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商店街はケーキだ  作者: Oっ3
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第二章「商店街に足りないものとは?」

第二章 商店街に足りないものとは?


日が高く上り、温かくて過ごしやすい陽気。世間がゴールデンウィークに沸く中、宮本は住んでいる家からまごころ商店街へ向かう。

赤い看板に、白くまごころ商店街と描かれた看板がお客を迎えてくれる。

 宮本が八百屋『荻原八』に通りかかると梓が威勢良く挨拶する。

「いらっしゃい」

「おはよう荻原さん」

「おはよう? もう昼だぞ」

七十代のおばあさんが買い物袋をさげて荻原八にやってくる。

「あずちゃーん。タマネギ三つ、ニンジン二つ、ジャガイモ五つ、後、しらたき」

 梓は「ハイ」と返事して買い物袋を受け取る。そして、種類別に陳列してある箱から。頼まれた野菜を手際よく買い物袋へ詰めていく。

(今まで見てなかったけど、こんなパッパと入れて大丈夫なのか?)

「ハイ、硬めタマネギ、つややかニンジン、丸々ジャガイモ。お孫さんに何を作るんです」

「何ってそれ……ぁぁそうだ、そう。カレーよ、カレー。しらたきはいらないわ」

 おばあさんは梓にお金と共にポイントカードを渡す。お釣り、ポイントカードにハンコをすると、おばあさんと梓が話し始める。長くなりそうなので、宮本は喫茶店ソルベへ向かう。

途中で宮本は、オーディオショップ『ラグジュアリー』で、ディスプレイにあるアンプを夢中で眺めている智美を見かける。

「おはよう新島さん。今日オフなの?」

 智美が振り返り、宮本を見た途端「エッ」とうろたえている。

「そ、そうだけど、何か貴方に関係あるかしら」

「いや、商店街に一人で来るイメージなんてないからさ。興味本位って奴だけど」

 智美は冷静になろうと宮本から目を逸らしてため息をつく。

「千春よ。あの娘一人じゃ危ないからその監視に来たまでよ」

 そこにドタドタと千春が走ってきて二人の前で止まる。

「ともみん探したんですよ。って、あれ、もしかしてともみんと宮本君でデートですか?」

「デートかぁ。一度でいいからアイドルとしてみたいよね。今日は二人一緒にあの中へ」

 ニヤケている宮本を見て、智美は不愉快になったのか足を踏む。

「ッ。痛いよ新島さん。暴力は良くないよ」

「寝てたから起こしただけよ。それより千春、ソルベ(きっさてん)に行くんでしょう」

 智美と千春がすぐに歩き出す。慌てて宮本もその後を付いて行く。

 喫茶店ソルベに着いた三人。ドアは「closed」になっていて、宮本がドアノブを引っ張っても開かない。

「ダメだ。やっぱり開かないや」

 うなだれる千春。宮本は智美を見て真悠をさがしに行く。


 商店街を歩き回ったが真悠は見つからず、気が付いたら宮本は駅側にいる。見回すと煙突のある古くさい建物。その角のベンチにメイド服姿の真悠が座っている。

 近づくと、イヤフォンを付けて穏やかな寝顔の真悠。その寝姿はとんでもなく無防備で小さく寝息までたてている。

(やばい。待ち受けに――じゃなくて)

 宮本は取り出していた携帯電話をしまい。代わりにそーっと震える手を伸ばし、とても軽い力で真悠の肩をさする。

 反応がない。そう思ってもう一度手を伸ばすと目を半開きにした真悠が宮本を見る。

「あれ、お父さ…………宮本君?」

「ひどいですよ。今日も来たのに店を閉めて昼寝するなんて」

 謝る真悠はイヤフォンを外して宮本の耳に近づける。聞こえてきたのはフランス語を話す男の声。宮本の理解の範囲を超えている。

「これでもお勉強をしていたんですよ。う、嘘じゃないですから」

「睡眠学習なんですね分かります。僕以外にもお客さんはいるんですから戻りましょう」

 宮本は喫茶店へ向かおうとすると硬直してしまう。

精悍な顔立ちで、コメカミに傷のあるおじいさんが鋭い眼光で見下ろすからだ。

「オイ、お前。真悠の店に行くのか?」

「ハ、ハイ」

 ドスのきいた声に萎縮して甲高い声になる。ちなみに、宮本は気づいていないが、おじいさんの手にはお盆。その上に鮮やかな青い花柄の江戸切子を持っている。

「そうか、ならいい」

 そう言うとおじいさんは煙突のある古臭い建物に入っていく。宮本はまだ怖いのか震えていて寿命が十年縮んだように感じた。


 喫茶店ソルベに宮本、梓、千春、智美の四人がテーブルについている。そこに真悠が皆それぞれ頼んだものを運んでくる。

「ひどいですよ。今日イチバンの楽しみなんですよ」

「ごっこ遊びのつもりで、喫茶店をする人に協力するんじゃなかったわ」

智美の嫌味に、真悠は俯きかげんになり弱々しい顔をしながら座る。

「放送直後は良かったんですよ。でも、段々お客さんが減ってしまいまして、暇になると、ついお店を閉めて出歩いちゃうんですよね」

「言いたくないけど、あたしがこうしていられるのも、店が暇だからなんだよなぁ。ダンボール潰して清掃して、ムリヤリ仕事を作っても、お客さんがいないとダレんだよな」

梓の格好は、効率を重視した地味な服に『荻原八』と書かれた前掛けをしている。

「そんなの貴方達の怠慢じゃない。売れる様に努力しないで愚痴ばかり、嫌になるわ」

 宮本は取り入るようにもみ手をしながら話をまとめようとする。

「まぁまぁ、これから気をつけてもらえば良い話じゃないですか。ね、ね」

智美は納得せず眉をしかめている。宮本は気にしないようにしながら話を続ける。

「相内さんの言った事は本当だよ。僕は毎日のように通っていたからね。ゴールデンウィークなら、ブログを見た人が来るかなって思ったんだけど、ダメだったよ」

「う~ん。シュウ君の言う通りイチゴショート、すんごい美味しいです」

 満足そうに恍惚としている千春。それを見た宮本も嬉しくなってゆるんだ顔になる。

「でしょ。まーたブログにアップしちゃってよ」

 智美はあからさまな咳払いをする。

「反対よ。失敗したのに同じ戦略をとるなんて愚の骨頂じゃない。私達を客寄せパンダとして利用するなら、商店街も少しは努力しなさい」

 怒った梓は勢いよく椅子を倒しながら立ち上がる。

「知った気になって、好き勝手言うなよ。商店街(あたしたち)だってお客さんを呼ぼうとしてんだぞ」

「んじゃー、今から商店街の良い所を発表しまショー。まずは荻原さんから」

 宮本は一触即発の状況で心臓バクバクにしながら、手をマイクに見立てて梓に振る。

 不意を突かれた梓は考え込む。やがて、思いついたのか拳を作って手の平を叩く。

「あるぞ。月に一度、商店街が一致団結して出血大サービスで値下げをするんだ」

「それって、どれくらいお客さんに得なの?」

 智美は首を傾げながら梓に質問する。

「この前は、あたしのお店だと旬の果物を半額、電気屋はぶるーれいレコーダーって奴を値下げしてて、後、肉屋はサービスでお肉を三割り増し、ラーメン屋は全トッピング無料、そうそう輸入雑貨屋は、円高還元でさらに値下げとか言ってたな」

「私はスイーツ二つと紅茶一杯をセットにして、五百円でお出ししていますよ」

 梓と真悠の説明を聞いた宮本は「いいよね」と頷く。

「次は新島さん。なにか商店街の良い所を一つ。何でもいいんで何か一つ」

「なんでもって…………そうね。ポイントカードには、いつもお世話になってるわ」

「ポイントカードなら僕も持ってるよ。どっちがポイントを貯めてるか勝負しようぜ」

 宮本はサイフからポイントカードを取り出して、勢いよく皆に見せる。

商店街でお買い物をすると五百円で一ポイント、最大百ポイントまで貯められる。

現在、宮本は四十五ポイント。これなら三十ポイントで使える二千円分の値引き券にできるが、五十ポイントまで貯めれば五千円分の値引き券にする事ができる。

 真悠と梓が驚いている中、千春が自信無さそうに言う。

「あのー。ともみんの方が勝っていますよ。たぶんですけど」

 智美はポイントカードを指で押さえながら、テーブルに滑らせるようにして皆に見せる。

「なん…………だと」

 愕然とする宮本。何故なら智美のポイントは九十ポイントにまで達しているからだ。

「す、す、すごいですね。いつ、こんなに買い物をしたんですか?」

「千春や事務所が使う雑費等を立て替える。後は自炊の材料かしら」

「それなら、私のお店にも寄ってくれていいじゃないですか」

 落胆している真悠をよそに、千春は智美のポイントカードをまじまじと見る。

「もし百ポイントになったらどうなるんですか? 特大ケーキがもらえるんですか?」

「できるぞ。商店街にある物なら特大ケーキでもマスクメロンでも何でも交換できるぞ」

 梓の説明を聞いて、宮本は今日の智美と会った時の様子を思い出す。

「もしかして新島さんは、オーディオショップのアンプを狙ってるの?」

 図星か、智美は顔を赤くして皆と目線を合わさないように話す。

「そうね。三年前のだけど、中古で二十五万円もする一級品なの。澄んだ高音に主張し過ぎない低音の美しいバランス。そこにいる様な臨場感。それを新品で十万円なのよ――」

 宮本だから分かる、独りよがりで早口なしゃべりかた。仕方なく千春に振る。

「ええーっと創作グルメです。百貫しょーぐんってお店で、いろんなお店と実験してるみたいですよ。(マイ)エビカツバーガに野菜×豆乳プリン、女子力アップ和えとか色々食べましたよ」

百貫将軍。宮本は苦手意識を持っているのであれ以来行ってない。

「あそこ怖くない? 僕怖くて無理なんだけど」

「ですよねー。でも、ともみんはすごいんですよ。頼まないからブーイングする人を負かしたんですよ。そうそう、デカ盛りは美味しいんですけど、創作料理はマズかったですね」

「ダメじゃん創作料理」

 話が締まると、真悠が立ち上がり飲み切った紅茶を片付けていく。


 紅茶のおかわりを用意してくれた真悠に、宮本は商店街の良い所を答えてもらう。

「私が思う商店街の良い所は休憩所です。今日みたいに晴れていると気持ちいいですよ」

「あそこ、お茶もタダで飲めるし、冬でもあったかいですよね。マユ先輩」

 商店街組の完全な身内話に他三人はポカンとする。

「分からないですか。商店街駅前口の傍に、煙突が目印の江戸切子工房にあるんですよ」

ここ商店街で煙突のある建物は一択。その片隅にベンチが一組あって真悠が寝ていた。そこから一気に思い出すと、宮本に戦慄が走り震えてしまう。

「どうしたの? 携帯のバイブレーションの真似なんかして」

 元の状態になった智美だが、嫌味のキレが鈍い。

「いや、だって、てっきり危ない系の人じゃないの。あんな怖い人が」

「バカかオマエ。長田さんの店は由緒正しい店だぞ」

「それは宮本君の誤解です。誤解ですから」

 真悠はそう言って厨房に入っていくと、カウンターに花を飾った際に使用した、黄色くてタイル模様をした江戸切子のグラスをテーブルに置く。

 それを千春は手に取り、隅々や橙灯の光と重ねて眺める。

「キレイですね。これ欲しいです」

「それは失敗作だそうなので売っていませんよ」

「えっ、そうなんですか。どうしてですか?」

 テーブルの中央にグラスが置かれる。

「作ってみて、納得するかしないかだそうですよ」

「職人気質って奴ですよね。それ、カッコイイです」

 今度は宮本がグラスを手に取ってみる。

「ちょっと待ってください。いくら過疎ってるからって、職人気質の人が工房の近くに休憩所を許すなんておかしくないですか。集中したいんじゃないんですか」

「いいえ、むしろ休憩所の設置は長田さんからの提案なんですよ」

 納得できない。都市伝説的として、見た目が怖い人の方が実は優しいと言う説に則れば、長田さんは良い人になるだろう。でも、宮本は睨まれているので無理な話だ。

「じゃ、どうして僕は睨まれたんですか? 訳が分かりません」

「きっと、長田さんが私と話している宮本君を見て、前に私が話した宮本君なのかなと思って確認したかっただけですよ」

 宮本は半信半疑で「はぁ」と頷く。

その態度を気にいらなかった梓は、宮本をムリヤリ引っ張り上げる。

「ちょ、おまっ荻原さん」

「行くぞ。これじゃマユ先輩と長田さんが不名誉だ。ひゃくぶんがなんたらって言うだろ」

 そこに、千春がおもいっきり手をあげながら立ち上がる。

「賛成です。ついていきますよ」

「私も行くわ。千春が切子を壊さないように監視しないとね」

 こうして五人は喫茶店を出て休憩所へと向かう。

 商店街の片隅にある江戸切子の工房(おさだのいえ)。仕事中なので煙突から煙を吐き出している。その脇にひっそりとある休憩所。

二組のベンチに真悠と梓、智美と千春が座る中、宮本はそこで立ったままだ。

「どうして座んないんだよ宮本?」

「いやぁ、そろそろ仲間が待っているし、行ってやらないといけないんだ」

 休憩所から離れようと後ずさりする。

「用事って、オンラインにいる狩り仲間さん達とクエストですか?」

この四人の中で真悠が一番宮本と話をしているので、用事なんてだいたい見当がついている。

「モンスターとは戦えるのに現実から逃げるなんてね」

 挑発的な言葉でも宮本が休憩所から離れるつもりなのは変わらない。

「若い者が大勢で何やってんだ?」

 振り返った宮本は長田の姿を見て「ワァッ」と尻餅を付いてしまう。

「確か、宮本だった様な大丈夫か?」

 宮本は特に怪我もしてもいないのに、立ち上がるのがやっとでぶざまだ。

「……まぁいいか……真悠の店に劣るがお茶くらいなら出そう。飲んでいくか」

「はい」

 宮本以外はみんな揃って長田の厚意をありがたく受け取る。


「いただきます」

 宮本は真悠の隣に座り、みんな長田から渡された色彩豊かな江戸切子でお茶を飲む。

「はぁーっ」

 千春が体を丸め年寄り臭くため息をする。

「おっ、千春もここの良さが分かるのか。意外だな」

「ただのお茶なのに、キレイなコップだから、おいしく感じちゃうんですよね」

 それを聞いた梓は肩を落とし大きくため息をつく。

「まぁ江戸切子が良いって分かるだけマシなのかねぇ」

 宮本は手元にある切子を眺めている。全体は青く、太陽をモチーフにした大きな白い模様が四方に輝き、敷き詰められている青いダイヤ模様が、一つ一つの細かい濃淡で天の川をイメージさせる。

「これが失敗作だと言われても私には分かりませんね」

「そうですね。あたしもさっぱり」

 真悠と梓が話す中、宮本は切子にあるダイヤ模様の一つ一つを丹念に見た後、できるだけ離して見てみる。

「いや、これ失敗作ですよ」

「宮本。オマエ分かるのかよ。これが失敗作だって」

 梓は半信半疑に加えて失敗作だと分からないから語気を強める。

「僕の持っている切子を近くで見た後に遠くから見てみると、色の濃淡が綺麗に段階を踏んでいるデザインなのに、一部の青いダイヤが周囲に比べて濃すぎたり薄すぎたりで段階になってないんだよね」

 語り終える宮本。なぜか休憩所が静寂に包まれている。

「ほぉ、ずいぶん分かってるな」

 ドスの聞いた声。長田が突然やって来るので、宮本は驚いて飛び上がりそうになり「ごめんなさい」と言う。

「なんで謝る。お前の言った通りの失敗作だ」

「そ、そうですか……良かった」

 鋭い眼光。宮本は心臓が止まりそうな心地だ。

「良かっただと…………まぁいい。失敗を当てた記念だ。もらってくれ」

「は、ハイィ、ありがろうございます」

 まともにしゃべれず、宮本は魂が抜けたように頷く。そこに恐る恐る千春が手をあげる。

「あ、あの~。他に作ったコップを見たいんですけどいいですか?」

「コップ…………かまわん。付いて来い」

 長田が歩き始めると千春が付いていき、その後を智美が追う様に工房へと向かう。

「宮本君。これで長田さんの事を分かっていただきましたか?」

 真悠に話しかけられる宮本だが、気づいていないのかずっと長田からもらった江戸切子を眺めている。

(怖い人だと思っていたけど、本当に職人気質でけっこう良い人だったな)

「宮本君?」

「ああ、ごめん、ごめん。良い人だったね」

 慌てて返事をする宮本。

「オマエ動かないから、今のやり取りで死んだかと思ったぞ」

 正直、さっきの出来事に宮本は本当に死ぬかと思っていた。だから苦笑いする。

「でも、相内さんがどうしてこの場所が良いと言う理由は分かりました」

「今更だな。オマエ商店街に通ってんだから気付けよな」

 キツく言う梓に宮本はやはり苦笑いするしかない。

「良いじゃないですか。宮本君の誤解が解けたんですから」

 真悠は安心したのか、座りながら体を伸ばしている。

「そう言えば宮本。オマエが思う商店街の良い所ってなんだ?」

「喫茶店ソルベもいいけど、フリマかな。ここ掘り出し物が多いから次も期待しているよ」

「けっこう買ってましたよね。確か、ヒーロー物のおもちゃやカードとか、後アニメのキャラクターグッズとか」

 商店街のフリーマーケットはゴールデンウィークの三日目に行われていて、宮本はそこで買い物をした後、喫茶店ソルベに寄っていた。

「アニメは知らないけど、あたしもヒーロー物とか好きだな」

 宮本は手を横に振って梓に違うよと伝える。

「もちろん僕も好きだよ。でもそうじゃない。仕入れた物は大体ネットオークションに出して欲しい人に買ってもらっているんだ」

「なんだよそれ。なんかムカツクなぁ」

 梓は肩すかしを喰らった気分になり、イラだったので宮本を睨む。

「もらっちゃいました~」

 千春がハイテンションで、長田から貰ったであろう江戸切子を皆に見せつけてくる。袋を持った智美はグラスが入る空箱を取り出して宮本に渡す。

「ありがとう新島さん」

「それに私達のサインを付ければ売れるかしら」

 智美の嫌味に思わず宮本は江戸切子を落としそうになる。

「そんな事しないよ。ちゃんと飾ってとっとくよ」

 千春と宮本が江戸切子を箱に詰めると、ずっと休憩所に留まるのは良くないとなり、皆は改めて長田にお礼をしてから、真悠の喫茶店ソルベへ向かう。


「さーて、良いところも挙げたし、歩きながら商店街に足りないものを考えますか」

「目玉商品!! まごころ商店街と言えばコレって感じの奴」

いの一番に梓が意見を言った。

「例えば輸入雑貨屋。あそこはオシャレな物でいっぱいだから、ココでしか売ってない物があれば、期待できるかもな」

 江戸切子の工房から正面にある輸入雑貨屋。外観はキレイな白い壁に開放感がある青い枠の窓、そこから店内にあるお洒落な雑貨が伺える。

「え、でも売っているお菓子は美味しいですけど、最初に思いつきませんよ」

 千春が水を差す。

「そうなると、またまつやんに頑張ってもらわないとダメなのかな」

 油の揚がる音と匂い。肉屋まつやんの主力商品であるコロッケが、夕方の稼ぎ時に向けて準備されている。

「とりあえずプロデュースって奴をアイドル二人に頼むわ」

「それは無理な話ね」

「どうしてさ」

 梓は訳が分からなさそうに腕を組む。

「それにしてもお客さん少ないなぁ」

 宮本達を除いて、商店街の通りにいるお客さんは片手で数えられてしまう。しかも、お店には目もくれず花峰東駅へと歩いていく者さえいる。

「目もくれない様子を見るのは、ちょっと悲しくなりますよね」

 肩を落とす真悠は、みんなの歩調より少し遅れてしまう。

「やっぱり商店街に来たいと思わせる商品を作るしかない。そうしましょうマユ先輩」

「は…………」

 真悠が答えようとすると智美が割り込んでくる。

「ねぇ、ここの商店街にはどうして駐車場が無いの?」

「そりゃ、周囲に駐車場にして良い土地なんて無いからだ」

 梓が質問に答えると、智美は「そう」と嘆息する。

「もし駐車場があれば安近短になって、車を持っているお客さんが来るかもしれないのに」

「新しいお菓子の名前ですか?」

「飽きたのか?」

(あん・きん・たん。あん・きん・たん。あんきんたん。萌えキャラの名前か)

「キャラの名前でも無いから、安くて近くて短い時間で楽しめる場所等の略称よ」

 心を読まれた宮本は「う、うん」と知った風な体を装う。

「もし駐車場があれば、古本屋や洋服屋は変わっていたのかもしれない」

 宮本達の手前にはたくさんの本棚に囲まれて雑多な古本屋。そこから二軒先に派手な洋服を着たマネキンのいる洋服屋がある。

「古本屋ならまとめて買っても手軽だし、洋服屋だったらセールも少しはしやすいと思う」

「言いたい事は分かる。けど、無いもんは無いんだよ」

「そうね。次に聞きたいのは、料理教室の様なお客さんと交流できる機会をどうして作ろうとしないの?」

 答えられないのか「ムーッ」と梓は唸りながら歩く。その様子に再び智美は嘆息する。

「そう言うアイディアはありませんでしたね。でも教えるのはちょっと……」

 真悠は弱気になってしまう。

「まぁ、それがダメならホームページを今より充実する程度でもいいから」

「僕も、ホームページを作っている電気屋さんにアイディアがあるんだけどって言ったんだけど、まともにとりあってくれなくて」

「料理教室もそうだけど質だよ質。いくらハデな広告だからって中身が伴ってないと」

 そう言って梓はラーメン屋『鳳来屋』を指す。

「鳳来屋はこの商店街でも人気の一意二位を争う店。やっぱり実力が無いとな」

「そう? テレビに取り上げられ、全国ラーメン屋百選に入った栄光に驕って、味が落ちたって聞くけど」

 宮本は改めて感心する。自分も調べた事はあるが、商店街に興味が無さそうな智美も調べていた事だ。

「いやー新島さんって商店街に興味が無いんじゃなかったっけ? なんだかんだ言って商店街の事好きなんでしょ」

 智美は一言単位の文章で呟けるSNSのタイムラインを眺めている。

「何か言った宮本君」

「なんて言うスルースキル。新島さん恐ろしい娘」

 オーバーに言った宮本は頬に手を添える。当然のように智美はこれも無視する。

「ま、まだ話は終わってない。だったら寿司屋『(はな)(ぎん)』はどうだ。あそこは実力もあるし、大物芸能人だって来るお店だ」

 追い詰められた様子の梓は智美にぐうの音を言わせたいのか、趣のある(けやき)でできた『華銀』の看板、藍染めされたのれんがかけられた建物を指す。

「そうね。(なか)(おみ)アキラさんや竹宮(たけみや)(たつ)()さんの様な大御所が食べに来る場所だもの、私程度の三流アイドルでは、気軽に手が出せないからまいったわ」

 落胆しアーケードにヘタレ込む梓。質を追い求めた結果、平均的なお客さんでは気軽に入れない店を選択してしまった。

 智美が柔和な表情で梓に手を差し伸べる。

「クオリティを落としたくないのは私も同じ。でも、これからの商店街は、もう一度行ってみたくなる様な、商品とは別の付加価値が必要なの」

 差し伸べられた手を掴み立ち上がる梓。

「ああ、分かったよ。もう一度、一からやり直すよ」

分かり合った二人を見て宮本は自重できずに「キマシタワー」と呟く。それを智美にしっかり聞かれてしまったので睨まれてしまい、「サーセン」と謝る。

 再び喫茶店ソルベを目指して歩き出す宮本達。

「そろそろ僕が思う商店街に足りないものを発表してもいいよね?」

「そうですね。せっかくだから教えてください」

「大体予想がつくけど一応言ってみて」

 宮本は躊躇せずに開き直ってハッキリと言う。

「ズバリ萌えです」

 女子全員冷めた反応をしたせいか、冷たい風まで吹き込んでしまう。

「商店街に足りないもの。それはズバリ萌えです」

「どうして二回も言うんでしょうか?」

「彼ら(オタク)は大事な事を二度言うのが習慣なの」

 梓が大きなため息をつく。

「なぁー、その萌えってなんだ? 聞く時はよく聞くけどさ」

「カワイイとかコレ良いとかの事をオタク(ぼく)達は『萌え』と言っていると思えばいいです」

 いまいち梓は飲み込めてないみたいで首を傾げる。宮本はどうしたらいいか辺りを見回していると文房具屋に気付き、「ちょっと待ってて」と言ってそこに入っていく。


 十分後。宮本が文房具屋から大学ノートを持って出てくる。

「大丈夫ですかお腹とか壊してませんよね?」

 真悠は心配するが宮本は「大丈夫です」と言いながらノートを開く。

「荻原さん。萌えって言うのはだいたいこんなもんだよ」

 開かれたページには、大きなメイドカチューシャ、ちょこんとした三つ編み、ほんわかな笑顔でメイド服を着た、二頭身にデフォルメされた真悠が書かれてある。

「マユ先輩……カワイイ……」

 梓が見とれて、いつもの低めな声から聞き慣れない様な可愛げのある声に変わる。

「なんか恥ずかしいですね」

 自分の絵を見られて恥ずかしそうにする真悠。

「そう言うスキルあるんだ」

「ミヤ君。他にもある。あったら見せて~」

「いいですよ。みんなの分も描きましたから」

 宮本が夢中になっている梓をよそにページをめくると、同様にデフォルメされた長いツインテールに、大きく潤んだ瞳で上目遣いをし、両手を組んでお願いする千春が描かれている。

「なんか千春ね」

「可愛いですけど千春ちゃんですね」

「んー。元が元だからギャップが無いんだよね」

 作者までガッカリするので、千春は怒って頬をふくらませてスネる。

「じゃあ、ギャップしかないともみんのページを見ましょうよぉ」

 ページがめくれると、人をゴミの様に蔑むジト目に、ウェーブした髪が風でなびいている智美のデフォルメ。その下には、マイクを握り、恥ずかしそうに横ピースをする智美が描かれている。

「キャッハハハハハハ」

 千春が大笑いするから、梓がなんだろうと覗くと連鎖して笑ってしまう。

「なんだよ。超カワイイなともみん。お客さんの前じゃいつもこうなのか?」

「アリエマセン。ともみんがこんな風にライブしてると思うと笑いが止まりません」

 宮本は嬉しそうに髪をかく。

「いやぁ、良かった。良かった」

 智美はまるで絵に描いた様なジト目をして、笑っている二人を見る。

「笑うといいわ。まだ荻原さんの絵があるのだから」

 智美がページをめくると、口を押さえながら、伏し目がちにほくそ笑む。

「新島さんどう――」

 呼びかけた真悠もミイラ取りがミイラになったのか、智美みたいに笑ってしまうけど、モデルへの気遣いこみだ。

「それ、とっておきの自信作なんで喜んでくれて嬉しいなぁ」

 自分の絵はどうなのか、梓が真悠と智美の間から覗き込むと、顔が一気に紅潮する。

「コノヤロー何だこの絵はぁッ。宮本ぉッ一発殴らせろ!!」

 宮本は梓から脱兎の如く逃げる。捕まってしまえば無事では済まない。

 その原因になった絵。『荻原八』と書かれた前掛け姿が特徴的な今の服装、怒った顔なのに可愛い顔。加えてネコミミと尻尾、更にひげが付いている梓のデフォルメ。

「くフフフフもうフフだめフフアハハハハハハハ」

 我慢できなくなった真悠が大笑いするので、梓はショックなのか落胆してしまう。

「とりあえず、荻原さん。萌えを分かってくれたかな」

「許ざん。歯ぁっ食いしばれぇッ」

 宮本は梓からボディブローを貰うと、一気に地面へ突っ伏してしまう。


 商店街の真っ直ぐな道を紆余曲折ありながら、宮本達は喫茶店ソルベに戻ってくる。

「あっ」

 お店の前に二人の男。でも閉店中だから帰っていこうとする。

「ま、待ってくださーい」

 真悠が走り出す。それに気付いた二人の男が振り返ると、派手に一回転しながら転ぶ。

「いったたた」

 宮本達が真悠に駆け寄る。

「マユ先輩大丈夫ですか?」

「相内さん大丈夫?」

「……ええ。ごめんなさい」

 真悠は苦笑いしながらホコリを払って立ち上がる。

「お、オイ…………あれ?」

 真悠の転んだ様子を見ていた男達。でも千春と智美に気付いて大声を出す。

「あーーーーーーーーっ。花寄ルン、高嶺ミヅキ。本当だったんだ」

 男達は千春と智美に駆け寄り、握手やサインを求めてくる。

「悪いけど、プライベートの邪魔をしないでくれる」

「ぇええーっ」

「イイじゃないですか。それくらい」

 智美は真悠を肩越しに見る。

「いいわ。このお店で何か注文したらサインくらいするから」

「ゴチになりまーす」

 千春が嬉しそうに飛び跳ね、急ぐように真悠は鍵を取り出して喫茶店を開ける。

 宮本のポケットが震えるので携帯電話を取り出すとメールが一通。オンラインゲームのオフ会で知り合った仲間からクエストに誘われる。

「じゃ、僕は仲間を助けに行きたいから家へ帰るよ」

「あたしも帰るわ。そろそろ戻らないと親父にドヤされるしな」

 商店街の会議は結論の出ないまま終わり、宮本達は各自解散となった。


 次の日。喫茶店ソルベで宮本、真悠、梓、千春、智美の五人が集合している。

「マジかよ。オマエ正気か?」

「冗談ですよね。宮本君?」

 信じられなさそうにしているのは、梓と真悠だけじゃない智美と千春もだ。

「本気さ。相内さんと荻原さんは、花寄ルンと高嶺ミヅキのアイドルユニットもだん花鳥風月に加入して商店街をアピールする。これ決定事項。異論は認めない」

 宮本は人差し指を天井に向ける。

「いきなりすぎる。帰り道に頭でも打ったんじゃないのか?」

 梓は身を乗り出して納得できていない事を宮本に訴える。

「昨日。もだん花鳥風月のファンが、喫茶店ソルベに聖地巡礼しに来てくれたのを覚えているよね」

「聖地巡礼? ああ、確かにそうだな」

 聞き慣れない単語に梓は戸惑い勢いを失う。

「アイドルの力はすごい。正攻法で考えた方法が霞んで見える。それに『あの店にアイドルが来たから行ってみよう』って言う付加価値もある」

「む、むむ、無理ですよ。私みたいな一般人で、しかも十八歳の人が痛いじゃないですか」

 気が動転しているのか、真悠は手元にあるトレーの外周部分を指でなぞり続けている。

「とにかくマユ先輩だって反対しているし、あんなチマチマした踊りや歌にぶりっ子とか、絶対あたし達の性に合わないし無理。絶対にな!!」

 腕を横に払い大声を出して反対を訴えた。

隙を狙ったように「ハイ」と手を挙げる千春。

「二人にだってできますよ。アイドル始めて一年の人が言うんですから」

「へぇー一年……ですか……」

 思わず真悠は千春の経歴に感心する。

「それにマユさん。カワイイし、おっぱい大きいし、メイドさんの服似合うし、お菓子作りメチャクチャ上手だし、もう立派なアイドルですよ」

 男が言ったら確実にセクハラで訴えられる発言。いちおう千春なりに真悠を褒めている。

言われた方は顔を赤くし「そうでしょうか」と髪を気にしてまんざらでもなさそうにする。

「マユ先輩」

「あずさんだってアイドルになれますよ。背おっきくてモデルみたいだし、マユさん同様おっぱい大きいし、荒っぽいしゃべり方もギャップでウケると思うし、大丈夫ですよ」

 オーバーヒートする梓。文字通り動けなくなってしまう。

「ありがとう協力してくれて」

「二人より三人。三人より四人って言うじゃないですか」

 宮本が千春にハイタッチを求めると応えてくれる。

真悠は困っている自分をトレー越しに眺め、梓は目を瞑って腕を組みながら俯いている。

「大丈夫だよ。まごころ商店街限定、そこで働く娘達のがんばる姿がウリだから、有名になれば、歌ったりしなくてもお店で働く姿が最高の絵になると思うんだ」

 ずっと静観していた智美はため息をこぼす。宮本にはそれが不満なのかなと思った。

「もだん花鳥風月は今のままでも伸びると思うよ。でも、商店街の為に一肌脱ぐってだけでも話題性と好感度が高まると思うし、相内さんと荻原さんに色々教える事になるから、歌やダンスにもプラスになる。今よりもっと伸びる思うよ」

 宮本が言い終わると真悠が顔をあげる。

「私は賛成しますね。安易かもしれませんけど、それが皆の為になるなら、やってみた方が良いと思います」

「ちょっ、マユ先輩…………」

 戸惑い。でも答えを決めたのか、梓は自分の両頬を軽く叩いて気合をいれる。

「分かりました。それが商店街全体を助ける事になるなら、例え火の中水の中、芸能界でも何でも飛び込んでやるぜ」

 勢いよく立ち上がる梓。それはやる気に満ち満ちた頼もしい表情だ。宮本が二人の様子に安心していると、智美が沈黙を破る。

「それじゃあ宮本君。私達が事務所に話を聞いてもらえるようになんとかするから、きちんと企画書を作ってくれる。高みの見物なんて許さないから」

 めんどくさそうに苦笑いする宮本。それを周囲が見咎めてくる。

「オーケー、オーケー。僕が絶対に四人をスーパーじゃなくて、商店街発の超人気アイドルにしてみせるよ」

 なだめるように腕を広げ、苦笑交じりに笑ってみせる。


「ダメだね。智美が毎日の様に話してくるからしょうがなく見たけど、全然かなりダメ」

 パーテーションで仕切られ、ソファ二組にテーブル一脚しかない簡素で狭苦しい打ち合わせ部屋。ここはもだん花鳥風月が所属する事務所グッドプロジェクトの一角だ。

 宮本が一週間かけて作った企画書を金髪で小太りなプロデューサー緒室が鼻で笑う。

「そうですか」

緒室は宮本だけでなく智美と千春がいるにもかかわらず、タバコを吸って煙を吐き出す。

「まぁ、商店街で働いている二人の履歴書や宣材写真を見た限りだと、千春ちゃんの件もあるから、研究生って事でならアリっちゃアリだけどねぇ」

 吐き出された煙を千春以外は表情一つ変えない。

(一昔前はスマイル娘娘(にゃんにゃん)ってグループがテレビを一世風靡してたけど、解散しちゃってからは場末って感じで二人がかわいそうだよ)

「それに、何で誰も知らない商店街限定で活動するのか意味が分からない。ウチのもだん花鳥風月は全国でもまだまだ知名度が低いのに、どうして商店街にこだわる必要があるのかな」

 鼻を鳴らすように言ってくるので、宮本はたじろいでしまうが負けてはいられない。

「緒室さんの言うとおり、言い方は悪いですけど世の中的に商店街は弱いです。でも、判官びいきと言う言葉がある様に弱いものを人々は応援したくなるんじゃないでしょうか」

「でもねぇ、同情したって結局協賛する商店街のクオリティが伴わないと、すぐにお客さんが離れるんじゃないかなぁ。だって落ち目なんでしょ。クオリティ低いんじゃないの」

 お腹をかきながら皮肉たっぷりに言ってくる。不幸中の幸いなのは梓がいない事なんじゃないかなと宮本が思っていたら、千春がいきなり立ち上がる。

「どうしたの千春ちゃん? つまらないなら出てっちゃっていいよ。時間の無駄だし」

「………ないです………」

「ん、なんだって? 聞こえないな、ハッキリ言ってくれよ」

 千春はプロデューサーを見て震えている。

「商店街はプロデューサーが思うより、ずっとずっとすごいんですから!!」

 千春の大きな叫び。狭い部屋だから耳を塞ぐ。

「まぁ、千春の言うとおりすごかったとしても、将来的には全国区で活動する事を視野に入れないと、話しにならないね」

 宮本は千春の思いだけじゃなく皆の為にも食い下がる。

「それじゃダメなんです。AKBエンジェルスと違って、まごころ商店街に根差し、そこで働く美少女達の姿がウリなんです」

「ダメだ。ビジネスの事を知らない素人はお引取り願おうか」

 まともに取り合ってもらえない宮本は、結局事務所から一人家へと帰るのであった。


「あーーーーーーーー」

 宮本は自室にあるデスクトップPCの前で頭を抱えて苦悶している。自分の企画書がグッドプロジェクトからボツを喰らって一日が経った。

 真悠と梓に事の顛末を話したら、特に怒るわけでもなく特に落ち込むわけでもなかった。

「大丈夫ですよ。宮本君が、私達の為にがんばってくれただけでも充分嬉しいですよ」

「いいさ。元々あたしは反対だったから、ボツってくれてせいせいするよ」

 言葉だけ聞くと大丈夫そうな感じだが、二人は智美が用意したプロフィールシートを楽しそうに書いていたし、宣材写真を撮りに行った時はまんざらでも無さそうにしていた。

 宮本にも意地はある。今度こそ向こうに企画を通そうと直しているが、この前と変わらないままだから進展していない。

 体を伸ばして椅子を回転させ、現実逃避しようと後ろにあるテレビの電源を入れる。

「GOGOオイスターズ!!」

 週に一度放送している日本ご当地ヒーロー特集シリーズで、今回は広島県のご当地ヒーローの様だ。食べた人が幸せになる牡蠣の産地ヒロシマを舞台に、人々を不幸にする牡蠣を作ろうとする『悪ガキ団』から牡蠣を守ろうと、牡蠣に携わる人々がヒーローになって戦う話だ。

「やべぇ、オープニングは意外とクオリティ高いな」

 物語冒頭。レッドになるリョウタが養殖場で漁仲間と牡蠣の水揚げをしている。

「今年の牡蠣は大きいし、みんな喜ぶだろうな」

 そこに、現代から離れた白い衣装を着た女の子が牡蠣と共に引き上げられる。

「こら、たまげた。どうして女の子がおるんだ」

「まさかのコレなんてエロゲ状態」

番組を茶化しているものの、宮本は感心しながら見ている。

森。一部だけど木々が紫に染まり枯れている。動揺する林業仲間をよそに、ブルーになるカズキは一切動揺していない。

イエローになるマオは、牡蠣料理を出す定食屋で働いているが、肝心の牡蠣が無いので東奔西走する事になる。

「オマエ達、ヒロシマに残された牡蠣を全て不幸に染めるぞ」

「ガーッ」

 ヒロシマの牡蠣を脅かす悪ガキ団。怪人アルミックと尖兵ブクロンが、街に残された牡蠣を探しまわる。

 魚屋にあった牡蠣をマオが買おうとしたら、ブクロンに襲われてしまい牡蠣の白い身が黒ずんでしまう。

「モォーッ、私の牡蠣返しなさいよ。ばかたれ」

 シーンが変わり漁港。目覚めた少女はリョウタを見るなり「助けて下さい」と訴える。

事情を聞くと少女は牡蠣の精霊コマチで、悪ガキ団から牡蠣を守って欲しいそうだ。唐突すぎて信じなかったリョウタだったが、悪ガキ団が攻めてくるので牡蠣を守ろうと戦う。

 多勢に無勢とブクロンに苦戦するものの、牡蠣を買いに来たマオがリョウタに加勢する。

「あれ、ブルーいつ出るんだろ?」

 宮本が違う心配をしていると怪人アルミックがリョウタとマオの前に現れる。

 さすがは怪人。空き缶を弾丸のように飛ばし、格闘戦でもリョウタとマオを窮地に追い詰めていく。

 突然、アルミックの背後にクサビが投げつけられる。

「森を荒らしたのはお前か。きっちり礼をしてやるけぇ覚悟しろや」

 助けに入るカズキだが、人間と怪人の差は埋められず追い詰められてしまう。

「どがーずして、あのみょうちくりんをしばく方法は無いんか?」

 片膝を付いてリョウタがコンクリートの地面を叩く。そこにアルミックがトドメに無数の空き缶を放つ。

「なにぃ」

 コマチが結界を張って攻撃を防ぎ、リョウタ、カズキ、マオに眩い光をする牡蠣を渡す。

いきなり変身シーンになると、戦隊ものの様なヒーローの姿になる。

「熱き漁師の血潮が悪を砕く。オイスターズレッド」

「自然を見守る正義の盾。オイスターズブルー」

「悪を調理し笑顔を作る料理人。オイスターズイエロー」

 それぞれの口上が終わると、お約束の全員揃っての口上をする。

「がんぼたれの悪ガキ団をしばく為、オイスターズここに参上!!」

 三人のポーズが決まると、CGで作られた「オイスターズ」のロゴが空に浮かぶ。

「カッコイイ。何このガチさ」

 興奮する宮本。オイスターズは増援のブクロンを倒していき、それぞれが持つ武器でアルミック追い詰める。

「今です。汚れを清める奇跡の力、ミルキーミラクルを放ってください」

 コマチの言われるまま、三人はそれぞれの武器を重ね合わせて空に掲げる。

「その光で皆が笑顔になりますように、ミルキーミラクル!!」

 重ね合わせた武器から大きなビームが放たれ、アルミックに命中するとやがて消滅し、代わりに空き缶が一つ転がっている。

そして奇跡の力と言うだけあって、紫色に枯れた木々や黒ずんでしまった牡蠣が元通りになっている。

 三人は勝利の余韻に浸っていたが、行きがかり上戦っただけに過ぎず、コマチが引き止めようとしたものの失敗しエンディングになってしまう。

「あーおもしろかった。来週改めてチームになるのか。にしても予算大丈夫かな」

 宮本は一緒になって「ミルキーミラクル」を言う程、ガッツリはまっていた。

「これだ。ああ、でも足りないな」

 気が付けば「活躍するのは女の子だし」とカラーボックスから、女の子二人が悪と戦う幼稚園児向けアニメのDVDを何枚か手に取り再生させる。

「これで勝つる」

企画書が完成した頃、暗かった窓には光が差し込み小鳥の囀りが聞こえる。


 直した企画書を携えて宮本は再びグッドプロジェクトに訪れる。通されたのはこの前と同様パーテーションで区切られた打ち合わせ部屋だ。

「どうですか?」

 同行している千春が緒室に尋ねる。

「確かに千春ちゃんの言うとおり、良い商店街なのかもしれない」

 テーブルには真悠が作ったカップケーキと商店街にある和菓子屋『雅下町』のいちご大福がある。これは、千春が緒室に商店街を分かってもらおうと、自主的に持ってきたものだ。

「でも、この企画は通せないな」

「どうしてですか?」

「ご当地ヒーローやゆるキャラは飽和状態の中、参入したとしてどうやって売り込む」

「それは、もだん花鳥風月と商店街がコラボレーションにすればいいと思います」

 宮本の回答に、緒室はあからさまに難色を示し、口角を片方だけ上げて嘲笑う。

「君も知っての通り、もだん花鳥風月は知名度が低い。だから、仕事を選ばずに挑戦するのは当然だ。でもね、この企画はブレイクしているタレント向けだ」

「時期を見極めるくらいなら、すぐチャンスに乗っかった方が良いと思います」

 宮本が食い下がると、緒室が企画書を何度も指で叩く。

「問題点が多すぎるんだよ。二次元でウケている美少女要素を現実に持っていくとして、それが好きなターゲットは、興味を持ってくれるのか?」

 コスプレと反論しようとしたが、それは有名になった作品のキャラクターじゃないと痛い目を見る。だから口を閉ざす。

「ここに書いてある通りだと、キャストが商店街の人間と言う以上、演劇に関しては素人だと思うのだが、彼らは仕事をしながら練習する余裕はあるのか?」

「あります。少なくとも商店街を盛り上げたいと言う情熱でこなせると思います。この企画は商店街の人にやってもらう事が重要なんです」

「情熱ねぇ。殺陣を簡単にすればどうにかなるか」

 不愉快な物言いだがここを責めるのは当然で、自分でも不安なところだ。

「で、台本や衣装。それにアイドル要素として歌も歌うのだから、作詞作曲、踊りの振り付けはどうするつもりだ? 生憎だが、この企画でプロを動かすのは厳しいと思うよ」

 目の前にいる作詞()作曲家(むろ)に断られる。今や見る影は無いが、二十年前は並みいるアーティストを押しのけ十週連続一位、首位から三位独占が珍しくないほどのバンド「チェックメイツ」でギター兼作詞作曲をしていた。

宮本は台本と衣装、作詞は自分でなんとかしようと考えていたが、専門的な作曲や振り付けに関しては緒室に頼まざるおえない。

(つ、詰んだ。まぁギター初めて半年で、高いレベルの演奏した人もいるし……)

「緒室さんがそう言うなら私がやります」

 智美が沈黙を破る。それに宮本と緒室は驚く。

「作曲や振り付けをやった事の無い君が? どうしてその企画に入れ込める?」

 緒室の問いに智美はしばらく黙っていたが、一呼吸してから話し始める。

「私は三年前にスマイル娘娘(にゃんにゃん)に加入して、その一年後に解散した事を昨日のように覚えています」

 スマイル娘娘は緒室がプロデュースしたアイドルユニットで、十年前から活動していた。

「スマイル娘娘同様、鳴かず飛ばずで終わるくらいなら、私は誰もやった事がない企画に全力を尽くしたい。結果も出してないのに守りに終始する人の助けなんて、足を引っ張るだけで必要無いと思います」

 智美の反逆に緒室は眉をしかめて立ち上がる。

「君みたいな、まじめだけが取り得な娘にそんな事を言われるなんて心外だな。ここまで育てた私に逆らうつもりか。代わりならいくらでもいるんだぞ!!」

 沈黙。智美は表情一つ変えず涙一つ流さないまま呆然としている。

「あやまってください。少なくとも、今まで貴方についてきた高嶺ミヅキいや新島さんがそう言うなんて、よほどの事じゃないんですか。貴方が追い詰めたんですよ」

 宮本は気が付いていたら叫んでいて、慌てて口を隠す。

「すいません…………部外者ですよね」

 言われた方が怒りに打ち震えていると、いきなり後ろから拍手が聞こえてくる。それは千春でもましてや智美でもない。

「いやー。青春しているね~ドラマだね~。いいものを見させてもらったよ」

 打ち合わせ部屋に入ってきたのは、琥珀色をしたスーツにループタイを付けたロマンスグレーの男だ。

「し、し、社長? どうしてこのような場所に」

 千春が立ち上がり「し、しゃちょう。おはようございまふ」と噛みながら挨拶すると、穏やかな笑みで「おはよう千春ちゃん」と手を振って挨拶する。

「さて、緒室君の疑問に答えようか。美味しいケーキにいちご大福、それとイイ感じにアレンジされた花を見て、荒削りな企画書に期待が持ててね。様子を見に来たんだよ」

 こんないい加減そうな人が社長かと思いつつ、宮本はなんとか口を開き言葉を搾り出す。

「社長から見てこの企画は大丈夫だと、取っていいんですね」

「そうだね。スマイル娘娘を解散してから暗中模索で、今は会社として体力が低いから、迂闊に攻められなかったんだ。でも確信した。このままジリ貧になるくらいなら、若者の言うとおりにした方がいいとね」

 企画が通った喜びに宮本の腕が天井まで振りあげる。けど社長の「ただし」に止まってしまう。

「どうせやるなら、若者と商店街を中心にできる事全てをやって欲しいんだよね。それが魅力なんでしょ。ぶっちゃけるとスケジュールの都合で、あんまりそっちにお金を動かせないんだけどね」

「そんな」

 落胆する宮本。

「我々は丸投げする訳じゃない。相談は聞くようにするし、動くようにもする」

 宮本の肩を社長が軽く叩き「よろしくたのむ」と言って部屋を出て行く。その後を追うように緒室も去ってしまう。

「これってオーケーなの?」

 千春が服を引っ張ってくる。宮本は小さい声で「ちがうよ」と応える。

「いいえオーケーよ。絶対に見返してやるから」

 立ち上がる智美だけど、その目元は赤い。


「デーモン百貨襲来。その魔の手から商店街を守る四人の美少女戦士!!」

商店街を愛する四人の美少女が、デーモン百貨によって怪人になった商店街の住人を派手なアクションで解放し、残ったデーモン百貨のエージェントを歌で浄化する。

 宮本が書いたあらすじを読み終えた真悠と梓。

「クーッ、燃えるいい展開だ。って歌? 何で歌う必要があるんだよ」

「私、派手なアクションなんて無理です。逆上がりさえできないんですよ」

「商店街を立て直したいって嘘なのね」

 出てくる不満を智美が切り捨てると、すぐに梓が反応する。

「誰がやらないって言った。商店街の為ならそれ位やってやるよ」

「そ、そうですよ。せっかくのチャンスを無駄になんてできません」

 真悠はそう言うと笑ってみせる。

「私、紅茶を用意しますね。これから話し合うなら、それが良いと思います」

 紅茶の種類、千春が食べたいスイーツを聞くと、そそくさと危なっかしい足取りで、真悠は厨房へと向かう。

 話し合いの末、皆の活動内容が決まる。後は、それを実行するだけだ。


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