2.君が居る場所
2.君が居る場所
純は公園のベンチに腰を下ろした。携帯の着信履歴に残っているひとみの電話番号を見つめる。
何度か通話ボタンを押してみたけれど、返って来るのは同じ言葉だった。『おかけになった番号は現在使われておりません…』
またかかってくるのではないかと期待して携帯電話を見つめ続けた。しかし、その後、電話が鳴ることはなかった。
ひとみの意識はずっとここに居る。死んでからも霊となって留まっている。
「どうしてかしら…。どうしてここから動けないのかしら。霊って好きな時に好きなところに行けるのではないの?私はどうしてここから動けないの。純のそばに居たいのに…」
ひとみをこの世に縛りつけているのは淳の言葉だった。
「約束だからね。君はずっと僕のそばにいるんだ」
なのに、ひとみは純のそばに居られない。
半年かかった。半年かけてようやく純の携帯電話に自分の意思を伝えることが出来た。
死んで霊になってからずっと純に会うことだけを願い続けてきた。想いを携帯電話の波長に合わせて伝える方法を会得するのに半年かかった。
つながったときは嬉しかった。久しぶりに純の声が聞けた。純と話が出来た。純はすぐにここへ来てくれた。けれど、純には私が見えない。
ひとみは純の隣に座って純の横顔をずっと眺めている。もう一度電話を鳴らしてみよう…。何度も試してみたけれど、どうやら、今のひとみの力では1日に1回しか電話を鳴らすことが出来ないようだ。
ひとみは純の体を抱きしめた。暖かい純の体温が伝わってくる。
「純くん…」
純は諦めて携帯電話を閉じた。そして立ち上がろうとしたとき、体中の体温が奪われてしまうほどの寒気を覚えた。純はしばらくその場を動くことが出来なくなった。
「まさか…」
純は感じていた。きっと、ここにひとみが居るのだと。そう思うと、自然に涙があふれてきた。
「ねえ、ひとみ。ここに居るんだね。僕と一緒に帰ろう」
ひとみは純の体を解放した。
「ごめんない…。一緒には行けないの」
『今日はこれくらいにしておけ。さもないと…』
ひとみに声をかけたのは冥界の案内人バク。ひとみを連れて行くために、ひとみの情念を断ち切らなければならない。そのために、ひとみに協力をしているのだ。
元来、霊となったものは生きた人間と接触をしてはならない。接触し続ければ悪霊となりこの世をさまよい続けることになる。そうなってしまえば、自分が誰で、どうしてこの世に留まっているのかさえ忘れてしまい、最後は消滅してしまうことになるのだ。消滅した霊は転生することが出来なくなる。
ひとみはバクに連れられて、この世の空気から触れられない冥界との狭間に戻った。
ひとみは純にきちんと見送ってもらいたかった。そして伝えたいことがあった。
体温が戻って来た。ひとみが純から離れた。純はそれを理解した。とにかく確かにひとみはいる。
「僕に何か伝えたいことがあるんだね」
純はそう呟いたけれど、何の反応もない。純は一度家に帰ることにした。家に帰るとパソコンを開き霊に関する事例を調べてみた。けれど、ひとみの助けになるようなヒントには行き当たらなかった。
その日の夜は寝つけなかった。ひとみの声が耳から離れない。
『会いたいよ』
そして、ひとみの顔を思い浮かべながらいつの間にか意識は闇の中に落ちて行った。
翌朝、携帯の着信音で目を覚ました純はすぐに携帯を掴んで番号を確かめた。ディスプレイの画面には“丸山信弘”と表示されていた。純は瞳の番号ではなかったことにがっかりした。
丸山信弘は近所に住む幼馴染だ。一緒に草野球をやっている。草野球…。
「しまった!」
今日は8時から試合があるんだった。時計を見ると、すでに8時を回っていた。しかし、純は信弘には体調が悪いと断った。
「今日はずっと君のそばに居るよ」
純は軽く朝食をとると、コンビニでサンドイッチと缶コーヒーを買って、あの公園に向かった。そこが、ひとみにいちばん近い場所だと思ったから。
日曜日のせいもあり、公園には親子連れや子供たちの姿が数組あった。僕は昨日のように、ベンチに腰かけてひとみが来るのを待つことにした。