望み
二人ともすでに寝入ったのだろう。
物音しないリビングにこっそり入り、キッチンの冷蔵庫からよく冷えた炭酸水のペットボトルを出した。
佳也は積み上げられた洗濯物を脇にどけ、ソファに腰を下ろす。
テレビをつけ音量を最小にする。気になっていたサッカーの試合は幸いまだ試合途中だった。
しばらく見入ってると、突然リビングのドアが開き、昔は最愛、今最悪の妻・朋実が入ってきた。
テレビの前で仁王立ちする。
「いいご身分だね」
佳也はため息をついてテレビを消した。黙って炭酸水をあおる。
「いいご身分だね。勝手に出てって、いつ帰るか連絡もしないで。好きに酒飲んで、帰ったらテレビ見て」
やれやれ。またかよ。
「忙しいのはわかるけど、一日位早く帰って、優姫の相手してくれてもいいんじゃないの?そんな酒飲む暇があったら」
めんどくさい。
佳也は立ち上がった。
朋実がキレる。
「そうやってすぐ逃げる」
見ると目からダラダラ悔し涙を流している。
「一体なんなの?何がしたいの?そうやって無視して逃げ回って。どうするつもりなのよ。このままでいいの?」
別に何をどうしたいわけじゃない。
ただ、静寂が欲しいんだ。
家に帰ってほっとしたいんだ。
くつろぎたいんだ。
そんなことを言っても鼻で笑うだろ、どうせ。
お前にそんな権利は無いとばかりに。
「何か言ったらどうなのよ!」
ただ静寂が欲しいだけ、それだけ。
「ねえったら。何か言え、馬鹿!」
佳也は無表情に言い放った。
「うるさい」
カバンを持ち靴を履いてマンションの廊下に出る。
後ろで玄関のドアが閉まると、荒々しく鍵を締める音とかすかに泣き声がした。
佳也の求める静寂はこの家には無さそうだった。
今夜もネットカフェか。
エレベーターのボタンを押しながら、佳也はふと茉依花の顔を思い出していた。