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商店街はケーキだ  作者: Oっ3
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第三章「準備する商店街」

第三章 準備する商店街

 放課後、商店街で行うヒーローショーの企画書を携え、百貫屋の店主「将軍」に悪役を引き受けてもらえないかと交渉している。

 カウンター越しにいる将軍。奥にある筈の厨房が、その巨躯で伺う事ができない。

「俺が悪役だと、ふざけんなッ。むしろ、ココまごころ商店街に来るお客の味方だ」

「何が味方だ。だったら引き受けろよ。操られる設定だからいいだろ。将軍」

 将軍の迫力に全く怯まない梓。宮本では頼りないと、自ら交渉に同行している。

「断る!! 俺の店のイメージダウンになる。話がわかったら、帰った、帰った」

 交渉が決裂し、次は花屋へと交渉しに行く。


 花屋に到着すると、梓が急に止まる。その巻き添えで宮本がぶつかり「ウッ」と呻く。

梓はそれに気付かず、正面のドアに飾られた。ピンクいやマゼンタ色で、花びらの先端部の真ん中がくぼんだ花。ハナミズキを眺めている。

「今日はハナミズキか。さすがに知ってるよな宮本?」

 確か、歌で聞いた様な程度の知識しかない。これが実物かと宮本はただ頷くのみ。

「せめて、美人幹部じゃないと嫌よぅ。この私にムサイ着ぐるみを着ろって言うの?」

「そうしますと、プロデュースする荻原さんや相内さんが目立たなくなりますので、どうかご理解してくれるとありがたいのですが……」

「そうねぇ、じゃぁ皆のメイクなら、いつでもオーケーだから声をかけてちょうだい」

 そう言って花屋の店主堂ヶ島(どうがしま)は、梓の頬を撫でて震えあげさせている。珍しい光景に、宮本は笑いを堪えるのに必死だ。

 成果をあげられなかった二人は、喫茶店ソルベに向かってアーケードを歩く。

「やっぱり怪人役って嫌だろうなぁ。みんな忙しいし」

「そうか? あたしなら、例え戦闘員(ザコ)だったとしても引き受けるけどな」

 戦隊もののイントロが聞こえてくる。それは梓の携帯電話からだ。

「もしもし、ああ分かった」

「どうしたの?」

「野菜の配達があるからレッスン一緒に行けないって、マユ先輩に伝えといて」

電光石火の勢いで梓は走り出す。

伝言を頼まれて戸惑う宮本。既に小さく見えるほど離れていて、やれやれとその体力に呆れつつ感心する。


 喫茶店ソルベ。今日は二組のお客さんが来ている。宮本はそこで一人、真悠の試作スイーツ。チョコレート生地にレモンクリームで塗られたケーキを食べている。

 味はレモンの酸っぱさが目立ち、チョコレートのほろ苦さが後味を悪くして、あまりおいしくない。

「すいません宮本君。お口直しに何か食べますか?」

 顔に出してないつもりが、真悠には分かっていて頭を下げている。

「大丈夫。元々僕の出した企画だし、最後までちゃんと付き合うよ」

 真悠の作ったケーキは、宮本が考えた。悪と戦い、歌って浄化するヒロインの名前を参考にして作ったものだ。

 チョコレートは智美が変身する『ビターショコラ』。レモンは梓が変身する『ワンダフルレモン』だ。ちなみに真悠は『ラッキーホイップ』。千春は『ハニーシュガー』となっている。

 時計が六時を示してハトが飛び出す。ノートに夢中の宮本に真悠が声をかける。

「そろそろ喫茶店(ここ)を出るので閉めますよ」

「ああそうか、レッスンだよね。初日くらい僕も行かないと」

 宮本はサボっていた訳ではなく、どうすれば悪役をやってくれるか考えていた。

「あずちゃんは一人で大丈夫でしょうか?」

「もし迷ったら、僕がなんとかするよ。その点は任せておいて」

 表舞台に立ち、人前で歌って踊るだけではなく、殺陣までしなければならない。しかもプロでさえ難しいのに、全くの初めてが二人だ。とりあえず宮本はできる事をしようと、練習に使うスタジオの場所を頭に叩き込み、地図を二人分印刷している。


 ダンススタジオは、昼を思わせる照明に速いテンポの音楽が流れている。

三人と同じ練習をしている真悠はワンテンポ遅く、講師から注意を受けてしまう。気持ちで追いつこうとしたが体は追いつけず、焦りに比例して汗がたくさん床に飛び散る。

 真悠はステップを踏もうとしたら滑って派手に転んだので、すぐに講師は音楽を止めた。

「マユ先輩大丈夫ですか?」

 梓は派手に転んだ真悠を心配する。

「心配するのはかまわないけど荻原さん。速すぎて動きが力任せよ。肩の力を抜いて」

「ハイ」

 スタジオの隅で体育座りをしている宮本は手で口を隠して笑う。それは、梓がダンススタジオに一人で着けず迎えに行く事になった時。渡しておいた地図はボロボロで、講師の言うとおりだなと感じている。

「笑うなコノヤロー」

 ズンズンと怪獣の如く宮本に迫る梓。

「そんなに動けるなら、荻原さんだけ居残りレッスンしてもいいわよ」

 それは勘弁と梓がしおれるのを見て、千春が大笑いする。

「千春。最初はそこそこだったのに、後半から飽きて手を抜いたでしょ」

「ミヅキも小馴れてておもしろくないかな。もっと攻めていきなさい」

 智美は講師に「はい」と抑揚をつけず返事する。反省会もほどほどに終わり、今日はこれで解散となった。

 次の日の夕方。宮本と梓が一緒にラーメン屋『鳳来屋』に向かう。目的は食べる事ではなく怪人役を依頼しに来た。

 突然、引き戸が開くと千春と智美が一緒に出てくる。

「痛いよ」

 宮本はいきなり梓に引っ張られたと思ったら電気屋の中に入っている。出入り口付近はLEDの電球が飾ってあって眩しい。

「なんだオマエら、3Dの真似事か」

 呆れている店主をそっちのけで宮本と梓が電気屋を出ると、千春と智美が遠くに見える。

「アイツら、千春はともかく智美がラーメン食うのか? 『太るから遠慮するわ』とか言うキャラだろ」

「じゃあ聞いてみた方がいいんじゃないの?」

 そう言っている内に、二人は路地裏の方へと姿を消してしまう。

「とにかく追いかけるぞ」

 宮本は梓に勢いよく引っ張られて、申し訳程度にせり出しているスナックの看板を入り口に二人位しか通れない路地裏に入る。


 築四十年を超えたアパートやヒビ割れたコンクリートの塀等、ノスタルジーに溢れていると言える路地裏。

「なんだよ芸能人だろ。サインよこせよ」

 少し開けた十字路から男子の大声。恐る恐る宮本は隠れながら覗いてみる。

 ガラの悪そうな男子二人が智美と千春に迫っている。怖くなったのか千春はしゃがみこんでいて半べそをかき智美がそれを庇っている状況だ。

「こ、こ、こうしちゃいられない」

 宮本は慌てるように飛び出すと、情けない声で「ヤーッ」と叫びながら、バッグを振り上げて突進するも、足を引っ掛けられ、ぶざまに転倒してしまう。

「ったく、なっさけないなぁ」

 出オチになった宮本に代わり、肩を回しながら梓が現れる。

「騒ぎはゴメンだ。さっさと消えな」

「なんだよ。芸能人からサインもらっちゃいけないのか? ァアアッ!!」

無料(タダ)とは言わないさ。オマエらの腑抜けたパンチをあたしがもらってやるよ」

 挑発通り攻撃してくる男子二人。それを梓があっと言う間に負かして追い払う。

「すごーい。本当のヒーローみたいです」

 千春はつかんだり離したりした後、重心を下げて拳を放つ等梓の真似をする。

「さーて、とっとと商店街に戻るか」

 そう言って梓は足早に商店街へ向かってしまう。


「そうですか。そんな事があったんですか?」

 喫茶店にて、真悠が宮本のおでこにばんそうこうを貼っている。

「まぁ、なんにもしてないですけどね」

「そう言えば、転んだだけですけど、ありがとうございますね」

 千春のお礼に他意は無い。思い出したからそう言ったのだろうと宮本は苦笑いする。

「つーか、なんで路地裏に行ったんだよ? あたしがいたから良かったものの」

腕を組んだ梓が智美を横目に言う。

「ラーメン屋から、路地裏にアクセサリーショップがあるって聞いたから」

首を傾げて「どうしてだ」と言いたそうな梓。

「商店街を肌で実感し、そこから得たものを歌詞にするつもりだったの」

「あ、ああ、なるほど、そんな店あったなぁ~」

 智美は口を開き「商店街に住んでいる人間がずいぶんいい加減ね」とか言いそうなのに、口に出さなかった。

「私も歌詞違いですけど、宮本君の作った設定を基にスイーツを作ったんですよ。食べてくれますか?」

「食べさせてもらうわ」

 その言葉に最も驚いたのは千春だ。

「ラーメンを食べて今度はスイーツなんて。宇宙人と入れ替わっちゃったんですか?」

「体型維持も大事だけど、相内さんの作るスイーツも大事だから」

 それを察するように、真悠は急いで厨房へと入っていく。

「どうぞ食べてくださいね」

 笑顔で勧めてくる真悠。それを呪うように睨む智美。

カロリーを気にしないと宣言しても、テーブルの上には宮本が昨日食べたケーキが一つと、パン一斤そのままにハチミツをふんだんにかけたハニートースト。なぜか、てっぺんはアイスではなくクリームがある。

それでも宣言した以上はと、両方を一口ずつ食べる。

「…………却下するわ」

「そうですか。ケーキは昨日より食べやすくしたつもりなんですけど」

 ガッカリして真悠は肩を落としてしまう。

「ハニートーストは、やっぱり~アイスクリームですよ」

 千春の追い討ちに真悠はうなだれる。

「大丈夫ですよ。マユ先輩」

「と、とりあえず、相内さんの腕を信頼して、僕達でアイディアを出そうよ」

 宮本が真悠のフォローに回り、どうにか話題を切り替える。

「アイスがいいです」

「それ、今食べたいからじゃないでしょうね」

 図星か千春は智美と目を合わせようとしない。

「けど、アイスなら楽だよな。バニラにチョコにレモンと、宮本のキャラ名にも使えるし」

 我ながら良い事言ったと、梓は何度も頷く。

 宮本は「あれ」と感じて、脳内でアイスを重ねてみた。

「待てよ。ハチミツ味のアイスって想像できないなぁ」

 言われてみれば、同様に梓も智美も想像がつかない。

「イヤですよ。ハチミツいらない子なんですか? すごくイヤです」

「ごめんなさい。ハチミツ味のアイスはあまり人気が無いので難しいですね」

人気が無いと聞いて、千春は唸ると思ったらハニートーストをヤケ食いしていく。

「アイスね。私達が活動する頃には暑くなると思うから、冷たいものにしましょう」

「僕も賛成。それなら、夏なんだし何かフルーツとか使いたいよね」

 フルーツと聞いて梓がピクリと反応する。さすが八百屋の娘。

「それなら、桃、キウイ、パパイヤ、パイナップル、メロン、野菜だけどスイカかな」

 千春のフォークが止まる。ハニートーストは短時間のうちに半分まで減っている。

「それなら、どれか選べないから全部」

 両腕を広げて千春が自信満々に答える。そんなストレートな答えに、梓や皆が呆れたところで会議が終わる。

 この日は歌の練習で、試しに歌い、呼吸の練習、再び歌と、何度も繰り返して解散した。

 その後、梓が先に帰ってしまう。宮本は仕入れの手伝いかなと思っていたが、次の日に荻原八に寄ると留守で、結局この日はレッスンにも姿を見せなかった。


「いらっしゃいませ」

 ベルが鳴り、真悠がおじぎして宮本を迎える。いつもの喫茶店の光景。

「相内さん。荻原さんから昨日の事は何か聞いてますか?」

「ごめんなさい。何も聞いてません」

 再び真悠が頭を下げると、宮本をテーブルに案内する。現在、お客さんは一人だ。

「そうですか。いや相内さんになら、なにか話していたり、知っているかなと」

 質問に、真悠は唸りながら考えた末、苦笑いをする。

「ごめんなさい。話していい事ばかりじゃないので、その、ごめんなさい」

 これ以上踏み込むのは無理だと宮本は判断する。仮に長い付き合いでも、深いところまでいけるのはごく稀で、上手くいくのはゲームの中だけだ。

「もしかして荻原さん。秘密組織に追われているから、来られなかったんですよ」

「秘密組織? もしかしてデーモン百貨は実在してて、梓ちゃんが狙われてるんですか?」

「かもしれないですよ。実は、人知れず悪を倒している本物のヒーローなんですよ」

 梓が男子二人を負かした所から宮本が膨らました冗談。そんな事を話している内に、お客さんの来店を示すベルが鳴った。噂をすればなんとやらか梓がやって来る。

「あっ、荻原さん。休むなら事前に言っておいてくださいよ」

「わ、悪ぃ。訳なら、みんながそろってから話すよ」

 あまり言いたくない様子の梓。それを計ったように再びベルが鳴る。

「おはようございまーす」

 千春の元気あるあいさつ。今日はお仕事だから、レッスンするスタジオで会うと聞いていたのに、何故か喫茶店に姿を現す。

「立花さん嬉しそうだね。どうして?」

「だって、今日は喫茶店に寄れないかなって思ったら、寄れちゃったんですよ。嬉しいに決まってるじゃないですか」

 そう言われて真悠は「ありがとうございます」と千春にお辞儀する。

「どうして、仕事が無くなったのに喜んでいられるの。わけが分からない」

智美は千春と違い、とても不機嫌ですごく刺々しい。

「どこかの誰かさんみたいに、いい加減なプロデューサーだからドタキャンになったわ」

 威圧感たっぷりに智美は座っている梓を見下ろし、ピリッと緊張感に包まれる。

「どうして昨日、何の連絡もせずにサボッたのかしら。教えて欲しいものね」

 梓は気圧されず、大口を開いてあくびをする。

「すまない。親戚が桃を作っててさ。この前の話しを聞いて商店街の役に立つかなってな」

 梓は堂々とした声で言うと、まっすぐ智美を見上げた。

 怒りを押し殺すような、深い、深い嘆息が喫茶店に聞こえる。

「…………………わかったわ。ちゃんと両立してよね」

 意見が通ったのが嬉しいのか。梓は「よし」と言いながらガッツポーズをした。

「そんな事より殺陣だろ。殺陣。宮本、シナリオって奴を見せろ」

 ギクリとする内心。見せろと言われたからには見せるしかない。腹をくくった宮本はシナリオを書いたノートを取り出す。

それを皆で見ていると思ったら、すぐにノートが閉じられる。

「今まで何をしてたの?」

「すごくアバウトなんですけど」

「これ、好き勝手していいのか?」

「未定ばかりで大丈夫ですか?」

 四人が宮本を攻めるのは無理もない。冒頭と結末は書いてあるが、途中が明らかにスカスカなのだ。

「だって、怪人役を引き受けてくれる人がいないと、それを活かしたネタができないんだ」

「ヒーローショーって簡単な話じゃないんですか? 怪人が街に襲ってきて、それをヒーローが戦って、でもピンチになって、ガンバレーって声援で逆転して、ハッピーエンドだと思うんですけど」

 千春の言う事は宮本も重々分かっている。だけど、商店街を題材してやる以上、ストーリーに散りばめたいのだ。

 それが皆の為、商店街の為になると信じて、その思いを伝える。

「例え、サボっていると言われても、シナリオは怪人役が決まったら書く。僕が絶対におもしろくするから、それは約束する」

 反論が無いので宮本は安心するけど、心臓はまだバクバクと鼓動が早い。

(ハードル上げちゃったな。でも、皆もがんばってるし、そうだ)

「その代わり、衣装のデザインは完成したよ」

 ノートで下書きし、描画ソフトで編集し、印刷したデザインをそれぞれに配る。構想から完成まで総制作期間二週間もかかった宮本渾身の作品。

「ふざけんなッ!!」

 総製作期間二週間が、十秒もしない内に梓から突っぱねられる。

「ちょっ、ちょっと勘弁してよ。もぉー何が気にいらないの?」

 宮本は自分の成果物を大切そうに撫でる。

「こんな、露出度高いの着れねぇーよ。恥ずかしい」

 宮本が梓にデザインした衣装は、ザックリと胸を強調したビキニに、丈が申し訳程度しかないスカートだ。

「私もこのデザインはちょっと…………」

 真悠も顔を赤くして梓に同調する。ちなみに、衣装のデザインはそれぞれ違い、千春と智美からも改善点を指摘される。

「……………………善処します」

 宮本のライフはほとんどゼロだけど、そんな状態でも今日のレッスンを見学する。


 殺陣のレッスンは四人だけじゃなく、戦闘員を務めてくれるスタントマン達もいる。宮本も先生からミットを渡されて受け役をする事になってしまう。

 一通り準備運動が終わると、先生が宮本にミットを装着させお手本を披露した後、今度は四人が宮本に実践してみる。

「エぇイッ」

 パスッと軽い千春のパンチ。宮本は十発でも二十発でも余裕だなと感じる。

「はぁッ」

 真悠は目を瞑ってパンチをしたから、ミットではなく宮本のみぞおちにクリーンヒット。

「グホッ」

「ご、ごめんなさい」

 宮本は謝る真悠に手を振って大丈夫だと示し、智美のパンチを受けてみせる。

「さーて、あたしの番だ」

よぎる不安。この前、梓のパンチを受けた不良は両膝をついたまま、仲間に引きずられて退場した。その威力を知っている宮本は、例えミット越しでも遠慮したい。

「ラァッ」

 ドーンと重い衝撃音。

「グボァッ」

宮本はスローモーションを体感しながら尻餅をついてしまう。

 ミットに命中した梓のストレート。足裁き、腰の捻り、腕の動き、その全てが完璧だから貧弱な宮本では、とても耐えられないのだ。

「ヤーッ」

 スタントマンが梓に拳を振り上げる。当然、練習なので当たりそうで当たらない。

「ハァッ」

 梓が回避して反撃の演技――――がもろに脇腹へ命中した。日ごろから鍛えているスタントマンが苦笑して床に沈む。

「……ちょっと荻原さん」

「ぁあー。すいません」

 スタントマンの身を案じた先生が梓を見学させる。後は宮本が犠牲になって、この日のレッスンは終わる。


 発泡スチロールに氷を敷き詰め魚を乗せる。それを並べてお客さんに新鮮さをアピール。

「ハーイ、らっしゃい、らっしゃい。新鮮なアジがやっすいよー」

 威勢のいい声が通りに響くも、お客さんは見向きもしない。

声の主は、偉丈夫で角刈りがトレードマークの男。魚屋『(うお)(たつ)』の店主市川だ。

「市川ぁ。儲け話があるんだけど乗らないか?」

「まーた、荻原の娘か。俺は怪人役なんかやらねぇーぞ。忙しいし」

 宮本と梓による怪人役の交渉。足を運べば引き受けてくれるかと思ったが現実は厳しい。

「おかしいですよ。商店街も自分のお店も目立てるのに蹴るなんて」

 宮本の言葉に市川はにじり寄って見下ろしてくる。

「だいたい演技なんてもん、素人にできんのか? それなら誰でもスターだな」

 反論できない宮本を見かね、梓が口を出す。

「そんな練習してねーし、もういい今日はこのへんで見逃してやる。行くぞ宮本」

 正義の味方役が悪役じみた台詞を残し、宮本を引っ張り出て行く。


アーケードの中、宮本は人目を気にしない梓に引っ張られている。

「離して、ホント手首痛いし、靴底へっちゃうから」

 いきなり解放され、バランスを失った宮本の背中に衝撃が襲う。

「ちょ、ヒっドイなー。いきなり離さないでよ」

 抗議する宮本だが梓は何も言ってくれない。いつもなら言い返す筈なのにと思って近づいてみると、なんだか息を切らしている。

「あ、ああ、わりぃわりぃ、何の話だ? そんな事より『鳳来(ほうらい)(けん)』に行こうぜ」

 振り返って平気とアピールか宮本をおいて歩き出してしまう。「ちょっと待ってよ」で梓が止まる事はもちろん無い。


 グツグツと煮える鍋から、鶏ガラと秘伝のタレの匂いが食欲を誘う。少ないメニューは自信と効率の表れチャーハンや餃子は存在しない。

天井近くにはアナログではなく、小型ハイビジョンテレビが置かれている。

「こっちは開店前だよ。ああ、忙しい、忙しい、手伝うなら歓迎だけどね」

 店主羽田(うだ)はスープと睨めっこだ。

「じゃあバイトするから、怪人やってくれるんだな」

 期待した様子の梓に対して、羽田は麺にする生地を伸ばしながら突っぱねる。

「用も無いのに妨害するから迷惑料だ」

「払わないからな」

 テレビからもだん花鳥風月の曲『伸す(ノス)足る(タル)(ジー)ー』が流れてくる。

「羽田さん。営業前にルンとミヅキにラーメンをご馳走したのはどうしてですか?」

「目ざといねー君。そりゃ、ブログで少しはお客さんが増えないかなとね」

 アンテナを広く張ってそうな羽田は、宮本達の話には食いついたものの、すぐに前例を出して協力しない構えだ。ちょうど難癖を付け始める。

「結局、戦隊やライダーには勝てんよ。話は凝れんし、衣装の造詣や演出も差が出る。素直に商店街でもだん花鳥風月を応援する方が堅実だよ」

 丸眼鏡を輝かせて羽田は宮本に言い放つ。宮本は、前に営業開始ギリギリまで交渉してしまったので再び迷惑にならないよう、不機嫌な梓を連れてお店を後にする。


「断る」

「やってくれよ将軍。人助けだと思ってさ」

 広げた新聞でも隠せない貫禄のある体を誇る百貫屋の将軍。宮本はカウンター越しでも大きいと感じていたのに改めて全容を見ると迫力がある。

「誰が悪人なんて引き受けるか。正義の味方の店ならまだしも、悪人の店に誰が寄る?」

 役のイメージを気にする将軍をフォローしようと宮本が発する。

「大丈夫です。実際に将軍を見れば、誰もが良い人だと思います」

 強面な将軍の顔が少し緩む。

「あたしは役を引き受けてくれない時点で悪人だと思うけどな」

 将軍がテーブルを叩く。やはり悪人と言う単語にかなり敏感だ。宮本は別のアプローチは無いかと周囲を見渡してみる。

 壁にはお品書き、時計、それよりも将軍とお客さんとの写真が多く張られていて、そのほとんどがムサイ(おとこ)達ばかりだ。

 その中で花寄ルンこと千春との写真は花がある。他にもあるかなと探していると三歳位の少女が将軍に嫌々抱っこされている写真を見つける。

「すいません。この写真の娘は誰ですか?」

「それは俺の孫だ」

「ぇえーっ」

 あまりの驚きに将軍は怒ってしまう。宮本はすぐに謝罪して情報を引き出してみる。

「お孫さんはよく遊びに来るんですか?」

「来ねぇな。怖がっていて盆や正月くらいしか見ねぇや」

 高校生の宮本でさえお孫さんに同意する。強面で貫禄のある体、昭和の雷親父みたいな気質は怖い。

「なるほど~、将軍は孫の前でヒーローになって『おじいちゃんカッコイイ』って言われたいんだな~」

 断定された将軍は慌てて新聞で顔を隠す。

「うっさいぞ荻原。怪人役は親父にやってもらえ」

「ハァ、知ってんだろ。あがり症で店に立つのがやっとなんだぞ」

 宮本は二人をなだめようと間に立つ。

「まぁまぁ荻原さん。ここは撤退と言う事で、あの僕、お孫さんに好かれる方法を考えてみますから」

 二人の攻撃対象が宮本に向いて怒鳴られるが、ある意味での収穫を得て、宮本と梓はお店を出る。


 少し暗いアーケード。宮本が時計を確かめると五時三十分を示している。

「あたしはウチに行くよ。宮本はマユ先輩のお店か?」

「いや、『ぷれぷれ』に行くよ。あそこで衣装の材料をね」

「分かった。ちゃんとやれよ。やらなかったらブッ飛ばすからな!!」

 宮本の顔面に拳を向けると思ったら、梓はすぐに走り去ってしまう。


 五月から六月になり、四人の練習もハードになってく。その間に宮本は、商店街の人々に怪人役をしてもらう事を諦め、本人的には納得できないままシナリオを完成させた。

雨の日の中、宮本は西城の助けを借りつつ昨日完成した衣装を抱え、グッドプロジェクトの緒室に見せる為スタジオに向かう。


 アップテンポな曲がスタジオを包む。それに比例した息づかい。

 内側二人並んで歩けば、外側二人は後退だ。

 腕をフリフリ、合流したら、内側ターンでハイタッチ。

 仕分け作業だ。手足を左右に、腰を落として大忙し。

 もも上げ、腕ふり、汗が飛んでも笑顔はキープ。

ゆとりを持って離れましょう。

 クジャクの様に羽を広げて、左右を見たけど、美しいのはワ・タ・シ。

 でも羽を閉じて、ターン、ターン、ターン、ドサッ――あれ?


遠くの角で体育座りしている宮本は急いで向かう。

「ちょっと荻原さん。しっかりしなさい!!」

 起き上がれないまま「すいません」と梓が謝る。

「はぁはぁ、あずちゃん立ち上がれますか?」

「平気ですよ。マユ先輩」

差し出された手を取らず自力で立ち上がる。

「良かった。無事みたいだ。やっぱりム――」

 宮本が話題に入ろうとした時だった。

「宮本君。緒室プロデューサーがお呼びです。来てください」

「ちょっ、は、はい」

正直、緒室との打ち合わせなんかより梓の方が心配でつい見てしまう。

「さっさと行けよ。あたしはオマエよりも強いんだぞ」

梓は拳を向けて笑う。それでも不安な宮本は、後ろ髪を引かれる思いで後にする。

 パンパンと手を叩く音。講師が少し早めの休憩を提案する。

「反対です。通しは無理でも、せめて途中から失敗したところまでやらせてください」

「確かにミヅキは正しい。でも、ペースが乱れたから小休止をいれます」

「あたしも反対だ」

 歩いただけで足元が覚束ない梓。

目まいに襲われ、見える物全てが二重三重にブレていく。

「あずちゃん」

朦朧とした意識に真悠の呼びかけは届かず、しぼむ様に力が抜けて目の前は真っ暗になる。


 硬い床を蹴る音。飛び散る水滴。

「院内では走らないでください」

 脇目も振らず、雨に濡れた体で宮本は走る。

 宮本が緒室と話している途中、スタッフがいきなり入ってきて、至急電話に出るよう言われたので話を聞いてみると、梓がレッスンの途中で倒れてしまい病院に運ばれた。だから、いても立ってもいられず雨の中を走ってきた。

(分かってはいたのに、どうして止めなかったんだろう)

 梓の基本的な一日。朝三時に起きて市場へ行き仕入れの手伝い。遅刻ギリギリで高校(睡眠学習が多いらしい)。放課後は八百屋の手伝い。それから十時に寝る。

 そこにアイドル兼ヒーローのレッスン。宮本がやる怪人役の交渉に同行。週末は真悠が作る新スイーツの材料を提供しようと、電車代をケチり自転車で親戚の手伝い。

 宮本は休んでもらいたかったが、梓は真悠に同じ事を言われても譲らなかったので、自分が言っても聴かないだろうと諦めていた。

 息がぜぇぜぇと切れ、足が止まってしまう。

 宮本は情けないと貧弱な自分に鞭をうち、どうにか梓が入院している病室に到着。


 病室は個室で、梓が寝ているベッドと点滴。その付き添いとして真悠、千春、智美の三人がいる。それを見て宮本は負い目からか窮屈に感じてしまう。

「宮本君。あずちゃんは大丈夫です。お医者さんから少し休めば平気だと言われました」

「そ、そう。大丈夫で良かったよ」

「大丈夫じゃないです。精密検査するから、ゴハンが食べられなくて可愛そうです」

 千春も自分の基準だが心配している。どうやら梓は明日の精密検査後、異常が無ければ明後日には退院するみたいだ。

「ふわぁぁっ」

 梓は大口を開けて目を覚ますと、バッと勢いよく起き上がる。

「ここはどこだ? あたしはスタジオにいたはずじゃ?」

「あずちゃん。ここは病院で練習中に倒れたんですよ」

 驚くものの自分の腕に点滴の管があるので納得する。

「てっきり、死んでしまったのかと思っていたけど、案外しぶといものね」

「オマエ」

「ちょっと、ともみんヒドすぎます」

 一人離れて佇んでいる智美に梓と千春が睨む。

「酷い? 私は両立してよねと言ったのに、荻原さんはできなかったでしょ」

 智美の言う事は正当性がある。梓は体調管理も仕事の内と言う事の反面教師となってしまったのだ。

 今の流れでは嫌な展開にしかならない。それだけは避けたいと宮本は口を開く。

「待った。荻原さんは起きたばかりなんだから、そういうのはやめようよ」

智美は関係無いと、再び梓を咎める。

「貴方の好きな商店街を救う可能性が高いのは、残念だけど八百屋でも農業でも無い。私達が優先すべきはアイドルとヒーローになって、商店街にお客さんが来てもらう入り口となる事でしょ」

 梓は悔しそうに布団をギュッと握りしめる。

「皆に迷惑かけたのは悪いと思っている。でも、選べねぇよ」

「選べない? 家業もちゃんと手伝えず、レッスンも芳しくない。挙句両立できず倒れる。今の貴方はハッキリ言って足手まといなの。一つに決めなさい」

 言い終えた途端、稲光がして雷鳴が轟く。

「決まらねぇよ。上から見透かしたように言いやがって、何様だっつーの」

 智美は梓のベッドに近づく。その腕は怒りに震えていて、とても我慢していると伺える。

「何様? 一生懸命レッスンに取り組んでいる娘もいるのに、それを片手間でやっている貴方の方こそ何様よ」

 梓は怒りを堪えきれず立ち上がろうとしている。

「いい加減にしてください」

 真悠が梓の両肩をむりやり押さえるから、共倒れになりベッドが大きく軋んだ。すぐに真悠が立ち上がり、疲れたのか起き上がれない梓と智美の顔を見る。

「もうやめましょう。あずちゃんはそのまま休んでください。新島さんも言いたい事を言えたからこれ以上はダメです」

 呆然いや終息。宮本はこんな大変な時に話すべきかと思ったが、どのみち言うべき事なので口火を切る。

「あの、聞いてほしい事があるんだけど、大丈夫かな?」

 とりあえず皆が視線を向けたので大丈夫と判断。

「実は緒室プロデューサーに完成した衣装を見てもらったんだ」

「ダメだったんですね」

 速攻で千春に見抜かれたので、正解と肩をすぼめる。

「デザインの段階ではオーケーだったんだけどね。作って持っていったらボツったよ」

「それ見せてくれる?」

 現物が手元に無い為、携帯電話に撮っておいた画像データを皆に見せる。

「この衣装、宮本君一人で作ったんですか?」

 真悠は目を丸くさせる。

全体は白がベース。胴体や腰等はプリーツを意識したヒラヒラで包み、胸には大きなリボンをあしらう。要望とあくまで子供向けを意識し、露出度は控えて足もタイツでガードだ。

 宮本的には「幸せクリーム、皆に届け。ラッキーホイップ」と言うコンセプトだ。同様に三人の衣装も露出度を控えつつ可愛く仕上げている。

「え~、せめて一回は着たかったです」

 千春は残念そうに、肩当てやスカートが花をモチーフにしている自分の衣装を眺める。

「子供より大きな友達を意識して作るようにって、緒室さんに言われちゃったよ」

「大きな友達? 巨人なんていんのかよ」

「大きな友達さんは私達を踏み潰しませんよね」

 スルーしようと思っていた智美だが、把握してもらわないと困るので説明する。

「本来は、子供向けに作られたものを子供以上にハマる大人達の事を指すの」

 智美に指されて宮本はうなだれる。

「な~んだ。こんなチビか。大きいお友達が聞いて呆れるぜ」

 並いる男を超える身長の梓に笑われると言う追い討ち。

「…………荻原さん。そうやって笑えるのも今のうちだからね。大きなお友達向けにするって事は露出度が上がるんだからね。着れないなんてワガママは絶対に許さないからな」

 梓のショックが落雷と重なり、それから激しく打ち付けるような雨音がしてくる。

「驚いて腰が抜けちゃいました~」

 両膝を付く千春を真悠が引っ張りあげる。

「雷なんかにビビんなよ。テレビ、テレビ」

 とりあえずテレビを見る為のカードを購入し、番組が見られるようになる。

「気象庁では大型勢力の台風二号が、明日、午前四時頃に本州へ上陸するとの発表です」

「ま、マジかよ」

 はやる心を抑えきれず、梓は今すぐにでも飛び出そうとする。だけど、溜まった疲労が回復していないので、再び真悠に押さえられる。

「離してくださいマユ先輩。今すぐ農場に行かないと」

「分かってます。でも、今のあずちゃんのやるべき事はここで休んでください」

 台風が本州を横断すると、梓の親戚が手塩にかけて育てている桃のハウスが壊され台無しになってしまう。その状況で唯一できる事は、台風直撃の前に回収する事だ。

「チクショウ、めちゃくちゃだ」

 何もできない無力感や悔しさで病室は咽ぶ声しか聞こえない。

 突然、ドアが開く。

「すいません。これ以上は他の患者の迷惑になりますので」

 宮本達は看護師(ナース)に促されて病室を後にした。


 机の上にはノートが広げられている。ページには衣装のデザインが描かれているけど、イマイチと感じたのか、どれも黒く塗りつぶされている。

 頬杖を突く宮本はぼんやりしていて、今にも寝落ちしてしまいそうだ。

 時間が無い。宮本は緒室と話していた際、七月の三週目以内に事務所がデビューしても良いと判断しなかったら、今の話はご破算になってしまう。

 衣装がボツになった以上、すぐにでも四人の衣装を、大きな友達向けと子供向けの折衷案で作ろうとしたけど、気持ちだけが先走り、さっきから納得がいかず進みやしない。

 スクリーンセーバーが解除され、本日四度目の動画サイトへのアクセス(現実逃避)。

 何も浮かばない。これではイカンと自分の頬を叩き、とりあえず気合をいれてみる。

「動画を見たんだから本気出す」

 ペンを構え真剣な眼差し、でも微動だにしないので「描くんだ」と自分に言い聞かせてペンを動かす。描き始めると夢中になり、やがてレモンを輪切りにした模様の篭手ができる。

「………荻原さん……」

 皆も梓の事を気にしているのではと宮本は思っている。背が高く力持ち、短気でガサツと男より男前(ウブな面もあるが……)で、商店街が大好きで誇りに思っている娘。流行に疎くてアイドルと縁遠い娘が、大好きな商店街の為にがんばってきた。でも全てが空回りし、大事な時に何もできない事を悔しんでいた。

 社会的には、過密スケジュールをしいた自己管理の怠りと評価され、それをせせら笑う者さえいるだろう。智美が梓にかけた言葉は辛辣だが、それは、体調とやるべき事を考えさせる為の言葉だと理解している。

 宮本達ができる事は自分のやるべき事をこなし、梓の退院を受け入れる事だ。

 椅子を回しテレビを付けると、まだ早い台風を中継するリポーターの姿が映し出される。

「どうして、吹っ飛ばされたり怪我をしたり風邪をひくのに、こうやってられんだろう」

 本当は梓に代わって親戚を手伝いたかった。きっと真悠や千春、智美も呼びかければ行くのではないかと思う。でも、誰もおくびにも出さなかった。今重要なのは、常にコンディションを整えて本番を成功させる事。宮本は衣装の早期完成と演出等の裏方作業だ。

「――台風は進路を東に――うわっ――進路を東に―――」

 リポーターが横殴りの風雨に耐えながら懸命に伝えようとしている。

「……うへぇ」

 尻込みするが、出たくて出たくてしょうがない。描いても進まないデザイン。明日はあいにくの台風だけど週末だ。そもそも商店街を救うヒーローの話の原作者が、主演のヒーローを助けちゃいけないのかと、強引な理論武装をする。

「締め切りなんて怖くない」


 花峰東駅から始発で出発し、七時ごろに梓の親戚が住む村に到着。強風と小雨が、ジャージにリュックを背負った宮本を迎える。

駅前を抜けてすぐに、田んぼが一面に広がり、遠くには山と緑豊かだ。

それに比べると家やビニールハウスはまばらで、田舎に来たと感じさせる。でも今は、台風のせいでのどかな光景には見えない。


 宮本は住所を聞いたけど分からず、ビニールハウスにある桃を探して、あちこち覗いていく内に白い袋が見える。なんなのか分からないでいると、威勢のいい声に呼びかけられる。

「オイッもやしっ子。俺の農場でなにしてんだ?」

 ガッシリした体格で身長は二メートルに届きそうだ。

「あの、すいません。荻原(おぎわら)原次郎(げんじろう)さんに会いたいんですけど」

「それ俺だけど」

 梓の叔父である原次郎は三十代前半に見えるので、宮本は農家ってすごいと思った。

「荻原梓さんの代わりに作業を手伝いに来ました。宮本です」

「ぁああ、時間が無い。ビシバシ働いてもらうぞ。ついて来い」

 中に案内されると温かくて、桃の木がたくさん植えられているから、桃の香りが鼻孔をくすぐり、伸びた枝は複雑に絡みつき天井の様だ。

「とーちゃん、コイツ誰?」

小学四年生位の少女が、桃を詰めたカゴを持っている。

「梓の彼氏じゃねーの。たぶん」

「あずねー。見る目無いね」

 第一印象で小学四年生にバッサリ切られて、宮本はショックで動けなくなる。

「ついでにリュックを運んどいてくれ。俺はもやし(宮本)に桃の収穫を叩き込む」

 言われるまま宮本は、リュックを少女に預け荻原について行く。やがて。

「ここだ」

収穫した桃が少し入っているカゴを目印に足が止まる。

「時間がねぇ。桃は超デリケートだ!! 忘れんじゃねぇぞ」

 ビビッている宮本は頷くのみ。原次郎は「見てろよ」と白い虫除け用の袋に包まれた桃へ腕を伸ばす。

「勝負は触った時点で始まる。もやし、赤ちゃんを触った事はあるか?」

 もやしでイコールかと宮本は不満に思いつつ「あまり」と回答。

「最近の彼氏は、すぐ子供の一人や二人作んのは朝飯前なんじゃねぇの」

 言われた方は体が熱くなる。

「ぼ、僕は、お、お、荻原さんとは、そ、そういう関係じゃありましぇん」

 カミカミ動揺ながら全力で原次郎に否定する宮本。

「なんだ、ちげぇのか。じゃあ、シャボン玉を割らねぇつもりで触れ」

 原次郎が一呼吸おいて、白い袋に包まれた桃をサッともぎ取る。

袋から露わになった淡い薄赤、美しい丸みに特徴的なくぼみ、正真正銘りっぱな桃だ。

 さっきの桃が、カゴに入った桃の上に繊細かつ素早く乗せられる。

「いいか、桃は手でもカゴでも、とにかく触れない動かさない事を心がけろ」

「はい」

「じゃあ、もやし。俺が言った事を踏まえてやってみろ」

 宮本は白い袋に手を伸ばす。布のザラついた感触で桃なのかと疑い、素早く取る事を意識し過ぎて勢いよく取ってしまう。

「ダメだなこりゃ」

 袋を外すと、桃には宮本の触った痕が分かる。でもつかんでない所は赤ちゃんの産毛を触るような気持ち良い肌触りがして、荻原の言っている事を実感した。

「桃を取るのは力じゃねぇ。愛だ。愛で取るんだ。とにかく好きな奴の事を考えろ」

 慎重にカゴの中に入れた後、再び桃が包まれた袋に手を伸ばす。

(急に精神論になったけど、それなら僕は――)

今度は添えるだけ。

宮本は脳内でギャルゲの落ち込むヒロインの肩に、フラグ(もも)が上がった(とれた)。

 桃は原次郎が取ったようなキレイな薄赤をしている。

「よし、この調子でドンドン頼むぞ。桃を積み上げていいのは二段までだ。終わったら誰でもいいから話しかけろ」

 任せられた宮本は梓の代わりにがんばろうと、慎重かつ素早く桃を収穫していく。

(とりあえず二段目を埋めたけど、どっち進めばいいんだ?)

 ハウスの内部は縦にとても長く横幅は狭い。どちらを探せばいいか迷っていると、さっきの少女より一回り小さい少年がやって来る。

「もやしじゃん。二段目できたのかよ」

(小学生にナメられる高校生って…………)

「じゃあ、おれが来た方をたどれよ。左の納屋に母ちゃんがいるから渡しといて」

宮本は少年の言うとおりにすると、確かにトタン屋根をした納屋がある。

外は異様に晴れている。それは吹きつけてくる強い風の仕業で、また雨雲を運んできた。

 桃をダメにしたくない宮本は今のうちにと納屋へ入る。


「見ない顔ねぇ。誰のお友達?」

 やけに明るい裸電球に灯された納屋。これから市場に出荷されるであろう、桃の詰まった箱が多く占めている。

赤ちゃんを背負いながら荻原(おぎわら)()(はる)は、集められた桃を市場に出荷できるか仕分け中だ。

「荻原梓さんの後輩の宮本です」

商品となる桃には荒い網目状の保護ネットをかけて出荷用の箱に詰め、できないものは裸のままプラスチックでできた箱コンテナボックスに詰められる。

「わざわざ遠いところからありがとうねぇ」

 桃を集めたカゴを受け取ると、温和な笑顔からすぐ真剣な表情に切り替わる。

 宮本は邪魔をしないように空のカゴを取って、ビニールハウスへ向かう。


 台風が近づく中、桃はどんどん収穫されていく。

宮本は触った時に起こる手のかゆさ。ある種ロールプレイングゲームで、経験値稼ぎにモンスターを倒す、いわゆる作業ゲーと言う感覚と戦う。

 屈しそうな時は、悔しそうな梓や本当は何かしたい真悠、千春、智美を思い浮かべ、作業に集中する。

暴力的な強風がビニールハウスを軋ませ、機関銃を彷彿とさせる豪雨がハウスをうちつけてくる。

「オイ、ハウスがやべぇぞ。さっさと逃げろ」

 荻原の大声。台風と離れているせいか宮本には小さく聞こえる。

 後少しでカゴは桃でいっぱいになりそうだ。

(ムチャはしたくないけど……)

 宮本の前には、ちょうどカゴに入るくらいの桃がある。

(聞こえない。夢中だったんだ)

 深呼吸して桃を包む白い袋に手を伸ばす。

 ギシギシと唸るハウスの骨組み。

 取ったはいいが、動揺で袋が外せない。

(もちつけ、落ち着け、どうにかなる)

 何とか白い袋を外して桃は無事カゴに入る。

「なぁに、台風で死ぬ確率なんて十万分の七人さ。ハハッ」

 遠くからビニールに穴が空いたような激しい雨音が聞こえてくる。

死亡フラグが頭によぎり、宮本はすいませんでしたと何かに謝罪し、残りの桃を無事に収穫する。

 後は一番近い納屋に脱出するだけ、宮本は桃を落とさないようにビニールハウスの中央へと早歩き。

風雨と共に看板がハウスの骨組みを襲い、それを折ってしまう。

 桃の無事を確認すると出入り口を見据えて全速前進。

 背後からドミノ崩しの要領でビニールハウスが崩れていく。

「ウワァァァァァァァァァァァァァッ」

 十万人分の七人になる。高をくくらなきゃ良かった。台風さんマジぱねぇっす。例え、自業自得でも不条理を許さない。まだ四人の活躍を見てないのにここで死ねるか。

 がむしゃらに走るも、最後に見たのは崩れ落ちてくる桃の木だ。


 宮本(みやもと)(しゅう)(せい)享年十五歳。死因、崩れてきたビニールハウスの下じ――。

「き、君は天使ちゃん…………何で誰もいないんだよ…………」

 ビニールハウスは半壊し、そこにある桃の木一帯も巻き込んだ。不幸中の幸いか、天井の様に張り巡らされた桃の枝は人一人が入れる隙間を作り、そこに宮本を閉じ込めた。

 宮本はそこから抜けようと体を動かすが重くてビクともしない。手を動かすと桃の弾力はなく、代わりに少し湿った土の感触しかない。

「無い、ちょっ、ぇえー。待て、待てよ。マジかよ……」

 枝と枝の間から横倒しになっているカゴが見える。

逃げろと言われても無視し、必死になって収穫した桃は地面に転がっている。

「こう言う時、ざまぁとかプギャーとか言われるんだろうな」

素直に逃げれば多くの桃を持って帰れたのにと言う後悔。何をやっても上手くいかず、今も農場で死にかけると、自分が情けなくてしょうがない。

雨粒が枝を伝い宮本の頬に落ちる。

枝や骨組み、ビニールで台風をしのげても、風雨が入り体を冷やしていく。

 お腹が鳴る。朝食は電車内でパンを食べた程度だ。

 まだ朝、もう昼、ひょっとして夜。閉じこめられているせいで分からない。

「そうだ。携帯。僕には文明の利器があるじゃないか」

 時間も助けも携帯電話で即解決。でもポケットまで手が動かない。仮に携帯電話で助けを呼んだとしても来てくれるのか。

 ひょっとしたらこのまま助けが来ずに寒さや飢えで死ぬかもしれない。

 怖い。

 真悠の喫茶店で飲む紅茶、美味しいケーキ、それにメイド姿を楽しめないなんて。

 梓に農場で手伝ったことを教えて「やるな」とか褒められたい。

 千春が食べた後に見せる笑顔。マスコットとしての可愛さを愛でられないだと。

 智美のストイックな態度。その裏にある夢が叶った後のデレを見てみたい。

 夢が叶わないまま、ゆっくりとそれでいて呆気なく終わってしまう恐怖。

「そういや、死んだらPC見られるんだろうな…………らめぇぇぇぇぇぇ」

 自分のPC(恥部)の心配をしていると、風が大きな唸り声をあげて崩れかけたビニールハウスを跡形も無く壊してしまう。

 桃はおろか宮本の助かる可能性も潰れてしまった。


 大切に愛情を込めて育てられていた桃。それを自然の驚異から守り、温かく育んだビニールハウスは無惨にも壊され、今やその面影は無く残骸しか残っていない。

そんな暴君が過ぎ去っても、立っているのも辛い風や纏わりつくような小雨が吹いている。

「酷い………ですね」

 青いレインコートに身を包む真悠は、見ていて辛いのか頬に手を添える。そこに千春と智美の姿もあるけれど、精密検査である筈の梓がはるばる病院から抜け出してきた。

「連絡がつかねぇんだ。ココしかねぇよ」

「こんなグシャグシャの中で生きてるんですか?」

 千春は不安そうにビニールハウスの残骸を見つめる。

「まずはいるか確かめましょう」

 智美がスマートフォンを取り出し「生きてる?」の一文を宮本にメールする。


(だい)(だい)(だい)(すき)、君の事を殺してでも欲しいなぁ。ねぇ、(あい)()()()


 軽快な音楽に退廃的で病んだ声の着メロが残骸から聞こえてくる。それを聞いた四人は一気に呆れうなだれてしまう。

「なんかイヤです。お腹空くし疲れるし警察に任せましょうよ~」

「私も朝からグロテスクなのは見たくないから千春に同意ね」

 梓はビニールや骨組み、桃の木だったものを退けていく。

「人死になんてカンベンだ。さっさと手伝えオマエ()

「宮本君。もうちょっと、もうちょっとだけがんばって下さい」

 骨組みや木の枝で引っかき怪我をしても気にしない。枝が複雑に絡まり重くて持ち上げられなくても、四人で力を合わせてそれを退ける。

 台風の目に入り、黒くて厚い雲から青い空に変わり陽の光が降り注ぐ。それでも相変わらず風は強い。

 探していく内に、潰れてバラバラになったカゴだった物やグッチャリした桃を発見した。

「近い。この破片と……桃だな。オイみんな近いぞ」

 梓が大声で呼びかけると皆が集まる。

「待って、鳴らしてみるから」

 再び退廃的な着メロが鳴る。今度は大音量なので、皆は宮本が近くにいる可能性が高いと確信する。

「もうすぐ、お昼ご飯ですよー。カツ丼シュウ君の分も食べちゃいますよー」

 千春が大声を出して呼びかけると、それに呼応して「立花さん?」と宮本のか細い声が聞こえてくる。

 真悠はしゃがんで残骸の隙間を覗いたら宮本と目が合う。

「宮本君ここですね。どうなっていますか?」

 耳を澄まして宮本の状況を聞き、すぐに救出しようと四人は力を合わせて、さっきより速く残骸を退けていく。

「ありがとう」

 宮本は致命的な怪我は無いけれど立ち上がれず、そこに梓が手を差し伸べる。

「なっさけない奴だな――」

 引っ張りあげられない。梓は本調子じゃないし、食事もろくに取っておらず、その上残骸を片づけていたから体力があまり残っていない。

 真悠は宮本の腕をつかむと梓の方を一瞥する。

「無理しないでください。一人じゃないんですから」

「いいなぁ。ドラマチックだから混ぜてください」

 千春も便乗して宮本の腕をつかむ。

「ここは空気を読むわ」

 四人の手が宮本の腕をつかんでくれる。それに感動して目頭が熱い。

「ありがとう皆」


原次郎の家。その居間で、宮本は家主に首根っこをつかまれ怒鳴られる。

「テメェー、どうして避難しなかった!!」

「すいません。一つでも多く桃を取ろうと思いました」

「そんな事よりテメェーの事を優先しろ」

 そこには真悠、千春、智美、梓だけでなく、宮本の無事と聞いて様子を見に来た原次郎の子供達もいる。

 見かねた梓が怒りに震える肩を押さえる。

「もういいだろ。おじさん。コイツは充分反省してる。それに、おじさんだって自分が手塩にかけた桃を一個でも多く取りたいって一番思ってるだろ」

「うっせえ。テメェーの世話一つできない奴が口を出すな」

明かりがついているのに暗くなると思ったら、急に強烈な風雨が雨戸を叩いていく。

そこにピシャリと勢いよく障子が開く。

「あんた達ケンカがしたいなら、ちょっと外に出なさいな。お客さんや子供達の前でみっともない事をしないでちょうだい」

箕春の一喝によって居間は静まり、宮本達はお茶と収穫したばかりの桃をごちそうになる。

「さぁ、美味しい物を食べて台風なんか乗り切っちゃいましょ」

「いっただきまーす」

 遠慮と言う言葉を気にせず、一番に千春が桃を食べる。

「お~いしい~。とっても甘いですけど、ちょっと硬くないですか?」

「マズイか?」

「おいしいです」

 原次郎からの質問に千春は笑顔で即答。

「そのままでもいいですけど、やっぱり何か作りたいですね」

「作りたいってお姉さん。どう言うことなの?」

「商店街でお菓子を作ってるんですよ」

 真悠がそう言うと娘が興味津々に質問してくる。

「宮本、少し話したい事があるから、ちょっと来い」

「う、うん」

 宮本は梓に促されて一緒に居間から出て行く。

 暗くて倉庫代わりなのか物に溢れている部屋。そこに宮本と梓は二人きりだ。

(ちょ、ちょっ、これ確定ルート? やばい、どうしよ)

 変な期待に胸を膨らます宮本。動揺して落ち着かずクネクネしてしまう。

「ありがとう。アタシの代わりに、おじさんの手伝いをしてくれて」

 梓は視線を合わせようとしないが、落ち着いていて微動だにしない。

「それは、荻原さんが悔しそうにしていたし、練習のある皆を巻き込みたくなかったかな。結局巻き込んじゃったんだけど」

「しっかりしろよな。ってアタシも他人のこと言えないか」

 互いに苦笑するが、宮本はどうして梓が無茶をするのか知りたかった。

「荻原さん。どうして八百屋や農業とかに無茶するんですか?」

 戸惑う梓は下を向く。そして、腕組みをして考えた後、宮本の方を見据える。

「いいよ。あんまり話したくないけど、話長いからって寝たらブン殴るからな」

「大丈夫。長い話はゲームで慣れっこさ」


中学時代。梓は八百屋や農業が好きじゃなかった。クラスメイトと比べて家は貧乏に感じるし、休みも無くて忙しいから窮屈に感じていた。

唯一の楽しみは空手で部にも所属していた。始めたのは五歳からで、キッカケは特撮ヒーロー等のアクションがカッコ良くて憧れたからだ。

 当時は高校二年生の現在よりも短気で口より先に手が出てしまう。

ある日、暴走族のせいで眠れなかった梓はキレてそれを壊滅した事がある。

以降、かかる火の粉は増えたが、払っていくうちに数も減っていき、その分を勉強に当てて無事高校へと進学した。

 でも噂は広まっていて友達があまりできず、頼みもしないのに嗅ぎつけて来た不良を倒す日々になってしまう。

やがて、学校から二ヶ月間の停学処分を言い渡され暇を持て余す。

それを見かねた親戚の荻原(おぎわら)原次郎(げんじろう)が、桃園を手伝わせようと連行する。

 最初は細かい作業にイライラして馴染めなかった梓だが、育てていくうちにだんだん愛着が湧いていく。

でも、規格外と言う理由で処分される桃に自身と重ねて憤りを感じ、八百屋や農業への反抗心を払拭できないまま停学期間が終わろうとしていた。

 八百屋に帰ってきた梓。いきなり制服姿の真悠が話しかけてくる。

 どうやら新しくスイーツに挑戦したので、その試食を頼みに来たのだ。

 第一印象。物腰穏やかな雰囲気にかわいらしい笑顔。スカートは校則の丈を守り、髪形は三つ編みと古風ながら女性らしい。

それに真悠の家である喫茶店ソルベは、お洒落で西洋的なアンティークの雰囲気に包まれている。

梓は真悠を同じ商店街の住人では無く、別世界の住人だと思った。

「どうぞ。お口に合うと良いですが」

 真悠が運んできたのは、フルーツゼリーを小さく切って山盛りにして、ミルクジェラートがかかっている。

(何がお口に合うとだ。絶対マズイって言ってやる)

 おもむろに梓はジェラートとゼリーを絡めて食べる。キウイ、オレンジ、桃ゼリーとミルクが一気に広がり、シャリシャリとグニャグニャの変化に富んだ食感が楽しませてくれる。

「うまい」

 イジワル言うつもりが、それを超えて素直な感想が口に出てしまう。

 しまった。粗探しに寒天ゼリーを食べる。甘さ控えめな素朴さが口直しになる。

(甘さがしつこくならないようにしてるだと…………)

 それから真悠は新作やメニューにあるスイーツを勧め、どれも梓はおいしいと食べる。

「ありがとうございますね」

 美味しいと言われて、嬉しそうに真悠は梓と向かい合って座る。

「なぁ、ここのお菓子うまいけど、高い材料とか使ってんのか?」

「産地やブランドは気にしてませんよ」

「嘘だ。ホントは使ってんじゃないの?」

 疑う梓に真悠は立ち上がる。

「良かったら冷蔵庫を見てみませんか? 案内しますよ」


 厨房は広く綺麗に整理され、シンクは鏡の様に磨かれている。

「真悠。勝手に厨房に他人(ひと)を入れるな。それ以外なら問題無い」

 カップを磨く真悠の父相内(あいうち)(けい)

「荻原さんにちょっと冷蔵庫を見せたいんです」

「私がカップを磨き終えるまでだぞ」

 業務用の大型冷蔵庫が開く。様々な果物がある中で、梓は手の跡が付いた桃が目に入る。

「その桃、美味しいのに規格外なんですよね。でも技術さえあれば、たくさんのお客さんが食べてくれるんですよ」

 真悠は自分の腕を叩いてみせる。

「この前テンパリングを十回連続で失敗してたから、今日どう成長してるか楽しみだ」

「お父さん。わざわざ人前で言わないでください」

 頬をふくらます真悠を見て、笑いながら梓は厨房を一人去る。


「報われたって感じかな。下らない理由でハブられても、普通に食うより美味しくなるっつーか。きっと誰かがウマそうに食べてくれる……とにかくスゴイだ」

 話を聞いて宮本は納得する。梓は巡り巡って自分に帰ってきたが、それによってやりがいを見出した。だから、真悠を慕っているのだと。

「アタシが感じた思いを大勢に届けたい。その為にはなんだってやるつもりだ」

「だから、ムチャできるんですね。さすが元スケバン」

「古臭い称号付けんな。オマエだってムチャしたじゃねぇか。雑魚のくせに」

 宮本は茶化したけど、言いたい事があるので口を開く。

「雑魚か別にいいけど。みんなの為にってハウスに残ったら死にかけたからね。でも僕はみんなに助けられて気付いた。僕達の周囲には強い人がたくさんいる」

 伝えようと宮本は梓との距離を詰める。

「死んだら夢は叶わないし、そうなる前に皆に頼ろう。後、僕の事も頼ってくださいよ」

 親指を立てて見せる。でも梓はそれを横切ってしまう。

「借りを作るのは嫌だなぁ。でも、宮本がそう言うなら頼ってやってもいいかな」

 梓がふすまを開ければ、そこに千春と荻原の子供達がニヤニヤしながら覗いていた。

「ちがうんです。告白とか期待してたんじゃなくて、みんなで探偵ごっこをしようとアジトを探してたら、事件が起きたので証拠をつかんでやろうとしてたんです」

 言い訳にすらなってない千春は殴らないでと顔を庇う。

「どうすりゃ、そんな浮ついた話になるんだよ」

 呆れた梓と安心した千春はため息をこぼす。

「あの、お昼ご飯ができましたから、一階に下りてくださいね」

 昼食を食べ終えた頃には台風は過ぎ去り、宮本達は残ったビニールハウスにある桃の収穫を手伝う。


綺麗な夕日は台風一過のおかげか、木々や草を山吹色に染め上げる。

桃の収穫が終わり、後は荻原達にお別れをするだけだ。

「わたしにとって梓は娘みたいなものだから、これからも仲良くしてあげてね」

「もやし、後でネット対戦しようぜー。絶対おれが勝つけどな」

 宮本の予定にゲームで二時間遊ぶ事が追加された。

「あずねー。今度来る時は彼氏連れてきてねー」

「そんなホイホイできるか」

 梓は不機嫌そうに腕を組む。

「桃は俺が責任を持って届けるから、しばらく待ちな」

「ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げる真悠。

「じゃあな。また手伝いに来いよー」

「さようなら」

 貴重な体験と疲労をお土産にそれぞれ帰路に着いた。


 台風が過ぎて次の日。宮本は四人の衣装のデザインを授業そっちのけで完成させ、早くスキャナに取り込もうと急いでいたら将軍に大声で呼びかけられる。

「どうしたんですか……って荻原さん!! なんで精密検査じゃ」

 百貫屋に入ると、精密検査の筈の梓それに真悠。しかも市川と羽田が座っている。

「病院の帰り呼ばれたんだよ。話があるって」

「私は市川さんと羽田さんに呼ばれて」

「座れ。みんな真打の登場を待ってたんだぞ」

 促されるまま座る宮本。

「お前、台風の中で死にかけた大バカ野郎なんだろ。気にいった」

メガいやギガ盛りのカツ丼が目の前に置かれる。

「まいりましたよ。商店街の為にがんばっている君達を私達はムリだと決めつける。事故まで起きて、本来なら叱るべき立場だけど、私達が非協力的だからそうなったと――」

 市川は勢いよく羽田の肩を叩く。

「話し長いぞ。怪人役を俺と将軍、羽田で引き受けてやるってんだ」

 宮本は本当かと振り返る。

「やってくれるんですか」

「男に二言は無い」

 将軍は腕組みし、気迫に満ちた目で宮本を見据える。

「ありがとうございます」

 迫力に押されて萎縮しながらのお礼。

「よろしくお願いします。お手柔らかに」

 真悠は立ち上がり丁寧にお辞儀をする。

「こっちの台詞だぞマユちゃん。まぁパンチの一発や二発、当たっても余裕だ」

 高笑いしてアピールする市川。

「じゃ、アタシも当てちゃうぜ」

「君のはダメだ。人死にが出る」

 怪人役になる彼らの為にプロテクターの検討をしつつ、宮本は帰ろうとする。

「待て。俺の作った飯を残す気か。食い終わるまで帰さんぞ」

 宮本は泣く泣くカツ丼と戦い、三時間をかけて完食した。胃が重くなったけど作業をしたいと言う気持ちが勝り急いで帰宅する。


宮本は四人の衣装を二週間で完成させ、緒室もそれに舌を巻いて採用と言う。

衣装の完成を聞いた四人は、喫茶店ソルベで実際に着てみる。

真悠の衣装は白いワンピースをベースに、胸にはリボン、短い丈の裾やアームウォーマーにはレースがあしらわれている。

 また前回よりも露出度が上がり、肩を始め、胸の谷間やニーソックスによる絶対領域ができている。

「幸せクリーム、皆に届け。ラッキーホイップ」

 ぶりっ子ポーズで幸せと豊かな胸もギュッ、世界に届けと両手を大きく広げる。

「カワイイですよ、相内さん。ハァ――カワイイよ」

 興奮を抑えられない宮本に真悠は「大丈夫ですか?」としゃがみ込む。

 今度は千春が元気良く飛び出す。

 白に金を織り込んだようなハチミツ色をした、シンプルなノースリーブ。胸には黄色に輝くクリスタルのブローチ。コスモスがモチーフの肩章、手には、橙色に輝くクリスタル付きの指貫グローブ。ボトムスはハチミツ色と黄に橙をストライプにしたスカートだ。

「甘~い笑顔、元気にな~れ。ハニーシュガー」

 両手を広げ楽しそうにクルクルスカートひらり、止まったら目には横ピースとあざとい。

「そのあざとさが良い。やっぱりアイドルだね~」

 褒められた千春は「エヘヘー」と嬉しそうにする。

 梓が現れると、全身を使い(たゆんと胸を揺らし)躍動感あるアッパー。

衣装は梓本人が拒否した衣装のリメイク。胸を隠しても締まったお腹は見せる変形Tシャツに、スカートからホットパンツに譲歩してもらい、ヒジ当てとヒザ当てを装着。

 細かい仕様として、袖口にはレモンの花を意識した白い飾り、背中やヒジ当てとヒザ当てには、レモンを輪切りにした模様が見える。

「優しい酸っぱさ、悪を泣かせる。ワンダフルレモン」

 着地後サムズアップの筈が親指を下に向けてサムズダウン。笑顔ではなく怒り顔だ。

「ちょっとー、設定と違うポーズしないでよ。子供向けなんだからね」

「大きい子供だけだから大丈夫だ」

「ずいぶんな衣装ね。宮本君」

 智美の衣装はゴシックパンクをモチーフに、心臓の位置にはアイレットが打たれ、穴から赤い裏地が見える。肩を守るよう黒いフリルで幾重にも重ね、包帯みたいな袖が腕を包む。

 アシンメトリーなのか、右半分の装飾は薄く二の腕から指先まで出す。反対に右脚は太ももからブーツまで黒タイツなのに左は生足だ。

「努力は苦味、貫く意志。ビターショコラ」

 ターンすると、脚を魅せる様に床を踏み、指先一つ動かさずに腕をビシッと伸ばす。

「あの、宮本君。どうして新島さんの衣装は半分だけ未完成なんですか?」

「これは手抜きじゃないわ。相内さん。裏設定で力が未完全だからアシンメトリー、左右非対称になってるみたい」

「そうです。台詞の言うとおり努力家の設定だから、右半分は伸び白なんですよ」

「日焼けが不安だけど、ずいぶん前衛的だから、嫌いじゃないかな」

 本当に気にいっているらしく、今も智美は衣装の隅々を眺めポーズをしている。

(すいません。本当はキレイな手と足に定評があるので、それを活かす為なんです)

 宮本が罪悪感にチクッと刺されていると梓が話を切り出す。

「つーか、戦隊の名前とかねーのかよ?」

「当然、決まってたんだけどなー。せっかくだし、皆で言おうよ。いや、言いましょう」

 テンションがハイな宮本は四人に伝える。

「皆の商店街を悲しませる」

「お菓子をくれない」

「変態な服を着せる」

「大きなお友達」

 四人揃ってかけ声を出す。

「私達、『まごころデコレイツ』が成敗しちゃいます」

 真悠は以外の指先は一個人に集中している。おかげで宮本は涙目だ。

「セリフ違うからーッ。これそう言う台詞じゃないからーッ」

 まごころデコレイツ。まごころ商店街の平和を守り商店街の良さをアピールする、四人の少女達のユニット名だ。

「あの宮本君。私達の衣装の写真とか貰えませんか?」

「大丈夫ですよ。ちょっと待ってください」

 宮本は電気屋まで一走りし、写真データと引き換えに、高精細に撮れるデジタルカメラを借りて四人を撮る。

そうしている内に練習へ行く時間になり、慌しく片づけて皆お店を後にする。


 六月の三週目。雨も頻繁に降り、気温だけはジワジワと上がり夏らしくなってくる。

宮本は一週間の内五日間、怪人役を差し替えた台本を作り緒室に認めさせた。

そして日曜日。晴れていて蒸し暑い中、宮本は怪人役の衣装作りに疲れた体をひきづり喫茶店ソルベに入る。

「いらっしゃいませ宮本君。目にクマがありますよ。大丈夫ですか?」

 迎えて早々心配してくれる真悠だけど、その目にはクマがある。

 案内されると、梓、江戸切子の職人長田が腕組みして座っている。

「おーっす宮本。今にもくたばりそうだな」

「人のこと言える義理か梓」

 長田にたしなめられて梓はへこむ。

「どうして長田さんがここにいるんですか?」

「真悠に頼まれた物を作ったから、それを届けに来た」

 会話が止まる。重苦しい空気で沈黙が続く中、耐えられず宮本は眠ってしまう。

 梓が揺らし、千春のくすぐり、耳をつねる智美。それでも起きない宮本だが長田の咳払いで目を覚ます。

「ヒィッすいません」

 長田の作った丸いグラスが四つ。

白はユリが一輪、黄色は梓にちなんでレモンの花、コスモスでいっぱいのオレンジ、美しいバラの黒がテーブルに咲き誇る。

「花はレモン以外堂ヶ島(はなや)に聞いた。希望があるなら言え」

「ノープロブレム。私の分が欲しいです」

 切子の満足度は千春が代表して満足と言う。宮本も携帯電話のカメラで撮影する。

「花切子は作らねぇからな……良かった」

「長田さん。綺麗な花切子をありがとうございます。私のスイーツを食べてくれますか?」

 花切子は長田の手作りの為、普通の丸いグラスに真悠の試作スイーツが入っている。

 グラスの頂に切った桃で作った花、一層目は黄色に輝くレモンジュレ、二層目は透き通る様な桃ジュレ、三層目はチョコレートムース、底は黒い。

「甘酸っぱ~。さすがですマユ先輩」

 梓はハチミツを混ぜたレモンジュレに舌鼓だ。

「口が桃が桃でいっぱいです」

 切った桃と桃ジュレを食べた甘さに、千春は頬が落ちないように両手で覆う。

「チョコレートムースも甘いから飽きてき………へぇ、底はほろ苦いチョコなんだ」

「プリンのカラメルみたいな。冷たいし、シャッキリしてきましたよ」

 感想はどれも気になるが、真悠が一番気になるのは長田だ。

「長田さん。どうですか?」

 舌打ちを聞いて真悠は不安そうに目を背けてしまう。

「………美味い…………」

 長田は完食しており、仏頂面から口元を緩ませ眉尻を上げて笑う。

「ありがとうございます」

 真悠は改めてお辞儀する。顔を上げるとその瞳は潤んでいて報われた瞬間だ。

 試作スイーツはメニューに載り、名前も『デコレイツのシンフォニー』に決まる。

 後は本番に向けて、自分達のできる事を全力でやるだけだ。


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