残像
「松崎くん」
松崎宗太が振り返ると、旧姓原田菜摘が酒のグラスを持って立っていた。
一年ぶりの中学のクラス会。
後半とはいえ、まだ二十代の若者の集いはそれらしく居酒屋を騒がしくしていた。
菜摘はさっさと松崎の隣に座ると目の前の唐揚げをつまみながら、
「で、あれからどうなったの?」
と聞いてきた。
彼女の言う「あれから」が、一年前のクラス会の3次会のその後、を指しているのに気づくまで、松崎はやや時間を要した。
松崎が口ごもっていると
「なにしてんのよ」
何かのサワーらしいものをぐいっとあおり、菜摘が背中を叩いてきた。
「相変わらずだね。元気?」
「私の話はいいのよ。もう二人できあがってるかと思った」
「できるって?」
「だから。くっついたと思った」
いやいやと呟き、松崎は煙草に火をつけようとして聞いた。
「煙草いい?」
「嫌だけどいいよ」
ごめん、と謝って、松崎は煙草に火をつけた。菜摘のペースに巻き込まれたくなかった。
菜摘は更に唐揚げに手を伸ばすと、なんでよ、と呟いた。
「いい雰囲気だったじゃん。あたし、これは完全にいったなと思ったよ」
「いい雰囲気だったよ。途中まではね」
アイツには会社に気になる男がいるみたいなんだ。
41のオッサンで既婚者で、奥さんとラブラブで娘可愛くて、家庭第一の男らしい。
そんなオヤジになぜだかアイツは夢中なんだよ。
他人の個人情報を話すのは気が引けたので、松崎は苦笑いしながら煙草を吸うことに勤しんだ。
ふと茉依花の声が脳裏をよぎった。
それでも好きなんだよねえ、その人のこと。ソウちゃん馬鹿だと思ってるでしょ、私のこと。既婚者のオヤジ好きになるなんて。馬鹿なの。諦めきれないんだあ。
だから狙ってるの。その人が奥さんと仲悪くなるときを。狙って一気に既成事実に持ち込む。
あ、本気にした。うそうそ。んなこと考えてません〜。
うそうそ。
うそうそ。
うそうそホント。
「そんな男忘れろよ。俺がいるじゃない」
ありったけの勇気を振り絞って言ったつもりが、冗談にしか聞こえない自分の声がうらめしかった。
茉依花は笑ってまるで本気にはしてないようだった。
うそうそ。
うそうそ。
うそうそホント。
茉依花は歌うように呟いていて。楽しそうでもあった。
「え?なにい?」
菜摘が周囲の喧騒に負けじと声を張り上げた。
我に返った松崎はあわてて煙草を揉み消して、ついでに茉依花の残像も頭から振り払った。