ある猟師は昔話を語る
二人が転生してから十年ちょっと。
ある山奥の村の外れに小屋があった。その小屋は美味しそうな匂いと楽しそうな笑い声が響いた。
やあやあ、旅人さん美味いかい?
ハハハ、そいつは良かった。そのシチュー、ワシの得意料理でね。そのパンはアーシャて子が作ったものでな。ワシは国一番ウマイと思っているんだ。
うん? 旅人さんもそう思うかい? そうかい、そうかい。嬉しいねぇ。
しかしアンタ、いくら腹減ったからって、あんな毒々し色のキノコ食べるとはな……無知な子供ですらあのキノコを食べるのを避ける程だぞ?
そう落ち込むなって。ほらワイン飲みな。このワインもウマイぞ。
まあ、たまたま野草取りに来たアーシャが見つけたことと、そのキノコが軽い下痢を起こすだけですむやつだけだから、あんた、ある意味運が良いよ。
そうそうお下げに眼鏡を掛けた女の子。あれがアーシャだ。今は地味だかありゃ将来べっぴんになるよ。お前さんもそう思うかい?よし、どんどん飲みなさい!! 今日はワシの奢りだ!
ワッハッハッハッ!!お礼はワシに言うんじゃなく、アーシャに言いなさい。それにどうせワシは独り身。旅人一人泊めてもだーれも迷惑かけん。えっ、結婚? ワシは七十数年ずっと独り身だ。……ただ、子供を一人育てたことがある。
その子供は、だと? ……………そうだな。どうせワシは長くない。悪いがジジイの戯れ言と思って昔話を聞いてくれんかね?
シチューのおかわりくれたら聞きます? ……ワハハハハハハッ!!!! いやいや、どんどんおかわりしてくれ。沢山作ってある。アンタみたいな男はワシは大好きなんじゃよ。
ワシは昔、とあるお屋敷の執事長をやっていた。屋敷の主夫婦は少々問題があった。その夫婦は今は絶滅したと世間が言われている『魔法差別者』だったんだ。
その夫婦はかの有名な貴族クスノキ家の夫婦じゃないか?………そうだよ。旅人さん知っているのかね?
自分らの間でも有名、か。そうだな、あの人達は余所者も嫌うからな。まあ、先祖代々王家御用達の魔術師を輩出した名家中の名家だったから、プライドが高かったのも理由の一つかもしれん。
ワシら使用人はある程度魔法が使えた。元より使える奴だけ雇わなかった。当時のワシはプライベートと仕事とは切り離して考えていたから雇い主が魔法差別者だなんて気にしてなかった。ある出義事でその考えは百八十度変わった。
奥様が出産した日から
確か夫婦には二人の娘がいたはず、……………そうだな。確かに世間ではあの人達は双子の女の子を産んだことになっていたな。……………真実は違う。本当は双子じゃなく三つ子なんだよ。
……お前さん『魔法石』を知っているのかね。
ああそれだよ。『魔法の有無、レベルを調べるための石』の事だ。何せ高価なものだがら庶民は学校入学前の健康診断で見掛ける程度なのだが、貴族は簡単に手に入る値段だから気軽に調べられる。
あれはちょうど赤ん坊が生まれて一ヶ月たったころだよ。ワシはその時、他の部屋で窓拭きをしていたんだ。
突然金属を切るようなの音が聞こえたんだ。最初は驚いたが、すぐにそれが奥様の叫び声だったんだと気がついた。一体何があった!?と急いで奥様達がいる部屋に駆け寄ると、そこには奥様が赤ん坊を窓から、ああ、その部屋は三階でワシはその時奥様達の隣の部屋にいたんだよ。だから直ぐに救出できた。
奥様が赤ん坊を三階の窓から投げ捨てようとしてたのをワシは慌てて奥様から赤ん坊を引ったくって止めた。あれは間一髪だったよ。赤ん坊を取られた奥様は叫び続けてこう言った。
『それを殺せ!! その能無しを殺せーーーーーー!!!!』
ワシはそこでやっと理解したよ。この子には魔力がない子だってことを。
確かにその子が三つ子の長子で、生まれた所は魔術師の名家だったから期待が高かったみたいだ。ワシ直ぐに使用人の中で記憶を操る魔法が使える者を呼んで対処したよ。
……旦那様は妹君達が泣いている横で呆然と座り込んでた。あれが当主かと思うと当時は泣けてきたもんだよ。そんな夫婦を見てワシはその使用人に命じたんだ。『二人にはこの子を殺したと記憶させろ』と。
直ぐにその使用人は魔法を使った。部屋に入った時色々察したんだろうな。
……お前さん新聞とか見ないのかい。数々の輝かしい功績を。いったいどう違うのだろうかね。妹達とあの子が。神様はどうしてよりによってあんな家に生まれさせたのか。
『この世の中はギャンブルの様なモノ』……ハハッ、違いねえ。世の中運だな。話は戻すが、 そのままその子はワシが育てることにした。
ほとんど成り行きだよ。使用人全員で話し合った結果でな。経済的・肉体的・家庭の事情を考慮して結果として執事長であるワシが親代わりとなった。
あの子はそりゃあ、良く出来た子だったよ。誰にも迷惑かけず大人しく、自分でやるときはやる子だったしな。
……妹君達や両親について正直に全部話したよ。いつか知らなきゃいけないことだからな。妹君達とあの子はぱっと見顔は似てはいなかったが、良く良く見れば似ている所が幾つもあるんだ。
あの子はたいして驚きはしなかった。……もしかしたらいろいろ察したかもな。なぜ離れて育てられたのか、なぜ自分と妹達の扱いの差があるのかも。……すまんな、嫌な思いされて。ワインは如何かな。
ワシが仕事をしている間、あの子はいつもお屋敷の図書室に籠っていた。知ってるかもしれんが、クスノキ家は世界有数の本を蔵書している。たまに一般にも開放しているが、指で数える程度だからだし、奥様達は必要になったときは使用人に頼んで取りに行かせるし、妹君達には難しい本しかない。つまりあの図書館は当時のあの子の世界であった。本を読んで分からない所はワシに質問をして勉強していた。大人顔負けな頑張り屋だったよ。ただ、本ばかり読むのはどうかと思ってな。奥様達がいないときに外で遊ばしたり、武術の稽古をさせた。
お屋敷を出る日がいつか来る。武術の稽古が何か役立つかもしれんと思ってな。厳しく稽古をさせたよ。それでもあの子は泣き言も言わず稽古をしてくれた。それ以外、トイレに行く時や食事以外は図書室でひたすら本を見ていたよ。歴史書、料理のレシピ、魔法書までありとあらゆる知識を頭に引き積めていた。あの時はあの蔵書全てを読んだんじゃないか?
必死だったろうな。一人でも生きれるように。そうなりたかったんだろう。何時も幼い子供にしては大人びた、どこか寂しそうな笑みを良く浮かべていた。
ワシは親兄弟がいない。孤独だった。だが人の縁には恵まれた方だ。この年になるまであんな悲しそうな笑みを浮かべる子供は見た事もなかった。
ワシはあの子が親に与えられなかった愛情を注いだ。大切に時に厳しく叱り付けた。他の使用人も同じ様にあの子を可愛がった。
ワシはこのまま仕事を辞めて、知り合いの伝手を使って移住しよう。あの子を連れて奥様達がいない場所で幸せに暮らそうと考えた時だった。
……旦那様にバレたのが。
旦那様達が出かける日だから油断した。すぐに使用人総出で誤魔化したが、態度から見て魔法の効果が消えかかっている事が明白だった。その夜、あの子がワシを含め自分を可愛がってくれた使用人を集めた。全員を集めたのを確認するとこう切り出した。
『今からこの家を出て行く』
……………信じられるかい?当時八歳の子供が家を出る。並外れた覚悟だよ。
もちろんみんなして大反対した。しかしあの子の覚悟は強かった。
『私さえいなければみんなが平和に暮らせる。それにちょうど図書室の本を全部読みおえたところなんだ。だから新しい本を探す旅に出るよ。………………………………皆、今までありがとう』
あの子は何時もと同じ様子で笑った。あんな綺麗に笑ってしまったら止められないじゃないか。結局ワシらは止められなかった。その代わり、数ヶ月分の食糧とお金、ワシの見立てたソードを託した。
……あの子はテレポートを頼んだ。自分がいた証拠を残さないように。どこに飛んたかはわからん。テレポートもあんたのようにたまたま訪れてきた旅人に頼んだ。……そいつもあの子に頼まれて、しかもあの子がイメージした場所に飛ばしたから、そこが魔物がうろうろしている森かはたまた人が多い街中すらわからんそうだ。
あの子がいなくなったすぐに、ワシはお屋敷を辞めた。……あの子がいなければお屋敷に居る理由もない。ワシと同じように辞めた者も数多くいたが、奥様達はたいして驚きはしなかった。どうせあの二人の事だからワシら使用人は使い捨て感覚だろうな。そのあとのワシは友人を頼ってこの村に移り、猟師をやっていたわけさ。どうだい、あんたこの話信じられるかい? まあジジイの戯れ言と思ってくれてもいい。……ハッハッそうかい。それはありがたいな。
うん? あの子の名前? そうだな。妹達と離れて育つからせめて名前だけでも繋がりがあって欲しいから妹達と同じ一文字とちょうど生まれたときの誕生日花から取って――