、そんな事。絶対に」
「っ、ユイ様……!!」
「…………。……ちぇ。あ~あ、こんなののどこがいいんだか」
私が少年をまっすぐ見つめて言い返すと、少年はつまらなそうに顔をしかめ、通路の奥へと進み、やがて消えて行った。
「……ふぅ。初対面だっていうのに、随分と挑発的な人だったね」
「…………。……戦い方……」
「え? ……何か言った? ラオレイール君?」
「…………いえ。……俺、頑張ります、ユイ様」
「ん? ああ、うん、頑張って!」
「はい」
その後、ラオレイール君は戦闘の度に、振るう力を段々と弱める事に成功していった。
今日の討伐目標数をクリアしても、その倍を倒しても、私が『無理はしなくていいんだよ?』と言っても、ラオレイール君は『もう少し』と言って帰ろうとせず、力を抑えて戦えるようにと、魔物相手に特訓を繰り返したのだ。
おかげで、午後の予定を急ぎ足でこなす事になってしまったけれど、まあ、仕方ないかな。
突然現れ通り過ぎていく茶色の髪の少年。
彼は名もなきキャラですが、ラオレイールが成長した時もしかしたら再度登場する可能性もあったりなかったり……。