第四章 商店街とリハーサル
第四章 商店街とリハーサル
「ガーハッハッハ。俺、ドン・ギガモリがまごころデコ………なんだっけ?」
「デコレイツですよ。ドン」
ドン・ギガモリこと将軍が台詞を忘れ、ヒレツメーンこと羽田から台詞を教えてもらい続ける。本来ならやり直すがここは通す。
ドンにやられたまごころデコレイツは、負ける訳にはいかないと立ち上がる。
「例えデーモン百貨がちゅよくても諦めません」
「オマエ達か……をブッ飛ばして将軍達を返してもらうぜ」
「カット」
「そこは『オマエ達から商店街のみんなを取り戻してやるぜ』です。あずさん」
千春が宮本よりも早く梓の台詞を指摘する。
宮本達は時間が無い為、商店街の近くにあるゆうゆう公園でショーの練習をしている。
「相内さん、荻原さん、お願いしますよ」
「ごめんなさい」
「すまない」
練習は芳しくないまま五時で終わり解散となる。
宮本はグッドプロジェクトのスタッフと共に、舞台の設置をするため公園に留まる。
歌とダンスの練習は大詰めで、スタジオにはショーで使う曲が流れている。
脚を左右に床をトントン。腕を回して空を指そう。
――真悠ワンテンポずれてる――
「雨が降ってもへっちゃら」
今度は自分のハートを指せ。
「傘は無いけど傍にいるよ」
真悠がセンターに立ち、倒れた人に手を差し伸べる。
「さぁ行きましょう。お茶にする?」
「悩みなんて気にすんな」
――『気にすんな』じゃない『ブッ飛ばせ』だ――
真悠
千春
梓
智美
みんなの横顔。
「聞こえないな」
みんなで耳に手を当て、首を振る。
体を揺らし、手はヒラリヒラリと裏表。少し歩こう。
――智美がずれて一人歩く――
音楽が止まると、智美が頭を下げている。
「ごめんなさい。もう一度やり直してください」
練習は続くが、普段ミスをしない智美が多くしてしまう。その代わり千春は調子が良いのかずっと活き活きしていた。
「驚きました。新島さんもミスをするんですね。でもきっと大丈夫ですよ」
練習が終わり、智美を慰めようと真悠は声をかける。
「ありがとう。でも安易で甘ったるい言葉なんて吐き気がするわ」
梓が「オマエ」と立ち上がる。そこに千春が猛スピードで割って入る。
「ともみん。ギスギスしちゃダメですよ。あずさんも怒るの禁止」
千春の急なまとめ役っぷりに、みんな言葉が出ない。
「おつかれ~。ハァ、僕もだけどね」
骨組みを運ぶだけで疲労困憊だけど、宮本は差し入れを持っている。
「ありがとーございまーす」
言うよりも早く千春はジュースを取り、それをゴクゴクと飲んでいる。
「みなさん練習の方はどうですか?」
「正直、かなりダメかもしれません」
「アタシ、まだ台詞や歌詞がゴッチャだ。カンペ頼む」
不安を訴える真悠と梓に、千春は食べながら「だいじょうぶですよ」と声をかける。
「全部フォローしちゃいますよ」
絶好調とピース。
「そう。私は自分の事だけで余裕が無いから頼りにするわ」
早々と帰り支度をした智美はスタジオを出て行ってしまう。
「大丈夫でしょうか? 私怒らせちゃいましたから」
真悠は気弱そうに肩をすくめている。
「大丈夫ですよ。新島さんは気にしてないと思いますよ(たぶん)」
「リハ公演まだかな~」
不安なんかどこ吹く風と千春は体をうーんと伸ばす。
七月初旬のフリーマーケット。本来は六月にも行う筈だったが中止し、商店街ご当地ヒーロー兼アイドル「まごころデコレイツ」のリハーサル公演に合わせてずらしたのだ。
勝手な都合でずらしても出店は減らず、お客さんの数もアイドルもだん花鳥風月が来ると聞いたファンや物見遊山で来た人のおかげで多いくらいだ。
(うへー緊張するなぁ)
舞台袖に戻り、宮本はスイッチだらけの音響装置の前に座り台本と睨めっこする。
宮本は台本原作者を理由にショーの進行責任者として音響を担当。
(ケンカが始まったら六番で。音が止まったら七番――)
後ろは慌しく演出で使う照明や爆薬等の確認を行っていた。
「ルンとミヅキの衣装を運んできました」
ハニーシュガーとビターショコラの衣装が運ばれてくる。ちなみにショーの導入は、もだん花鳥風月のライブとしてお客さんを掴み、後で変身してもらう。
開始が迫る中、緊張してきた宮本はそれに耐えられず、自分も緊張してるから皆も緊張してるだろう。気になるし様子を見ようと抜け出す。
舞台の裏では、戦闘員役を演じてくれるスタントマン達が準備運動をしている。
宮本は「おつかれさまでーす」と挨拶して通り過ぎると、楽屋を兼ねた白いテントが見えてくる。
その前を市川がウロウロ歩いている。
「市川さん。始まる前から疲れますよ」
「は、早く舞台に立ちたくてしょうがないんだよ」
市川も大丈夫じゃないけど、奥にはもっと大丈夫じゃない人がいる。巨体ゆえ二つの椅子に座る将軍とその陰に隠れて座る羽田は微動だにしない。
「大丈夫ですか? こういう時は人と言う字を」
「都市伝説です。はぁ、こう見えてもテレビには出た事あるんだけどな」
インタビューとショーでは出る意味が違う。それより宮本は石化した将軍に話しかける。
「ちょっと将軍。しっかりしてくださいよ。お孫さんに好かれたいんですよね?」
「そんくらいわかっとるわ。けど、失敗してますます嫌われるのが怖いんじゃ」
不安を訴える将軍。無責任な言葉しか思い浮かばないが言ってみる。
「だ、大丈夫ですよ。失敗しても倒される事で、怖いおじいちゃんが優しいおじいちゃんになったと思いますよ」
「それならいいのだが」
顔は強張ったままだけど、多少は不安が拭えたのか将軍は立ち上がる。それを見た宮本は真悠と梓の様子を見にテントの中へ入る。
テントは楽屋だが、ビニールシートを敷いてそこにパイプ椅子を置いた簡素な物だ。
「あーもう。どんだけーって感じね」
メイクさんとそれに混じって花屋店主堂ヶ島が真悠と梓のメイクをしていて、今ちょうど終わったところだ。
「見せなさい、少女達。美しくも凛々しい戦乙女になった瞬間を!!」
大仰に手をかざす堂ヶ島に言われて、真悠と梓が振り返る。
真悠はいつもの柔和な印象から、目元とルージュの塗り方を変えるだけで、優しくも強いそして美しいラッキーホイップになる。
梓は目元とチークで凛々しい印象を少し丸くして、元気で可愛さも兼ね備えた戦士ワンダフルレモンに変身する。
「ふ、ふつくしい」
「ありがとうございますね」
ほめられ慣れてない梓がメイクしたのに顔を赤くする。
「ぁ、あ、ああ。つーか、サボッてていいのかよ」
「酷いなぁ。心配したんだよ。将軍なんて緊張して不動明王だったんだよ」
肩をすぼめてみせる宮本。それを聞いて三人が笑う。
「本当ですか」
「マジかよ。後で見てやろ」
「おもしろかったわぁ。でもシュウちゃん。そろそろじゃない」
そう言われて時計を確認すると、宮本は急いで持ち場へ戻ろうとテントを飛び出す。
舞台を見ている観客は、もだん花鳥風月の『新乙女白書』が流れている。
「こんな、ワ・タ・シ・で・イインデスカ?」
サビであるルン(千春)の問いかけ。
「いいよー」
観客がいっせいに合いの手を入れてくれる。
曲が終わり観客は掴んだ。ここから二人によるトークでメインのショーへとつなげる。
「ここの商店街って、おいしいものがたくさんあるんですよー」
「お昼もまだだし、参考にルンのオススメを教えてくれる?」
ルンは少し唸った後、思いついたものを口に出す。
「コロッケ、焼き鳥、カツ丼、カレー、ラーメン、いちご大福、ベイクドチーズケーキ、鴨南蛮、ビーフシチュー」
観客がガヤガヤ騒ぐ。それは舞台にハリボテのお店が現れたからだ。
「ルン、しぼってくれる。できないなら私一人で探すから」
ミヅキ(智美)が帰ろうとすると「ちょっと待った」と将軍、羽田、市川が現れる。
コミカルな曲が流れ始める。
「お、お、俺の店なら、腹いっぱいごちそうしてやるぞ」
緊張のせいで将軍の声が弱々しい。観客の中で知っている者がクスクス笑う。
「いいですねー。百貫屋ならどんな料理もボリューム満点ですよ。行きましょう」
「遠慮するわ。あまりカロリー摂りたくないもの」
羽田が将軍より前に出てくる。
「それならラーメンはいかがですか。盛り付けも小盛りにできますよ」
「小があるなら特盛りとかってありますか」
「もちろん大丈夫ですよ」
一度両手をあげて肩をすぼめる智美。舞台からお客さん達に伝える為の動きだ。
「ラーメンって胃が重くなるから、もっと軽いのは無いかしら」
シュンと一歩退く羽田。素人ながら安定した演技に宮本はホッとする。
「なら、魚はどうだい」
市川が小道具の魚を持ってズカズカと歩いてくる。
「魚はいいぞー。自分で料理すれば………」
キュッキュとスタッフがカンペを用意。早くしないと間が伸びてしまう。
「そうね。自炊すればカロリーなんて、どうにでもなるわね」
アドリブ。場慣れしてると宮本は感心する。
「ええー。今すぐ食べたいですよー。それにミヅキは料理できるんですか?」
「できるわ。サバの味噌煮くらいなら余裕よ」
どれも捨てがたいとルンは迷い、頭を抱えてしゃがみ込む。
カンペを見た三人は自分の店が一番良いとアピール合戦を始め、宮本がコミカルな音楽を流す。
最初は笑っていたが、身内ネタとネガキャン合戦に反応は冷ややかだ。
「ハーッハッハッハ」
いきなりの笑い声にお客が戸惑う。
この声はデーモン百貨社長のもので、ラスボスやユニークなキャラ等を演じているベテラン声優に引き受けてもらった。
「そんなにお客が欲しいのなら、俺が提携してやろう」
舞台が闇の力を表現した黒い煙に包まれる。
「イラッシャイマセー」
煙が晴れるとデーモン百貨販売員『ハンバイン』に扮したスタントマンが二人を包囲。
会場は一気にどよめく。
ハンバインの格好は、全身黒タイツにネクタイと不気味に笑うマスクを装着している。
「い、いらっしゃいませ? えーと何屋さんですか?」
「そんな事どうでもいいわ。早く逃げましょう」
呑気なルンを引っ張りミヅキが逃げ出そうとすると、ハンバインが押し返す。
「デーモン百貨はお客に恐怖を提供し、そこから生まれる悲鳴や苦痛が利益となる」
ハンバイン達が手足を振って飛び跳ね、ジリジリと二人に詰め寄る。
「誰か助けてくださーい」
「助け? わけの分からん事を言うな」
「ま、待ちなさい」
ラッキーホイップとワンダフルレモンが舞台に並び立つ。
「何者だ?」
お約束の問いかけを合図に、勇気が湧きそうな希望のあるBGMが流れる。
「幸せクリーム、皆に届け。ラッキーホイップ」
ぶりっ子ポーズで胸をキュッ、手もあまり伸びていない。恥ずかしいが伝わってくる。
「優しい酸っぱさ、悪を泣かせる。ワンダフルレモン」
ダイナミックにジャンプアッパー、着地したら親指を立ててサムズアップと笑顔だ。
お色気があってもお客さんの反応はイマイチだ。
「み、みみ、みんなの幸せ守りたい」
「デーモン百貨はさっさと出て行け」
名乗り口上は噛んだりアドリブなので宮本は不安でうなだれる。
「何者かは知らんがハンバイン。コイツらを恐怖のドン底に叩き込め」
「カシコマリマシター」
ハンバインがホイップとレモンに襲いかかる。
「いきますよ」
真悠はかけ声をあげて走り出すけど、「ひゃぁ」と敵の前で転んでしまう。
「だ、大丈夫ですか? マユ――」
レモンがホイップを庇う形でハンバインと戦う。
ハンバインがレモンによって次々と倒される中、ホイップも戦線に復帰する。
でもお客は、攻撃が当たってないのに倒れてもらっているホイップとアクションがしっかりしているレモンに違和感を抱く。
「ハッ」
レモンの突きが本当に命中し、最後に残ったハンバインがのた打ち回る。
それでもストーリーを進めなければならない。
「ハンバインをやっつけた事は褒めてやろう。だが、食品部門の前では為す術もあるまい」
再び黒い煙。その間にハンバインは舞台袖に戻る。
「ガーハッハッハッハ」
将軍扮するドン・ギガモリの笑い声と共に、低くて激しいBGMが流れる。
ドンブリを意識した甲冑にマント、武器は菜ばしの様な槍だ。
「ウオガシラだ。骨も残さず喰らわせてやるぜ」
棒読みの市川ことウオガシラ。
その姿は、魚の口から特殊メイクした市川の顔が見え、鱗状の鎧、篭手や脛当てにはヒレが付いていて、魚の骨組みを剣にした武器を肩に担いでいる。
「頭脳担当ヒレツメーン。いい具材になりそうだ」
器に入ったラーメンを頭に被り、太いフレームの丸メガネを装着、袖口がダルンダルンの中華服。羽田演じるヒレツメーンの姿だ。
現れた三体の怪人。どうなると言う所で宮本はとんでもない事に気付く。
レモンの突きを受けた可愛そうなハンバインがまだ倒れたままだ。
「俺の名はドン・ギガモリ…………ハンバインさんが倒れているから助け」
ドンが台詞の差し替えと思い、救助依頼を読んでいるのだ。
失笑に包まれる。持ち直そうと宮本はカンペを作る。
「ていせいじぶんのせりふを」
カンペをそのまま読まれる。向こうは頭が真っ白だろう、アクションができるか不安だ。
(こうなったら破れかぶれだ)
「何者かは知らんがハンバイン。コイツらを恐怖のドン底に叩き込め」
台詞の使いまわしはご法度。だが、社長の命令は絶対、ハンバイン達が再び現れる。
動けない同胞の救出とドンへのフォローをカンペに記入。
「カシコマリマシター」
ハンバイン達が舞台を隠す。戦闘BGMも流れる。
「二人とも前の方で戦って」
智美の小声に頷き、言われたとおり二人のヒーローは戦う。
その間、動けないハンバインは舞台袖に運ばれ、ドンはアドバイスを聞く。
ハンバインがみんな舞台袖に戻った。
「雑魚が調子に乗るな。くらえ必殺」
棒読みでウオガシラが剣を振りかぶる。
「カツオスラッシュ」
剣閃。舞台にカツオ節を模した、ちぎったティッシュを赤く染めたものが舞う。
「キャァーッ」
真悠と梓が、ウオガシラの必殺技を受けて倒れてしまう。
「トドメにカツ丼弾を喰らいやがれ」
アドバイスのおかげか、ドンはいつもの迫力を取り戻している。
ここは必殺技を放ってもらい、場面転換を図る。
大技なので放つには時間がかかる。
「逃げましょう。私達にはどうにもできないわ」
「嫌です。逃げるならこの人達も一緒です」
どんどんエネルギーがみなぎっていくSE。
ルンは倒れた二人を助けようとする。
「やめなさい。私達に何ができると言うの」
ミヅキも躊躇しながら自分の身より仲間を選択。
「フンッ」
破壊力特大のカツ丼弾が放たれる。ここで幕を下ろす。
智美と千春が急いで舞台袖に戻り、ハニーシュガーとビターショコラに変身。
振り返りたい衝動を抑えて真悠と梓を呼ぶ。
「ごめんなさい宮本君。失敗ばかりで」
戻って早々頭を下げる真悠。
「気にしないでください。これを乗り切れば全国放送だって余裕です」
ワンダフルレモンみたいにサムズアップ。でも表情一つ変えてくれない。
「大丈夫です。つまらなかったら監督に投げればいいんですよ」
責任転嫁する千春に「ぇえー」とへこむ宮本。
「そう責任なんて後、今を全力でやるだけ。そうすれば貴方達の望みは叶うから」
「に、新島にしては良いこと言うじゃんか」
「そろそろ本番です。がんばっちゃってください」
「ハーッハッハ。邪魔する者はもういない。これで商店街はデーモン百貨の物だ」
社長の台詞で幕が上がると、ラッキーホイップ、ワンダフルレモン、ハニーシュガー、ビターショコラが舞台の中心に立っている。
「ば、ば、バカな。ドンのカツ丼弾を受けたのに無事だと」
驚愕するヒレツメーン。
再び、勇気が湧きそうな希望のあるBGM。
「幸せクリーム、皆に届け。ラッキーホイップ」
今度はちゃんと、ぶりっ子ポーズで胸をギュッ、両手もさっきより伸びている。
「優しい酸っぱさ、悪を泣かせる。ワンダフルレモン」
さっきより高度のあるジャンプアッパー。着地してサムズアップと笑顔。
「甘~い笑顔、元気にな~れ。ハニーシュガー」
両手を広げ、ツインテールもクルクル。スカートひらり、止まったら目には横ピース。
「努力は苦味、貫く意志。ビターショコラ」
ターンすると、脚を魅せる様に床を踏み、指先一つ動かさずに腕をビシッと伸ばす。
「皆を悲しませるデーモン百貨」
「例え、おてんとうさまが許しても」
「ぜーーーったい」
「許さない」
「私達、『まごころデコレイツ』が成敗しちゃいます」
四人が同時に怪人達を指す。
アイドル二人の変身に会場は沸く。
「あれあれ、変身しちゃってますよ」
ルンが衣装を気にする。
「何がキッカケだと言うの」
戸惑う二人に母性あふれる優しい声が答えてくれる。
「それは、二人を助けようと願った優しい心が起こした奇跡です」
ルンとミヅキがお互いを見て笑う。
「ミヅキが優しいわけないです」
「その言葉貴方に返すわ」
「小芝居はそこまでだ。ドン、邪魔なゴミを処分しろ」
武器をかざし、雄叫びをあげる怪人達。
「来ます。戦ってください」
ホイップに促されて変身したばかりの二人は構える。
ウオガシラの剣をレモンが白刃取り。
「アタシに任せろ。ドンを三人で倒せ」
三人でドンに戦いを挑む。
「私を無視するな」
ヒレツメーンがハニーを突き飛ばす。当然、演技なので転ぶフリだ。
「イッター。ムカツクから倒しちゃいます」
「じゃあ頑張ってね」
あっさりと任せるショコラ。その先には強敵ドン・ギガモリが待ち受ける。
「たった二人で挑むとはいい度胸だ」
槍を振り下ろす。それをホイップとショコラが回避。
「はぁっ」
「セイッ」
ホイップのパンチとショコラから放たれる蹴り。
レモンはウオガシラと一進一退の攻防。
「調子に乗んな。ザコがッ」
斬撃がレモンに命中し吹き飛ばす。
ハニーはヒレツメーンに殴りかかると、トリッキーに跳んで避けられる。
「あったりませーん」
「ふぇぇぇぇーん。どうして~」
アヒル座りで泣くハニー。容赦ないヒレツメーンの掌打が襲う。
ホイップとショコラの攻撃が命中しても、ドンは全く怯まず平気そうに笑う。
「ガァハッハッハッハ。ふっ飛べぇッ」
槍を振り回し床に突き立てる。爆発音を合図にホイップとショコラが吹き飛んだ。
劣勢のまごころデコレイツ。観客の中にいる子供達から応援の声が。
「今度こそカツ丼弾で倒してやる」
槍をかざしてエネルギーを溜めるドン・ギガモリ。
「その前に、奇跡が二度も起きないようにします」
ヒレツメーンが袖口を垂らして振り上げる。
「メンネット(バリカタ)はっしゃぁ」
天井から網が、まごころデコレイツを襲う。
「う、動けないぃ」
ホイップの胸や脚に網がからまり身動きが取れない。
「抜けられましぇん」
抜け出そうと動けば動くほどドツボにはまるハニー。
「どけ、じゃまだ」
「ムダに動かないで」
レモンとショコラが密着してからまっている。
観客達が彼女達の姿に息を呑む。
「ハッハァ、これで終わりだ。まごころデコレイツ」
ウオガシラの煽り。
組ず解れつ喘ぎ声。
エネルギーがみなぎる音とループするBGM。
本来ならすぐに抜け出して、まごころデコレイツも必殺技を放つ筈だが、本当にからまったのか誰も立ち上がらない。
助けにいこうにもハンバインは呼び出せない。宮本が立ち上がりハサミを探しに行こうとするとスタッフ達に塞がれ、ぐぬぬと断念。
エネルギーが百いや二百パーセントくらい溜まった頃。
「はぁはぁ。私達は負けるわけにはいきません」
縄抜けに手間取って、まごころデコレイツは疲労困憊だ。
「負けるわけにはいきません」
疲れたレモンは思わずホイップと同じ台詞を言ってしまう。
「とにかく勝っちゃいます」
「必殺技みたいなの無いの?」
ホイップが手の平をポンと叩く。
「ありますよ。とてつもなくすんごいケーキが」
スルー。
「わ、私のメンネット(バリカタ)を攻略するとは」
台本上は合っているが、空気的には合っていない。
「どうすればいいの?」
「私達の持っている力を一つにするんです。見てください」
ホイップは両手を胸に添えて。
「届いて愛情」
手からハートが生まれる。
「勇気を受けろ」
重心を落としたレモンは、構えてハートを突き出す。
両手を慌てて振り回すハニー。
「笑顔がイチバン」
ハートに笑顔。おまけでウィンクも。
「しかたないわね」
両手を合わせた後、ハートを作る。
「反省しなさい」
マイクで拾える程の「はぁー」と息が吹き込まれる。
「まごころハートフラッシュ」
「おのれぇー。だが、フルパワーだ。耐えられまい」
フルパワーを通り越している筈のカツ丼弾の発射。
互いの攻撃がぶつかり拮抗する。
「届いてぇぇぇぇぇ」
「ハァァァァァァァ」
「フッ」
「当たってぇぇぇぇ」
キラめくエネルギーが禍々しい力をどんどん押していく。
「グワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」
幕が降りて静まる会場。
その間、宮本は四人が歌に集中して欲しいから呼ばなかった。
幕が上がると怪人達は消えて、代わりに将軍、市川、羽田が体育座りで固まっている。
「社長の前で恥をかかせやがって、まごころデコレイツめ覚えてろよ」
若くて勢いを重視したデーモン百貨食品部門の声。その正体は舞台に吊り下げ否浮いている黒い玉からだ。
「あの黒い玉はデーモン百貨の関係者さんです。早く浄化しましょう」
「逃がすと、また人を乗っ取って悪さをするからな」
「どうすればいいんですか?」
「歌うんです」
浄化の歌「まごころシャイニー」
ベースから始まり、目覚めていくような音楽。
「気付いたら、荷物抱えてみちくさ」
腕を五時五十分、八時十分を交互に、足は四角を描く。
「ここはどこ?」
「フィルム? ノスタルジー? もうどうでもいいよ」
歌い出しはショコラもとい智美なので安定している。
「みんなスマイル。でも、私はクライよ」
「……………………ヤベェ…………」
千春のパートから梓のパート。どうやら忘れてしまったようだ。
辛うじて踊っているが、誰か教えてと首を右往左往。
(ああー出たい。誰か歌詞をー)
舞台袖で地団太を踏む事しかできない宮本。
ダッシュで千春は梓の隣。
「今日の話し。トピックス、センパイ・部活かな」
「そうそう、動画のネコちゃん見ましたよ」
二人の間に智美が割り込む。
「優しいものにつつんで、悩みなんて揚げてパクリ」
このパート中、智美は踊るだけのはず。
「もう平気さ明日が来い。軽くなった笑顔でじゅうぶん」
グダグダになってしまった一番。でも二番で挽回できれば、そう願う。
「今日はどこへ、どこに行こう。まっすぐなんてつまんない」
智美から真悠へ。
「せっかくだからティータイム」
「今日のハナシ。トピックス、センパイ・部活かな」
「そうそう、動画のネコちゃん見ましたよ」
Bメロなのに歌詞がAメロと一致。サビならまだしも、宮本は歌詞カードをチェック。当然作詞した智美が正しい。
気付いた千春は困惑で動きがもたつく。
(やらなくちゃ、取り戻さないと、みんなに嫌われちゃうよ)
歌えない。頭の中が真っ白で歌詞が消えてしまった。
一心不乱に合わせよう。
でたらめな動きで足元がおぼつかない。
結局、立ち直れなかった千春は最悪な完成度のダンスをし、残った台詞もほとんど言えず立ち尽くすだけだ。
リハーサル公演はグダグダなまま失敗に終わった。
グッドプロジェクトは、商店街側のミスの多さやもだん花鳥風月の評判が下がった事を理由に、ご当地アイドル・ヒーローの企画協力を一方的に解消した。
「もう私達にできる事は無いわ」
喫茶店ソルベ。宮本とショー等にかかわった商店街のみんなは、智美の淡々とした説明を黙って聞いていた。
「さようなら」
きびすを返して、お店を出て行こうとする。
「ごめんなさい」
今の今まで口を閉ざしていた千春が、長いツインテールを床に垂らし頭を下げる。
「歌はまちがえちゃうし、グダグダにしちゃったし、全部ダメにしちゃったから、許してくれるとは思ってなくもないけど」
咽び、涙が床を濡らす。
「ごめんなさい」
「もういいよ」
諭すような梓の声に、千春を責めると思っていた宮本や羽田が大口を開け無言で驚く。
「ちゃんと歌詞を覚えなかったアタシが悪いんだ。それに、スタントマンを潰してヤバかったしな……オマ……立花のせいじゃない」
「私も色々ミスしてますよ。だから、千春ちゃんのせいじゃないと思います」
商店街の人達は誰も千春を責めない。むしろ「俺の店に来てくれてありがとう」と感謝する者や「寂しくなるわ」等の別れを惜しむ者も多い。
「あ、ああ、ありがとうございます。武道館とかに立って、いっぱいアピールしちゃえるようにがんばりますから」
千春は顔をあげると涙でグシャグシャ。鼻水も垂れていて、それを袖で拭いている。
「羨ましいわ。千春が奈落の底へ落としたのに、皆さんおめでたいから許してくれるのよ」
凍りつく。傷口に粗塩いや致命傷になる智美の一言。
「私達の事はいいです。どうして、そんな酷い事を言えるんですか!!」
みんなを代弁する様に真悠が千春を庇う。
「私だって面倒見切れないの。才能とかにあぐらをかいて心が弱い。その上、常識の無い娘のプライベートも看なくちゃいけない」
心の叫びに怒りで強張った表情。普段の智美からは想像する事ができない。
咳払いをして冷静さを取り戻そうとする。
「ごめんなさい。お世話になった商店街に八つ当たりしてしまって」
ドアが開きベルが鳴る。
「さようなら」
閉まっても鳴り響くベルはなんだか虚しく、誰一人なにも言おうとしなかった。
リハーサル公演から一週間。宮本は家でゲームして引きこもりたくなる暑い日でも、リュックを背負いまごころ商店街の通りを歩く。
お店はいつも通り営業していて客足も特に変化は無い。
「安いよー。美容にバツグンのトマト、サラダに焼いても良しのトウモロコシだー」
「おつかれ~荻原さん」
「言っとくけどマユ先輩は今日もいないからな」
あれから真悠は喫茶店ソルベを閉めていて梓も顔を見ていない。
「もう一週間。やっぱり引きずってるんでしょうか」
「さぁ、会ってないし分かんないな」
上の空にも感じる。
「荻原さんは、もし、まごころデコレイツができるならやってみたいですか?」
宮本は諦めたくなかった。ここまで来て打ち切りなんて、例えマンガでも寂しい時はある。これからおもしろ否、みんながやろうと一生懸命準備していたのに納得できない。
「やりたい。オマエの作った格好はともかく、ヒーローになれて商店街を盛り上げられるんだ一石……なんだっけ。でも、みんなが集まらないと無理だろ」
やりたい意思に宮本は安心する。
「集めますよ。僕はみんなを説得して、もう一度やろうと思っています」
「そうこなくちゃな」
梓は笑いながら勢いよく宮本と肩を組む。あいかわらず、胸が当たっている事は気にしていない。
解放された宮本は、商店街を敵に回したと言っても過言ではない智美も「みんな」に含んでいるのか。その疑問を投げかける。
「新島さんも『みんな』に入ってるんですよね?」
しかめっ面に握り拳。けど、梓はすぐため息をする。
「……まぁな。嫌な奴だけど、実力はあるんだろうし、いないよりはいた方がいいかもな」
「僕は相内さんや立花さん、新島さんに会ったら同じ事を聞くつもりです。荻原さんからも話してくれますか?」
「断る。宮本がやれよ。アタシは台詞を覚えるのに手一杯だ」
梓は八百屋の前掛けから台本を取り出してみせる。
「分かりました。絶対覚えてくださいよ」
そう言って八百屋を後にすると、宮本は喫茶店ソルベに立ち寄り、ドアノブを確かめるが固くて動かない。次に千春と智美を説得しに事務所へ向かう。
その道すがら百貫屋から少女が出てくる。小さい背丈に長いツインテールは間違いなく千春だが、足取りは弱々しく隣には誰もいない。
「立花さん? ひさしぶり~」
無視。
宮本は涙目で回り込む。
「立花さん? 無視しないでください。僕ですよ宮本ですよ」
顔をあげた千春は生気がなくやつれている。
「は、はい」
儚げな声だから今にも消えてしまいそうに感じる。
アイスケーキ、プリン、小さなシュークリームの山盛り、マンゴータルト等のスイーツがコストを抑えた合板製のテーブルに広げられている。
「食べないの? 相内さんはお店閉めてるし、いっぱい食べられて美味しいお店ってココしか知らないから文句はナシだよ」
宮本は千春を半ば強引に連れて電車で一時間。バイキング形式で豊富なスイーツが楽しめるお店『スイートヘブン』で『スイブン補給』しに来た。
店内はビビットなオレンジの壁に明るい照明。白黒モザイクタイルを使用した床。真悠のお店とは正反対な今風の内装だ。
しかし、千春はスイーツに一切手を付けようとしない。
「食べちゃうよ。このアイスケーキ美味いな~」
目の前で食べても、千春は反応せず俯いたまま。
「でも意外だなー。ワンホールとか余裕だから、ブラックリストに載ってて入れないと思ったけど、すんなり入れてよかったよ」
「クラスの子から聞いて、試しに聞いたんですけど無いそうです」
宮本は「へぇー」と頷いて食べていくと、テーブルにある分を完食してしまう。
(僕がスイブン補給してどうする)
「新島さんとあれから口を利いてないの?」
無言と言う名の肯定。ネットで噂になっている、仕事以外では口を利かない絶交説は本当のようだ。
「もう一度まごころデコレイツをやってみたいと思う?」
率直な質問に千春は口を重そうにして答える。
「したくないです。緒室さん達が反対するし、と、ともみんもやらないって言うに決まってるし、ムリです」
そこに千春の意思は無い。事務所等の意思を言い訳にしている。
「じゃあ、商店街のみんなにお願いされても引き受けてくれないの?」
この問いかけに千春は再び俯いてしまう。何も話さず食べないでいると、店員がお皿を片づけに来てくれたので、テーブルは寂しくなってしまう。
「だ、ダメですよ。どうにもできません」
「商店街のみんなを裏切るんだ。芸能人ってヒドイんだねぇ」
ガンとテーブルが叩かれる。周囲は驚いて見てくるが、すぐ何事も無かったようにする。
「裏切りたくないです。商店街をメチャクチャにしたのに、なにかしたいですよ」
心の叫び。商店街のみんなに謝った時と同様に涙をボロボロ流している。
「良かった。立花さん自身はやりたいんだね」
宮本が千春を追い詰めて聞き出した本音。商店街のみんなが聞いたらどれほど喜ぶか、確かめられないのが残念だ。
咽びながら千春は話す。
「でぼぉ、ともみんが、ともみんをぜっ得しないとダメです」
グーーーーーーッと千春のお腹が大きく鳴ってしまい、再び周囲の注目を集める。
「まぁ、新島さんの説得は僕もがんばるから、とりあえず食べようよ」
「お腹なんて空いて………ないですよーだ」
お腹は鳴ったし、口から涙じゃないのが垂れてるし、ごまかせていない。
「どうして食べないの? 本当に大丈夫?」
「断食中です」
僧侶が修行の際行う断食のつもりだろうか、普通の人が試したってキツイのに、人の倍以上食べる千春には食事制限だって辛い筈、その上の断食をするなんて宮本には疑問だ。
「あ~断食って言っても、食べますよ。朝夕の二回五百キロカロリーです」
「いや、どうして断食始めたの? お仕事?」
「ともみんに謝っても無視するから、どうすればいいのかなって考えたんです」
言い辛いのか声が小さくなってくる。
「ともみんに心が弱いって言われたから、どうすれば強くなるかなって考えたんです。それで修行すると心が強くなるって言うじゃないですか。だから、一番好きな食べる事をやめてしまえば効果バツグンかなって思ったんです」
千春なりの決心と贖罪。危うくて空回りしているけど、覚悟はある。でも付き合いが短いとはいえ性質とは合わない以上、このままではいけないと宮本は思う。
「僕は立花さんの食べる姿が見れないなんて嫌だなぁ」
「お仕事の時は食べますよ」
宮本は席を立つと千春の前に抹茶ケーキを置く。
「相内さんのお店、プライベートで美味しそうに食べているところが見たいかなって」
「それじゃダメなんです」
シュンと小さくなる千春は泣きそうだ。
「いいじゃんダメでも、背伸びしたら寂しいし、それで転んじゃったら嫌だな。僕は千春が食べたり踊ったり、弱音吐いたり、ありのまま楽しんでいるところとか好きだよ」
顔を真っ赤にする宮本。まさか恋愛ゲームで言いそうな事を口にするのだから、しかも二人きりとはほど遠い場所で。
「本当に、本当ですか」
瞳を潤ませ上目遣い。驚きと疑いが五十%ずつ含まれているのだろう。
「うん」
認められて嬉しくて、またまた涙を流して、無邪気で眩しい笑顔。
「ありがとうございます」
おしぼりで涙を拭いてフォークを手に取る。
「マユさんのケーキが食べたいけど、いっただきまーす」
千春はケーキを二十五切れ、シュークリームを五十個、ババロア丸々を一時間で食べた。
千春と別れた宮本が花峰東駅に着くと陽が沈みかけていた。改札口の向こうに大きなバッグを提げ、日焼け防止の長袖にキャップを被った智美を発見する。
「新島さん。新島さん」
何度も呼びかけるが反応は無く人々に紛れ込んでしまう。
逃がすまいと宮本は一計を案じた。
「とっもみーん」
大きい声、千春しか使わない呼び方。智美は不服そうに止まり呼んだ者を睨む。
ゆうゆう公園。もうリハーサル公演の面影は無く、だだっ広いグラウンドにはセミの鳴き声だけが聞こえる。
「二度と『ともみん』なんて呼ばないで」
久しぶりの第一声に宮本は「すいません」と謝り缶コーヒーを渡す。
「立花さんが呼んでたから、つい、いいのかなって」
バッグを境にして宮本はベンチに座る。
「本当は嫌だけど、注意してもダメだから諦めたわ」
プルトップを開けた智美はコーヒーを飲む。
困った。相手が智美である以上「もう一度まごころデコレイツをやって」と頼んでも、引き受けてくれるわけが無い。千春と仲直りしてと頼んでも当然断るだろう。やはり、バッグか商店街に来た理由を尋ねた方がと思案。
「そんな大荷物を持って家出?」
「練習よ」
バッグのチャックが開かれる。水色のジャージと年季が入ったCDラジカセの姿が。
「へぇー。でも、どうしてここなの? スタジオとか入れるのに」
「戒めよ。悔しい思いをした場所で練習すれば、二度とそんな思いをしたくないってなれるでしょ」
淡々と語る。その様子は他人事みたいだ。
「でも、新島さんってリハーサルの時ミスしてないよね。僕が見る限りだけど」
「貴方に比べれば少ないかもね。でも、あるから。音楽と自分の踊りが遅れてないか、速くないか。歌っていて、声量を小さくする時でも遠くのお客さんにも聞こえるか。台詞が棒読みじゃないか」
何度も頷き感心する宮本。
「それと貴方達が望んでいた結果にならなかった事…………と言えばいいのかな」
ここで「まごころデコレイツをもう一度やろう」は早いと判断。説得できる情報を集めようとアプローチを変える。
「あの。新島さんは石橋を叩いて渡りそうなのに、大バクチなアイドルを?」
「…………分かった。話すから」
宮本が生唾を飲む。ウィキや公式プロフィールに載ってない情報が聞けるのだから。
「十歳の頃、私はごく普通の小学生だった。キッカケは、雑誌に載ってた稲杜アサミのインタビュー記事を読んだから」
稲杜アサミは当時のスマイル娘娘で一番人気だった。何故なら、売り上げ不振だった冬の時代を持ち直せたのは彼女のおかげだ。
「一番人気についての特集だった。その中でアサミさんは、他のメンバーとは違って取り得が無いから、自分にできる限りの事をし続けたと語っていたわ」
当時はどこを見ても稲杜アサミでいっぱいだった事を宮本は覚えている。
「感銘を受けた当時の私は、スマイル娘娘の新人発掘オーディションを受けて研究生になったの。それから三年経ってデビューが決まった。憧れのアサミさんと一緒の舞台に立てる。そう期待に胸を弾ませていたら…………卒業してしまった」
「覚えてるよ。掲示板が盛大な祭になったからね」
「あの頃、緒室……さんは、スマイル娘娘の体制を切り替えようとしていたけど、全部失敗して、新たに参入したAKBエンジェルスの台頭を許し、私の代を最後に解散したわ」
メディアは次第にAKBエンジェルスにシフトしていき、スマイル娘娘の解散ニュースは三日もしたら忘れられてしまった様に消えた。
「知ってると思うけど、エンジェルスの人気メンバーに私の仲間もいるわ。しかも、仲良くしてた娘が今やトップスターよ」
「おおっ、誰と仲良かったの。ウィキに書こうかな」
「教えない。私の名前なんて迷惑なだけでしょ」
反応した事に反省。話題を切り替える。
「ちなみに、間の三年間はどうしてたんですか?」
これも失礼な質問ではと思うけどしょうがない。
「学生、レッスン、オーディション。仕事は主にバックダンサー、たまにエキストラね」
やっと表舞台に立てたのに目標のアサミは去り、スマイル娘娘の解散と言う挫折。それでも智美は腐らず研鑽を積み重ねた。それこそが、四人の中で頭一つ飛びぬけた実力を持っている所以だ。
「そして去年。私に千春とアイドルユニットを組む話が降って沸いてきたの」
「それって」
千春こと花寄ルンのファンなら知って当然のエピソード。
「特盛りのカツ丼を食べているところを見た。緒室プロデューサーがスカウトしたって話」
忌まわしそうに唇を噛んだけど、智美は話してくれた。
「いきなりの話しだから悪ふざけと思った。でもあの娘は、私がマスターするのに二週間かかったダンスを十分で八割程つかんでいたわ。認めたくないけど天才の部類ね」
昨日のように思い出し、悔しさがこみ上げている。
「貴方なら知っているけど、もだん花鳥風月として組んだら、仕事が少しずつ増えたわ」
智美の言うとおりAKBエンジェルスの影に隠れているけど、もだん花鳥風月はテレビに何度も出演し、ライブはレギュラーで週に一度、出したCDも二十位以内に入っている。
「確かに、充実しているよね」
「それが嬉しい事でもあり、腹立たしい事でもあるの」
強い苛立ちを内包した冷たい声。
「デビューを飾れたのもあの娘のおかげ、注目されるのはあの娘ばかり」
もだん花鳥風月のデビューは自己紹介後、花寄ルンがお客に「やっぱり、見たことない人が出るとテンション上がりませんよね~」と言って沸かせ、衣装の都合でお客にパンチラを撮られたら、スカートをたくし上げている。
また、某アーティストのオープニングアクト(前座)の際、ルンは某アーティストを知らないからマイクでお客さんに逆質問と言う前代未聞の行為。
クイズ番組では司会者から「君、学校で何をしてたの」と言われて「いじめ以外はしました」と答えている等、まだまだあるが割愛。
「事務所にとって私はあの娘の保護者に過ぎない」
いくら裏表の無い正直者アイドルでも芸能界としては犬猿したがる。そのセーブ役は高嶺ミヅキこと智美の役目だ。ただし、裏表が無いのでルン以外にも毒を少々。
「この躍進は千春のおかげ、私は寄生虫に過ぎない、笑っちゃうでしょ」
自嘲の笑み。
「いや、笑わないし、笑えないよ。寄生虫とか」
智美にとって千春は自分の価値観を否定する存在。
「だから、立花さんの事が嫌いなの?」
「大嫌い。自分の才能にあぐらをかいて、しかも、メンタルに左右されるから不安定」
「後、空気を読まないし、カロリーに気を使わなくてもいい羨ましい体質」
宮本が割り込むと智美は僅かに笑う。今度は自嘲ではない。
ここで話しを切り出してみる。
「もう一度、もう一度、まごころデコレイツをやってみたいですか?」
「やらない。事務所がはねるし、できれば、あの娘と一緒にいたくない」
智美が信頼していたのはあくまで千春の実力。だから切るのも簡単だ。でも、知ってもらいたい事があるので千春の事を話してみる。
「知ってますか? 立花さんが断食してた事を」
「知ってる。嫌でも聞こえるのだから。あれでメンタルが鍛えられると思うなんて馬鹿ね」
千春なりの努力を認めようとしない。むしろ言葉の通り馬鹿にしている。
「分かってるなら認めてあげてくださいよ。それじゃ、新島さんを立花さんの保護者扱いと見ている事務所と同じじゃないですか」
すぐに反論しそうな智美だけど、宮本の言葉が効いたのか言葉が出ない。
「新島さんのがんばりはすごいと思います。立花さんへの嫉妬も分かります。でも、新島さん一人じゃ舞台に立てない。それも僕は知っている」
「ウィキに載ってない事を知ったからって調子に乗らないで。キモオタが」
怒りを露わにした大声。これで二度目。最初に聞いたのは一週間前だ。
智美は責めるべき対象は、目の前の相手では無い事くらい分かっている。それでも許せないから折り合いが付かない。だから、言葉が出ずに咽んでしまう。
「そんなつもりじゃないです」
いつもなら折れそうな宮本だけど、智美の辛そうな顔を見て折れないと誓う。
「立花さん一人でも無理なんです。その、バカだから。それで、お互いが足りないところを補う。そうじゃないとダメなんです。ファン(ぼく)はきっと新島さんにいて欲しいと思います」
顔をあげる智美その頬には涙の跡がある。
「そして、もだん花鳥風月やまごころデコレイツを辞めれば、今までの努力が無駄になる事を新島さんは分かっている筈です。仲裁くらい僕も手伝いますよ」
宮本は安心してもらいたいから笑う。
「月並みな言葉ね。まるでギャルゲーから盗ってきたみたい」
相変わらず毒は健在だけど、過去を吹っ切った様な清清しさ。
智美はバッグを持って立ち上がる。
「謝りに行くなら僕も行きます」
「いらない。千春の扱い方なら私の方が詳しいでしょ」
きっと二人は前より仲良くなれる。わだかまりはあるけど、大丈夫と宮本は信じる。
「ありがとう。商店街には二人で行くから」
肩越しに見せる微笑。智美は颯爽と髪をなびかせ夜の公園から去っていく。
夜の商店街。開いているお店は少ないが、外灯が点いているので通りを安心して歩ける。
真悠のお店は灯りがともっておらず、当然、鍵もかかっている。
諦めて家に帰ろうかと思った。でも、帰りたくない。
(ギャルゲなら相内さんにも会えるはず……試しに休憩所へ行ってみよう。いなかったら帰ればいいし)
「グヘヘ」
時間は夜。健全な青少年なので、十八禁展開を期待してしまったが自主規制。
稼ぎ時の焼鳥屋。ビールは飲めないが、焼き鳥の匂いは夏でも食欲をそそる。
(やっぱり、打ち上げやりたかったなー)
「おおっ」
たじろぐ宮本。それを長身で細身のサングラスをかけた男が見てくる、隣には雇い主だろう恰幅のいい男がいる。
理由は羽田のラーメン屋近くの高級寿司屋華銀。そこにお客が来ている事に驚いたのだ。
顎でサングラスの男に「放っておけ」の指示。
見逃してもらった宮本は苦しそうに呼吸する。
(今のは死ぬかと思った。あ~、ここをグッドスマイルの驕りで打ち上げしたいなぁ)
そんな事を思っている内に長田の工房が見えてきた。
休憩所は近い。そこに真悠がいる事を宮本は望む。
企画の打ち切りが決定した日。智美が真悠の喫茶店を出て行った後、千春は呆然としたままノロノロと追いかけていった。ショーに協力してくれた商店街の人達も、絶望感からじょじょに帰り始め、残ったのは宮本と梓だけになってしまう。
「すいません。今から家を出るので、今日は帰ってください」
私服に着替えた真悠は急いでいて、宮本達は訳を聞かず言われたとおりに帰った。
次の日。商店街のお店はみんな開いているにも関わらず閉まっていて、宮本は昨日の様子からして用事が立て込んで疲れているんだろうと解釈。
三日目。どうしたんだろうと梓に尋ねたが知らないと言われ、本人に連絡しようと電話をかけたが繋がらず、喫茶店に張り込もうかと思ったけど学校があるので断念。
いったい何があったのだろうか。初めてお店に入った時、泣きながら真悠が言っていた通り本当にお店を閉めたのだろうか、それならせめて本人の口から聞きたい。
声にならない驚き。
肩にかかる程の三つ編み、眠っているから無防備になった柔らかそうな唇、喫茶店でお馴染みのメイド服姿じゃないが、最近ではあまり見かけない白いワンピース姿は、全てを受け止めてくれそうな豊かな胸をさらに強調してくれる。
見慣れぬ姿に戸惑うが、確証はある。
「……相内さん」
そう言って宮本が少し寄ると、真悠は目を開ける。
「宮本君、お久しぶりですね」
一週間ぶりの再会にお互いと惑ってしまい、目線が合わず話しを切り出せない。
時計を何度も確認するが、十秒でも長く感じる。
(あー、なにやってんだ。話しがあるのにー)
自分の頬を叩いて気合注入。
「蚊。どこですか?」
「大丈夫。倒しました」
一生懸命いない蚊を倒そうとする姿に、宮本はいつもの真悠だとホッとする。
「どうしてお店を閉めていたんですか? 明日はやってくれるんですよね?」
「その事なんですけど、私のお話を聞いてくれますか? とても大切なお話しなんです」
嫌な予感しかないけど頷くしかない。
「実は一週間前にお父さんが危篤だったんです。ああでも、今は大丈夫ですよ」
「そ、そうですか。早く退院できるといいですね」
「大事な話しにも関係があるので、私の昔話をしますね」
「昔話って」
宮本がどう反応していいか困る。
「高校を卒業したらフランスにパティシエ修行をしに行く予定でした。それは、お父さんも認めてくれていました。でも入院してしまい、そのお金も必要なので、今の喫茶店のお仕事をしているんです」
今まで家族の姿を見てないことや、商店街が真悠に優しい理由がつながった。例え、同情するなと言われても、商店街は真悠を仲間として人として放っとけないだろう。
「実はお父さんが回復した時、私にお店を売却してフランスへ留学する事を薦めました」
「今からでも遅くない、フランスに行け。俺の店も売却しろ。そこで、一生懸命修行して一流のパティシエになって俺の店なんかを超える店を持て」
宮本は男らしくてカッコ良いと言いそうになるけど、すぐに熟考。大事にしていたお店を持ち主である父親が売却を決心する。そこまで追い詰められているのだろうか。
「買い手が見つかっていたのと、貯金とか税金とかの都合で今しかないみたいです」
大人の事情。少なくとも宮本と真悠には手に負えない話だ。
「フランスへの留学は、私の憧れなんです。決して旅行目的じゃないですからね。戻ってきたら商店街、やがては世界。私が作ったスイーツをみんなに食べて欲しい」
幼稚で純粋な夢。だけど真悠なら言ってしまえる。
「なんて言いましたけど、半人前ですから修行しないといけませんね」
苦笑い。無意識に舌が少し出ている。
宮本は真悠にこの先の事を言って欲しくないと思った。言わないで欲しい。
「だから、お店をやめようと思います」
「そんなの嫌だ!!」
時間帯なんて無視。今の宮本には「倫理観なにそれ美味しいの?」だ。
「お、大声出さないでください。長田さんに迷惑ですよ」
「フゴッフゴ」
注意する真悠も大声。しかも手で宮本の口を押さえている。
お互い深呼吸してクールダウン。それでも、すぐ白熱してしまうだろうけど。
「とにかく閉店なんて納得できません。僕は――」
宮本は脳内にある、喫茶店ソルベの好きなところデータを今すぐ展開。
「入った時の落ち着く照明。ドアが開いた時の綺麗な鈴の音。ウォールナット材でできたテーブルと椅子。それにカウンター。お菓子の家をモチーフにして可愛いアンティーク時計。白い壁に、踏んだらたまにキィッて鳴るフローリング」
一呼吸置く。もちろん終わるつもりは無い。
「なにより、いつも笑顔で美味しいスイーツと紅茶を僕達に出してくれる相内さん。とにかくそんな全部がある喫茶店ソルベが大好きなんです」
言われた真悠は顔を紅潮させ戸惑う。
「いくら宮本君が好きだって言われましても、お店なんです。私にも生活がありますし、それに、さっきも話したようにお父さんの入院費も集めないといけないんです」
まさに正論。けれど、それ以上に宮本は納得できない。今まで、そんな事おくびにも出さなかったのに、今更もっともらしい事を持ち出してきたのだから。
「嘘だったんですか? 僕が初めて来た時、泣きながらお店を閉めるって言ったのは嘘だったんですか?」
宮本は知りたい。初めて喫茶店に来た時、泣きながら閉める事を話してくれた理由を。
「私はお父さんにお店をやめる相談をしようと思っていました。そこに、宮本君が来てお店を気にいってくれたから、お店を閉める悔しさと好きになってくれた嬉しさから、泣いてしまったんです」
あの日から一週間前まで真悠はお店を続けた。これからも毎日通うから、これからも続けて欲しい。それが宮本の願いだ。
「売りたくないですよ。私の大事なものがいっぱい詰まった大切な場所ですから。でも、今の私じゃお店を守れないんです。今の未熟な私じゃダメなんです」
自分の大切な場所を手放す事に加え、思い出をたくさんくれた常連客(宮本)からやめないでと言われ、真悠は大粒の涙をたくさん零す。
本当は明るくしたかったから、すぐに涙を拭う。
「絶対に帰ってきます。きっと今より立派な喫茶店で宮本君もビックリしますよ」
笑っている。かなり無理しているけど。
宮本は理解できず怖かった。
喫茶店ソルベ閉店のショックで周囲の事が霞んでいたけど、すなわち真悠は、まごころデコレイツをやめると言う事だ。
リハーサルは失敗してまごころデコレイツの企画は打ち切られた。
真悠は四人の中でも運動神経が劣る中、懸命に練習し、それと並行して試行錯誤しながら新作スイーツを完成させた。
今ここでやめてしまえば、その努力も無駄に終わってしまう。それは同時に梓、千春、智美、協力してくれた商店街皆の努力も無駄になってしまう。宮本はそう思っている。
「いいんですか。荻原さんや立花さんや新島さん、商店街の人達を裏切るって事ですよ」
口にすると重い。
「な、何を言ってるんですか?」
真悠は困惑するのみ。
「まごころデコレイツを諦めるんですか?」
「そ、それは、それは、グッドプロジェクトさんが終わりだって言ったから」
宮本は終わってないと思う。例え、グッドプロジェクトが終わりと言っても、まだやりたいと思えばやりようはある。
「みんなはやるつもりです」
「…………新島さんもですか?」
「やりますよ。さっき会ってきましたから」
安心するように真悠はため息をする。
「仲直りできたんですね。週刊誌に大失敗ってリハーサルの事が記事になってたし、テレビを見てもギスギスしてたんで」
厳密には仲直りしているか分からない。
「そうです。みんなは諦めていません。もう一度やりましょう」
宮本が堂々と真悠を見ると視線を逸らされる。
「ごめんなさい…………私はやめます」
「もう喫茶店の売却が決まったんですか?」
「決まってません。でも買い手の方とは会っています」
失敗すればエンディングが変わる。ゲームならやり直せるのに、ここは現実、やり直しできない状況に宮本は気が重い。
「どうしてやめたいんですか? グッドプロジェクト以外はやる気ですよ」
俯き、ワンピースの裾を握る真悠。よほど答えたくないと伺える。
宮本はジーッと見ながら答えてくれるのを待つ。
「足引っ張ってるし、千春ちゃんの事が人事に思えなくて、さっきも言ったようにグッドプロジェクトさんがダメだって言ったからです」
「大丈夫です。練習の時より本番の方が断然すばらしいです。もし、失敗しても開き直ってください」
「でも失敗したら色々な人に迷惑かかりますよね」
真意を測る。確実なのは、宮本がやりたくない理由の本丸に達してないと言う事だ。
「はぁ、失敗する事ばかり気にしていたら、ケーキだってオチオチ作れませんよね?」
真悠は顔まで宮本から逸らして唇を噛んでしまう。
「それなら、それなら、グッドプロジェクトさんをどうやって説得するんですか? ああ言う会社さんって失敗したら冷たいんです。宮本君は私より知っている筈です」
重い問題に宮本は思考をめぐらそうと思ったが、すぐに考える事をやめた。
「分かりません。立花さんや新島さんがいるから、強引に会って話し合い。ダメなら商店街のみんなで直談判。まぁ、僕は最悪ネットに動画をう、アップしてしまうのもアリかと思っています」
引き下がらない宮本に真悠はついに大声になってしまう。
「勝手です。そうやって自分の都合で人を巻き込んで、私が喫茶店をやめて留学する事がそんなにいけないんですか?」
感情の吐露。真悠の核心に近づいた気がする。
だから、宮本は諭し力強く引っ張りたいと思う。
「確かに勝手です。でも、僕はまごころデコレイツなら、真悠の事を助けられると思っているんです」
真悠が大きく目を見開いたまま宮本をずっと見てくる。
(やばい、やばい、真悠って呼び捨てだよ。そんなつもりじゃ、なんで僕、えー)
困惑しているのはお互い様。
「あ、あ、相内さん。と、ととにかく閉める理由を教えてください」
さっきの強い口調から一転、手をブルブル振って頼りない。
微笑を見せてくれたけど真悠は思いつめた様子になる。
「怖いんです。まごころデコレイツの活動でパティシエとして中途半端になる事です」
今まで美味しいスイーツを作り続けた真悠。唐突な告白。
「大丈夫ですよ。今まで美味しいスイーツを作り続けたじゃないですか?」
「未熟なんです。売り上げも低いし、今でもお父さんからは中途半端だと言われるし」
真悠にとってお父さんの啓は師匠でもある。さすが職人気質。
確かに真悠はパティシエの世界からすれば未熟かもしれない。しかし、スイーツとは食べてくれる人がいてこそ。少なくとも宮本はそう思う。
「中途半端なんて知るか。フランスでも商店街でも、食べてくれる人の為にがんばるから、美味しくなるんじゃないんですか?」
「私の話しをちゃんと聞いてください」
訴える真悠。今まで彼女を見た宮本は、何を言えば良いか分かるつもりだ。
「僕達が美味しいと喜ぶと一緒に喜んでくれる人じゃなかったんですか?」
真悠は何も言えなくなる。「できない」言い訳が全て崩され、偽れない自分の本当が突かれてしまったから。
「まごころデコレイツだって見ている人を喜ばせることができます。ああ、今は打ち切られているけど、時間ギリギリまで僕達と粘りましょう」
差し出される手を真悠は掴む。もう一度やり直そうとベンチから立ち上がる。
今宵エスコートするは頼りない少年。
「とりあえず――」
「喫茶店ソルベに(行き、帰り、行っちゃい)ましょう」
四人同時。
「ごちそうさまで~す。いいもの見させていただきました」
「二人とも記念にどう?」
千春は両手を合わせ、智美はスマートフォンのカメラを向けてくる。
「とりあえず離れろ。宮本!!」
宮本は梓に襲われまいと手を放して退避。その様子に真悠は笑ってしまう。
「ふふ。ごめんなさい。今からみんなでお茶を飲みませんか?」
喫茶店ソルベの再開。それは同時にまごころデコレイツの再結成を意味する。
「まごころハートフラッシュ」
まごころデコレイツの必殺技が炸裂。ビデオ動画をテレビに出力したもので、エフェクトは無く音声のみ。
グッドプロジェクト社長室は、それなりに高い内装をしている。
「いやー。君達の情熱に感動しちゃったよー」
社長の拍手と共に五十インチのテレビから映像が消える。
真悠、梓、千春、智美加えて宮本。この五人が招かれている。
「リハの時は散々だったけど。いいよー。これなら全国デビューも間違いない」
「ほ、本当ですか。テレビに出られるんですね」
二週間。まごころデコレイツと商店街は自分達で練習し、リハーサル公演と同じ事をビデオに収め、グッドプロジェクトに送った。
その苦労が報われたから宮本達は大いに喜ぶ。ただ一人を除いては。
「社長。収録日はいつなんですか?」
智美の冷たい声。
「明後日。撮影はスケジュールの都合で当日だけだ」
緒室の回答に宮本達はうろたえる。
「ちょっ、急すぎますよ。もう一日収録を増やしてもらえませんか」
「しょうがないだろ。スケジュールの都合なんだから」
素人目からも分かる強引なスケジュールに不安しかない。
「まさか、できないって言わないよね~。商店街を売り込みたいんだよね~」
「社長。ちょっと私達で話してもいいですか?」
煽る社長に智美は冷静で宮本達に話す。
「私達は、急遽空いた放送スケジュールを取る為の捨て駒みたい。でも、いつも通りの商店街を見てもらって放送されてもらいましょう。彼らの鼻も明かせるわ」
それぞれ憤りを感じるものの、チャンスはチャンス。やるしかない。
「分かりました。よろしくお願いします」
まごころデコレイツと宮本のお辞儀。ここから彼らの戦いは新しい局面を迎える。