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咆哮。傷つきたいのはお前か。  作者: 片埜 モリ
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悔恨

やあ。

僕だよ。

さっき別れてきたばかりなのにおかしいね、こんなあいさつ。

腕をだいぶひどく打ったよ。

左の手首と肘の間。

駅の階段を転げ落ちてそのとき。

何をどう落ちたのか覚えてないが、

転落してると思った次の瞬間には立ちあがって、何事も無いようにホームを歩いていたつもり。

後ろから誰かが

「大丈夫ですか」

と声をかけてきたような気がするが、そんな声をかけられていたことに今気づいたよ。

あれは僕を気づかう声だったんだ。

そうだったのか。

誰の声だろう。


君の声じゃないことはわかってるよ。


腕の痛みが増してきた。

階段で転げ落ちたときに打ちつけたのか青黒い痣になっている。


君の呪いかな。


ごめん。こんなこと書くつもりじゃなかった。

君は呪いなんてことを思いつく人じゃないね。よく知ってる。

これは僕の気持ちのせいなんだ。

僕の、君に対する申し訳なさのせいなんだ。


涙がとまらないよ。

ひどい顔をして泣いてる。無様だ。

あとからあとから溢れてくる。

四十のヒゲ面の男が流す涙は見苦しいだろうな。

こういう場合、男はどんなふうに涙をぬぐったらいいんだろう。

手のひらですくうと子どもっぽいし、かといって手の甲でぬぐうのは女のようだ。

ティッシュで拭くのもわざわざティッシュを掴むのがいじましい。

結局右の肘の内側に涙を押付けている。


ああああああ。


小さく叫んでみた。

そうするのが自然なような気がして。

一度叫んで足りない気がして、もう一度叫んだ。今度は声に出さずに。


あああああ。


人は。

いや僕は。

どうして引き返せなかったのだろう。

どうして?



そこまで書いて男は天井を仰いだ。

一人になった男の住むマンションの天井。

パソコンデスク用の椅子が男の重みにきしんだ。


男はじっと天井を見つめ続けた。

まるで求める答えがそこに書いてあるかのように。



馬鹿だったんだ。

僕が馬鹿だったんだ。

うまくやれると思っていた僕が心底馬鹿だったんだ。


どんな顔をして明日から生きていったらいい?


どうしたら君や彼女や優姫に申し訳がたつ?


優姫。


もう駄目だ。

何をしたって。

もうかえらないじゃないか。もう何もかえらないじゃないか。



男の携帯電話が鳴り出した。

画面に表示された名前に目をやると、彼は今度はうなだれた。

携帯電話は鳴り続けている。









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