隣
体温を感じるほど近い場所に憧れの人がいる。
喜びの余り頬を紅潮させている茉依花だが、薄暗い店内では佳也に気づかれることも無さそうだった。
緊張して手からグラスを取り落としそうだったが、つとめて平静を装う。
「よく来るんですか、このお店」
佳也は優しい目で微笑んだ。
「たまにね」
「奥様とも?」
つい気になっていることを口にしてしまい、茉依花は自分の舌を呪った。横目で佳也の様子を伺う。
困ったような笑顔を浮かべている。
「いや。全く」
逆に茉依花に質問してくる。
「能川は?彼氏とどんな店行くの?」
茉依花は声が上擦らないように気をつけた。
「昔はグループでお洒落な店に行くこともあったんですけど」
グループで彼氏じゃありません。
「最近はそういうお誘いが無くて」
完全フリーです。
「同年代の男の子ってノリが若すぎて、私ババ臭いのでついていけないんですよ」
付き合うなら大人がいいです。あなたみたいな。
「そうなんだ。ひょっとして大人の男希望?俺みたいな?いつでも言ってよ」
佳也の軽口に危うく飛びつきそうになるのを抑えて笑う。
「森田さんみたいな大人の人が周りにいればいいですよねえ」
一生懸命仕掛けの網を編む茉依花だった。
ビールを口に運びながら佳也が茉依花を横目で見る。
ふいに茉依花の頭を両手でぐちゃぐちゃにしてくる。
茉依花が抗議の声をあげると、佳也はそのまま茉依花の頭を胸に抱き、
「くっそ可愛いな、おまえ」
と唸った。