ラオレイールの実力 1
さて、やって来ました、迷宮。
シャーウさんとはもう何度も来た場所だけど、ラオレイール君とはこれが初めての、その場所。
剣も魔法も使えるラオレイール君は、護衛としては申し分ないはず。
シャーウさんがいなくても、戦力に問題はないはずである。
……そう、そのはず……なんだけど。
何で当の本人であるラオレイール君は、迷宮に着くなりその外観を見たまま微動だにせず、体を小刻みに震わせてるのかなぁ?
「あの……ラオレイール君? そろそろ、中に入ろう?」
「っ! ……あ、あの……ユイ様……こ、ここには……何をしに……? ここは……迷宮、ですよね……?」
「え? ああ、うん。そっか……そういえば言ってなかったね。……えっと、ね。私の、生まれ育った場所に、ぬいぐるみっていう可愛い人形があってね。それを作るのに、綿っていうアイテムが必要なんだ。でもそれはこの国にはなくて。けど、私のスキルを使えば、たまに魔物がそれをドロップしてくれるから、魔物を倒して入手する為に、これからしばらくは毎日、店舗ができて雑貨屋をオープンさせたら定期的にこの迷宮に通う必要があるの」
「え……っ、あ、あの……その、魔物を倒すの、って……?」
「あ、うん。私は戦えないから……丸投げして申し訳ないけど、よろしくね? ラオレイール君?」
「っ……!!」
何故か震えているラオレイール君の質問に、私が両手を合わせながら答えると、これまた何故かラオレイール君の体の震えは強くなり、その顔色は青ざめてきた。
あ、あれ……?
おかしいな、何だろう、この反応……?
「えっと……? ……ラオレイール君は、剣も魔法も使えるんだよね? 戦えるよね……?」
「……っ!! ……も、申し訳ございません、ユイ様……っ、た、確かに、俺は剣も魔法も使えますが……その……っ、じ、実戦の経験がなく……本物の戦闘では、戦力には……ならなくて……!!」
「…………え?」
な、何それ……え、待って?
でもゲームでは、ラオレイール君は剣技の成績は優秀で、魔力も高くて、光魔法と火魔法と風魔法の三種類の魔法が使えて、特に風魔法は極めて優秀な使い手って言われてたはず……だよね?
それなのに、『戦力にはならない』って……え、何で?
「えっと……どういうこと? ちょっと、意味がわからないんだけど……?」
「……っ。……申し訳ございません。俺は……色々ありまして、一人孤独に山をさまよっていた時に……ドラゴンに襲われて……それが、初の実戦だったのですが……全く刃が立たず……命からがら逃げ出した後、あの奴隷商人に捕まって……最初に買われた先が、ごろつき同然の傭兵団だったのですが……初仕事であるキラータイガー退治でも……刺すような殺気と威圧感に足がすくんで、立ち向かう事すらできず……それで、返品された始末でし、て……」
「………………」
えっと…………うん。
なんだかその話、突っ込みどころが満載なんだけど……まず、初の実戦で、しかも一人なのに、何ドラゴンなんて超強敵に応戦しようとしてるの?
普通一目散に逃げるか、身を守る程度に反撃しつつ隙を見てとにかく逃げるよね?
そして傭兵団!
何で新入り加えた後の初仕事がキラータイガーなんてこれまた強敵の退治なの?
新入りの実力を正確に知る為にももう少し弱い魔物の退治に行こうよ!?
……話を総合すると、初の実戦でドラゴンに当たって敗れて、魔物との戦闘が軽くトラウマになっていたところに、次の実戦でキラータイガー退治に挑まされて、その恐ろしさからトラウマ拗れて実戦に対する恐怖感が根付きすっかり自信喪失に陥った、って事でいいのかな?
ラオレイール君、実力はちゃんとあるはずなのに……なんて不憫な……。
……でも、それなら。
弱い魔物を相手に少しずつ実戦をこなして、恐怖心を拭い、自信を取り戻していけばいいよね。
荒療治では、あるだろうけれど。
「……話はわかったよ、ラオレイール君」
「っ! ……あ、あの、ユイ様……お、俺は……お、俺を返品なさらないで下さい……!! す、すぐには無理ですが、日々特訓して、護衛として……じ、実戦でも、役に立つようになってみせますから……!! だから、だからどうか……返品だけは……っ!!」
「え? うん、しないよ? 返品なんて」
「そんな、お願……っ……え? ……へ、返品、しない? ……ほ、本当ですか……!?」
私が再び口を開くと、ラオレイール君は途端に必死になってすがってきた。
それにさらりと言葉を返すと、ラオレイール君は一瞬悲壮な表情をした後、すぐにぽかんとした顔になり、次いで信じられないとでも言いたげな驚愕の表情を浮かべた。
「うん、本当。返品なんてしない。……私が思うに、ラオレイール君は実戦に慣れてないのに強敵に挑むなんて無茶をしたのがいけなかったんだよ。だからまずは、この迷宮の入り口付近で弱い魔物を相手にして、頑張って戦ってみよう? 今日は……そうだな、最初だから、とりあえず一回。明日は三回。明後日は……ラオレイール君の様子次第だけど、五回。ラオレイール君は剣も魔法も使えるんだもん。きっと大丈夫だから。ね? やってみよう?」
「ユ、ユイ様……! …………。……わ、わかりました……ユイ様がそう仰るなら……や、やってみます……!!」
「うん。じゃあ、中に入ろうか。頑張って、ラオレイール君。きっと大丈夫だから」
「……は、はい……!!」
ラオレイール君の体はまだ小刻みに震えたままだったけれど、その目には怯えの中にも挑む光が宿っていた。
それよりも気になるのは、何故かラオレイール君の手が私の手を掴み、それを強く握った事。
たぶん、誰か他人の体温を感じて、少しでも恐怖心を和らげる為なんだろうとは思うけど……。
ちょっと恥ずかしいけれど、他に誰も見てはいないし……ラオレイール君がこれでちょっとでも安心するなら、まあ、いいかなぁ……。
そう思った私は、それを振りほどく事なく、ラオレイール君の隣に並んで、迷宮の入り口をくぐったのだった。
……それにしても。
ラオレイール君が実戦に慣れるまで無理強いはできないし、たまにしかドロップされない綿の入手は、ちょっと……進みそうにないなぁ。
そうなると、迷宮通いと平行して、他の商品の制作に取りかかったほうがいいかなぁ?
ぬいぐるみだけじゃ、雑貨屋としての品揃えが悪くなるし。
綿を使う商品は恐らくこの世界では扱えるのは私だけだろうし、その私の雑貨屋の強みはやっぱり綿を使った製品になるだろうけど、他の材料を使う物で何を商品として置くかも考えて、作らなくちゃね。