煙草
駅を通り過ぎて線路沿いにしばらく歩く。
夜も更けてなお喧騒の街を二人は歩いていた。
すらっと背の高い佳也は人混みの中でもよく目立ち、茉依花は全く迷わない。
それでも男の足が早すぎて、思わず茉依花は彼のシャツを引っ張った。
振り返った男は息を切らした茉依花を見て笑い、歩みのペースを彼女に合わせた。
「何飲む?」
10分ほど歩いて辿り着いたのは、古びたビルの5階、ソファ席のある隠れ家BARだった。
店内は薄暗く赤い灯が揺れている。
佳也はビールを、茉依花は「青い海と貴女の瞳」という店のオリジナルカクテルを頼んでみた。
ゆったりとしたソファは案外身体が沈み込み、茉依花は姿勢を正そうとした。男は彼女とテーブルを挟んで向かいのスツールに腰掛けている。
やがて運ばれてきた酒は想像通り青い色をしていたが、浅いカクテルグラスの底に向かってオレンジへと色が変化していた。表面にキラキラとしたものが見えた。金箔だろうか。
一口味わってみて茉依花はにこっとした。
グレープフルーツの香りと共にやや強めの酒が喉を落ちていった。
佳也はいい?と断って煙草に火をつけた。
昨今の嫌煙の風潮に逆行して、佳也はヘビースモーカーである。
家で吸えないので会社で吸うと、決められた喫煙スペースである会社の屋上で煙草にけっこうな時間を費やしている。煙草を吸うとアイディアが湧いてくるんだと言い訳しながら。
口に咥えた煙草に、眉をしかめながらライターで火をつける。
知らず知らず見とれていた茉依花は、顔を上げた佳也と目が合い、あわててカクテルを口にした。
ふいに佳也が手を伸ばしカクテルを奪って飲んだ。
ニヤッと笑う。
「これ強いね。大丈夫?」
「大丈夫です…たぶん」
酔うより先に緊張して倒れそうだ。
茉依花が考えてると、ふいに佳也が立ち上がり彼女の隣に腰を下ろした。
茉依花は祈った。
どうか倒れませんように。