ギルドサクラ
『ギルドサクラ』
このギルドは王国の中心部にある小さな冒険者ギルドである。
名前でイメージするかも知れないが、ギルドに利用する冒険者や依頼人は女性ばかりで、内容も魔物討伐から夫婦ケンカの仲裁まで、殆どギルドと言うより万事屋みたいな場所である。しかもギルドメンバー全員の評判が良く、この地域では有力なギルトである。
……ちなみにギルドメンバーは大半は女性なのだが、皆見目麗しい人ばかりで男性からもいろんな意味で人気である。
ギルドは普段は他と変わらないが酒場として利用されている。
今日もその美味しい料理や酒をまたは、お目当ての女の子を目当てで来たりで大騒ぎだ。
その時ギルドのドアが開いた。その人物は白のローブで顔を隠していてどんな顔が分からない。ただまっすぐにカウンターに向かっていた。
「や……やめてくださいっ」
ふと、掠れた声が聞こえる。ローブの人物は声の方へと視線を向けると、一人のアルバイトの少女が二人組のゴロツキに絡まれていた。
「いいじゃないかよ~」
「オレらと遊ぼうぜ~」
下品な笑いでアルバイトの尻に触ったりなどでアルバイトの少女は今にも泣きそうである。この地域では見慣れない顔なので余所者だろう。それも大分オツムが悪い様だ。
この不届き共のせいで周りの客も眉間に皺を寄せていた。幼気な少女にセクハラされる姿を見て、誰だって美味しい酒も美味しい料理も味気のない物になってしまう。しかもここにいる客はアルバイトの少女と同じ年頃の子供がいる父親が殆どだ。
だが残念な事にこう言ったゴロツキを止める常連の客が居らず、男のギルドメンバーもこの場にいない。ゴロツキ共もソレを知って上での暴挙だろう。
ローブの人物の前をチーフがアルバイトの少女を助けようとしかめっ面で通ろうとしたが、それをローブの人物はチーフの腕を掴んで止めた。
チーフは掴まれた方をイラついた顔で見たが、相手が誰か分かったかのか直ぐにその顔を直した。周りの客もローブの人物に気が付いたのかほっとした表情になった。
「……下がって」
ローブの人物は一言だけいうとそのままチーフの替わり件の席に近づいた。
ローブの人物がゴロツキ共の後ろに近づいている事を、ゴロツキ共はまだ気が付いていない。それを良い事にローブの人物はゴロツキ(筋肉が無駄にある背の高い方)のアルバイトの少女のお尻を触っていた手首を掴み、ひねりあげた。
「イテテテ!! は、離せ!!」
ゴロツキはもがいたがローブの人物は動じつ、自分より背が高く筋肉がある男が無様に自分に背中を見せている姿に冷めた眼で見ていた。
ローブの人物はアルバイトの少女にチーフ達の方に顎を動かした。
少女はローブの人物に向け一礼すると、急いでチーフ達の方に走った。それを確認するとローブの人物はゴロツキの掴んでいた手を、まるでぬいぐるみをぶん投げるように軽々と投げ飛ばしたのだ。
筋肉の男は背中を思いっきりぶつけた為か傷みに悶えていた。チビの男はそんな相方に慌て駆け寄った。
「な……何すんだ!!」
筋肉の男は声を張り上げた。今にも殴りかかんとする勢いだ。それでもローブの人物は冷たく鼻で笑い、気だるそうに、どこか呆れた様に言った。
「此処は冒険者ギルド。アンタ等を潰す位簡単だけど」
その声はちょうど、少年と少女の中間あたりの不思議な声だった。それでも威圧感は恐ろしく、思わず身震いする程冷たかった。
「イイゾイイゾ!!」
「良く言った!」
今まで黙っていた客達は一斉にローブの人物に支持し、さらにゴロツキ共に『帰れコール』を机を叩きながら叫んだ。この様子にゴロツキ共はビビっていた。
「そう言う訳。さっさと出ていった方がアンタ達の玉だと思うよ?」
そのままローブの人物はクルリと向きを変え、カウンターの方へ向かった。
「ち、ちくしょなめやがって!!」
最後のローブの人物の態度をきっかけに、大勢の前で恥をかかせられた筋肉の男はロープの人物に襲い掛かった。
「死ねー!!」
筋肉の男は自分より小柄なローブの人物を後ろから殴りかかった。
「……ハァ」
しかしローブの人物は軽くため息を吐くと、身体を少し右にずらし、筋肉の男が空振りした腕を掴み。
「でやああああぁぁぁぁぁー!!」
おもいっきり掛け声をだして、俗に言う一本背負いを筋肉の男にぶちかました。二度も背中をぶつけた男は、今度は背骨を強くぶつけたのか背中を抑えてうめき声をだした。
「て、テメー!」
チビの男はポケットからナイフを取り出した。ウエイトレス達の悲鳴が響く。
「死ねぇぇぇぇ!!」
そのままローブの人物に体当たりするような形で突っ込んだ。
それでもローブの人物は落ち着いていて、それでいてローブの人物は避けようとしない。今にも腹に刺さりそうな位置で、突っ込んできたチビのナイフを持っていた手首をそのまま片手で掴んだ。
チビの男が幾らナイフを押そうが引こうがビクともしない。ロープを纏っていても華奢な身体にどこにそんな力があるのだろうか。強い力についにチビの手首が耐えきれなくなり、ついにナイフを落とした。
それを合図にローブの人物は掴んでいた手首を――まるで幼い子供が遊びでぬいぐるみを片手でぐるぐると回すように――チビの男を身体ごと片手で持ち上げて、そのまま筋肉の男の方へ投げ飛ばした。
「ガッ!」
「ぐぇ!」
筋肉の男の上にチビの男が倒れた。潰れた蛙の様な声を出しながら二人はそのまま動かなくなった。
「スゲー!」
「カッコイイー!!」
これを見ていた客達の歓声や拍手で店の中は大反響だ。ローブの人物はそれでも冷静に自分のローブと手をはたき、フードを脱いだ。
「ゲッ」
「お前……」
癖毛のないストレートの髪を首筋まで綺麗に切り揃え、髪と眼の色は黒に藍色を混ぜたような色。顔は中性的な顔だがどこか気だるそうににしていた。そしてローブの間から見えた身体には。
「お前女なのか!!!!」
身体はスラッとしてその胸は、男にはけしてあり得ない脹らみをもっていた。
「……今さら気づいたの?」
ローブの人物はため息をだした。
「まあ慣れたけど」
ドタドタと足跡が響いた。カウンターから数人の黒服の男達が出てきた。筋肉の男より背も筋肉もはるかにあるコワイ人達だ。
それが数少ないギルドの男達だ。
「すみませんカナさん。お手を煩わせてしまって」
逃げようとするゴロツキ達を捕まえるとリーダーらしき男にローブの人物は頭を下げられた。その男は誰よりも筋肉も背もある頭を剃った色黒の男だった。
「いーよ。どうせあの人が出るなて言われているのでしょう? で、コイツ等の処分は」
「一言、『二度とギルドサクラに来させるな』だそうで」
「殺しちゃダメよ? コイツ等の為に貴方達が殺人犯になって欲しくないから」
「分かってますよ」
男達はゴロツキ達を立たせるとそのままどこかに連れていった。
パンパン
最初からカウンターにいたメガネを掛けたインテリ風の女性が手を打ちならした。
「はいはい。ギルドマスターから伝言。『みんな迷惑かけたわね~おわびに今日の代金は全部タダだからどんどん頼んでね~』ですって」
ウオオオオオオ!!!!
「マジかよ!!」
「さすがマスター太っ腹!!」
それから客達はバンバンと注文を頼んだ。いつの間にかさっきとうってかわりいつもの馬鹿騒ぎになっていた。
「大丈夫? どう考えても赤字でしょ」
いつの間にかカウンターにローブの人物がいて、インテリ風の女性に話しかけていた。
インテリ風の女性はため息を出した。
「大赤字だけど本業の方は大儲けだから大丈夫よ」
「ところでマスターは?」
「奥にいるわ」
「そう」
そのままローブの人物はカウンターの奥に入った。
後ろ姿を黙っていたインテリ風の女性はため息を出して。
「これから大変ねあの子」
そう呟いた後、店の手伝いのためカウンターから出た。
だんだんと暗くなっていく廊下をローブの人物を歩き続けた。突き当たりにあたりそのまま進むとドアがそこにあった。
トントン
「どーぞ」
酷くのんびりとした幼い声がした。
「失礼します」
ローブの人物はドアを開けるとソコには机に顔が隠れそうなぐらいの幼い子供が満面の笑みでローブの人物を迎えた。その子供は金髪碧眼がとてもまる可愛らしい子供だ。
「ただいま戻りましたマスター」
「アレ~? 二人きりの時は何だったけ?
ロープの人物の他人行儀な態度に子供は少しぶすくれた顔になった。
「……ただいま義母さん」
「おかえりなさい」
子供はさっきと同じ満面で、何処となく子を見守る母のような顔になった。
この人物こそギルドサクラのギルドマスター、アイニア・アンソニー当人である。
アイニア・アンソニー
見た目はまだ年端もいかない幼い子供だが(椅子の下に分厚いクッションが置いてあるがそれでも顔が見えそうで見えない)これでも年が三桁はいくハーフエルフである。実力もギルドマスターになれるほどの実力者。王様に直に意見が言える数少ない人物である。本人は自分の見た目を気にしており、子供扱いされると大人げなくキレる。それが余計子供ぽっく見えるのを彼女は知らない。魔力を使えば妙齢の女性になるのだが、これは疲れるそうでなかなかお目にかかれない。
「で、報告は?」
「依頼内容は古代石板の解読。クリアしたよ。だけど無茶すぎない? 一週間で何とかしろとか」
「しょうがないでしょ。もともとそれを解読するはずの人が餅を喉に詰まらせて死ぬなんて誰が予想出来たのよ。しかも解読できるのはその人とカナちゃんしかこの世にいないしー。」
「だからって期限が一週間だなん……」
「依頼人は一週間後、学会でそれを発表しなきゃいけなくなったのよー」
これに少し納得したのかそれ以上何も言わなかった。その代わりローブの人物は重いため息をだした。
「……それに買い被り過ぎない? この世で私しか解読出来ないなんて」
「オストリア文明は高度な文字を使用し、しかも敵に解からないよう一つの文字で何通りの意味がある文字が千近くある。それも文字の意味は毎年増えたりするお蔭で現在まで新しい発見が毎年必ず十は出る。正に文字の遺跡と読んでも可笑しくない。現代でこれを理解出来るのはオストリア文明に生きた人々と使い魔の契約による知識を植えられた者だけ。少なくとも使い魔なしの一般人が此れを理解するなんて不可能に近い」
「……良く噛まなかったったですね」
「えへへ、偉いでしょ」
「はい」
心の中で『子供みたい』と思ったのは内緒だ。
「今、子供みたいだと思ったでしょ」
「いーえ」
少し焦ったが、誤魔化すように恍けた声で否定した。
「まあ、いいわ。ところでアレには何て書いてあったの?」
「まあ、日記みたいなものですよ。何月何日にこんな魔物が現れてこんなことをして倒したとか、プライベートの事とか。書いた人はたぶん兵士だと思いますよ。ちなみにオストリア文明の文字は単語とある程度の言葉を覚える事と、前後の単元が分かればある程度文の意味が簡単に理解しますよ」
「……その、『簡単に』が他人には分からないのよ」
アイニアは呆れたのかため息をだした。
「そうですか。これで報告は終わりです。新しい仕事は」
「今はないわね」
「そうですか。それなら帰宅させて貰います」
そのままロープの人物は帰宅しようとしたが。
「まって」
ローブの人物が部屋から出ようとドアノブに手を掛けたした瞬間、アイニアに呼び止められた。
「これはギルドの一員である流輝 圭としてじゃなくて、アイニア・アンソニーの一人娘であるカラン・アンソニーとして用があるの」
このときアイニアはそれはまるで悪巧みを考えている子供であり、あくどい事を考える大人の顔だった。
これにはローブの人物、カラン・アンソニーは今日で何度目かのため息をだした。
『またロクデモナイことでも考えているな』
心の中で疲れたように呟いた。