夢想
電話の向こうで菜摘が興奮した声をあげた。
「それで!?」
昨日の晩、佳也と別れて自宅に帰ると1時過ぎだった。
菜摘からの着信が携帯電話に入っていた。かけ直すには遅い時間だったので翌日の土曜日午前10時頃にコールする。
先週の同窓会に出席できなかったので菜摘からの報告を楽しんだ。
菜摘から茉依花の近況を聞かれて、彼氏はいないが気になっている人はいる、夕べもその人と飲んできたばかりだ、という話をした。
ついでに抱きしめられた、ということを話すと菜摘は大喜びした。
「それで、その後どうしたの?」
「どうって。帰ったよ」
菜摘は残念そうになあんだと言った。でも、と付け加えて
「良さそうな人じゃない。うまくいくといいね」
佳也が既婚者であることを菜摘は知らない。
このタイミングで告げるべきか茉依花は悩んだが、同じく既婚者である菜摘に言うのは気が引けた。
茉依花は電話を切るとベッドに横になった。
抱きしめられたときの腕の力、胸の暖かさ、頭を撫でる手の優しさ、全ての感触がまだ残っていた。
枕に顔を押しつける。
苦しい。
苦しい。
苦しい。
あの人が私のものだったら。
夢想して茉依花はうっとりとした。
が、すぐに現実に引き戻される。
ここまでよね。
いくら何でもこれ以上はいけない。
身も心も持っていかれてはいけない。
自分が自分で無くなってしまう。
これ以上は近づいてはダメ。
奥さんがいる人だから。
お子さんもいる人だから。
ダメって言ったらダメ。
茉依花は大きく息を吐いた。
どうしてダメなの?