第五章「ニッポン元気なトコ特集~まごころ商店街編」
第五章 ニッポン元気なトコ特集~まごころ商店街編
白い看板に赤い文字でまごころ商店街と書かれた看板の前で撮影が始まる。
「はい、『ニッポン元気なトコ特集』今日はまごころ商店街におじゃましていまーす」
カメラの前で挨拶するのは、少し彫りが深い顔に髪型はオールバックをした、中堅リポーター船井だ。
「さて、今日も街の良いところをバシバシお伝えしたいのですが、男一人じゃ花が無いので可愛いゲストを呼んでいます」
もだん花鳥風月が現れる。
「どうも~、もだん花鳥風月の花寄ルンでーっす。今日はよろしくお願いしまーす」
千春ことルンは、両手をたくさん振ってポニーテールも揺らし、カメラにアピール。
「同じくもだん花鳥風月の高嶺ミヅキです。よろしくお願いします」
智美ことミヅキが軽く会釈。
「噂によりますともだん花鳥風月は、まごころ商店街と深い関係があると聞いたんですが本当ですか?」
「それは後々明らかになりますから、今はノーコメントです」
ミヅキが軽くあしらうと船井が不思議そうに首を傾げる。
「あれれー。毒舌キャラだと聞いたのに、振るわなくていいんですか?」
「今日は旅番組だから自重します」
二人が会話しているとルンだけカメラから消える。
「あれルンちゃんは?」
「あの娘ちょこまかと動くから、船山さんも手伝ってください」
右往左往。そこにルンの大声。
「ココおもしろそうですよ」
長田の江戸切子工房。その前でルンがまた手を振っている。
「おーいルンちゃん。突っ走りすぎ」
船井が見上げて「うはっ」と大口を開ける。カメラは上から下へ長田の工房を撮影。
「どうしたんです。UFOでも見たんですか?」
「趣のある建物だなぁと思って。板張りにトタン屋根、それにT字形の煙突。最近じゃ見ないから懐かしいよ」
繁々とミヅキと船井が工房を見ているところでカット。
引き戸が開けられる。
「ごめんくださーい」
入ってきた船井、ルン、ミヅキは、長田の作った色とりどりの江戸切子に囲まれる。
本来は薄暗い内装だが、今は撮影用の眩しい照明で明るい。
「へぇー、江戸切子屋さんか。どれも素敵だなぁ」
ガラッと奥にある製作所の扉が開く。そこから長田がのそのそと現れる。
「………らっしゃい………」
マイクでギリギリ拾える位の小さな声。
「ご主人すごいですね。どれも、ご主人のこだわりが伝わってきますよ」
「………そりゃ、丹精込めているからな………」
カメラに加え褒められたせいか、ますます声が小さくなってしまう。
「コレとか良いと思いませんか? カワイイですよ」
ルンがテンション高くスイカ模様の切子を見せてくる。
「スイカかー。ルンちゃんホント食べ物好きだねー」
声が小さいので船井としては振りたくないけど、魅力を視聴者に届けようと製作者本人に話しを振る。
「失礼ながらご主人。スイカ柄を作るように見えないんですが、どういう経緯でお作りに?」
「………そりゃ使って欲しいからな………」
カンペに「大きい声を出して」と書いても小さいまま。このままじゃ編集で切られてアピールできない。
カメラの死角。見かねたミヅキが囁く。
「肩の力を抜いて。今は練習よ」
「色々な柄を作るのが楽しいからな」
長田の声が拾えた。しかも、ミヅキの囁きは入っていない。
「なるほど、遊び心があるんですね。僕も見習えればと思います」
次は予め選んだオススメの紹介。船井は滝登りする鯉が描かれたグラスを選択。
「いやー。僕の中ではこれが一番かな。この躍動感、今にも竜になりそうだ」
ミヅキは自分の役をイメージした、美しいバラをワンポイントにした黒いグラス。
「私はこれを推します。キレイで品があると思うから」
長田の江戸切子工房の撮影が終了し通りへ移動する。
「昔ながらの職人が作る美しい江戸切子いかがでしたか? さて、次はどんな素敵なお店に出会えるんでしょうか」
「それより、お腹空きました~何か食べましょうよ~」
ルンは自分のお腹を押さえてアピール。
「もうお腹空いたの。早すぎじゃない」
「いや、僕も小腹が空いたから、ちょうど良い店は…………」
油のジュージューした音、お客さんに新鮮なお肉を見てもらう為のショーケース。肉屋まつやんの前にいる。
ちなみに番組の都合上ポップは片づけられている。
「おねえさん。今、何を作っているんですか?」
松山は揚がったコロッケを菜箸でつかむ。
「お姉さん。やぁねぇ、ちょうどコロッケができたんだ。食べていきなさいよ」
「えっ、良いんですか。それなら一つもらいましょうかね」
船井、ルン、ミヅキがコロッケを食べる。元々美味しいと評判のあるお店なので、コメントもサクサク出てくる。
「そうだ。せっかくだからウチの新作食べてみてよ」
松山が新作と言うコロッケを三人は頂く。
「ちょっと辛いですね。カメラさん、カメラさん。ズーム」
船井は食べたコロッケの断面を見せる。それは緑色をしている。
「すいません。このコロッケの中身って?」
「いつものコロッケに、長野から取り寄せたワサビ漬けを混ぜた。ワサビコロッケです」
船井は「なるほど」と納得。
「ビックリしましたー。でも二口目からはよゆうでペロリですよ」
「辛さと抜けるような後味、夏バテしている人にもオススメ。それと、この五倍辛いのがあれば、罰ゲームに最適ですね」
「あらあら物騒ね。頼まれたら作ってみようかしら」
「おかわり」
ルンが元気良く松井にそう言うとコロッケを貰う。
肉屋まつやんの撮影が終わり、今度は花屋の前を通りかかる。
「フナちゃぁぁぁぁぁん」
勢いよく現れた堂ヶ島が船井に白いバラの花束を渡してくる。
「あ、ありがとうございます」
困惑する船井。顔見知りのルンとミヅキも引いた様子。
「私ファンなの。フナちゃんの出る番組は全部バッチリ見てるの~」
「なんかスゴイ人出てきましたね」
ルンがボソッと呟く。
「少なくともルンに言う資格は無いわ」
他人のフリをしようとしたもだん花鳥風月。
「ああ、ちょっと待ちなさいよアンタ達。お願いがあるの」
「それは、船井さんを置いていけって言うんですか?」
ミヅキの発言に「ちがうちがう」と手を横に振る。
「アンタ達花鳥風月って名乗るなら、ちょっとフラワーアレンジメントをしなさい」
ビシッと堂ヶ島はもだん花鳥風月をご指名。いわゆる無茶振りだ。
「ふぇ、ふぇぇぇぇぇムリですぅぅぅぅぅぅ」
花屋の中。用意された小さな机と椅子、そこにルンとミヅキが座る。
「なんでこうなるの。花が付いてるルンだけでいいじゃない」
予定で決まっているとはいえぼやくミヅキ。
「ルールは簡単。ルンとミヅキにはフラワーアレンジメントをしてもらい、審査員の堂ヶ島さんにどちらが美しいか判定してもらいます」
「採用されたら写真付きで飾っておくわー」
「ちなみに採用されなかったら罰ゲームはこちら」
先ほどミヅキが口にしたワサビコロッケ(辛さ五倍)が出てくる。
「松山さんに早速作ってもらいました。身を持って体験するのは言い出したミヅキか、食べるの大好きルンか、勝負開始」
ルンとミヅキはやり方を教えてもらえず、自分の知識のみ。テレビ的には堂ヶ島のキャラと悪戦苦闘する二人を撮りたいのだ。
水切りせず茎をバッサリと真っ直ぐに切るルン。
ミヅキは花を飾る為の花器を選択。
「いったーい」
ルンがカワイイと言う理由で選んだピンク色のバラ。棘が刺さってしまい指を舐める。
「どうも納得いかない」
ミヅキは納得いかないのか、花を活けては抜いてと試行錯誤している。
「おいしー。もうハムスターでいいです」
ヒマワリの種を食べているので船井が没収。ルンは涙目になる。
製作時間終了。机には二人の完成品がある。
「派手いや大胆だなぁ」
ルンの作品。ヒマワリ(種を食べてない奴)ピンクのバラ、他にもアマリリス、テッポウユリ等をふんだんに使いダイナミックに広がったアレンジだ。
「使いすぎ。小さくできないの」
「花って、ぱーって咲くものじゃないですか」
次はミヅキの作品。白いバラを中心に据え、引き立てるようにニチニチソウ、スプレー咲きのカーネーションを使用。更にアクセントとして草等の緑。初心者ながら上手くまとめて見える。
「こっちはこじんまりですね。でも可愛いと僕は思います」
「コンパクトと言ってください船井さん」
「さて、堂ヶ島さんの判定は」
テレビ的な間。
「ルンちゃん。あの娘らしい、大胆なしがらみに捕らわれない感じが良く出てるわ」
「どうして私が負けたんですか」
ミヅキが不服を訴える。
「だってミヅキちゃんのアレンジ、そつなくこなしてるんだもん。つまんないわ」
不満はあってミヅキは潔く罰ゲームを受け入れる。
とは言えワサビ五倍コロッケは口に入れるのに躊躇する。
「大丈夫です。ミヅキならいけます。たぶん」
「だまってて」
コロッケを半分口に入れ、そして租借。
それを見た船井が「食べた。大丈夫か」と盛り上げる。
余裕。
こんなの美味しく食べられるわと。
「ゴホッ」
端整な顔が咳き込んで歪む。さすがプロ、幸いテレビに映せない物を出す事は無かった。
二口目は辛さに耐えるものの苦痛は隠せない。
「はぁはぁ、言うんじゃなかった」
疲れきったミヅキそれを摩るルン。
「お疲れ様ですー。ミヅキ」
その後、ルンは自分が作ったアレンジと一緒に写真を一枚。
ラーメン屋鳳来屋。その前に船井、ミヅキ、ルンが立っている。
「さて、待ちに待った昼食。ラーメン屋鳳来屋です」
「やっほー。待ってました」
ルンが喜び飛び跳ねる。
「早く入りましょう」
ワサビ二倍コロッケを食べた直後、水をもらっているけどグロッキーだ。
カウンターに醤油ラーメンが三つ。船井とミヅキは普通だが、ルンは特盛りにメンマ、もやし、ナルト、煮卵、チャーシューがふんだんにトッピングされている。
「いやぁ、キレイなスープですね羽田さん」
「研究の成果ですよ。まぁ、食べてください」
「いただきます(三人同時)」
割り箸が割れ、船井とミヅキがスープを飲む。ルンは麺からすすり出す。
「さっぱり醤油スープ。いいですねぇ、また飲みたくなりますよ」
「シンプルに美味しいですね」
二人がコメントしている間に、ルンは自分のラーメンを半分まで減らす。
「麺はツルツルっと良く入るし、どの素材もこだわっていて特にチャーシューとか」
「チャーシューとスープはお互い引き立て合うようにしてます。だから美味しいんです」
撮影は終了。当然、ルンはきれいに完食。
食は商店街の要。と言う事で食の特集として百貫屋の前にいる。
「えーここ百貫屋では、ハラペコのお客さんにお腹いっぱい食べさせるお店と、地元の人には有名です」
「楽しみですねー。なに頼みます?」
ルンのお腹はまだまだ余裕。その様子にミヅキは呆れている。
「いらっしゃい」
太く低い声、そしてカウンターの向こうから飛び出しそうな大迫力な巨躯を誇る将軍。
船井はビビッてしまい、声が裏返ってしまったけど冷静に深呼吸。
「は、はい。この方が百貫屋の店主。お客さんからは将軍と慕われています」
カメラに語りかけた後、将軍にインタビューしようと振り向くけどやはり怖いみたいだ。
「し、将軍と呼ばれていることに、どう思っていらっしゃるんですか?」
「恥ずかしかったが、呼ぶ奴が多くなるから慣れた」
「なるほど、それでは将軍オススメの一品を出していただけますか?」
「ちょっと待ってろ」
将軍の料理の完成を待つ為カット。船井はホッと一安心する。
「オールスター丼一丁。さぁガンガン食べてくれ」
鍋かと思わせるドンブリ。山の様に盛られたご飯、その上にキャベツがしかれ、トンカツ、ハンバーグ、豚肉のしょうが焼き、から揚げで覆われている。
「こ、これまたボリューミーな。ちなみに百貫屋さんでは一つのメニューを二人で食べる事はできますが、今回は特別に三人で食べてみたいと思います」
いただきますと三人は食べ進める中、ミヅキは満腹なので、から揚げにコメントして以降は食べていない。
「食べても食べても減る気配が…………」
驚いて「エーッ」と叫ぶ船井。特盛り全トッピング乗せラーメンを食べたにも関わらず、ルンは反対側の山を切り崩していたのである。
「あっ食べないなら全部もらいますよ」
「いや、お腹には若干の余裕があるから大丈夫」
そうは言ったものの船井は、ルンがご飯から掘り出した豚の角煮を見て箸を置く。
「あっ角煮。ご飯だけじゃ飽きますよねー」
結局残った三分の二はルンがキレイに完食した。
「圧倒的なボリュームの百貫屋。お腹いっぱい以上の満足感まちがいなし」
船井が締める。
「また行きますねー」
「いつでも待ってる」
ルンと将軍が握手した所で百貫屋の撮影は終了する。
百貫屋を出て通りにいる三人。
「次はどこへ行きましょうか」
「食事以外でお願い」
「食べた後は甘い物スイーツでしょ」
そうやってフリートークをしていると背後に黒い影。
「マイゴ・アンナイ・マイゴ・アンナイ」
笑っている仮面にネクタイ、ハンバインが子供(町内会で募集)の手を引っ張っている。
「たすけてー」
子供の叫びに気付いた三人は振り返る。
「な、なんでしょうか。まごころ商店街に変なのがいます」
「あーっヘンタイだ」
「誘拐? 追いかけましょう」
知らない船井が尋ねる前に、ルンとミヅキはハンバインを追いかけていってしまう。
「どうやら二人を追いかけた方がいいみたいですね」
ゆうゆう公園に到着する船井。そこにはヒーローショーの舞台があり、老若男女問わず大勢の見学者がいる。
「なんか舞台がありますね。子供が捕まってます。どういうことでしょうか」
舞台に近づくと、ハンバインと彼らに連れさらわれただろう子供。そこにルンとミヅキが対峙している。
子供達の悲鳴(半数は本気)
「何してるんですか? 二人とも危ないですよ」
「子供達を返しなさい」
威勢よく言うルン。
「オコトワリシマス」
船井を無視してショーは続く。
「どうやら見守った方がいいみたいですね」
「オヒキトリクダサイ」
舞台袖から増援のハンバインが現れる。
「なんか更に増えました。か弱い女の子相手にプライドがありません」
「どうしよう。いっぱい来ちゃったよー」
「なら、逃げるの」
ルンは首を横に振ってハンバイン達を睨む。
「逃げない。だってアイドルなんだよ」
「じゃ、さっさとやるべき事をやりなさい」
いかにも敵側が勝ちそうな低い音中心のBGM。
二対大勢。相手は戦闘員。人間であるルンとミヅキは手も足も出ない。
「うへぇ、ダンスとかしてるから、攻撃できると思ったのにぃ」
「あんな間抜けな奴に負けるなんて」
もうダメかと二人が諦めようとした瞬間、どこからともなく声が聞こえてくる。
「もう大丈夫です」
「アタシ達に任せな」
希望のわきそうな明るいBGM。
真悠ことラッキーホイップ、梓ことワンダフルレモンが現れる。
「おーっと、なかなかのダイナマイトボデー。ゴホッ、失礼、事態は好転するか」
船井の鼻の下を伸ばしたコメントにホイップとレモンが動揺する。
「わ、わ、私達がハンバインを何とかします」
「分かったわ。その隙に子供達を連れて行けばいいのね」
「悪い。頼んだ」
ホイップとレモンが大勢のハンバインに突っこみ、次々と倒していく。
「行きましょうルン」
「突撃あるのみ。です」
乱戦の嵐の中、ミヅキとルンが果敢に飛び込む。
パンチ。それをミヅキは屈んで避ける。
ハンバインの魔手。ルンは「きゃあっ」と転んで逃れる。
「危ない!! ルンちゃん」
船井は夢中になって叫ぶ。
「やらせねぇ」
ルンに迫る追撃をレモンが庇い、すぐ反撃。
嵐を抜けたルンとミヅキ。でも、ハンバインが子供達を見張る。
「オヒキトリー」
「オヒキトリー」
「まずいわね」
「とっつげきぃー」
ルンとミヅキが頷くと、全力を尽くして走る。
「ハァッ」
「えぇーいっ」
二人の勢いあるタックルがハンバイン達に決まる。
「決まったぁ」
「アリガトウゴザイマシター」
ルンとミヅキは子供達に安心だよと撫でて、ハンバインから守ろうと盾になる。
その間にホイップとレモンがハンバイン達は全滅。
「よっしゃあ」
腕を曲げてガッツポーズするレモン。
「どうやら謎の少女達が勝ちました。子供達も無事みたいです」
舞台から降りていく子供達。カメラに気付いたのかピースする子もいる。
舞台袖の音響装置。その前に座っている宮本。
(いまのところは順調だけど、船山さんのリアクションが怖いなぁ)
懸念はするが、ショーは予定通り進行する。
「ハーッハッハッハ」
デーモン百貨社長の笑い声が舞台に響き渡る。
「その声はデーモン百貨!!(ホイップとレモン)」
「子供達なぞ後で取り戻してくれるわ。食品部門、かかれぇぃッ」
闇の力(黒い煙)が全てを覆う。
「な、何だ。すごい煙だ。みなさん大丈夫ですかー」
やがて晴れる黒い煙。そこから将軍ことドン・ギガモリ、羽田ことヒレツメーン、市川ことウオガシラが現れる。
「ガーハッハッハッハ、俺の名はドン・ギガモリ。オマエ達を料理してやる」
「頭脳担当ヒレツメーン。いい具材になりそうだ」
「ウオガシラだ。骨も残さず喰らわせてやるぜ」
怪人達の登場。
「あーっ、将軍に羽田さんじゃないですか。こんな所で怪人みたいな格好しちゃって、どうしたんですか?」
(それは、らめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ)
着ぐるみのチャックを開ける。役を演じている人の素性を言う。それを船山は親しげに、近所のおばさんに話しかけるようなテンションで、現実に引き戻してしまったのだ。
(どうする。いっその事、船井さんをハンバインに捕まえてもらおうか)
すぐ頭をブルブル振って却下。そんな事をしたら番組プロデューサーに怒られかねない。
今はみんなを見守るしかない。
「行くぜ。さっさとブッ倒してやる」
ウオガシラが動揺するドンとヒレツを置いて威勢良く斬りかかる。
ホイップとレモンはギリギリで回避。
「ちくしょう逃げやがって」
「しかし、あのウオガシラって奴。怪人と言うよりヤンキーみたいだな」
笑い声。テレビカメラの前で自分の演技を指摘される。船井はイジリのつもりでやったが向こうは慣れてない。役を続行できるか心配だ。
「オラァーッ」
「エイッ」
何とかショーは成立しているけど怪人達はやりづらそうだ。だから、早々とメンネット(バリカタ)の発射をカンペに記入。
全員所定の位置に立つ。ヒレツメーンが腕を伸ばす。
「ちょこまかと。喰らえ。メンネット(バリカタ)」
し~ん。
「メンネット(バリカタ)」
またも、し~ん。
こんな筈ではと首を振るヒレツメーン。
「オイ、どうした?」
素で聞くドン。
打ち合わせでは台詞を言ってくれれば、簡単に抜け出せるネットをホイップとレモンに投下できる筈だ。
「おーっと必殺技が出ない。トラブルでしょうか?」
船山もリアクションに困っている。
頭を抱える宮本。そこにスタッフが耳打ちしてくる。
「メンネットの装置にトラブルが発生したみたいですね。グダる前に終わらせますか」
宮本の予定ではルンとミヅキがピンチのヒーローを庇う。そして攻撃が当たる瞬間、奇跡の力でハニーシュガーとビターショコラが防いでくれる筈だったのだ。
このままでは「アイドル×商店街」が成立しない。
「クックックッ」
いきなり笑い出す宮本。
「ダメだ。俺達でなんとかするか」
スタッフが宮本に代わって進行しようとする。
「待ってください。ドン達はホイップとレモンの必殺技で倒れてもらってください」
宮本はそう言うと急ぐように消える。
「どうしたんでしょう。お体の調子でも悪いのでしょうか?」
「敵の心配なんかすんなよ」
当然たるレモンのツッコミ。
「とにかく、今がチャンス。必殺技でやっつけましょう」
「そ、そうですね…………いいんでしょうか」
「ホイップさん敵にもお優しい」
船井のコメント。
レモンが左腕を構え右足を引く。
「アタシの一発受けてみな。レモンバスター」
踏み込まれる右足。絞るように左腕が腰溜に、反動で右腕が伸びる。空手の技の一つ逆突きだ。
ビーム発射のSE。
「じ、じゃあ」
卵を割るように自分の足を叩き、手を合わせて卵をイメージ、それを離して卵を割る。
「覚悟してください。エッグスシュート」
両手でイメージした卵を押し出す。
卵だけど泡がたくさん生まれるSE。
「ウワァァァァァァァァァァァ」
素の断末魔。本当の意味で動けずにいる。
必殺技が炸裂し派手な爆発SE。
怪人達はホイップとレモンの二人に倒される。
まごころデコレイツのキャラ毎に技を導入したのは、子供達の印象に残りやすくする為に今回から導入された。ただし、威力は敵の必殺技をいなす程度で、四人揃って放つ必殺技が怪人を倒せる技だ。
ショーの終了を急いだ為、特別に演出が変わったのだ。
拍手。
じょじょに大きくなる拍手。
「と、とにかく商店街の危機は去ったようです」
「全く赤字じゃないか食品部門。情けない。黒字にしないと」
突然の声にザワザワと騒ぐ観客。舞台にいるホイップ、レモン、まだ変身してないルンとミヅキも動揺する。
黒い煙が舞台を隠す。
「ハーッハッハッハハ」
やがて煙が晴れる。舞台の中央に影がある。
マントに黒い甲冑、肩や腹部等目に付くところには『円』がモチーフのマークが施され、しかも身の丈程のグレートソードを携えている。
騒然とする観客だが、違和感を覚える者が出てくる。
「なに、この黒くて硬そうな騎士さんは? でも小さいから大した事ないですね~」
甲冑や剣に迫力はあるけど、ルンの言う通り騎士にしては小柄なので迫力に欠ける。
「我が名はクロジナイト。デーモン百貨経営部門部長。お前達を剣の錆びにしてくれる」
クロジナイトの出現にどう構えればいいか分からないホイップ、レモン。
「き、聞いてません」
「コイツ、つーか、みや――」
「――構えよ。参る」
クロジナイトがグレートソードを二人に振り下ろす。
でも打ち合わせをしてないので、倒れて良いのか反応に困る。
「あの、やられてください」
小声。さっきの低い声から高くて情けない。クロジナイトの正体は宮本だ。
「み、宮本君。なんですかその姿は」
「オマエ、何のマネだよ。わけわかんねぇ」
ホイップとレモンも合わせて小声。
ドン・ギガモリ、ヒレツメーン、ウオガシラが倒される前。
楽屋と言う名のテント。
メンネットの不発による演出の変更。宮本は急いで中へと入る。
「な、なんですか?」
「ア~ラ宮本ちゃん。本当に使うの~」
「超特急でお願いします」
宮本がそう言うと、堂ヶ島は楽しそうにハンガーラックを運び、ベールを剥がす。
「ごかーいちょー。イヤァン」
そこにはクロジナイトの甲冑がある。
保険。
宮本は将軍、羽田、市川を信頼している。だけど、三人は練習に割ける時間、総練習時間が少ない。決して信頼していない訳ではないが、ショーが成立しない場合は宮本自身が怪人として代わるつもりでいた(製作時間は二週間)。
けど、今のプランは舞台に立つ人達には言っていない。だから、厳密に言うと保険ではなくやけっぱちと言える。
「とりあえず四人が変身すればいい」
「準備完了よ。本当に大丈夫でしょうね」
「全力を尽くします。もうなるようになるだけです」
「ダメだったら、タダじゃ済まさないわよ」
それだけは本当にカンベンと宮本は全力で駆け出す。
「アタシの一発受けてみな。レモンバスター」
「覚悟してください。エッグスシュート」
「ウワァァァァァァァァァァァ」
舞台裏に到着。
息を切らすけど、演出変更の説明を書いた資料をスタッフ達に渡さないといけない。
「無理だ。もう歌の準備に入ってんだ。ワガママ言うな」
「これ以上、失敗する気か?」
当然の反応。今まで高校生(緒室等と打ち合わせはしている)の指示に従っていたが、ここに来て不満も爆発し、スタッフ達は冷ややかだ。
宮本は兜を脱いで途方に暮れそうになる。
「お願いします」
頭を下げる。それも深々と。
無視され「食品部門(黒い玉)準備」を吊り下げる準備。歌へ移行しようとする。
「お願いします」
宮本は黒騎士姿で地面に頭を付けて土下座。
スタッフ達は気付くも見ないふり。
「お願いします」
確かに今のままでもコラボレーションとか言えば成立する。それでも、変身して四人揃ってじゃないと真のコラボレーションとは言えない。なぜなら、どうしてアイドルがわざわざ商店街の為に歌だけ、どうして主演じゃないのと疑問しかないだろう。
「せめてルンとミヅキを変身させてください」
例え無視されても屈しない。正しいと信じているから。
「なぁ、宮本の言う通りにしてやれよ」
低い声。でもなだめるような穏やかさ。
怪人姿をした将軍、羽田、市川の三人が助け舟に来た。
「ここまで来て保守に回るとはね」
「最後までコイツに付き合ってやれよ」
それでもスタッフ達は無視する。
「俺達からも頼む」
将軍、羽田、市川は揃って宮本と同様に土下座する。
そんな彼らの姿を見てスタッフは動きを止める。多少なりとも自分達の不手際で、終了に追い込んでしまった罪悪感だろうか。
「わ、分かった。俺達も全力でやる」
「言ったからにはお前もうまくやるんだぞ」
宮本は頭を上げる。
「ありがとうございます」
分からなかったホイップとレモンだったが舞台袖のカンペで把握。
「キャアッ」
大分遅れて二人はやられる。
「お前達を倒して人間共から収益を稼がせてもらう」
「なんて速い剣筋。残像だと言うの」
智美のアドリブ。これで動きの遅れを演出だと予防線が晴れる。
「なぁに油断しただけだ。アタシ達が本気出せば余裕さ」
「そ、そうですね。私達はどんな敵にも負けません」
レモンとホイップは立ち上がりクロジナイトに挑む。
突き、蹴り等の二人による連携攻撃を、クロジナイトは全ての攻撃を剣だけで防ぐ。
あくまで当たっている体。実際に梓の攻撃なんて受けたらカッティングボード製の剣はひとたまりも無い。
「なんで、効いてないんだよッ」
「鎧のせいでしょうか」
「フンッ」
大きく横に薙ぎ払われる剣。二人はやられ倒れてしまう。
「つ、強い。強すぎるぞクロジナイト。太刀打ちできない」
クロジナイトは剣を大きく構える。
「ガバナン・スラッシュ!!」
振り下ろされる剣。放たれる斬撃。SEはカツオスラッシュと同じだ。
二人は断末魔を上げるけど、必死に立ち上がろうとする。
「ま……まだです………負けるわけには……いきません」
痛々しいファイティングポーズ。
「逃げなさい。私達も逃げるから」
逃げようとするミヅキ。
「逃げたら、誰が………守る……んだよ」
レモンが熱い台詞(アドリブ)を言う中、クロジナイトは再び剣を大きく構え、ガバナン・スラッシュを放とうとする。
「デーモン百貨のリスクを取り除かせてもらう」
それにしてもこの宮本ノリノリである。兜で顔を隠しているから、自身が持つ中二病の痛さを発揮しているのかもしれない。もし、顔を出していたら今より動けないだろう。
ルンが小さい体を張ってホイップとレモンを庇おうとする。
「なにしてんの。馬鹿」
絞り出すようなミヅキの叫び。
「逃げたくないです。逃げたら後悔しちゃいます」
「見るがいい。広告塔が壊される瞬間を」
カツオスラッシュもといガバナン・スラッシュのSE。
幕は下ろされる。
「る、ルンちゃーん。果たしてルンちゃんいや皆の運命は?」
「オマエ、なんだよ。きいてねーぞ」
レモンがクロジナイト(梓が宮本)に詰め寄る。
「ご、ごめん。ホント、ゆ、許して」
宮本が頭を抱え込んでしゃがみこむ。
「お、落ち着いてくださいあずちゃん」
ホイップ(真悠)が梓を羽交い絞めにする。
「うー、マユ先輩。だって、ヒドイじゃないっすか」
「ま、まぁまぁ、私は宮本君と一緒に舞台に立てて楽しいですよ」
「ずいぶん呑気なものね。私達を騙すタヌキと舞台なんて楽しくないわ」
ショコラになったミズキがスタスタと現れる。
「そ、それは、練習段階の負担を減らす為で、騙すとかそんなんじゃなくて」
圧倒的な力を見せ付けてきたさっきと、今の宮本は同一人物かと疑いたくなる。
「もういいじゃないですか。こうしてカワイイ衣装が着れるんだし」
スキップしながらハニーシュガー(ルン)がやって来る。ピース。
「そうそう。やっぱり四人が変身しないと、決まらないですよねー」
顔を合わせるけど、ルンは嫌そうに目を背ける。
「その黒くてゴツイの外してください。誰なんですか?」
クロジナイトの兜を「酷いなぁ」と言いながら宮本は外す。
「僕ですよ宮本です。宮本修晴です」
「ぇええっシュウ君。じゃあシュウ君も入れてあげて五人ですよね」
ルン(千春)が指をくわえて真悠、梓、ミヅキをねだる様に見る。
「分かってますよ」
真悠はにっこり、いつもより嬉しそうに笑う。
「逃げようとしていた私を、ここにいさせてくれたんですから」
「アア、五人だ。まぁ、アタシが四人に減らすかもな」
梓が拳を鳴らすから、宮本は鎧を不安そうに眺める。
「まぁ、入院したらしたで看病してやってもいいけどな」
発言をデレと捉え、宮本の脳内は梓をナースコスプレに変換「オォー」とガッツポーズ。
「お気楽なものね。変なアドリブをしたらタダじゃ済まさないわよ」
「気をつけます」
「貴方の思考なんて高が知れているから、私がフォローするわ」
良い仲間に囲まれているなと宮本は感慨にふける。
「そろそろ幕を上げます。スタンバイお願いします」
「ハ、ハイ」
幕が上がり、舞台の中央に四人が立っている。
「バカな。新入社員か」
驚愕するクロジナイトをよそに、勇気が湧きそうな希望のあるBGM。
「幸せクリーム、皆に届け。ラッキーホイップ」
上目遣い。ぶりっ子ポーズで胸をギュッ、空に向かっておもいきり両手を広げる。
「優しい酸っぱさ、悪を泣かせる。ワンダフルレモン」
気合に満ち溢れたジャンプアッパー。着地してサムズアップと頼もしそうな顔。
「甘~い笑顔、元気にな~れ。ハニーシュガー」
クルクル回ってスカートひらり、背中を見せると腰をひねってお客さんにスマイル。
「努力は苦味、貫く意志。ビターショコラ」
ターンすると、脚を魅せる様に床を踏み、指先一つ動かさずに腕を伸ばしウィンク。
「皆を悲しませるデーモン百貨」
「例え、おてんとうさまが許しても」
「ぜーーーったい」
「許さない」
「私達、『まごころデコレイツ』が成敗しちゃいます」
まごころデコレイツがクロジナイトを同時に指す。
「なんですか~この格好。これであの黒い奴を倒せるんですね」
シュガーが楽しそうにはしゃいでいる。
「この姿は、いったい何が起きたと言うの?」
ショコラは自分の手足を見て信じられなさそうだ。
「それは、二人を助けようと願った優しい心が起こした奇跡です」
母性あふれる優しい声が聞こえてくる。
「下らん。リスクは排除だ」
クロジナイトが斬りかかる。それを四人は飛び退いて回避。
「よ、避けれました~」
嬉しそうなシュガー。その肩をレモンが叩く。
「じゃ、反撃しようぜ」
「そうですね」
レモンが先導してクロジナイトを攻撃し、後からシュガーも続く。
「オラオラオラオラ」
「ハイハイハイハイ」
二人の連撃だが、剣で防がれるか回避されてしまう。
「ハァァッ」
グレートソードによる反撃。
「キャアッ」
レモンとシュガーはブッ飛ばされ床に。
「ハーッハッハ。予算も体力も大事にするんだな」
クロジナイトは余裕な態度。ホイップとショコラは顔を見合わせ作戦会議。
「あいつの攻撃を誘って疲れさせる。大きい剣だし、どう」
「そ、そうですね。やってみましょう」
ダダ漏れな作戦会議。
「手の内がダダ漏れだぞ」
クロジナイトが襲いかかる。ホイップとショコラも負けじと走り出す。
「フンッ、ハッ、ラァッ」
振るわれるグレートソード。
それをスレスレで回避するが、相手は疲れを知らない。
「私がオトリ、貴方が隙を突いて」
ショコラからの作戦変更。ホイップは様子を伺う。
「おもしろいッ、プラン変更と来たか」
相変わらずグレートソードをブンブン振り回していく。やがて、ショコラは避けきれなくなり攻撃を受けてしまう。
「よ、よくも」
ホイップはショコラをやられた怒りから攻撃を仕掛ける。
「無駄だ」
回避からの鮮やかな反撃。
まごころデコレイツはクロジナイトに手も足も出ない。
「ハーッハッハッハ。まごころデコレイツ、格付けするならCCC(トリプルC)だな」
シュガーは悔しそうに唸る。でも何か思いついたのか、手の平をポンと叩く。
「必殺技です。ホイップとレモンみたいな」
「なるほど、でもどうやって?」
「ごめんなさい。分かりません」
「気合じゃね」
シュガーは諦めないで「うーん」と唸っていたら、電球がパッと点くSE。
両手で自分を包みクネクネ屈伸。そしてクネクネ立ち上がる。
「甘くてトロトロ私にメロメロ、メープルシャワー」
目に横ピースをした後、おもいっきりハチミツ(イメージ)を相手にかける。
それを「なんの」とクロジナイトは退く。そこに液体がバシャッとこぼれるSE。
「なっ」
反撃の為に突っこんだクロジナイトは、剣を振りかぶったまま動けない。
「どう言う事でしょうか?」
「なんだか知らないけどチャンス。反撃だー」
レモン、ショコラ、ホイップの攻撃。ちなみにシュガーは一休み中だ。
「まだまだ」
攻撃を受けてもクロジナイトは剣を構える。
「あの剣邪魔ね」
ショコラは蹴ろうと黒タイツの右足を引く。
「喰らいなさい。敗北の味ムース・ド・カカオ」
首をえぐるような回し蹴りが黒い弧を描く。薙ぎ払うようなレーザーのSE。
「グオッ」
その衝撃に、クロジナイトは剣を構えたまま動けない。
「今よ。剣を壊しなさい」
シュガーが飛び出し剣に連撃、続いてホイップ。
「ハァッ」
レモン渾身の突きが本当に命中し、カッティングボード製の剣が折れてしまう。
「ああっ、魔剣レバレッジが」
そして、剣を失ったクロジナイトは、まごころデコレイツにボコボコにされる。
「す、すごいぞ。まごころデコレイツ。クロジナイトに逆転だー」
ホイップとクロジナイトが対峙。
「行きます」
「ウォォォォォォッ」
これで雌雄が決まると激突。
「ひゃあっ」
情けない声を出してホイップが派手にずっこけてしまう。
拳はクロジナイトに向けているけど、届いたと言うには無理がある。
(マ………マジかー。ど、どうしよう。やられた方がいいのかなぁ)
「こ、転びました。果たしてどうなったんでしょうか?」
困惑する船井のコメント。お客さんも同様だ。
「マ、まま、ほ、ホイップー」
「転んでモゴッ――」
「――貴方、ラッキーホイップなんでしょ。奇跡を起こしなさい」
(と、とにかく、なにか奇跡が起きた事にしよう)
「ば、バカな……こ、攻撃が当たっただと……」
クロジナイトは腹を押さえ、距離を取った上で片膝を付く。
「あ、当たった。当たったんですね」
今がチャンスと四人は揃う。
ホイップは両手を胸に添えて。
「届いて愛情」
手からハートが生まれる。
「勇気を受けろ」
重心を落としたレモンは、構えてハートを突き出す。
両手を慌てて振り回すハニー。
「笑顔がイチバン」
ハートに笑顔。おまけでウィンクも。
両手を合わせた後、ハートを作る。
「反省しなさい」
マイクで拾える程の「はぁー」と息が吹き込まれる。
「まごころハートフラッシュ」
炸裂。クロジナイトは断末魔と共に舞台袖へと引っ込む。
その直後、舞台天井からクロジナイトの正体である黒い玉が吊り下げられる。
「おのれ、次こそはお前達を倒してやる」
宮本の声(低め)
「アレレ。倒したんじゃないんですか?」
「倒してない。逃がしたら、またクロジナイトと戦うハメになる」
「冗談じゃないわ」
「歌いましょう。私達の歌には浄化の力があります」
浄化の歌「まごころシャイニー」
四人はみんな揃って充実感に満ちた笑顔。
でもいきなり始まった戸惑いか、リハーサル公演の失敗を知っているのか、お客さんの反応は寂しい。
「みんなスマイル。でも、私はクライよ」
シュガーから。
「暗くたって、泣いたって、悩んだって、そんなの気にしない」
レモン。リハーサルの時は忘れていたけど、でも今日は大丈夫。
「できる事は少ないけど、いつも全力」
めいいっぱい身体を弾ませ、胸はもっと弾む。
「何食べる? どれも自信作さ」
トレイを持ったつもりでお客さんにコレ食べるとアピール。
お客さんも段々乗ってきて、リズムを取る者も。
「優しいものにつつんで、悩みなんて揚げてパクリ」
「もう平気さ明日が来い。軽くなった笑顔でじゅうぶん」
ちゃんとレモンが決める。
サビだから四人揃って。
「ほーら、笑った。また見せてよ」
鬼の角を再現。
「ツンツン禁止。ニコニコしてよ」
腕を組んだと見せかけてあざといポーズで笑う。
「雨はやむよ」
外へ出ようと手を差し伸べ。
雨が降っていても、四人揃って雲をかき混ぜちゃえ。
「シャイニー」
眩しそうに、でも笑い返す余裕のホイップ。
「シャイニー」
レモンは太陽を掴む様に、そしてガッツポーズ。
「シャイニー」
シュガーが飛び上がる。
オオッと観客が反応。
「シャイニー」
澄んだ声。でも恥らいながらピョンとショコラ。
「シャイニー(お客さん)」
船井も腕をあげてくれている。
「ねぇ、ステキな笑顔。今日イチだよ」
ランダムにお客さんを指名しちゃいまーす。
「また見せてね」
ニッコリ。場が温まりつつ、一番が無事終わる。
フォーメーションチェンジ。ホイップとショコラがセンター。
「悩み忘れて、朝。メールとメイクで、もうダウン」
手を合わせて枕でダルさ、ケータイを触るように、スローリーにパフをするように。
「リアルに追われて、ヘトヘトだけど」
黒タイツを見せてジタバタ、生足でもジタバタ、疲れていても腕は小刻みにブンブン。
「今日はどこへ、どこに行こう。まっすぐなんてつまんない」
ホイップへ。
「そうそう、動画のネコちゃん見ましたよ」
猫になって「にゃあ」の破壊力と安定した優しい歌。ここからサビに突入。
「何気ない会話、ちょっとしたデキゴト」
手をクチバシにしてお互いをツッつく。
「それぞれ大事だよね~」
乗り出すように訴えかける。
サビを歌いながら四人が一斉に散らばる。
「シャイニー」
「シャイニー」
まごころデコレイツとお客さん達がシンクロする瞬間。
今度は集まって東西南北。そしてソロ。
ホイップから。
「おこりんぼうさんも、泣き虫さんも…………」
歌詞を忘れてしまう。
お客さんが不安そうに見てくる。
ここまで歌は上手くいっていたのに。
ザワつくお客さん。そして、まごころデコレイツ。
「祈って・まごころ・ギュッと・送ります」
舞台とお客さんの間、クロジナイトがカンペを持って登場。
「いのって・まごころ・ぎゅっと・おくります」
動揺込みの歌。大急ぎでクロジナイトが立ち去る。
「シャイニー、シャイニー、シャイニー」
まごころデコレイツは最後まで歌いきった。
鳴り止まない拍手。割れんばかりの歓声。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアッ」
クロジナイトの断末魔。
「応援してくれてありがとうございます」
「アリガトー」
「ありがとうござま~す☆」
「ありがとう」
まごころデコレイツは、お客さんの拍手と声援を受けて舞台から去る。
「いやーすごいですね。まごころデコレイツ。黒騎士がカンペ持ってくる等、色々ありましたけど、僕はおもしろいと思います」
船井はそう言って締めくくる。
まごころデコレイツのショーが終わり夕方。喫茶店ソルベの前にスタッフが集まり、船井が立っている。
「えー、まごころデコレイツのみなさんが集まっていると聞いて、ここ喫茶店ソルベに訪ねてきました」
ドアノブに手をかける。
「それでは、このレトロなドアを開けてみましょう」
来店を告げるベル。
橙灯の明かりに照らされ、メイド服に着替えた真悠が笑顔で迎える。
「いらっしゃいませ」
丁寧に頭を下げる。
「ぉおー、かわいいウェイトレス――」
船井が真悠の正体に気付いたのか大げさに驚く。
「って、もしかしてホイップさん? ここで何してるんですか?」
「はい。ここは私のお店です。立ち話も難ですのでお席にご案内しますね」
真悠が船井を案内すると、先客としてルン、ミヅキ、梓、宮本が座っている。
「まごころデコレイツです。確かに情報通りです」
とりあえずカメラに手を振る皆。ここで一度カット。
トークコーナー。テーブルや椅子を動かし、船井がMCとして右に、まごころデコレイツは椅子に座り画面中央、左に宮本(よく見切れる)と言う位置。
「まごころ商店街の平和を守る、まごころデコレイツの素顔に迫っていきたいと思います」
船井は真悠に振る。
「まずは自己紹介の方をどうぞ」
慌てるように真悠は立ち上がる。
「まごころデコレイツ、ラッキーホイップこと相内真悠です。年齢は十八歳、ここ喫茶店ソルベで美味しい紅茶とスイーツを作っています。みなさんもぜひ来てください」
ホイップの時より緊張しているのか、早口気味で、テーブルにぶつかるんじゃないかと心配になるお辞儀。
「真悠さんのお手製スイーツは後ほど、とっても期待です」
「ワンダフルレモンをしている荻原梓です。年は十七、高校二年生、商店街にある実家の八百屋を手伝っています」
敬語だけどぶっきらぼうになる梓。
「こちらで入手した情報によりますと、元ヤンキーだと聞いたんですが?」
「そんなわけね……ないじゃなですか」
愛想笑いで切り抜ける。
「まごころデコレイツでハニーシュガーをしている、花寄ルンで~す。プロフィールよりマユさんのスイーツが食べたいで~す」
テンションは高いけどすぐに座ってしまう。
「まごころデコレイツ、ビターショコラ役。高嶺ミヅキ。隣でお腹空いたって言う娘と、一緒にもだん花鳥風月と言うアイドルをしています」
ミヅキは丁寧にお辞儀して座る。
「そして、男子が一人。いったい何者なんでしょうか?」
「まごころデコレイツ原案。宮本修晴。高校一年生です」
宮本はクロジナイトで疲れたのと緊張で、テンションが真面目。
「アレ、声高いですけどクロジナイトですよね?」
「いえ、チガいますよ」
声が裏返る。
「ぇえ~、ガバナン」
「スラッシュ」
反射的に出たクロジナイトの声。宮本はつい口を隠す。
「さて、クロジナイトさん」
「ちょっ、それはやめましょう。いや本当、お願いしますよ」
ゴホンと船井が咳払いで場を変える。
「では、ちょっと真面目な質問をします。どうして宮本さんは、まごころデコレイツを企画されたんですか?」
少し考え込む宮本。頭の中では想定していたけど、いざ言われると出てこない。
(なんて言えばいいのかな。編集でカットも嫌だし)
まごころデコレイツ、船井、スタッフさん達の視線。
(どう説明しよう。ぁあーどうしよう、はぁ)
答えられず悩む宮本。心配そうにする真悠と目が合う。
商店街を最初に好きになったキッカケ。
小声で「オイ、オイ」と梓が言ってくる。
一生懸命がんばり、応援したくなる娘。
手に人という字を書いて見せてくるルン。
(飲む暇がないんですけどー)
ミヅキは目配せするのみ。
そして商店街にやって来て、協力してくれた二人。
「すいません長考して。でもカットしてくれますよね」
「気にしなくても大丈夫ですよ」
深呼吸。
「実を言うと僕はこの街に住んで一年も経ってないんです。お昼を食べようとお店を探していたら、ある一軒のお店を見つけて、それは一目惚れでした。内装に置いてある一つ一つ、もちろん料理も」
「お店の人はどうなんでしょうか?」
「それはノーコメントでお願いします」
口は滑らない。
「でも、お店が潰れそうだって話になって、集まってくれた皆となんとかする方法を話し合ったら、結論としていっそ商店街ごと盛り上げようってなったんです」
頷く船井。
「それって、ルンちゃんの嫌いだったバナナを食べられるようにするのもですか?」
「大変でした~もぉ何度、ゲはいッターイ」
ルンの口をカメラに映っていない足が封じる。お食事時の自主規制。
「とにかく。普通のアピールじゃダメだと感じたから、単純ですけどご当地アイドルとご当地ヒーローを足したんです」
「みなさんはこの企画について、どう思われましたか? 梓さん」
「オッ、おう。ヒーローは昔から好きだし、アクションとか好きだから賛成なんだけど」
なんとか答えられたが、顔を赤らめ言いよどむ。
「けど?」
「やっぱり衣装、露出度たっかいのがな…………恥ずかしいんだよな」
「梓さんの可愛い一面が見れたところでルンちゃん」
「大好きなお店がやっててくれるし、イロイロ楽しいのでアリです」
笑ってカメラ、宮本に「イェーイ」と手を振る。もちろん振り替えす宮本。
「ミヅキさんとしては、宮本さんの企画は無謀とか思いませんでしたか?」
「はい。無謀と思いました。素人の企画ですから」
少し間を置き、ミヅキは微笑する。
「でも、面白そうだと思った。その思いが強いから、例え泥舟でも乗れました」
「上げたと思ったら落とした。さすがミヅキさん」
船井が真悠の方を見る。
「最後は真悠さん。どう思いましたか?」
「私は…………」
宮本の方を向き、お互い目が合う。
「私はお客さんが喜んでくれるなら、喜んでくれると思ったから、引き受けました」
船井は「それだけですか? もっと他にもあったような気が」と突っ込んでくる。
「え、でも、宮本君やみなさん信頼できるから、それに答えられたらいいなと思いまして」
これ以上は答えられないと真悠は俯く。
「そうですか。良い人には自然と人が集まっていき、それが大きくなっていって、今日の様な素晴らしいショーになったんだなと思います」
カット。ここで撮影は一時中断。ディレクターが船井に耳打ちする。
真悠は作ったスイーツを用意しに厨房へ行ってしまう。
「ここで、真悠さんのスイーツを食べて感想を言うんだけど、少し暇だから、バラエティ向けな質問しても大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。ね、ね」
ルンが梓、ミヅキを見てくる。二人は承諾。
「まごころデコレイツを組んで、特にここが苦労したなってのはなんですか?」
綺麗に磨かれた厨房。真悠は、この日の為の新作「デコレイツのシンフォニー」をトレーに載せ、それに合う紅茶としてキャンディを選択。もちろん夏なのでアイスティー。
理由はすっきりした飲みやすさにある。ゼリーが四つの層になっているので、一つの層を食べたら紅茶を一杯飲んで口直ししてもらい、次の層を美味しく食べてもらいたいからだ。
「船井さんのお口に合うといいですけど」
今日の朝、何度も作り直してトッピングも丁寧に取り組んだつもり。でもテレビで自分のスイーツが評価される。緊張してしょうがない。
「ふざけんな。そうやって毒ばっか吐いて」
「貴方こそ。その汚い言葉遣いをやめたら」
梓と智美が言い合っている。マズイ止めなきゃ。
そう思ってもスイーツは持っていく。
急ごうと駆け出す。
(こんな時までケンカしてー、どうして仲良くなれないんでしょう)
いつも歩きなれた床。
ここ最近、転ぶこともないし、ちょっと走ったって大丈夫。
それよりケンカを止めるのが優先。
「二人ともケンカはやめ――」
つんのめる体。
せめてスイーツと紅茶だけは無事でと、祈り動かした腕が致命的。
みんなの頭上にスイーツが紅茶が。
「にゅっ」
バリーン、ガッシャーン等の音を立てて水泡に帰す。
「大丈夫ですか?」
「ま、マユ先輩!!」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
ミヅキは頭を押さえて、その場から眼を背ける。
「ゴメンンサイ」
せっかく作ったスイーツや淹れた紅茶が台無しになってしまい、真悠は半泣きだ。
それでも取り繕うと、割れた江戸切り子の破片やカップの破片を掃除しようとする。
「あー、ダメですよ。手切っちゃいますよ」
誰よりも速く宮本が真悠の手を取る。
「どうしましょう。せっかく長田さんが作ってくれた切り子が……」
「大丈夫です。真悠さんがスイーツをもう一度作ってくれるなら、それでいいんですよ」
安心してもらいたい。そう思って頭を撫でようと手を近づける。
(待て、今はテレビ。テレビなんだ)
「ありがとうございます。宮本君の言うとおりですよね」
そう言って真悠は涙を拭くと立ち上がって厨房へと戻る。
「おいしい」
船井が微笑む。
「いやー四つ。それ以上の味が舌に広がるから、どれも美味しくて、気が付いたらもう無くなっちゃいましたよ」
あの後、真悠は「デコレイツのシンフォニー」を作り直し、みんなに食べてもらった。
船井は、トッピングの桃、ハチミツを混ぜたレモンジュレ、桃ジュレ、チョコレートムース、ほろ苦いチョコを、ワクワクしながら食べ進め、美味しいと感想を言ってくれた。
その後も収録は続き、まごころデコレイツへの質問等のトークで、終わったのは予定よりも二時間遅い二十一時にロケは終了する。